今回リセットされた原因はセレスディナの精神が衰弱したせいでせん妄状態に陥り、魔王軍幹部から聞き出した情報の信憑性が損なわれてしまったせいだ……と思う。
そのせいで王都もアクセルの街も魔王軍の襲撃に対策を取れず、そして、こっちの俺たちに今の状態を説明しても……
「だったら俺たちはアクセルの街で待機して、ここに攻めてくる魔王軍を討伐するよ」って言うし。
魔王の力で強化された魔王の娘や魔王軍は強敵で、アイリスたちが負ける可能性が高いとか言ったら……
「じゃあやっぱり王都に行こう! そうすれば妹であるアイリスを危険にさらすことはないし、案外アクセルの冒険者も大物賞金首を相手にしてきた猛者たち……そうやすやすと幹部でもない奴らに倒されるなんて想像できないしな。やっぱり数々の魔王軍幹部や大物賞金首を葬ってきた冒険者パーティーである俺たちは王都に行ってそっちを相手にすべきだと思ってきた」だなんて心配そうな表情で言ってくるもんで。
これだけ直接的に魔王を討伐することを強く言ってるのに……
そんなところで俺はリセットされてしまったのだ。
魔王軍がアクセルの街に襲撃してくる前にリセットされたせいでその後どんな展開が待っていたか、正確なところはわからないが、きっと、討伐時期がずれてしまったせいで魔王城に魔王軍が集結してしまい、全員が魔王軍幹部級の力を得て耐久戦になってしまったのだろう……
そしてどういうわけか、本当にどういうわけかわからないが、アクアが日本人のチート転生特典持ち転生者をこっちに送らなくなったせいで、人類側の戦力が減少する一方で、それで負けてしまった……ってところか。
「いや、本当にどういうわけだよ! こっちの世界の俺がアクアをチートに選ばなかったってことは、あいつは今でも元気に天界で転生者をこっちに送る仕事してるはずなのに……」
一体何があったのかわからない。
だが、セレナの話を聞く限り……というよりは実際にアクセルの街の冒険者の顔ぶれを見るに、俺が知っている顔以外は見えないのだ。
つまりどういうことかといえば、転生者は最初の街であるアクセルに送られて、そこでレベル上げをするはずなのだが、そういったメンツが確かに見られなかったのだ。
あまりにも当たり前な風景すぎて考えることもなかった違和感。
俺の体験とは確実に違うはずなのに同じになっていた箇所。
考えれば考えるほど頭がこんがらがってくるが今はそんなことどうでもいい。
アクアの職務怠慢してる弊害なんて魔王討伐のための時期をずらせないってことだけだ。
つまり何も変わらない、俺が体験したことだけを忠実に再現すれば……
そんなことを思いつつ開け放ったのは俺の自室。
バンッと開かれた扉に、今まさに温かいミルクを飲み、20分ほどのストレッチで体を解してほとんど朝まで熟睡しようと床についた若かりし俺は目をまん丸くし……
ホットミルクを口から盛大に吹き出した。
「うわきったねっ!?」
「ゲホッ、ゴホッ! また現れやがったな仮面の人! 今日こそはめぐみんかダクネスに夜這いかけられるんじゃないかってドキドキしてた俺の心を返せーっ!」
「俺の経験上そういうこと願ってる時にそういうことにはならないんだ。というかホットミルクを飲んでるってことは今日は例のサービスの日だろうに、そこまでクズな感じに成り下がった覚えはないぞ!」
ギクリと肩を震わせ、そっぽを向いて頬をかく自分を見て何とも言えない気分になる。
まあいいさ、たまにそういう気分になる時だってあるもんな、人間だもの。
俺のジェントルマンなスルースキルが働いて、今回のことは見なかったことにしてあげようと、話題を変えるために咳払いをし……
「今日は、その、助言をしに来てやっ――」
カチャリ
「ふー…………寝るか」
「『アンロック』! おい、ドア閉めんな!!」
「ヒィヤァアアっ!? 何が助言だよ解錠スキルまで使うか普通!」
せっかく人が気を遣って話を変えてやろうと思ってたのになんだこの仕打ちは!
頭にカチンときた俺は、すでに布団に潜り込んで話を聞かないという臨戦態勢の意志を示している自分に飛びかかり、布団をひっぺがすためにつかみかかった。
「不法侵入者ぁ! その説明は聞きたくないからはよ帰れ!」
「何を言うか! 冒険者である貴様に超絶ありがたーいお言葉を与えに来てやったので感謝するが良いぃぃぞぅぉぅおおお!!」
「キャァアーッ!! 俺の布団めくるぬあああっ! ここは不可侵領域だぞ! 俺の、安息の地に、不法侵入されて、何を感謝すればいいんどぅあああ……俺はもう寝る、寝たいの! そんなときに邪魔すんな!」
さっきの悲鳴で屋敷の中からドタバタとこの部屋に近づいてくる音がする。
さすが俺、俺の方がレベル高いはずなのにそれでもう布団を引き剥がされまいと抗う力は称賛に値する!
だがしかし、聞いてもらわなければならない……
俺は、布団の中に包まっている自分の耳があるあたりに顔を近づけ。
「じゃあそのままでいいから、一応言っとくからな」
「……俺は何も聞こえないぞー」
「別に強制じゃないからそれでいい。……今回、セレスディナと取引しただろ? その件だ」
「……」
「お前らの取引の内容は聞いていた。というかもとよりこういう取引になるって予想してた。そんで見事に当たったわけだ――お前はセレスディナの邪魔をしない。代わりにセレスディナも魔王軍も直接的にお前に関わらない――ってな。お前の事情はよく知っている」
「……だからなんだよ」
そうだ、話す相手がいない今の状態がどれだけ苦しいか、その状況を理解している味方がいたらどうするか。
答えは簡単だ。
布団から嫌そうながらもどこか心が晴れたような顔がのぞく。
その顔に向かって俺は話を続ける。
「残念ながら、お前は世界の命運を握っている。だからこそセレスディナとの取引内容を変えなきゃならない。そして、お前一人で魔王軍幹部一人を無力化するんだ」
「世界……セレスディナを無力化、ねぇ…………あの、日を改めてお聞きしたいんですけどそういうことは」
「おっと、世界とか聞いて怖じ気づいたんだな?」
「怖じ気づいてない! ……こともない。けど、そういうことじゃなくて」
「まあわかるよ、無理もない……が、お前がどうしてここに送られてきたのかその理由を思い出してみろ。お前は女神アクアに導かれ、この異世界へ魔王を討伐するために転生したはずだ。転生特典をもらってこの世界に来た以上、魔王という存在からは逃れられぬ因果なのだ。さあ話を聞いてくれるな?」
「いや、そんなめぐみんが好きそうなセリフを言ったって……」
「大丈夫大丈夫、ちょっとだけ、先っちょだけだから!」
「何の先っちょだよ! と言うか別に話を聞くのはいいんだが……」
「おおっ……って、いいんだけどって?」
「うん……その………………そんな牛乳まみれの状態の人が大事な話をするもんじゃないと思うんですけど」
「……………………水も滴るいい男って言葉、あるだろ? ……それだ」
「違うだろ」
一瞬の静寂が訪れる。
だがしかし、なんとタイミングの悪いことだろうか、先ほどまでドタバタと鳴り響いていた足音がこの部屋の前で止まり、ドアがどんどんと激しく叩かれる。
めぐみんとダクネスだ。
2人がこっちの世界の俺の安否を確かめようと声をかけてくる……が、ドアは開かれない。
なぜなら、すでに俺はドアノブに鍵をかけている!
「お、おいカズマ! 悲鳴を上げて一体何があったんだ!」
「ダクネス駄目です! 扉の鍵が閉まっていて開きません! ここはもうドアを蹴破って入るというあの憧れのシチュエーションをするしか……!」
「どさくさに紛れて私利私欲を満たそうとしているロリっ娘に告ぐ! こっちは無事だからこれ以上無駄な被害を増やすんじゃあない! 俺は別に1人で激しい遊びをしてるだけだどうぅわぁあああっ!」
「俺の声まねで変なことを言うな! ダクネス! 侵入者だ! 仮面の人がヴァーサタイル・エンターテイナーを使って俺に卑猥なことしようとしてるんだぁああああっ! ドレインタッチらめぇ!!」
「お前、この状況見てみろよ! 仮にドアを開けられたらお前が吹き出した液体がぶっかかった俺の姿が……」
「本当に一体貴様らは何をやっているのだ! い、いいいイカガワシイっ! どんなプレイを!? 詳しく!」
「あ、あわわわ……まさかカズマが男に目覚めて……ああっ……薔薇がぁ……っ!」
「つまりそれは寝取られるということだな! NTRという奴なのだな! たまりゃん私はもう駄目なのかもしれない!!」
「待って、元からダメなお前は放っといて、めぐみんには言い訳をさせてくれ! 俺が寝る前に飲もうとしてたホットミルクを吹き出しただけだから! それが仮面の人の服にかかってるだけだから!」
「と、加害者は供述しており……」
「どちらかというとお前の方が加害者だろ不法侵入者」
仮面の人が家に突入してきてから一週間ほど。
数日の間はめぐみんとダクネスの俺に対する反応がよそよそしく、仮面の人のことを恨んだものだが現在はいつも通りの感じに戻っている。
……あ、あのめぐみんさん? ダクネスさん? ほ、本当にあれは仮面の人の悪ふざけで!
「わかってますよ」って、その言い方は絶対わかってないやつだ!
と、そんなこと……ではないけど置いておいて。
結局肝心な理由を言わずに窓から逃げ出した仮面の人の言葉が気になり、毎日9時間くらいしか寝れない日々が続いた。
正直言って、セレナがこっちに来てからというものの冒険者ギルドの質が上がったように感じるし、実害もない。
強いて言えばセレナのことをアイドルかなんかのように扱う連中が増えてきたってことくらいか。
仮面の人が、取引内容を変えてセレナを無力化するようにって言っていたが……正直だるい。
特に危機に瀕しているようにも感じず、やる気が起こらない。
セレナの粗探しをするかのように毎日冒険者ギルドへ行きその行動を監視しているが、何一つボロは出さない。
むしろこのまま放置していた方が幾分か街のためになるんじゃないかと、思わずため息をつく。
そんな時だった、セレナと俺の視線が交わる。
そして、俺がため息をついてるのを見て、何を思ったかこちらに近づいてきて……
クスリと小さく嗤うと。
「なんだか随分と苦しそうな顔をしてるなあ。……ああ、金を貸してもらった借りがあったな。……バニルやウィズには頼らず、そして誰にもあたしの正体をバラさないっていうなら街を人質には取らずに、魔王軍幹部として堂々と相手してやるよ。……これで、借りはなしだからな」
そう言って、何事もなかったかのように通り過ぎていった。
……すいません、そんな気持ちサラサラなかったんですけど。
そんなことを思いながら何か満足げにその場を去って行くセレナの背中を見送っていると、どこからか湧いて出てきた仮面の人が。
「流石はカズマだ。取引内容を変更するようにセレナを誘導できたみたいだな。無力化する気満々じゃないか!」
「い、いや、そんな……」
「謙遜すんなよ。お前の頑張りは俺がよく見てる」
元気いっぱいにそんなことをいう仮面の人の目は節穴だ。
毎度思うんだが、これってアンタの策略じゃなくて?
裏でこっそり細工とか工作して、知らぬ間に人の行動を誘導してるとかいう真の黒幕ムーブしてらっしゃるわけじゃなくて?
じと目で仮面の人を見るも、どうにも本当に俺がやったと信じているような様子……
「正体をバラさないのとバニルやウィズに頼らないのが条件だってよ! 詰めが甘い、甘ちゃんだなあ。お前の正体を知ってるやつがもう一人いるってのを想定しなかったのが運の尽きだぜぇ。ぐっふっふっふっふ……」
「おっと、悪い顔をしてらっしゃる」
「正体をバラしちゃいけないだけでウィズやバニル以外だったら頼ったって問題ないってことだよなぁ? 俺もアドバイスしてやるからよ、あいつに嫌がらせしてやろうぜ? ……本気でなあ」
いや、違うんです。
俺は何もしてないっていうか、セレナを見て「だるいなー」って思ってたらなんか勘違いされて取引の内容を勝手に変えられただけなんです。
別に俺がセレナのことを無力化しようとしてるわけじゃないんです……
「よし、最初は何から始める? あいつはレジーナ教だから攻撃は直接的だろうと間接的だろうと手段は問わず反射してくるが、精神的ダメージは反射できない。スティールだ、スティールをしてやれ! ほら、お前の必殺技をはよう!」
「人の必殺技を窃盗スキルって言うのやめてもらえませんかね!? ほら、周囲の女性冒険者の目が痛いん――」
「スッティール! スッティール!」
「おっ、なんだカズマ、スティールすんのか! いいぞ、やれやれー! 俺はあのプリーストは純白パンツに一万エリスかける! キース、お前は何色にいくらかける」
「うーん……白……いや、大穴の俺は黒で2万だ! 清楚そうなセレナさんが黒色……これはこれで燃えるだろ!」
「いやちょっと二人とも人のパンツの色でかけるなかけるな! というか俺のスティールが確定で下着を盗む技だとおもってるやつら出てこい! お前らにスティールしてやって証明してや……セレナさん困っちゃって顔引きつってらっしゃるー!」
「い、いえいえ、べ、別に私は気にしませんので……」
あれほど完璧だった笑顔が崩れていらっしゃる!
ぴくぴくとヒクつかせている表情筋が大噴火を起こす前触れな気がしてならない。
ダストの悪乗りにどんどん乗っていきついには周囲の酔っ払いを巻き込んでスティールコール。
いつの間にかいたクリスが「ようこそ、地獄の入り口へ」と言ってセレナを哀れむ。
機織り職人のおっさんは今まで見たことがないような表情でクリスのことを二度見。
「「「「スッティール! スッティール!」」」」
「……君、セレナって言ったっけ。あたしはカズマ君のスティール被害者の会会長のクリスっていうんだ。これからよろしくね」
「あ、あの、スティールというのは盗賊のスキルの物をランダムでとるあれですよね? どうして冒険者の方々はこんなにお祭りのように……」
「……へへっ。無知って幸せなんだなぁ」
「どどどどうしてそんな乾いた笑いをするんですか!?」
周囲の冒険者にお膳立てされてしまった。
そして、俺にスティールを伝授して使わせた張本人であるのにも関わらず被害者の会とかいう巫山戯た会を設立しているクリスもすでに会員としてセレナを迎え入れたようだ。
こうなってしまっては俺も後戻りできない。
俺はぐっと手を握りしめ、シュバッと勢いよく片腕を前に突き出す。
「え、えっとカズマ様? その手は一体……わ、私、何かいやな予感がするのですが!」
「ごめん、セレナ。確かに俺はお前の邪魔をするつもりはないんだ」
「か、カズマ様?」
「でもな、ここまで状況が整ってしまったんだったら、俺もやらなきゃならない」
「いいい一体何を言っているのですか! 確かに私を害そうとする視線ではなくむしろ謝罪の意を感じますが本当に何をなされようと!?」
何も知らない魔王軍幹部様は狼狽えている。
そりゃそうだ、この街は狂っている。
魔王軍幹部が貧乏店主してるし、魔王軍幹部がアルバイターとして働いているし、サキュバスのお姉さんたちが接客業してるし、初心者の街に似合わない功績を――魔王軍幹部ベルディア、機動要塞デストロイヤー、クーロンズヒュドラ、グリフォン、マンティコアなどなどの討伐を残してきたし、爆裂魔法が風物詩だし……
俺のスティールが宴会芸の一つとして成り立っている頭のおかしい街だ。
そんな無知な幹部殿に優しいクリスが。
「まだこの街になじんでいないんだね。カズマ君のスティールを知らないなんて」
「え、えっと……」
「いいかい。彼の幸運値は女神エリスのお墨付き、スティールを失敗なんてしない。そして、あの目を見て」
「目、ですか……」
「そう、あの目、君の何を奪い取ろうとしてるか、獣のように飢えた目を見ればわかるはずだよ」
「おい、獣のようとか言うなよ傷つくだろ」
クリス様に幸運値がお墨付きっていってもらえたが、失礼は帳消しにできないレベルだぞ。
後でゆっくりお話しようか。
そんなことを思いながら俺はスキルを発動させるために魔力を回す。
ため息を深くつき……
「セレナ」
「は、はい」
「…………ごめんな」
「えっ」
詳しく状況を未だはかり切れていないセレナだったが、何か嫌な予感だけはよぎる。
ここにいてはいけない、速く逃げ出さなければ手遅れになる。
そんな焦燥と恐怖の感覚が背筋をゾクゾクと無遠慮に撫で回す。
いても立ってもいられない感覚に耐えることができなくなったのか、嫌な予感から逃げるように脱兎のごとく逃走を図ろうと俺に背を向けたが……
俺の呼吸は、覚悟は、もう決まっている。
本当は魔王軍幹部なんか相手にしたくない。
したくはないが……いつも通り、巻き込まれて歯止めがきかなくなってしまった。
「俺は…………黒に10万賭けるッッ!! クリスは白だ――100万エリス、間違いないッ!!」
「か、カズマ様ッ!?」 「カズマ君!?」
「見とけ、これがアクセルの冒険者だぁああああっっ!!」
「「「「スッティール! スッティール!」」」」
「スゥゥゥゥ………………いくぜッ! 『ダブルスティール』――ッッ!!」
両手を突き出し、ナニかを握りしめる。
俺の両方の手のひらに伝わる、柔らかで肌触りのいい、布の感触。
片方は馴染みのある可愛らしい感じの、もう片方は初めましてだが俺にはわかる、こいつはダクネスの大人な感じのだ。
目で見るまでもなく手触りで、数多のパンツをスティールしてきたパンツマイスターにはわかる。
俺は確認するまでもなく、手のひらに握りしめられたその二枚の布を高らかに掲げ……
「見たかぁッ!! これが、アクセルの街の冒険者、佐藤和真だぁああああっっ!!」
「「い、いやあああああああっっ! パ、パンツ返してぇええええっっ!!」」
「「「「ヒャッハーーーッッ!!」」」」
ああ、エリス様、ごめんなさい、でもあなたが悪いんですよ?
それとセレナさん……謝るんで俺が敵対したって思わずゆるしてくれないかなぁ……
ええ、知ってます、許されるわけないって。
……もう俺はゆっくり熟睡できないらしい。
だからこそ俺は決意した。
人を殺しかねない凶悪な目をしたダークプリーストに殺されないように、あと、エリス様に天罰されないように反省の意を込めて引きこもる――もとい、謹慎することを。