「はぁ…」
勇がアミタ達に説教されている頃、東京のとある広場にある噴水の周りに設置されたベンチに腰掛けて、真昼間から溜息をついている少女がいた。
キリエ・フローリアン。アミタの実妹で、とある目的のために異世界よりこの世界へとやってきたのだが…。
「これからどうしよ…」
その目的に必要な物の手がかりがなく、途方にくれていたのであった。
姉の制止を振り切り、勢いよく飛び出たまではいいが、その後のことは時間が無かったとはいえノープランであった。
だが、追いかけてきた姉に酷い仕打ちをしてしまったのだ、このまま手ぶらで帰るわけにはいかない。
「まずは、寝床を確保しないとなぁ。後はお金か…」
そう呟いて、可愛らしいカエルがプリントされたがま口財布を開けるキリエ。
幸い、自分のいた世界とこの世界の通貨が共通していたので、資金はまだ余裕があるが、活動するための拠点を確保しなければならない。
ここ数日は漫画喫茶と呼ばれる施設を利用している。だが、店員にも怪しまれてきているので、そろそろ限界だろう。
それに、あそこはドラゴ○ボールや北○の拳やら人を魅了する禁断の書物が多すぎる。決して夢中で読んでしまってなどいない。
資金も無限という訳ではない。どうにか収入を確保せねば最悪餓死してしまうだろう。
「はぁ…」
これからのことを考えると、憂鬱な気分になってしまう。いや、こういう時こそ気を強く持たねば!
「ねえねえ、カーノジョっ♪」
「今日ヒマ?今ヒマ?どっか行こうよ~」
自身を奮起させていたら、不意に声をかけられた。
顔を上げると、髪を染めいかにも軽薄さを感じさせる格好をした二人組の男だった。俗に言う遊人と呼ばれる部類の人間である。
「いえ、約束があるんで」
100%関わらない方がいいだろうと判断したキリエは、適当に嘘をついてその場を離れようと立ち上がる。
だが、逃がさまいと一人の男がキリエの進路を塞いできた。背後には噴水があるために逃げられなくなってしまう。
「えー、なになに?カレシィ?キミを待たせている奴なんてほっといて俺らと遊ぼうよぉ」
「そーそー。俺らの方が楽しませられるって」
「(ウザっ!)
明らかに下心丸出しの笑を浮かべて詰め寄ってくる二人組に、心の中で舌打ちするキリエ。
恋人なんて生まれてこのかたいやしない。昔姉と呼んだ絵本に描かれていた、白馬の王子様とお姫様に憧れたことはあるが、所詮自分は…。
「(やめやめ!)」
頭をよぎった嫌な思考を断ち切ると、どうやってこの場を切り抜けるかに集中する。
この程度の奴らなど簡単に蹴散らせるが、できるだけ騒ぎは起こしたくないので、穏便に切り抜けなくてはならない。
周りの人が助けてくれるのではないかと、視線を向けてみるも、皆一様に関わるまいと知らんぷりである。
「(ま、無理もないか)」
決して彼らを責めようなどとは思わない。誰でも自分の身が一番なのだ、厄介ごとには関わりたくないと思うのは当然である。
となると、自分でどうにかせねばならないが、彼らを口だけで追い返せそうもなかった。
「(お姉ちゃん…)」
ふと、姉の顔が思い浮かんできた。
やたら暑苦しくて、空回りすることが多く。どこか抜けているところがあるが、どんな時でも自分を守ってくれた自慢の姉だ。
もしかしたら姉が助けに来てくれるんじゃないかと、期待してしまったが、それはないだろう。今頃姉は自分のせいで…。
何も言わなくなったキリエを、観念したのかと勘違いした二人組の一人がその肩に手を置こうとした瞬間――
「邪魔だ」
突然、二人組とは別の男の声と共に、男の内の一人が視界から消えた。
「え?」
予想外の事態に残された男と共に唖然としていると、ようやく思考が戻ってきた。
自分に触ろうとしていた男は消えたのではなく、何者かに吹き飛ばされたのだ。
その証拠に、先程まで目の前にいた男が少し離れた場所で伸びていた。
「な、何だテメェは!?」
残された男も、同じように状況を認識したのか声を荒らげて、乱入してきた男を睨みつける。
乱入してきたのは、黒のジャージを纏う銀髪で赤い瞳をした、自分と同年代の少年だった。ただ、その目つきがとても鋭く、この世界で見た任侠映画に出てくるヤクザと呼ばれる人を思い浮かばせる。
「俺か?俺はテロ…通りすがりの一般人だ」
なぜ、言い直したし?
「ふむ、いい天気だ」
平日とは言え、それなりに人が混んでいる東京の街を一人の少年が歩いていた。
ヴォルフ・ストラージ。テロ組織「ファントム・タスク」に身を置く犯罪者である。
先日の新型PT「ヒュッケバインMK-Ⅱ」の強奪後、ヴォルフ率いるチーム「シャドウ」は暫く休暇(テロリストも休む時は休む)だと言い渡されたのである。
休みと言われても、これといった趣味もないので、大抵自室で寝るか
今日は珍しく二人共用事で出かけており、やることがないので、天気がいいので散歩することとしたのである。
この先にある噴水広場のベンチは、ゆったりと寛げるのでお気に入りの場所なのである。
「そう言えば」
強奪の時、面白い奴と会ったな。民間人のようだったが、武器を構えた俺に怯むことなく俺を否定してきた女?だった。
自分が死ぬかもしれない状況で、信念を曲げないとは大した奴であった。そのことを仲間に話したらなぜか不機嫌になっり、上司に女心を学べと言われてしまった。解せん。
「む?」
定位置であるベンチの目の前に、俺と同い年と見られる一人の女の囲んでいる、いかにもだらしがない風貌である二人組の男がいた。
どう見ても仲良しに見えないことから、俗に言うナンパと呼ばれる行為であろう。やるなら他所でやってもらいたい。
仕方ないので、少し待ってみることとする。
「えー、なになに?カレシィ?キミを待たせている奴なんてほっといて俺らと遊ぼうよぉ」
「そーそー。俺らの方が楽しませられるって」
男共が女に話しかけているが、無視されていた。さっさと諦めろ。
その後も動く気配が見られない、流石に我慢の限界がある。
待つのが面倒臭くなったので男共に近づき、女の肩に手を置こうとした男を蹴り飛ばした。
完全な不意打ちであったため、吹き飛んだ男は受身も取れずに転がっていった。
「な、何だテメェは!?」
やっと、状況を把握した残りの男が声を荒らげて睨みつけてきた。そんな及び腰では威圧ににもならんぞ?
「俺か?俺はテロ…通りすがりの一般人だ」
危うくいつもの癖で名乗ろうとして咄嗟に言い直す。
別に自分の生き方を恥ずかしいなどと思ったことは無いが、通報されても面倒なので誤魔化しておこう。
「ふざけんな!お前がこの女の男か!?」
「はあ!?」
男が言った言葉に女が何か反応している。この男何か勘違いしているようだが、よく分からん。
「そ、そんなんじゃないわよ!こんなヤクザ顔した奴なんて知らないわよ!」
「おい、顔については触れるな、傷つく」
「あ、ごめん」
俺が一番気にしていることを遠慮無く抉ってきやがったこの女。ちゃんと謝ったから許すが。
「じゃあ、お前もこの女を狙っているのか、あァ!」
「何のことかさっぱり分からんが、俺はそこのベンチで寛ぎたいだけだ。騒ぐなら他所でやれ」
そう言ってベンチを指差すと、何言ってんだこいつと言いたそうな顔をされた。解せん。
「大体、平日の真昼間から女の尻を追っかけてるんじゃねぇよ。どうせ相手にされんのだから、もっと有意義な過ごし方を探せ」
同じ男として、恥ずかしいたらありゃしない。
「ぷっ。確かに」
女がツボにでもはまったのか声を殺して笑うと、男の顔がみるみる赤く染まっていった。風邪でも引いたか?
「ふ、ふざけやがって!!}
突然、男が上着のポケットから折りたたみ式のナイフを取り出すと、刃を向けてきた。は?この程度で切れるなよ面倒臭い。
だが、男はそのまま動こうとしない。まさか、怖くて刺せませんとでも言う気かよ?そんな軽い気持ちで武器を構えたというのか?
「な、なんだよその目は!こ、これが怖くねぇのかよ!」
「怖い?馬鹿か、貴様は?殺気の籠っていない物でどう怯えろと言うのだ?」
俺が一歩踏み出すと、逆に男は後ろへと退がった。下らない、全く持って下らない。何の覚悟も無い癖に武器を持っているのかこいつは?
男が持っていたナイフの刃を右手で握り締めると、鋭い痛みと共に手の平から血が流れ出す。男は、信じられない物を見るような目をしていた。
「いいか、武器を持っていいのは、殺し殺される覚悟がある奴だけだ!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
怒気を込めて叫ぶと、男はナイフを手放し、伸びていた男を見捨てて走り去っていった。
男が置いていったナイフを放置する訳にもいかないので、刃をしまいズボンのポケットにしまっておく。
野次馬していた奴らが騒ぎ出したので、早々に立ち去るとしよう。
「って待ちなさいよ!」
「ん?」
なぜか知らんが、女に呼び止められた。文句でも言われるのか?
「何で、勘弁してくれって顔してるのよ!刃物掴むなんて馬鹿じゃないの!手見せて!」
そう言うと強引に右手を掴み、自信が持っていたハンカチを巻きつけてきた。さり気なく馬鹿と言われた…。
「おい、汚れるぞ?」
「そんなこと言ってる場合!?じっとしてなさい!」
物凄い剣幕だったので、逆らうと危険と判断し、大人しく手当されることとした。
――これが、漆黒の狩人と呼ばれる少年と、時の操手と呼ばれる少女の出会いであった。