あの素晴らしい世界に帰るため   作:桃玉

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セレナ視点です。


最終巻 魔王
16.約束の地~誰かの代わりに~


王都を侵略から守るために聳え立つ巨大な防壁。

門を通る隊商は尽きることなく食料や武器を運び込んでいる。

戦闘力のない者たちは中心部の堅牢な建物へ避難する様子で、外壁の周囲では兵士たちが大声を張り上げながら慌ただしく動き回っている。

大地は削られ、堀が掘られ、防壁をさらに補強する土の山が築かれている。

 

「あくせくと働きなすって、まったくご苦労なこった……」

 

そんな言葉が、額から流れ落ちる汗と共に漏れ出る。

疲労で足が棒みたいだ……が、あたしが休むわけにはいかない。

馬を使えば魔王城まで1日かそこらだが、ぴりついた空気を王都から感じる。

王都の中に入るにも馬を調達するにも信用できる身分が必要だ。

ダークプリーストで正体を明かすこともできないあたしは、歩き続けるしかないって訳だ。

 

「歩きだと魔王城まで大体3日、ねぇ……」

 

あたしの記憶に狂いがなければ、魔王軍がここに襲撃してくるまであと3日。

都合がいいと言えばいいのか悪いと言えばいいのか。

魔王城の人手が乏しくなる、あたし一人でも魔王をなんとかしてやれる可能性がぐんと高まるベストタイミングとも言えるだろうし、余裕のないギリギリの賭けだとも言える。

 

「はぁ……。途中で足になるモンスターでも出てくれりゃいいんだが……」

 

遠く、夕日に染まる魔王城を見上げながら、疲れた身体に鞭を打つ。

魔法の使用は最低限、魔王との戦いまで温存しておきたい。

あたしは手の中に滲む汗を握りしめ、足を約束の地へと。

 

 

 

 

――休みなく歩き続けた日々の先に。

視界の端に魔王軍の旗が揺れ動くのが見えた瞬間、心臓が強く跳ねた。

 

襲撃を仕掛けにいく魔王軍の軍勢だ。

その中心には魔王の娘。

魔王より能力を継承しており、魔王よりもその力は……

 

なんて考えても仕方ないか。

標的は魔王。

魔王を倒せば魔王の娘にかけられていた能力強化も剥がれるだろうし、そうなれば人類側の最終兵器である王族と力量が同じかそれ以下になり、なんとかなるはずだ。

あたしはあたしのすべきことをすればいい。

 

軍の横を邪魔にならないように、頭を軽く下げながら通り過ぎ、距離が近づいてくるにつれて覚悟と決意に重苦しい実感が乗っかって、だけれど足は早まる。

一歩、また一歩、着実に目標へ――

 

 

 

 

「いよいよ……だな」

 

魔王城へ近づくにつれおどろおどろしい雰囲気が一層強まっていく。

ついには目の前には結界。

魔王城とその外を隔てているソレを、魔王軍でない者は踏み越えられない。

魔王軍に籍を置いていながらも、心の中では裏切っている……その事実がたったの一歩踏み出すことを躊躇させる。

思わず生唾を飲み、外套を整え、深くフードを被り――

 

「ふー…………よし、行くか」

 

足を恐る恐る踏み出す。

普段だったら何気なく実家に帰るがごとく足を踏み入れるのだろうが、その境界を越えた瞬間、ぶわっと汗が毛穴という毛穴から噴き出すほどの錯覚。

今まで味方だったから何も気にしなかったが、魔王を敵と認識した今はっきりと感じる恐怖。

 

大丈夫だと、魔王城の境界の中に入れたんだから敵対しようとしてることはばれてないと何度も心の中で唱えて不安を紛らわせる。

それでも収まらない緊張。

今にも吐いちまいそうなほどなのに、そこに追い打ちをかけるように声が聞こえくる。

 

「止まれ、人間」

 

声の主は魔王城の門番を務めている堕天使――魔王軍最古参の元幹部であり、世界最強の魔法使いのだ。

たった一言、声をかけられただけなのに鼓動が激しくなるのを感じる。

寒気すら感じる圧に気圧され、顔を上げられない。

演技は得意なはずなのに表情を見られたらどうなるだろうと恐ろしくて。

だが、そんなあたしの気持ちを知らない相手は。

 

「こそこそと、されど姿を隠すことなく……一体魔王城に何用か。まさか、人間で魔王軍の者ではあるまい」

 

門番の目が鋭く光り、心臓が跳ね上がる。

拒否したら怪しまれると、激しく打ち付ける鼓動はそのままに、表情筋だけを固定して斜めに目を合わせる。

 

「…………そのまさか。あたしだよ」

「ああ、お前だったか。……ちなみにここは魔王城で王都ではない。あの娘を探しているのなら回れ右すると――」

「迷子じゃねえよ! ……アクセルの街の件が終了したから報告しに来たんだ」

「そうか。では魔王に早く吉報を知らせに……吉報で合っているな?」

「いいや、凶報だろうよ……人類にとっては」

「随分と腹黒い笑みをして。愚問だった」

「つー訳だ。通るぞ」

 

声は震えてないだろうか。

表情はうまく作れてるだろうか。

普段通りに振る舞えているのだろうか。

いつも会話していた連中と喋ることすら神経がすり減る。

だが、ここを突破したら後は魔王のいる玉座まで上るだけ。

魔王との決着の場まであと幾何か。

 

 

 

結界を越えた後も、城内の圧迫感はさらに増している。

王都へ襲撃へ行ったせいで警備が薄いのはわかっているが、それにしても誰とも会わない。

そんな嫌に静かで、なのに圧迫感があって、自分の足音だけが鳴り響く空間が不気味で……

玉座の間へと続く長い回廊を、階段を踏みしめるその足にわずかな震えを感じる。

 

「……どうして偉いやつってのは高いところに住みたがるんだか……馬鹿なのか? 馬鹿なんじゃないのか? いや、こうやって敵の体力気力をそぐのが目的なんだろうが、テレポートの隠し通路とか用意したっていいと思うんだあたしは……」

 

上下に肩を弾ませながら、その震えを疲れのせいにして紛らわせながら、階段の終わりを目指して足を上げ続ける。

あと何十段としかないのに、時間としてはそう長くないはずなのに、どうしてか、時間が、距離が、引き延ばされたみたいに長い。

 

「はぁ……はぁ…………ここまで来ればあと本当に少し……」

 

上りきった先、長い一本の通路の最奥に見える禍々しい、重厚な扉。

その先にいるのは魔王。

あたしのことを粘液まみれにしてくれた憎き敵の親玉のことを脳裏に浮かべ、武者震いする。

 

(こっからが本番だ……。作戦は決めてある。即死魔法も呪いもデバフもきっと通じないだろうが、これなら、この方法なら魔王に攻撃を通せる。…………魔王を殺せる)

 

玉座の間を守る巨大な扉の前に到達し、計画の最終段階へ踏み切る準備を心の中で。

決意はアクセルを出たときに固まっていた。

もうその時から戻らないことを決めていた。

ただ、最初から戻れないことはわかっていた。

楽しかったアイツらとの冒険の日々に、あたしが成功しようとしまいと戻れないことは。

だって魔王軍幹部だし。

でも、久しぶりに仲間だって心の底から言ってくれたお人好しで……

そんなヤツらに誑かされて、アイツらには幸せに生きてほしいって、そう思ってここまで来ちまうなんて――

 

「まったく、とんだ大馬鹿もんだよ……」

 

こんなことを思うようになっちまうだなんて、一体誰に似たのやらと自嘲気味に笑いを浮かべる。

緊張は思い出に吸い込まれ、思い出の日々にさよならを告げ――

あたしは扉を叩いた。

 

「セレスディナだ。アクセルの街にて、任務を完了した。結果を直接報告しに来たから開けてくれ」

「…………入れ」

 

そう声を上げると、少しの間の後、扉の向こうから、低く、冷たく、それでいてどこか重苦しい声が聞こえてくる。

そして重厚な音を立てて扉がゆっくりと開く。

 

玉座の間――

広大な空間は魔力の塊のような雰囲気に満ちていた。

床に響く足音が重く、一歩ごとに心の鼓動が速まっていく。

遠くに見える玉座には、魔王が鎮座している。

その周囲には親衛隊たちが控えており、彼らの鋭い眼光がこちらに注がれているのが分かった。

 

「セレスディナ。任務、ご苦労だったな」

「……なあ、もう少し茶目っ気がある言い方してくれてもいいんじゃないか? その方があんたの娘にも受けいいと思うんだが」

「そ、そうか? 威厳がある父親の方がかっこいいと思うんだが」

「威厳ましましだと声かけにくいだろうに」

「た、確かに……」

 

自分だけが感じるプレッシャーを悟らせないように、自然な会話の流れを作る。

警戒されるわけにはいかない。

魔王の懐に届く位置にまで近づければ、あとは計画通りに――。

 

「ま、まあ、まずは報告を聞こうではないか。前に」

「どーも。それじゃあ報告だが――」

 

言葉とともに一歩、また一歩と距離を詰める。

親衛隊の動きはない。

これまでの任務で信頼を築き、彼らにとって自分は忠実な部下として映っているはずだ。

この空間にいる誰一人として、私が命を狙っていることを疑っていない。

玉座の間に響く声を聞きながら、心の奥底では計算を繰り返す。

事前に考えて書き上げた偽の報告書の内容を簡単に話しあげ、会話のテンポを乱さないよう、魔王の懐までの距離を詰めていく。

 

「――で、報告は以上だ。質問は?」

「現在、アクセルの街に魔王軍を攻めさせているはずだが、それはどうなっている」

「あっち任せだ。ただサトウカズマがいるとアクセルの街を落とす障害になるんで、アイツをここに連れ出すためにあたしも街を去ることは連絡済みだ」

「つまり、一先ずはアクセルの街を滅ぼせたかどうかの連絡待ちになるわけだな?」

「そうだ」

「つまり、今から特にお前はやることがないと」

「ええ、まあ……」

 

なんであたしの予定がないって聞いて喜んでるんだよこの魔王……

なんかいい年したおっさんがモジモジしてるのみるのはきついもんがあるんだが。

普段はそんなことしないのに……こんなにキモくなってるってことはきっと自分の娘のことだろう。

となれば今考えられるのは……

 

「……娘さんの喜ぶプレゼントを教えろってか?」

「なぜそれを!?」

「いや、王都を攻め落としたら褒美にプレゼントをって思ってんだろうなーって……あ、でもそういうお願いは聞けないぞ」

「まさかお前、バニ――」

「違う」

 

どうやら推理は当たったらしい。

……確かに、バニルと一緒にいたせいで思考を読むのがうまくなったのは認める。

だが、あそこまで性悪になったら人間としてしまいだよ。

 

「単純に、アンタの娘さんとほとんど喋ったことねえし、好みとか知らねえよ」

「そうか……」

「ま、まあ、気を落とすなよな? 少なくとも同性の視点から助言してやれるし」

「……本当だろうな?」

 

かかった。

威圧的な態度を崩さずにいようとしているようだが、内心で興味を引かれたのがわかる。

しかもプライベートな話題で。

親衛隊にもあまり大きな声で話したくはないだろう話題をチョイスできた自分を褒めてやりたい。

どうして褒めたいかといえば――

 

「よし、信じようか。そうなれば近くで話した方がいいだろ。そうすれば具体的な話ができるしな」

 

――こうして、相手からこっちに来るように言ってくれるからだ。

もし会話の流れがうまくくめなくても、追加で資料の説明だとか言って無理矢理近づくことはできるが、親衛隊に違和感を持たせることなく接近できたのはデカいチャンスだ。

 

その言葉が出た瞬間、あたしは玉座へ歩き出す。

親衛隊たちが「またか。今回も長くなりそうだぞ……」とか「親馬鹿魔王様……」だとか言ってため息をついている中、あたしは袖に隠した短剣の柄をそっと握り直す。

 

(ここが正念場だ――)

 

玉座へと階段を上り、魔王にゆっくりと、さながら平和な街の中を歩くかのように自然体で。

悟られないよう、あらかじめ鞘から抜いていた短剣を袖の中に入れたまま魔王の腹へと導き――

 

 

銀色の刃は反射的に振り下ろされた魔王の手によって阻まれてしまった。

そんな腕の薄皮すら断ち切れないず、魔王はただ袖を貫いて出た刃を見つめるばかり。

 

「……なっ――!?」

 

魔王は何をされたのか一瞬理解できないような表情を腕を見る。

刺さる寸前で刃を止めた鈍い金属が視界に映ると、形相が一変した。

怒りと驚愕の混ざった声を放ち、反射的にあたしを突き飛ばそうと魔力を込めていない拳を放つ。

 

(これでいい……)

 

あたしの顔に向かって魔王の拳が飛んでくるのがわかる。

妙にゆっくりに見える大ぶりの攻撃。

魔力がこもっていないと言ってもその拳はオーガの頭を余裕で粉砕するほどの威力で、あたしの頭部の方に向かってくるのがわかる。

脳が死を予感してゆっくりに見えてるだけで、実際はとてつもない速度……よけることなどできるはずもなく、あたしは目を瞑る。

 

(よかった…………成功だ)

 

次の瞬間、激しい衝撃。

私は宙に放り出され、壁に叩きつけられる。

その瞬間、魔王の叫びが耳に届く。

 

「ぐ、がぁああぁあああッッ……!! セレ……お前! 今俺に、一体何を……!!」

「何って、急にお前があたしのこと突き飛ばしたんじゃないか。復讐の力は制御できないのに……女の子に近づかれたからって驚いて手加減忘れて突き飛ばしたテメェのせいだぞ?」

 

血は滴り落ちるというより吹き出ていた。

見ると魔王の左肩が根元から抉られているが、溢れる血のせいでどれだけ失ったのかが確認できない。

ただ離れた床にぐしゃりと落ちている肉片。

歪にちぎれた肩から先の部分だろうが、かろうじて腕や指だっただろう部分は判別できるが、大部分は潰れて形が見えない。

ただ漠然と「結構吹き飛んだな」と。

 

魔王は必死に治癒魔法をかけているが、欠けた部位は戻らない。

しかし明らかに血は止まってきている。

その姿を見て、作戦の失敗を悟る。

 

(マジか……魔王にとっちゃあれも致命傷じゃないのかよ。クソが……)

 

あたしにとっちゃ結構致命的なのに、ほんと、魔族ってやつは理不尽だ。

動こうとしてもうまく力が入らない……が、損傷が激しすぎるせいか思っているほどひどい痛みはない。

脳みそが痛みを受け入れることを拒絶しているのか?

ま、その方があたしにとっては好都合だ――

 

 

あたしの作戦は、所謂「道連れ」だ。

魔王があたしを一撃で殺してくれれば、復讐の力で魔王も殺せたはずなのに――今の攻撃ではあたしを死に至らしめることができなかった。

ま、成功だろうと失敗だろうと、あたしが死ねば周囲に街一つ滅ぼすことなんてわけない程度の強力な呪いがばらまかれる。

そうすれば呪いやらが効かないと噂の魔王以外、つまり魔王の親衛隊どもは基本全員道連れにできる。

その場合、魔王に関してはカズマたちになんとかしてもらうことになるが……そんな危ないまねはしてほしくないし、あたし一人でケリをつけたい。

 

 

――あたしはまだ生きている。

なら、諦める道理はない。

満足に動かない身体。

皮膚の表面に吹き出る熱さ。

どんどん熱が、温もりが、体から抜け落ちる感覚。

それでも、痛みはないし、魔法は使える。

命が流れ続け、視界がじわじわと狭まっていく中、最後の力を振り絞り、速度上昇と筋力上昇の魔法を唱える。

 

(次は致命傷になるように、殴るなら殴るでちゃんと狙いをつけてくれよ)

 

最後の力を振り絞り、捨て身で飛びかかろうとして……

その瞬間、首筋に冷たい金属と熱い液体の温度が。




アイリスを傷つけた因果が巡り自分に返ってきた……という解釈です。
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