アクアがいなかった……前回も前々回も、根本的な原因はそれに尽きる。
前々回――
アクアがいなかったせいでパーティーに迎えられたセレスディナ。
そのままパーティーメンバーを傀儡化し……自滅した。
だが、その自滅が災いしてセレスディナは精神発狂し、情報の信憑性が失せた。
王都やアクセルの街は魔王軍の襲撃に備えられなかった。
前回――
パーティーへの加入は阻止した。
しかし、アクアがいなかったせいでミツルギは家出したアクアと魔王城へ行かず、王都に残った。
ゼスタは魔王城へ進むミツルギたちの露払いをせず、アルカンレティアに留まった。
俺らはスキルを覚えるためにアルカンレティアに滞在し、道中モンスターとの戦闘が増え……つまりは魔王城へ到着するのが遅れた。
そのせいで脱獄したセレスディナは、遭遇すべきだった俺らに奇しくも遭わなかった。
アクシズ教団に捕まらず、王都に進行していた魔王軍と合流した。
魔王の娘は外部から進行するその裏で、セレスディナは内部崩壊を狙い傀儡を動かし――
人類側に残された選択肢は、魔王を討伐して引き分けに持ち込む――
いや、内部から崩壊し、人類の希望が亡くなり、士気がどん底なれば敗色濃厚だ。
選択肢などなく、敗北する運命だけが残された。
だから俺はリセットされた。
前回も、前々回も、アクアがいなかったせいで狂った。
じゃあ次は――
目に焼き付いた鮮血のせいでそんなことを考えられるはずもなく、俺は息をすることすら忘れ、凝視していた魔道具の重みで腕が自然と垂れ下がる。
手から何かが滑り落ち、膝が床に崩れる。
目の前から何もなくなって、ただ宙を見つめるばかり。
いつも通り、思い通りにならない不条理な世界なのに……
どうしようもない無力感。
無残な結果を見せつけられ、自分の努力を嘲笑われたようで、
そんな現実から目を背けるように、心も頭も感情も理性も暴走して、何もかもがぐちゃぐちゃになって……
「……ああ、そっか。俺、怒ってるんだ」
気がついた瞬間、何かが燃え上がる感覚がした。
それは、アイリスを害したセレスディナに対しての怒りで。
胸の奥底から吐き出したい、どうしようもないだなんて諦めかけそうになった自分に対しての憤りで。
数々の不条理や、望んでも叶わなかった願い、奪われた希望、そのすべてが積み重なった、どうしようもなく激しくもドロドロとしたドス黒い感情で。
次へと動き始めるために立ち上がる決意の炎で。
火がついた瞬間、手は床に落ちた魔道具を拾い上げ、足はそのままアクアの方へ。
それに反応して、隣で宴会の計画を立てていたアクアが顔を上げる。
「カズマさん、どうしたの? もしかして魔王討伐祝いの企画を一緒にしたくなったの?」
「ちが…………いや、そうだな」
「やっぱりね! 女神の勘がそう囁いてたのよ! さぁ、今は招待客をリストアップしてるところなんだけど……」
「それ、もしかしなくてもダニエルさんのところのシュワシュワを全部飲みたいだけだろ。俺がさっき『飲みきれない量買うな』って言ったから、飲みきるために人数増やしただけだろ」
「…………でね! アクセルの街に住んでる人は一通り書き出したから――」
「おい、図星だろ!?」
「……テヘッ☆ なんとか罷り通らない?」
「こいつッ……ったく、全員分足りるように買うんだぞ」
「えっ、いいの?」
目を背けたかと思えば元気になったり……表情がコロコロと忙しく変わるアクア。
思わず苦笑いを浮かべ、自然と肩の力が抜ける。
そうだ、今までどんな無茶な状況でも、なんとかなってきたしな。
こんくらいの困難なんていうことはない。
大丈夫、覚悟は決めた。
きっと今度こそはなんとかなる……一人でも、頑張れる。
「アクア、準備しろ」
「えっ、何の?」
「決まってるだろ、宴会の準備だよ。すぐ終わらせるからさ、向こうの世界で材料とか買っておいてくれよ。宴会の名前は『二度も世界を救った勇者サトウカズマ生還祝い』でよろしくな」
「……え? ええ! 任せてちょうだい! でも魔王討伐のMVPは私だからね? やっぱり『アクシズ教は世界を救った! 女神アクア感謝祭り』とかの方がいいと思うんだけど」
「祭りにするなよ? 規模がえげつなくなって、魔王討伐したのに借金生活まっしぐらなんて笑えないからな? あと俺が出した宴会名案に変更は認めないぞ。……お前がいなくても世界が救われる様、よーく見とけ?」
「ぷーくすくす! カズマってばかっこつけちゃって! 見とけって言われても私もエリスも天界にいないから見れないのよ? ……あんまり遅いと宴会の名前『カズマさんを悼む会。おかしいやつを失った』に変えちゃうんだからね?」
「その案採用されたらドロップキック叩き込んでやるから覚悟しとけよ!」
俺はそんな言葉を叫び、アクアがあの世界へ帰るのを見送る。
天界に誰もいなくなったのを確認して俺は転移の魔法陣へ飛び込む。
もう一度最初から、未来を変えるため――
いや、あの理不尽でどうしようもない世界に帰るために。
ありとあらゆる手段を全て使って。
「あの……。あなたが、サトウカズマ様ですか……? お噂はかねがね……数多の強敵を打ち倒し、若くして財を成した偉大な冒険者だと、貴方様のご高名は伺っております。わたくしはプリーストのセレナと申します。……突然ですが、どうか貴方様のパーティーに入れていただくわけには参りませんでしょうか?」
「今までは俺が一応回復担当してたが本職がやってくれるっていうんだったら願ったり叶ったりだ! よろしく頼むよ!」
「ふふふ、我がパーティーも豪華になりましたね!」
「ああ、これで私ももっと前に突っ込んで気持ちい……じゃなくて皆を守れるな! これからよろしく頼む」
「はい、みなさまよろしくお願いします」
艶やかな瞳で流し目を送るセレスディナ。
何回も繰り返したせいで嫌に見慣れた光景。
ただし、前にセレスディナがパーティーに加入したのは俺の計算の外だったが、今回は違う。
わざとセレスディナをパーティーに入れるように仕組んだ。
俺は計画通りと言わんばかりに四人の方へ近づいていき。
「よしよし、無事仲間になったらしいな、皆々様方?」
「おっ、仮面の人じゃん! セレナを紹介してくれた時には一体どういう風の吹き回しだって思ったが、常識人みたいだしよかったよ。どこかの誰かとは違って」
「全くです。私の周りには鬼畜と変態しかいませんし、常識人枠が増えるのは喜ばしいことです」
「そうだな、カズマは変態だし、仮面の人は鬼畜だし、めぐみんは爆裂魔だ。このパーティーの常識担当として新たな常識人が増えることは負担が減って非常に嬉しい」
「変態ってお前のことだぞダクネス。つまりこの俺、カズマさんこそが常識人だ」
「「それはない」」
「おい! このパーティーのトラブルメーカー二人に言われたきゃないぞ! 特にめぐみん! お前はどうあがいても爆裂魔なこと否定できないだろ!」
「くっ、認めましょう、確かに私は爆裂魔法をこよなく愛するアークウィザード……しかし、爆裂魔法以外のことに関しては絶対私が一番常識的なはずですよ!」
元気に誰がこのパーティー随一の常識人か言い争っている三人のことは放置して、俺はセレスディナにちょいちょいと手招きし、人気のない路地へ呼び出す。
怪しむような様子もなく、俺の後ろをついてくるセレスディナの方へ振り返り。
「どうだ、うまくいっただろ、邪神に仕えるダークプリーストさん?」
「
演技のせいで疲れたと言うも、そんなことみじんも思っていなそうな涼やかな顔。
まったく、何度お前のせいでやり直すことになったんだか。
憎たらしいことこの上ない顔を見てそんなことを思うも、俺も俺とて平静な顔を演じる。
「疲れたなどと言いつつ、演技から素に切り替えるのに時間がかかったではないか。もう深層心理の方にまで聖女ムーブが染みついてきてるんじゃないか?」
「やめろよバニル。あの演技、自分と正反対すぎて我ながら気持ち悪いって思ってんだから……悪魔ってのは人の神経逆撫でないと死ぬ種族なのか? 虫唾が走ったぞ」
「失敬、失敬。しかしながら汝の作戦がまた一歩進んだこと、我が輩からも祝ってやろう」
「……めちゃくちゃ胡散臭いがその言葉は受け取ってやるよ。
「……調子のいいことを。最初に汝が我が輩に向けてきた視線はなんだったのか? うん?」
俺は紅魔の里から帰ってきた三人にセレスディナのことをあらかじめ話をした後に急いでバニルのフリして接触した結果がこれだ。
100%信じておらず、やっかいな相手に絡まれたというような、演技の剥がれた顔。
まったく、こんなに信用されてないバニルは魔王城で一体なにをやらかしたのやら……
「いや、いきなり知り合いが現れて『我が輩の言うことを聞けば幸せになれるだろう』だなんて言われた時にゃ新手の宗教勧誘かと思うだろうが」
「……いや、我が輩は悪魔ぞ? どうして滅ぼすべき相手のことを紹介せねばならんのだ」
「もののたとえだろうが。とにかく、最初は信じてなかったよ。でもまあ、今回ので確信した。アンタはあたしの味方なんだなってな。これからも未来の情報とか作戦がありゃ教えてくれよ?」
「無論である。というより次の手はすでに考えているので心して聞くがいい」
「本当かよ! ……流石、見通す悪魔様々だわ」
仮面の隙間から見た敵の目は赤く染まっていた。
操られている自覚なく、俺が有益な情報を与えたら勝手に感謝し、俺が提示した作戦を自らの意思で実行する。
俺は命令をせずにただ誘導するだけで、感謝が、傀儡化が徐々に蓄積されていく。
「そうだな、では次は明日。あの三人だけでなく、街からも信用を得るために墓を荒らしにでも行くとしよう。遅かれ早かれ、死体を掘り起こす算段だったのだろう?」
「ああ。あたしの常套手段だからな。お前がそう言うんだったら明日で構わない。行ってくるよ」
「いやいや、一人でやるつもりだったのか? 俺が言い出したんだ、俺も手伝ってやるよ」
「いいのか? 墓を掘り返すの、意外に腰にくるんだ。人手……いや、悪魔手があれば助かる。
セレスディナの瞳は、さらに深く赤く染みこむ。
甘い誘いに乗ってしまったが最後……このまま殺さずに最後まで使い潰してやる。
蜜に飛び込んだら、それは藻掻いても逃れられない、引き摺り込まれる欲望と快楽の底なし沼。
溺れていることを自覚するその日は来るのか来ないのか……
知らぬが仏ってやつだ。