セレスディナがいない朝。
机には2枚の手紙。
片方は王都とアクセルの街に襲撃をかけるという犯行声明文のようなもの――王都の防衛に必要と残したものだろう。
そして、もう片方は俺たちに向けたもの。
これを置いて日も昇らない時間に屋敷を出て行ったらしい。
「カ、カズマ、どうしよう……!? 早くしないと単身でセレナが……魔王にあんなことやこんな……ああっ、それは私の役目なのに!」
「あわわ、だ、だいじょうび、だからおち、おちち着いてくださいダクネス! あなたの役目でもないですから!」
「落ち着くのはめぐみんの方だ! 女騎士の仕事をとられてたまるか! 早く、追いかける準備を……!」
「冒険者カードを見せられない彼女は身分を明かせません! きっと、馬車などは使えないので歩いて魔王城まで向かっているのです! だ、だから慌てず準備をしてからでも追いつくはずで……」
ダクネスに叩き起こされたかと思えばこんな意味わからん手紙を見せられて、寝起きの頭だからか考えがうまくまとまらない。
……ただ、信じたくなかったんだ。
たった二ヶ月だったと言えばそうなのかもしれない。
でも、めぐみんやダクネスと同じくらい仲間として絆で結ばれてたように感じてたし、厄介ネタを抱えてたがそんなこと気にならないくらい濃密で充実してた。
昨日まで一緒にレベリングやら鍛錬やら、魔王討伐のために一緒にやってきたのに……
「先走りやがって……」
思わず声が漏れる。
思えば昨日の夜、何か様子がおかしかった。
普段なら一緒に夕飯を食べるのに、食欲がないと元気がない様子だったし、心配して部屋を訪ねてみれば、俺に気づかないくらい懸命な様子で何かに祈りを捧げていたし……
でもさ、なんかこう、一緒に頑張ってきたのに信用されてなかったのかなとか、仲間としてそんなに頼りなかったのかなとか……思うんだ。
「はぁ……もう一回寝る」
「なっ! 何を言ってるのですかカズマ、そんな悠長なことをしてる場合じゃないでしょう!? 確かに急ぐ必要はないと言いましたが、急がず急ぐんですよ!」
「何を訳わからないことを言ってるのだ! そ、それにカズマのことだ。きっと魔王城にいく道中に王都があったはずだし、そこで捕まえようとしてるんだろ……」
「いや違うよ? アイツが勝手に出て行ったんだ。俺たちの助けはいらないんだとよ。だから俺はもうなんにも知らない」
「何をいじけてるのだ! こ、こら、ふて寝するんじゃない!」
いじけてなんていない。
ただ、俺たちの力が必要だって言ってくれればよかったのに、逆のことしてくるセレナには俺たちは必要じゃないってことだろ。
むしろカエル相手に手も足も出ない俺らは足手まといなんだろうよ。
重力に身を委ね、ベッドに身を沈めようとする俺だが、眠りを妨げようとする声がうるさい。
「あのな、手紙にも書いてあっただろ。俺たちはアクセルの街の防衛をセレナに任されたんだ。だったら仲間を信じて帰るべき場所を守って待つのも、仲間のあり方の一つなんじゃないか?」
「言葉を返すようですが、手紙に書いてありましたよね。セレナは自分の死を承知で出て行ったんです。わかってるくせに。……見損ないましたよ」
そりゃわかってる。
めぐみんは俺たちの中で一番仲間思いで、だけど俺だってそれなりにお前らのことを思っていたはずだ。
魔王が怖くないって言ったら嘘になるが、仲間を見捨てるほど薄情になったわけでもない。
魔王に挑むふりして、仲間を見つけたらすぐ回収して逃げ帰るくらいはしてやる。
……でも、暗に来ないでくれって言われたんだ。
どうしようもないだろ。
そんなことを思って抵抗していると、布団を剥がそうとする声が弱まり、嫌に静かで、靴の音が遠ざかっていく。
「…………どこ行く気だよ」
「セレナを止めに」
「爆裂魔法を一発撃ったら何もできなくなるのにか」
「……あなたには関係ないです。では」
「お、おい、めぐみん! 待て……! か、カズマ、一先ずめぐみんのことを足止めしてる! だからそれまでになんとか気持ちの整理をつけてくれ。きっとめぐみんも突然のことに驚いて、感情的になっているだけで…………お前がいなければ追いかけようにも追いかけられない。私たちは、お前だけが頼りだ。だから、頼んだぞ」
そんなことを言って家の外へ出て行っためぐみんを追いかけていくダクネス。
わかってる。
わかってるんだ……
昼なのに曇っているせいか部屋の中は薄暗い。
嫌に静かな屋敷。
いつも賑やかな3人はいない。
そんな状況に俯き、何も動こうとしない自分に嫌気がさす。
陰な感情を紛らわしたくて、思わず頭を掻き毟ろうとした、そのとき。
コンコンコンと俺の部屋をたたくドアの音。
ダクネスがめぐみんを連れ戻して帰ってきたのか、それともセレナがやっぱり力を借りたいと戻ってきたのか。
浅はかな希望を信じたくてドアを開けると……
「フハハハハ! 仲間全員に置いてけぼりにされて一人静かな屋敷でナイーブになっている冒険者よ。じれったいのでちょっとやらしい雰囲気にしに来――」
そう言えば一人、この家に住み着いてるんじゃないかと疑ってしまうほどに馴染んでいるヤツを忘れていた。
男といやらしい気分になりたくない俺は速やかにドアを閉めた。
……いいか、俺は何も見なかった、いいな?
関わったら碌でもないことに巻き込まれるに違いないので、ドアに鍵を閉めて床に就――
「黒より黒く闇より暗き漆黒に我が真紅の混淆を望みたもう覚醒の時来たれり無謬の境界に落ちし理m」
「高速詠唱やめろぉぉおーーッ!!」
このすばぁああぁあっ!!
間一髪、ドアの外から流れ込むビリビリとした爆裂魔法の波動とそれを裏付ける詠唱を感知した俺だった。
「お前っ! 何馬鹿なことして、人の屋敷壊そうとすんなよ!?」
「冗談に決まってるだろ? 人の家を壊すわけない……自分の家だったらともかく」
「冗談でも爆裂魔法撃つふりなんてするんじゃないわ! 心臓に悪い!」
「そう言うのはお前んとこの爆裂魔法使いが器物破損しなくなったら考えなくもない」
「…………も、もしかして、あの娘、またなんかやっちゃいました?」
「やっちゃったというかお前たちの問題というか……」
仮面の人の声を聞く限り、俺が問題に片足突っ込んでいるのは察しがついてしまった。
むしろこの展開でやってないことの方が考えられない。
だってさっきムシャクシャして屋敷を出て行ったじゃん?
イライラを抑えるために爆裂魔法でストレス解消するに決まってるじゃん!
「すいません! 本当にウチの爆裂バカがすいませんッ! アクセルの街の詰め所に行って引き取ってこないと……!」
「めぐみんじゃないぞ? どっちかって言うと……」
「じゃあダクネスか! めぐみんのこと止めてくるって常識人ぶってたのに自分が問題起こしてんじゃね……もしかして、俺を無理矢理外に出すために二人して捕まったんじゃないだろうな!?」
「いや、あの脳筋にそんな作戦考えられると思うか? そっちでもなくて……」
「わかった、じゃあセレナだな! まさかアイツ、魔王軍幹部だってこと気づかれて牢屋にぶち込まれたのか!? そんで俺のパーティーに加入してたのばれて……そういうことだろ! まったく、どこに捕まったんだ! 迷惑かけた分あとでこってり折檻してや」
「いや、そうでもない。アイツは順調も順調で、今頃隣の街歩き進めてる頃だろうよ」
「じゃあなんだよ! 俺たちパーティーの問題なんだろ、今誰も問題を起こしてないんだったら何が問題だってんだよ!」
「お前だ!!」
…………またまたぁ。
家出してるセレナが今一番の問題児だろ?
俺なんてこのパーティー随一の常識人だし、そもそも問題を起こすどころか家でゴロゴロしてるだけだし。
迷惑をかける要素なんてどこにも……
「いや、何首ひねってるんだよ。引きこもってばっかりだろ最近のお前」
「ひ、引きこもってばっかりじゃないし! てか、そうなったのは誰のせいだ誰の。少なくとも俺のせいじゃないぞー」
「確かに否定するつもりはない。俺だってこんな状況なら引きこもるし」
「じゃあ俺も何も悪くないじゃん! 何も問題ないってんだったら出て行って、俺のぐーたら生活を邪魔しないように出てって!」
邪魔者をシッシと部屋を出て行くように促す。
美女か美少女あたりなら嬉しかったかもしれないが、よりにもよってこの男。
今俺に必要なのは癒やし。
そう、俺はメインヒロイン的存在からいい感じに励まされたいんだ。
俺の頑張りを肯定してくれて、セレナのことを追いかけるように背中を押してくれる、そんな……
「フハハハハ! 話はまだ終わってないぞ。今日、お前だけしかいない屋敷に来たのはほかでもない。お前にちょっと将来を決める大事な決断をしてもらうためにな……」
「大事な決断、ねぇ」
……一応言っておく。
目の前で両腕を広げているコイツは確かに俺のことを気にかけてくれてるのかもしれない。
が、この両腕はハグじゃなくてフハハハの両腕だ。
断じてヒロイン枠ではない。ヒロイン枠ではない!
そんなことを思っている間に仮面の人は言葉を続ける。
「ま、決断と言いつつほとんど選ぶ選択肢は決まってるようなもんだけどな」
「……? そりゃ一体どういう……」
「簡単な二択だ。セレスディナを今すぐ追いかけるか、ゆっくり追いかけるか」
「……追いかけるのは確定なの何なの? 追いかけないよ?」
「…………後悔することになってもか」
後悔するって……
今までの冒険、後悔ばっかりだわ。
変な仲間とパーティー組んじゃうし、自分の身の丈に合っていないボス敵とばっかり戦う羽目になるし、結果的になんとかなってるからいいものの、危険な橋を渡ってることばっかりで。
「パーティーメンバー選びに後悔してると口で言っておいて、実はそんな毎日が嫌いじゃないと思っている冒険者よ」
「思ってない。……というか心読むなよ」
「読んでないぞ? ただ、お前のことを一番理解してるのは俺ってだけだ」
「じゃあ人がそういう気分になってるってわかってるんだったらもうちょっと気遣ってほしいんだが!?」
「元の性分が性分だ。気を遣ったらとことん怠惰なんだから無理な話だろ」
「ねえ、本当にどうして俺に対する解像度高いの? めぐみんとかより一緒にいる時間少ないくせに……」
「いやいや、そんな解像度高いだとか……セレスディナを追いかけたい気持ちはあるが、葛藤のせいで一歩前に踏み出せないんだろうなーなんて思ってるだけである。フハハハハ!」
「本当にどうして俺の心筒抜けなんだよ!? 怖ッ!? ……じゃなくて、別に葛藤なんてして……」
「そんなお前に朗報だ。心のどこかで引っかかっているせいで動けないようだが、それを俺が解消してやろう」
……解消してやろうって言われても。
セレナが俺たちに頼らずに魔王討伐しに行ったんだろ?
俺たちのことを足手まといだって思ってるのか、仲間として信頼していないのか、それとも手紙の文字通り、自分の都合をパーティーに持ち込まないように、迷惑をかけまいとしているのか。
何にせよ、俺たちを置いていったのはアイツの意思――
「さっき、セレスディナをすぐに追いかけるかどうかって話したが……選択の先にある後悔を教えてやる」
「後悔ってなんだ? 結果じゃなくて? 早く行けばセレナが早く俺にごめんなさいして、ゆっくり行けば遅れてごめんなさいするだけなんじゃ……」
「アイツ、死ぬんだよ」
「……し……えっ、なんて?」
今、死ぬって言ったか?
アイツって……一体どいつのことだ?
まさか、セレナのことじゃないだろうな……
いやいや、セレナは理想を語ることはあるが現実をわきまえていないのバカじゃない。
魔王を倒せもしないのに一人で行くほどバカじゃないんだ。
作戦をしくじるようなやつじゃないし、勝算があるはずで……
「追いかける時期が遅れれば、アイツは確実に魔王に殺される」
「そ、それは、なんで……確実だなんてどうして言い切れ――」
「いや、確実だ。なんせ自分が死ぬことを前提にした作戦だからな」
「えっ……?」
「お前たちには後ろめたくて黙っていたようだが、あいつはレジーナ教。レジーナ教は復讐の能力を持っている。その効果は自分が殺されると見境なしに周囲に強力な呪いをばらまく。それで魔王討伐をしようとしてるんだよ」
自分が死ぬことを前提にした作戦だって?
もしその作戦が本当だったとして、確かに俺たちがいたらその強力な呪いに当てられて大変なことになって……俺たちを遠ざけた理由はわかる。
だが、今までセレナと一緒に過ごしてきてたが、俺たちの前でそんな自暴自棄になってるようなところなんて見せなかったし、今思い出してもその気配すらなかった。
「というかその作戦の内容をどうしてお前が知ってるんだよ!」
「協力関係だったんだよ、俺ら。利害の一致というやつだ」
……ああ、なるほど。
セレナは魔王軍幹部だが、魔王討伐を狙ってるし、仮面の人の正体も今までわかっていなかったが、きっとセレナと同じ類いなんだろう。
魔王を倒すことだけを目標に今まで……
今まで俺たちを助けてくれたときは半分以上魔王軍幹部が絡んでいた気がする。
「それで、今朝出て行ったんだよ、アイツ。そん時にそういう作戦だって聞いたんだ」
「そ、それはわかった。でも、急になんでそんなことを……」
一瞬の間。
仮面の人が何か決意を固めるかのように喉を鳴らし。
「…………俺が魔王討伐行くように唆したんだよ」
そう言った。
目を下にそらし、少し申し訳なさそうな様子で――
「お前のせいかぁぁあッ!! 何やってんだよお前! お前のせいならお前が」
「と、言っておけばお前はセレスディナをすぐに追いかけて、連れ戻しにいくのだろう? なあ、置いてかれたことで卑屈になっていた冒険者殿」
「…………お前のせいじゃないのか?」
「少なくとも、セレスディナに魔王城が兵力が薄くなるから魔王を倒すまたとない機会だと言ったのは俺だな。だが、今魔王討伐をしなければ人類が滅亡することも事実。真っ先に死ぬのは王族であるお前の妹だと思った方がいい」
「それは、お得意の未来予想か?」
「予想とは違う。今すぐお前が魔王討伐に行かなかった場合に訪れる……確定した未来だ。セレスディナが魔王討伐へ行ったから人類滅亡は回避できるだろうが……代わりにアイツが死ぬことは確実だ」
まるで実際に体験してきたかのようで、後悔が滲み出ている。
人類滅亡を回避するためにセレナを唆したのだろうが、セレナが魔王討伐に行こうと行くまいと、仮面の人の話が全部本当なら、結局のところ……
「俺ができるのはここまでだ。自力で立ち上がるにはおよそ3日…………期を逃せば、後悔することを、努々忘れるなよ」
「ああーっ! わかったよ、わかった! 行けばいいんだろセレナを追いかけに!」
俺に選択する余地なんてなかった。
何千万人の命のために俺たちの仲間一人が犠牲になるなんて、そんなこと……
俺の中で決心が固まる。
散々行きたくないと駄々を捏ねたが、仲間が死んでしまうだなんて聞いて、それでふて腐れたままでいるほど俺はセレナが嫌いじゃない。
立ち上がり、出発の準備を整えていると声が聞こえてくる。
「帰ったぞカズ、マ…………ずいぶんと早い立ち直りだったな。3日ほどは引きこもってるものかと思っていたぞ」
「俺をなんだと思ってんだよ。それに俺はセレナを助けにいくわけじゃないんだからな」
「か、カズマ。その、先ほどですが、セレナが心配でたまらなくて酷いことを……すみません。反省していますのでどうか、セレナを止めるために、一緒に……」
「……セレナのことは止めないからな。アイツが勝手に魔王を倒しにいったんだ」
申し訳なさげに俺に話しかけてきたが、俺の言葉を聞いて小さくビクつくめぐみん。
自分のせいで俺が怒ってると思ってるのだろう。
そんな不本意な考えをもたれるなんて心外だ。
俺はその考えを払拭すべく言葉を続ける。
「……でもさ。仮にアイツが魔王討伐したとして、アイツは俺たちのパーティーメンバーだろ? 俺、アイツだけが勇者として黄色い声を浴びてる中、魔王討伐に参加もしてないで後ろめたさ全開で金魚の糞してるのは絶対やだなって思うんだ」
「カズマ? 一体何の話を……」
「いやさ、どうせならしっかり魔王討伐してちやほやされたいじゃん? 勝手にパーティー抜けて魔王を討伐した勇者って称号を独り占めしようとしてる不届きなこと許せないだろ?」
「カズマ!? いい一体何を……!?まさか、それは……つまり!?」
「ああ――」
というわけでこの度、俺ことサトウカズマは。
「――行こうぜ、魔王討伐!」
魔王討伐へ行くことにした。
そうだな、その道中でばったりセレナと遭遇するかもしれないが、それは偶々ってやつだ。