「…………紅魔族の試練はもうやだ……。明日はお前が受けてくれ……」
ぐったりと疲れた声で、目に涙を浮かべて行ってくるダクネス。
正直言って、昨日俺とつかみ合いの喧嘩(ドレインタッチ対腕力)をして勝利したのにそんなことを言って……
なんだかよくわからないけどあんなにやる気だったこいつがこんなになるだなんて思いもしなかったし、なんだか少しおじけついてきた……
「俺は遠慮しとくよ。今回の試練はお前に譲ったことだし、俺は明日はめぐみんとゆっくり休んでるからさ」
「そんなこと言わないでくれ! き、きっとカズマなら私のようなことにはならないから!」
一体どうしたことだろう
俺の大事なカズマさんをもぎ取ろうと物理攻撃を仕掛け、物理的に勝利をもぎ取ったのに今やダクネスの目はお化けを怖がる子供のような……
「ほ、本当に一体何があったんだよ……。最初の試練の内容は謎かけだって聞いていたんだが」
「私もそう聞いていた……しかし、いざ本番になってみると違かったのだ」
「……と言うと?」
「元々はその予定だったらしい。が、なぞかけの問題を出す魔道具がめぐみんに何度も壊され品切れになったらしく……」
「いひゃい! いひゃいれすよかじゅまいひゃい!」
見るも無残な姿に変わり果てたダクネスの仇をとってやるべく、俺は今回の元凶であるめぐみんを成敗すべく、その片頬を引っ掴み力の限り引っ張る。
餅のように伸びまくるその頬を離すとペチンと音が鳴り、めぐみんはわずかに赤くなった自分の頬をさすりながら、
「ううっ、しょうがないじゃないですか、この里のみんなが私だけを除け者にしようとしてイライラしてたんです! しかしながら爆裂魔法を撃つとやはりスカッとするもので……」
「どう考えてもお前のせいじゃねえか! あのニートの人たちのこと考えてみろ、かわいそうだぞ!」
「昼夜問わず自分が好きな人をストーカーすることに人生をかけたニートはかわいそうではありません」
「それはそう」
因果応報と言うべきか。
そんな、上級貴族の風上にも置けないやつはニートを名乗ってはいけないのだ。
ニートは足るを知ることで慎ましく生きる、そんなやつのことを言うのだ。
決して変態のことではない。
「それで、結局どうなったんだ? 魔道具が壊れたら紅魔族の連中が問題を出せばいいだけじゃ……」
「私もそう思ったんだが……『謎かけも飽きたから、もう他の試練にしよう』と言い出して……その、ううっ……延々と紅魔族がかっこいいと思うポーズと名乗りをあげさせられ……」
「かわいそうに……」
うん、かわいそうだとは思う。
だけどな、別に俺がダクネスと代わってやろうだなんて思わない。
一体どれだけこの試練に積極的だったか知っている俺は本人が一度決めたことに茶々入れるような無粋なやつじゃない。
最後の最後までやり抜くのを見守る……それが真の仲間ってもんだろ。
そんなことを思っているとダクネスは俺にすがりつくように両手を握り、随分と荒んだ目で。
「だから、な、カズマ……次の試練は私と代わってくれはしないだろうか……。私にできることなら何でもするから……」
「今何でもって言った?」
「そ、その常識的な範囲であれば、なんだがそれでもよければ……」
「…………あの、人の男にそう誘惑するのやめてくれますか? 確かに今は我が母ゆいゆいはいませんが、さすがにそれ以上おかしなことを言うならば常識的な範囲とは何かを今教えてやることになりますよ」
「た、確かにこの男は性獣だし、きっととんでもない要求をしてくるに違いない! しかし本当に今回だけは見逃してくれ!」
おい、俺のことを一体どういう目で見てるんだコイツら……
世間ではクズマさんだの言われてる俺だが、流石に涙流してるヤツの弱った心につけ込んでどうこうすること考えるほどクズじゃない!
仲間だろ……どうしてそんなに別の意味で俺のこと信用してんだよ。
俺、かわいそう。
そんなこっちをさしてくる失礼な指と無遠慮な言葉に傷ついている俺のことを放置して、
「見逃せるものですか! 母の前ではああ言いましたがね、ダクネスがその気なら私にだって考えがありますよ!」
「しかしもう、もうあれだけは嫌なのだ! あのとんちんかんなポーズをさせられ、その全てのポーズをことごとく違うだのへっぴり腰だの言われ、ごく一部なんとかポージングをクリアしたとしてもその後の名乗りが地獄なのだ! もう、耐えられん……あんな辱めは私の望む辱めじゃない!」
「私のことをどう思っていたか聞こうじゃないか。ほら、弱点の克服がてらに私に続いて名乗ってみるがいいです」
「か、かじゅまぁ……!」
どんだけこいつは追い詰められてんだよ名乗り如きで。
めぐみんまで顔を引きつらせて「まさかここまでとは……どうしましょう」って俺の方に訴えかけてくんだが?
はぁ…………俺が試練に出ろってか?
あんなにひどい扱いしてたくせに……まったく、
「しょうがねえなぁっ!!」
「ちょっと待ってそれ俺の!? 誰だ俺のセリフとったの!」
「俺だ」
「…………ほんとうにどちら様!?」
そこにいたのはペンギンの着ぐるみ。
真っ先に思い浮かんだのはゼーレシルト。
だがしかし、その着ぐるみから聞こえる声は全くの別人……
というか、誰の声かとらえどころがないような不思議なこの感覚は、ま、まさか!
「華麗に脱皮っ! ふはははは! 誰かと思ったろう? 俺だ」
「そう言えばミツラギが探してたなペンギンの着ぐるみ。いや、なんでファンシーな着ぐるみ着て登場したんだこの人」
「うむ、もちろんその疑問は当然だ。原因を教えてやろう」
そう言ってめぐみんを指さす仮面の人。
いや、その意味わからんファッションセンスをうちの仲間のせいにされても困るんだが?
確かにめぐみんは爆裂魔だしダクネスも変態だし、問題児の保護者な俺はこいつらが何かやらかさなければ気が済まないトラブルメーカーだってことは知ってる。
だがな、だからって流石にそんな個人のバグった感性までうちのメンバーのせいにしてもらっちゃ――
そう思って反論しようとした次の瞬間、仮面の人が自分の仮面を指し。
「今現在、この頭のおかしい里ではこの仮面に懸賞金をかけているらしい」
「……なるほど、そういうことか」
「理解が早い……流石パーティーの頭脳担当、勘のいいヤツは嫌いじゃ――」
「ようやくやらかしたことが表に出たんだな」
おかしいと思ってたんだ。
だってこんな頭がおかしいやつから見ても不審者な仮面の人が常識人なわけなかったんだ。
今まで凶悪な悪事の数々を完全犯罪してたんだろう。
しかし知能が高いと言われている紅魔族の連中の捜査力を侮って現場に何らかの証拠を残したまま逃走したんだ。
残る魔力の痕跡と目撃証言からアンタを見つけ出し、ついに手配書まででたって訳だ。
捕まるのは時間の問題か……ここは大人しく自首して少しくらい罪を軽く――
「違うわっ!!」
違ったらしい。
しかしそうなると、一体どうして指名手配されてるんだ?
やらかしてないのに、本当に一体どうして……
俺が頭を捻っていると視界の端にめぐみん――こっそりと襖を開け、スススーっと自分にあてがわれた部屋に引きこもろうとしていた……のだが。
ガッ「どこへ行こうというのだね」
「我が新居に不法侵入するだけにとどまらず何事ですか! その罪は重いですよ!」
「いや、お前の罪の方が重いだろ爆裂魔。お前のせいでダクネスこんなんなったんだぞ。そして俺もこんな……」
「か、カズマ! 助けてください! 私はただ寝ようとしてただけなんです! それをこの男! 私の部屋に侵入し寝込みを襲うつもりですよ!」
「寝込みでも何でもないだろこんの仮面ばらまき魔! お前が仮面ばらまいたことが発端だろ!」
「……その話を詳しく」
「カズへぶぅーっ!? いたた……ちょっと、仮面の人! お願いです引っ張らないでください! 私の部屋の扉を開けまいとしないでください! ひょ、やめっヤメローっ!!」
俺がその話に興味を持った途端、血相を変えて今度は部屋から飛び出ようとしためぐみんだったが、その襖はすでに閉められていた。
襖の奥からはドンッドンッと何度もぶつかる音とぬぅぉぉおおおっっと言う叫びが聞こえてくる。
……正直、襖にあれだけ強く体当たりしたのに全く破れていないことについて突っ込みたいがここはいろいろ常識が通用しない頭のおかしい紅魔族の里。
俺は考えることをやめ、証拠隠滅を図っている犯みんが何をしたかに耳を傾ける。
「それで、結局どうして指名手配されてるんだ? 何も悪いことしてないんだったらそんなことにはならないはずだ…………銀髪盗賊団とか? めぐみんが密告したとか?」
「盗賊団関係の話ではないぞ」
「じゃあ本当に何だよ……何も考えつかないんだが?」
「俺だって考えつかなかったさ……ゆんゆんに話を聞くまでは」
聞けば、めぐみんが仮面を紅魔の里に持って行ったら爆発的な人気が出て……それこそけが人が出るレベルだったんで見つけ次第封印することになったそうな。
「またお前かぁぁあああっ!!」
「またとは何ですか! 確かにそこで意気消沈して物言わぬ置物になっているダクネスの件は少々悪いことをしたなと思い始めていましたが、これはまた話が別じゃないですか!」
「別なわけあるか! というか察しがついたあたりで自室に引きこもろうとしたあたり後ろめたさあったろ!」
「ありますよ、ええ、ありますとも後ろめたさ! だってまさかこんな事態になるだなんて私の頭脳を以てしても完全なる想定外ですよ! こうなることがわかってたらしませんでしたごめんなさい!」
「すみません! うちのめぐみんがすみません! 反省させておきますんで!」
「……そう言えばカズマ、元はといえばこの仮面をくれたのはカズ――」
「すみませんすみません!! 本当にすいみませぇぇええんっ!!」
「どうぞ、我が家で最高級なお茶です」
「……水なんだけど」
謝罪の意も兼ねてお茶を用意するめぐみんだったがこの家は見た目こそ新居、その実貧乏。
何度濾したかわからないお茶っ葉から淹れられたその液体には、味も香りも何も感じなかったのだ。
観念したといわんばかりの、いっそ雲一つない澄み渡る空のように清々しい笑顔を浮かべ接客するめぐみんをおいて、俺とダクネスと仮面の人は……
「奇跡だ! やはり私の信仰はエリス様に届いたんだ! 仮面の人もありがとう! 貴殿は私にとっての救世主だ! 無事紅魔の里から脱出した時には私のところに来てくれ、是非褒美を!」
「エリス様は今忙しく魔王の娘と戦ってる最中だし、何も聞こえてないと思うけども……それはそれとして俺に何かくれんのか? もらえるもんだったらもらっておくが」
「あの女神様、またやんちゃしてんのか……」
そんな水のように薄い、もはや水なお茶でお茶会をしていた。
こめっこはすでに床についており、お酒でもいい気がするんだが……
大事な話だと聞いて仕方なくこんな水をすすっている訳だ。
しかし大事な話ってまさか試練に出るって話だったとは。
意外とこの人は不審者な見た目しておいて俺やダクネスみたいな感性があるのかもしれない。
だって指名手配されてんのにわざわざ乗り込まないだろ試練だけのために。
「というかちょっと待ってくれ、何俺を差し置いて試練に行こうとしてんだよ!」
「いや、だってお前試練止められてるだろ?」
「それはこっちで澄ました顔して粗茶入れてるめぐみんだ!」
「間違えないでいただきたい。高級なお茶ですよ、カズマ」
話に余計な茶々入れてくるめぐみんのことは無視。
俺はちゃぶ台の上をバンと叩き……
「俺だって参加したいよ、だって有名なおとぎ話になぞらえた試練なんだろ! ダクネスが帰ってきた時にあんな反応するからしたくないって言ったが本当はしたい!」
「わかるっ、その気持ちよーくわかる!」
「か、仮面の人!」
なんだろう、今の俺たち、いまだかつてないほど心が通じ合ってる気がする!
それこそ自然に強い握手をしてしまうほどには。
男の心は何歳になっても少年のままなんだ!
「俺は決めた、次の試練は仮面の人に譲るよ! やっぱり心がどこか通じ合うもの同士、仲良くしたいしな!」
「……うん、譲る? まあ、ありがとうな?」
「いいってことよ兄弟! 次の試練、頑張れよ!」
「お、おう……」
次の挑戦者にエールを送っている俺を白い目で見てくるダクネス。
なんだその目は……私の時とはまるで対応が違うではないかって?
いや、だってお前の時は共感もなくいきなり掴みかかってきただろうが!
――「腕が鳴るなカズマ! 後衛を守るのは騎士の仕事だ、試練は任せてもらおうか!」
「確かに俺はお前みたいに前衛には向いていない。はっきり言って肉体面で言ったらこのパーティーの中で誰よりも弱い自信がある!」
「そんな自信満々に言わなくても……しかしわかった、そういうことならば私がゆんゆんと組んで、私が憧れた冒険譚――剣士と魔法使いが協力しあって困難を乗り越えていくというあの物語を再現してや――」
「だが断る!」
「なっ!?」
「この佐藤和真が最も好きな事のひとつは、自分で自分のことを強いと思ってるやつに『ノー』と断ってやる事だッ!! それに、今回は俺の帰りを待っている美人冒険者がいるんだ。ここで活躍できなくってどうする!」
「そんなくだらない理由で私の邪魔をするな!」――
掴みかかってきただろうが!
俺は暴力には屈さない男……独占欲をむき出しにして独り占めしようとするのなら戦う用意はできてたんだ、俺は何も悪くない!
ジト目で抗議の意を示してくる脳筋を尻目に仮面の人を送り出そうと向き直ると。
「じゃあ俺はゆんゆんのとこいって次の試練の準備してくるが…………俺は出ない予定の第三試練の手はずは大丈夫そうか? 一応試練は森の中で一夜を明かすって内容だが……酒屋の変態とか頼りになるだろうし――」
念のために試練の準備を教えようとしてくれてるんだろう。
酒屋にいる変態って言えばめぐゆん推しのねりまき……じゃなくて、あの変態鎧のことか。
確かにあいつは装備品だし、魔法使いとの相性もなかなかいいだろうし、魔法のゴリ押しで進むなんていう不安定な戦法を取らずにすむ……
ん……だろうが……うん、さすがにあいつはないわー。
美少女のためなら体張るわつってたけど……ゆんゆんにセクハラし放題な未来しか見えない。
そんな状況じゃあゆんゆんも試練に集中できないだろうし、試練なら、やっぱ自分たちだけの力で柔軟に想定外の状況にも対応してこそ格好がつくというもの!
例え一撃熊だろうと何だろうと、切り抜けて生き延びてみせるぞ!
俺は自分の唇にそっと人差し指を立て。
「大丈夫かって? ……ふっ、愚問だぜ仮面の人。もちろん攻略法はもう考えてる」
「そうか……それなら、いいんだが……」
「早くゆんゆんのとこ行って次の試練の準備してこいよ。俺も準備開始するからさ」
「そうだな。分かった、頑張れよ!」
「おう!」
翌朝。
朝食の最中に「試験終わったわ」とか言ってゆんゆん引っ張ってご飯を盛りだした仮面の人に驚かされたりしたのは別の話である。
次は俺の番、か。
緊張するが、それ以上に楽しみだ。
仮面の人が言っていた、ダクネスみたいにおかしなやつじゃなく、本当の本当に試練らしい試練に思いをはせて、俺は就寝したのだった。