IS学園内の寮の廊下――そこにある掲示板に人だかりができていた。
入学当初は、学園からの告知や部活の部員勧誘等の情報を求めそれなりの頻度で人が集まっていたが。一月も経った最近は、待ち合わせ場所に使われるくらいにしか利用頻度も減っていたが。今日の人の集まりは今までにない熱狂を孕んでいた。
その理由は、一際目を引くように張り出されていた『クラス
「そうか、もうそんな時期になってたのか」
アシュクロフトを巡る騒動と、その後始末が終わり久々に寮に帰って来た勇が人だかりに混ざって呟く。
「兄ちゃん、ここ最近こっちに帰ってきてなかったもんね~」
久方ぶりの兄との日常に、目一杯甘えるようと腕に抱き着いているユウキが感慨深そうに話す。
「こういった催しもあるんですね」
ほへ~と目を輝かせるようにというか、感慨深そうにポスターを見ているアミタ。
死蝕によって文明が衰退したエルトリアで暮らしていた彼女にとって、どんな規模であれイベントという概念自体が真新しいのだろう。
「クラス対抗戦って言うけど、試合に出るのはクラス代表だけなのね」
詳細を見ていた詩乃がふぅんと、声を漏らす。
今回の行事を要約すると、各クラスの代表による一対一で行われるトーナメント形式の大会なのである。
「まあ、ISはそもそも絶対数が限られてるからねぇ。国際行事でもないと団体競技は無理でしょ」
「それもそっか」
500機足らずしか存在しない総数を、世界中の国と企業で分割しているため、専門の学び舎であるIS学園でさえ、授業ですら一つの機体を十数人で使い回さねばならないまでに、生徒数に比べ僅かな機数しか配備されていないのである。
「で、我が弟の相手は…」
『一年一組織斑一夏対一年二組凰鈴音』と書かれた項目を見て、これも定めか、と他の女に現を抜かす(恋する乙女視点)馬鹿者に喝を入れたがっていた鈴の姿を思い出し、心の中で合唱する勇であった。
「一夏と喧嘩した?」
「…はい…」
日も暮れて平時の用務員としての業務時間も終わり、自室で隊長としての書類を処理していると、目尻に涙を留めた鈴が訪ねて来たのであった。
彼女を室内に入れソファに座らせ。茶を淹れながら話を聞くと、先程一夏と同室である箒とルームメイトを替わってもらおうとして揉めていたそうだ。
元々一夏と箒が同室なのは、急な入学となった一夏が1人で暮らせる部屋の準備ができるまで応急処置的なものであり。もうじきその準備も終わるそうなので正直徒労に終わるようなものだが、まあ、そこら辺は管轄外なので置いておくが。
ともかく、それが涙の原因という訳でなく。その話の中で昔一夏とした約束についての話になった時に問題は起きたのだそうだ。
「それで、我が弟は約束を忘れていた、と。どんな約束をしたんだい?」
「…私の料理の腕が上がったら毎日酢豚を食べてくれる、です。それをあいつ『奢ってくれるってやつか?』って言ったんですよ」
「(つまり、味噌汁を作ってほしい的なのの女版か)それで腹が立って引っぱたいてきたと」
要は、ひと昔前の恋愛漫画に倣って彼女なりに一生懸命に告白をしたのに、当の相手はそれを覚えていなかったので、怒りの余り手を出してしまったらしい。
「…………ん~~~~~~~」
「ハッキリ言ってもらっていいですよ。遠まわしで分かりにくいって」
「…………まあ、ねぇ。いや、恋愛ってそういうものじゃない?」
人によりはするだろうが。誰も彼も迷いなく好きですと言えるなら、恋愛漫画といったジャンルは流行ることはなかっただろう。
そんなことを考えながら、茶を注いだ湯飲みを相手と自分の分をテーブルに置きながら、対面に腰かける勇。
「ともかく、そこはもうどうにもならないし、大事なのはこれからでしょ。君は何もこのまま一夏と縁を切りたい訳じゃないんだろう?」
その言葉にこくりと頷く鈴。
彼女の想いがこれくらいで冷める程度のは軽いものであるなら、1年そこらで倍率数千倍と言われる代表候補生になれはしない。
「手っ取り早いのは俺があの馬鹿者に言うことだけど、鈴としてはあやつ自身に気づいてほしいんだろう?」
「まあ…できれば、ですけど…」
体育座りの姿勢で、赤くした顔を膝で隠しながらもごもごと話す鈴。
面倒と言われはするだろうが、恋する乙女とはかくある者なのだろうと、じじくさそうなことを考える勇。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………どうしたもんかね。どうやっても、あの馬鹿者が自然に気がつくビジョンが全く思い浮かばぬ」
「……ですね」
彼はふーむ、と暫し思考を巡らせると、一つの結論に辿り着く。
「よし、ボコろう」
「…ほぇ?」
突拍子もないことを言い出す兄貴分に、思わず間の抜けた声を漏らす鈴。
「幸いもうすぐ対抗戦だし、そこであやつを成敗して『今回はこれで許してやろう』って感じで水に流してしまおう」
「…大丈夫ですかね、それで?」
「こういう時はシンプルイズベストが手っ取り早いって母さんが言ってた。それにあの朴念仁は一度痛い目にあった方が良かろうよ」
「…あの、何かヤケになってません?」
「いいかね鈴君。そもそもの話だが、俺はね恋愛経験なんかないのだよ。ぶっちゃけ相談されても困るのだよ」
「…………その、すみませんでした…………」
その時の勇は、乾いた笑みを浮かべて物凄く遠くを見ていたと後に鈴は語ったのであった。
「篠ノ之束が帰国した、ですか…」
日本の国防を陰から支える内閣情報調査室。その長である情報官の執務室にて、壁に背中を預けた1人の女性が手にした扇子で口元を隠しながら、深刻さを滲ませなるように言葉を紡ぐ。
それに部屋の主であり、翼の父でもある風鳴八紘が、デスクに腰かけながら頭を悩ませるように同調する。
「先日不法に入国したことまでは確認したが、その後の追跡は振り切られてしまった。目下全力で捜索中だが…」
「アメリカを始め、世界中のあらゆる監視の目を悠々と逃れ続けている相手です。入国を捕捉できただけでも御の字と言えるかと」
「…立場上それを慰めの言葉としては受け取れんさ。日本を取り巻く情勢は楽観視などできるものではない」
困ったものだ、とテーブルに肘をつきながら手を組み、疲労を誤魔化すように息を吐く八紘。今年になって世界初の男性IS適合者を巡る各国との駆け引きに始まり、インスペクターやアルティメギルら異世界からの侵略者の出現、ファントムタスクらテロリストの活発化と、戦後最悪と言われるまでに、日本を取り巻く状況は悪化の一途を辿っており。政府関係者――特に内閣情報調査室は休日返上が日常化するまでにパンク寸前となっており、それを纏め上げる彼の心労は計り知れないものとなっていた。
「希望がない、という訳でもないが…」
「最近軍が新設した特務隊――CNFですか?」
ああ、と頷く八紘。その話題になった途端、女性の目が好奇心を刺激されたと言わんばかりに爛々と輝きを見せる。
その姿は
日本の切り札であるシンフォギア奏者に加え、ASTの若きエースだけでなく、最新型のPTに、世界初の男性IS適合者とイギリス・中国の代表候補生、更に最近はDEM社お抱えの世界有数のウィザードと、非公式ながらあのツインテイルズとも連携しているとも言われ、話題性しかない集団に興味を持つなというのも酷な話だが。
「その隊長さんとお会いしたんですよね?どんな感じでした?」
「天道勇少尉か、軽く言葉を交わす程度だがね。そうだな、実直で信頼できる人物で――」
「?」
「いや、面白い若者だったよ」
そういって僅かだが楽しげに笑みを受かべる八紘。共に仕事をするようになってそれなりになるが、立場上感情を抑え冷徹であろうと心がける彼がそのような顔を見せるのは初めてのことであった。
軍の英雄であるかの教導隊隊長の子であり、IS乗りなら誰もが憧れるブリュンヒルデが認める弟弟子、そして彼女自身が煮え湯を飲まされたことがある漆黒の狩人に勝利した人物として興味を持っていたが、八紘の様子を見て俄然惹かれるものを感じるのであった。
「それは会うのが楽しみですね。では、私は学園に戻ります。篠ノ之束が現れるとしたらIS学園でしょうし」
「ああ、頼む」
扇子を広げながら壁から離れる少女、広げられた扇子には『一期一会』という文字が表記されていた。
少女は、身に包んだ
「…
そう呟くと、八紘は革椅子に深々と背を預ける。
外見に反し、この場にそぐわない刃のような大人顔負けの雰囲気よりも、最後に見せた年相応のことに興味を見せる姿の方が余程健全であろう。少なくとも彼にはそうであってほしいという願望があった。
世の中とは儘ならないものだと、先程とはまた違った憂いを吐き出すように八紘はため息をつくのであった。