順調だった。
あの日、レジーナ様があたしにとびきりの加護をくださったときから、私は順風満帆。
今まで風当たりが強い魔王軍での積年の思いがようやく甲斐あったって、神様が私を見守ってくれているのだと、導いてくれているのだと確信した。
紅魔の里であのゴーレムは支配できなかったが、魔王軍の中での立場が飛躍的に上昇し、魔王軍幹部や大物賞金首などの数多くの強敵たちを討ち取ってきた冒険者パーティーを支配することができ、すべては順調に見えた。
……そう、見えただけだった。
確かに、確かにあたしは人間なのに魔王に仕える悪人だ。
だがな、だからといってあたしはここまでひどい仕打ちをされるほどのことはしてないはずだ。
なんだ、一体何だってんだ……
一体あたしが何をしたって言うんだ……
「なぁなぁセレナさん、セレナさんの太ももって予想より弾力あるんですね。プリーストとか言ってたんでもう少し柔らかいというか、筋肉っぽくないのかと思ってたんすけど、外回りで結構働いてるんすね」
「一体誰のせいだと思って……ッ! ……はぁぁぁ………………」
そんな思いを抱きながら、泣きそうなほどひどく燻る心をかき消すようにボサボサの髪を掻きむしる。
自慢だった黒髪を櫛で梳かす余力すらない、何か行動したいとも思えない。
目の前に転がっているクソ引きニートと暴走族、そしてド変態を一人で介護しなきゃならんと思えば思うほど、気が滅入って鬱に思ってしまう。
そんなあたしの精神状況を理解していないコイツら……
「なあ、悪いんだが一人にさせてくれないか」
「そんなこと言わないでくれ、仲間ならどんな時でも一緒に苦楽を分かち合うものだろう?」
「どうして……」
「どうしてって、私たちは仲間だろう? そのくらい当然d――」
「違う違うッ!! そうじゃないッ! どうしてどうしてどうしてどうしてッ! ああっ、どうして精神ダメージをそのまま復讐の力に変えられないんだ!! レジーナ様! 我が偉大なる神よ! どうか、どうかあたしにさらなる力を! 本当に切実に!」
「そ、そうか、何かつらいことがあったんだな。そうだな、私はレジーナ教ではないが……私からもお願いいたします、どうかこの敬虔な信徒を見守ってあげてください」
もう嫌だこの変態……
クルセイダーとかいう、私と同じように神様に仕える職業だしまともな感性を持っていると思っていたのに……どうして、本当にどうしてこうなってたんだ。
こいつ、本当なエリス教を自称するアクシズ教なんじゃないか?
あの日、魔王の配下になるようにと傀儡化させたのが間違いだったと何度思ったことか。
……傀儡の力は解除できない。
いや、正しく言えば解除すること自体はできるが、この傀儡たちが抵抗してくるんだ。
傀儡の力を拒否するということは相当な痛みがある。
でもニートは――「なんで解除するんすか! もし解除してみてください! セレナの本性を知る俺たちはすぐに110番するっすよ! それに、もし解除されたらもうこの胸も下着も太ももも、俺の自由にできないじゃないっすか!」
いや、お前のもんじゃねぇよ。
それと110番って何だよ。
それと紅魔族も――「冗談を言うのはよしてください! 邪神の眷属ですよ! こんなかっこいい称号を手放すことができようか否できない! それに毎日爆裂魔法をどこで撃っても怒られないだなんて素晴らしい! 私は一生レジーナ教から改宗するつもりはありませんからね!」
なんだよかっこいいって。
普通邪神と関わりがあるって言ったら魔王軍との関わりを疑われたりデメリットしかないだろう……かっこいいとかそんなふざけた理由で抗うなよ。
あと、どんだけ爆裂魔法に執着してんだよこいつは。
こいつらに加えて極めつけはド変態――「私を傀儡から解き放つだと!? ふふふ、つまりご褒美というわけか……いいだろう、あれに抗う気持ちよさはなかなかいいものだ! さあ、今回は何分やってくれるんだ! 前回は24分だったからな、今回は大台の30分を目標にやっていこうか。さあ、さあさあ!」
いや、あたしは別に痛くも痒くもなんともない。
けどよ、力をずっと行使し続けるとこっちも疲れてくるし……本当に一体何なんだよ。
いつの間にあたしの方がトレーニングされる側になってるんだ。
そもそもトレーニングじゃねえし。
そんな、非常に楽しくないただ単純にひどく疲れる毎日を過ごしていたせいだ。
これじゃいけないとわかっていても動き出せない、身動きが取れない、物理的にも精神的にも。
いつだったか、ひどく精神が摩耗した時にバニルがいた気がしたんだ。
一緒に地獄が見えたのかと思ったが、藁にもすがる気持ちで助けを求めて……
そこであいつは待ってろよみたいな感じで……あの時の気持ちはどれだけ良かったことか。
ちゃんとした地獄に導いてくれる方がまだましなこの生き地獄から、ようやく解放されるのかと涙を流したものだ……
まあ、それがもう1週間前のことなんだがな?
本当にクソ!
あのクソ悪魔!
人の心も何もないのかないよな悪魔だからなくそったれ!
もう、日に日に窶れていってるのが自分でもわかるし、空元気で冒険者ギルドに仕事に行くとしっかり療養してと追い返され……
それだけが私の心を癒してくれた。
まあ、その間にも爆裂魔法の爆音が聞こえて、今まさに被害が増えて金が必要になってるのかと思うとストレスで吐きそうだ。
そんな精神状況でまともな食事すら取れるはずもなく、極度の疲労か乾きかで目がかすれ、もう考えることすらやめようかと思っていたその時だった。
「うわぁ……頬痩けて目に光宿ってないとか……どんだけ追い詰められてんだよ。俺のパーティーメンバーながら魔王軍幹部をここまで疲弊させるだなんて恐ろしい……」
「……ぇ……」
「お、意識はあるみたいだな? とりあえずこれでも飲むか? レベルリセットのポーションだけど、水も飲めてないんだろ? 多分傀儡の力が弱まるし、この中の2人くらいは多分傀儡状態が解除されるんじゃないか?」
「……!」
私はそのどこの誰ともわからない人の言葉を鵜呑みにし、わずかな希望にすがるようにその水を喉へ流し込む。
これほどまでに美味しい水はいつぶりだろう。
乾いていた目に、心に、喉に、その水分が行き渡っていく、その乾きが消えていく。
口に水分が流れ込んできただけなのに、むしろレベルは下がっているはずなのに、一体どういうことだろう。
……荒んだ心が潤っていく、久方ぶりの潤いに目から水が湧き出してくる。
「ありがとう……私を地獄から解放してくれて……」
「お、おう…………やべえよコイツ、レベルリセットされたのに感謝されすぎて復讐されてないんだが……」
「そりゃそうだ。あたしを助けてくれたんだ、復讐したいだなんてこれっぽっちも考えなかった」
「……何だろう、俺、すごい罪悪感があるんだが」
「罪悪感なんて何で覚えるんだよ。あんたはあたしの恩人だ!」
思わず顔を上げて見えたのは顔を仮面で隠した聖人だった。
憎たらしい仮面の悪魔を彷彿とさせる仮面だが、一つも憎たらしくは思えなかった。
なんだってあたしのことを助けてくれたんだ。
「……あの、本当に違うんで、助けたっていうかマッチポンプっていうか……これ以上感謝されるとなんか罪悪感で非常に苦しいというか……一応傀儡化を解除するポーションも入手してきたんだが」
「恩人なんてもんじゃねぇ……大恩人様だ……!」
「「「ありが――」」」
「違うんです」
俺の目の前で感謝の言葉を述べようとしていた傀儡化が解けた三人。
なんか前にもこんなことあったような……
具体的にはほんの数分前、精神的にまいっていたセレナをお巡りさんのとこに連れてったそのとき。
解放されて自由になれたと泣いて喜んでいたが、牢屋のどこに自由があるんだろうか。
そんなことを思いだしつつ、俺は傀儡化が解けた三人を手で制する。
頭を下げてお礼を言ってくるけど、ほんと違うんです。
俺、ここまで追い詰められてるだなんて思いもしなかったっていうか。
レベルリセットのポーションを手に入れるためにウィズの仕入れを見張って、ついにポーションが来たと思って即購入して駆けつけたらこんなことに……
ゴミ屋敷のように荒れ果てた我が家とその中心で干からびかけてるプリーストを見て、カルト教団が即身仏でも作ってるのかって異様さを感じたわ。
「仮面の人! ありがとな、まさかこの……えっと、セレナさんが魔王軍の幹部だなんて……少し警戒はしてたが、まさかこんなにあっさり敵の傀儡になっちまうなんて……。俺たちを解放してくれてマジで感謝してるよ、もし俺があのままだったって考えると本当にな」
「感謝の言葉は、その……」
「何言ってるんだよ! あのセレナの実力はわからないが、それでも魔王軍幹部だったんだろ? このままいけば街の人を全員傀儡化させて、それでこの街を堕とすことだって可能性としてはあったんだ。それこそベルディアと戦ったときにめぐみんが言ってた人類滅亡への第一歩だったかもしれないんだしさ、流石にお手柄だって言わないで何だってんだ」
い、いや、俺は何もしてないっていうかむしろレジーナ教に入信させるように仕向けたっていうか……
そもそもセレナをやっつけたのってお前らの手柄っていうか、三人で自爆を促進させてくれてたおかげで俺のレベルが下がらないでセレナを無力化できたっていうか。
「謙遜しなくてもよいのですよ? いつだって仮面の人は私たちを助けてくれましたしね、今回も全員が傀儡化されるという危機的状況でしたが、あなたのおかげで助かりましたよ」
「いや、その勘違いというか……」
「勘違いな訳ありませんよ、私たちは確かに傀儡化されていましたし記憶も曖昧ですが、傀儡化が解除されたそのときの記憶は鮮明に覚えています。セレナに傀儡化を解除するように二種類のポーションを渡し、そして自首の付き添いをしていたではありませんか」
本当にやめて。
俺はそんな、レベルリセットのポーションをセレナにやっただけなんです……
危機的状況だったのはむしろセレナの方だったんです。
お前らの暴走を止められなかったせいで危うく悲惨な現実が訪れかけたのは俺のせいなんです。
ぎりぎり耐えてたセレナを助けただけなんです。
もう君たちの顔を見たくないほど精神的にやばかったんで確実に会わないような場所を紹介して助け船を……
いや、助けたっていうか、本当なら別の手段があったっていうか、でもこっちの方が手っ取り早かったっていうか……
「しかしながら、レジーナ教には復讐の力があるという。となれば仮面の人のレベルも1に戻ってしまったのではないか? ……これが、最善手、だったのか?」
「あ、はい、レベルは変わりないんでお気になさらず」
「し、しかしだな、そう言うのなら冒険者カードを見せて……」
「見せません!」
「……その仮面の下はきっと優しい顔をしているのだろうな。気を遣ってくれて、本当に申し訳ないというか……その、ありがとう」
お、おうっふ……
すみません、気にしないんで、すみません。レベルそのままで、マジすいません。
罪悪感がぱないんでもうそんな感謝しないでくれるとありがたいっていうか……
冒険者カードは見せられないのは訳あってというか、身バレ防止のためにってだけで、気を遣ってる訳じゃないんです……
「だからさ、仮面の人」
やめろよ、マジで。
やめてくれ……俺にその言葉は……ッ!
「「「ありがとう!!!」」」
「きぐっふぅ…………ッッ」
トドメと言わんばかりの感謝の言葉が罪悪感として俺の胸に突き刺さった。
次回予告
「ねえ、鬼畜のカズマさん」
「違うんです」
「今まで長年一緒に旅してきたけれど、流石の私でもドン引きなんですけど」
「違うんですッ!!」