「ところで天道」
「なんだい風鳴?」
父さんの執務室を出ると、風鳴が話しかけてきた。彼女の方からとは実に珍しい。
「先の戦いで立花、と言ったか。彼女がお前と似ていると話していたが、どういう意味だ?」
「ああ、そのことね」
そういや戻ったら話すって言ってたね。インスペクターや新設部隊の件で忘れてたよ。ごめん。
「二年前のツヴァイウィングのコンサートで起きた。ノイズ発生事件だけど、覚えているかい?」
「忘れるものか…。私の
そう言って苦悶の表情を浮かべる風鳴。無意識に力が込められているのかその手は震えていた。
二年前。ツヴァイウィングのコンサート中に突如ノイズが出現し、観客を含む参加していた多くの人々が犠牲となった事件。
とされているが、実はそのコンサートはある実験のために行われたのだそうだ。
ネフシュタンの鎧――風鳴の持つ天羽々斬のように、現在確認されている聖遺物は、その殆どが何らかの理由で破損しており、原型を留めていないのだ。
そのため本来の力が失われている聖遺物の中でも、ネフシュタンの鎧は完全に近い状態で発掘されたため”完全聖遺物”と分類され、対ノイズ戦の切り札とされていた。
その完全聖遺物を機動させるためには、歌に宿るフォニックゲインと呼ばれるエネルギーが必要であった。
これを満たすには、当時シンフォギアシステムの適合者である風鳴と天羽奏のツヴァイウィングしかいなかった。起動実験にはライブ形式を模し、観客によって二人の力が最大限に引き上げられる方法が採用された。
結果。一応の起動成功を収めるも、エネルギーを制御できず暴走し、同時に起こったノイズ発生事件によってネフシュタンの鎧は行方不明となり、天羽奏がノイズとの戦闘で戦死すると言う最悪の結末になってしまう。
「あの子、立花はね。その事件の数少ない生き残りなんだよ」
「!?」
俺の言葉に衝撃を受けている風鳴。あの事件で生き残ったのは、ごく少数だったから知っているかとも思ったけど、そうでもなかったらしい。
「元々困った人は放っておけない性格みたいでね。その事件で奇跡的に生き残った影響か、自分を顧みなくなってしまったらしい。彼女の友達から聞いた話だけどね」
「つまり、あなたと同じ境遇だったと?」
「そういうことになるけど、彼女と知り合ったのはただの偶然さ。去年まあ、色々とあって困っていた彼女の手助けしたってだけだよ。それ以来会っていなかったし」
彼女には、俺みたいに自分のことを後回しにした生き方はしてほしくなかった。だから関わらないようにしてきたけど、今日の様子を見る限り手遅れだったかもしれん。
「そんな訳だから、余り彼女のことは責めないでくれないかな?あの子なりに、自分のできることをしようと頑張った結果だからさ。俺からもあんな無茶はしない様に話してみるからさ」
「…分かった」
渋々と言った感じで頷く風鳴。まあ、納得しろって言われても難しいだろうね。俺としても、立花の行動は褒められることじゃないって思ってるし。
そんなこんなで話していたら、建物の外が見えてきたので解散となったのだった。
風鳴達と別れ寮へと戻ると、入口でユウキや詩乃が出迎えてくれた。今日戦闘に出たから心配してくれたのだろう。
「に~ちゃ~ん!!!」
俺が帰ってきたことに気がついたユウキが、飛びついてきたので受け止める。
「大丈夫だった?怪我したの?」
そう言って右肩に優しく触れるユウキ。傷はもう、リアライザを用いた治療で完治しているのに気がつくとは、相変わらず鋭い子だ。
「大丈夫だよ。もう、治ってるから」
無事であることを示すために、身体を軽く動かす。それを見て安心した様子のユウキ達。
「わざわざ外で待ってなくてもよかったのに。風邪ひくよ?」
出撃したのが放課後の時刻だから、もう日は完全に落ちていた。まだ四月になったばかりだから、この時刻だと身体が冷え込んでしまう。
「最初は部屋で待ってたんだけど、そのうちじっとしてられなくて」
「だからここで待ってたの!」
詩乃とユウキが口々に言うと、恥ずかしそうに照れていた。うん。可愛いです、はい。
ほのぼのとしていたら、すぐ側でぐ~と腹の虫が鳴る音がした。
「ふぇ~にーちゃん。お腹すいた~」
音の発生源を探すと、抱きついていたユウキが目を回していた。どうやら安心したので、今まで気にしてなかった空腹感が襲ってきたらしい。
「はいはい。それじゃ一夏と箒も誘ってご飯にしようか。」
「うん。アミタさんも心配してたから顔を見せてあげて」
この時間だとアミタは食堂で働いているんだったな。アミタも食堂の人達と上手くやってるみたいだし、だいぶこの世界に慣れてきているな。
「取り敢えずユウキ」
「あい」
「離れろ歩けん」
「やーだー!」
ダダをこねるユウキを強引に引き剥がそうとするが、万力の様にしがみついて離れない。お前腹ペコじゃなかったんかい。
結局剥がすのは諦めて、引きずって行くしかなかったのだった。
学園食堂。ちょうど夕飯時と言うこともあり、多くの学生が詰めかけていた。
食堂で働く従業員も対応に追われ、せわしなく動いていた。アミタもその一人として、懸命にその役割を果たしていた。
「アミタちゃん、これお願い!」
「はい!」
従業員の女性から渡された料理を運ぶアミタ。一見地味に見えるが、百人単位の学生が一度に利用するので、運ぶだけでも相当な重労働となる。なので、従業員の中でも一番若い自分が担当すべきだと、アミタは考えているのだ。
元々アミタは環境再生用の自動作業機械”ギアーズ”である。これくらいの重労働でも難なくこなせるのだ。
「アミタちゃん大丈夫かい?」
「はい!頑丈さが取り柄ですから!」
「いや、そうじゃなくて。勇君のことだよ」
「勇君ですか?」
従業員の一人が心配そうな顔でアミタに話しかけるが、アミタは意味が分からず首を傾げてしまう。
「今日戦闘があっただろう?あの子も出撃したのに心配じゃないのかい?」
そう言われて彼女が言いたいことに気がついたアミタ。勇むが戦闘に出たにも関わらず、いつも通りでいるのが気になった様である。
「心配してないと言えば嘘になりますけど、勇君が自分の役目を果たしているのなら、私も自分にできることをしようかなって思ったんです。それに、勇君なら無事に戻って来てくれるって信じてますから」
アミタの言葉に感激した様に涙を流し出す食堂のおば様方。その姿に困惑しあたふたするアミタ。
「ど、そうしたんですか皆さん!?」
「ああ、何ていい娘なんだろうねアミタちゃんは!家の子にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ!!」
「勇君は幸せ者だねぇ!」
「私達、応援してるから頑張ってね!」
「え、えっと。ありがうございます?」
何がなんだか分からず、曖昧に答えることしかできないアミタ。その頭の上には疑問符が浮かび上がりまくっていた。
「すいませーん!」
「はーい、ただいま。あ、勇君!」
受け取り口から呼ばれたので振り向くと、勇と彼に抱きついているユウキにその隣に詩乃が立っていた。
「お疲れ様です。大丈夫でしたか?」
「うん。ちょっと怪我したけどもう治ってるよ」
「そうですか…」
そう言って笑う勇だが、対するアミタの表情はどこか暗かった。
「どうしたのアミタ?」
「いえ、何でもありません。それよりも、すぐに用意しますね!」
アミタが勇達から食券を受け取ると、記載されている料理名を調理担当の従業員に読み上げる。長年この食堂に勤めていることもあって、アミタ以外の従業員はみな手馴れており、あっという間に料理ができあがっていく。
完成した料理をアミタが勇達の元に運ぶと、香ばしい匂いが嗅覚を刺激して食欲をそそる。ちなみにこの学園食堂。様々な国の生徒が在籍するIS学園が利用していることもあって、料理のバリエーションは豊富であり、味も高級レストラン顔負けなのである。
「はい、お待ちどう様でした」
「わーい!ありがとうアミタさん!」
余程お腹が空いているのか、勇に抱きつきながらピョンピョン飛び跳ねるユウキ。これには流石にやかましく感じたのか、勇が頭を抑えて無理やり止めるのだった。
「アミタちゃーん!こっちはもういいから、勇君らと一緒にご飯食べてきな!」
「え?でも…」
アミタが見る限り、まだ人混みが多く、今離れてしまうことに抵抗を感じてしまう。
「いいから、いいから!こっちは大丈夫だからさ!」
そう言って従業員の一人がアミタの背中を押す。他の従業員達も親指を立ててエールを贈っていた。
その後。一夏や箒も加わって賑やかな夕食となるのであった。
夕食を終え、部屋に設置されている風呂に入ると、コーヒーを淹れてソファーに腰掛けた。ちなみにインスタントではなく豆を挽くところから始めるやつである。
この寮には大浴場があるが、女性人口が圧倒的に多いのでそちらが優先されている。男性も使えるように調整してくれているそうだが。一夏はその話を聞いてがっかりしていたそうだ。あいつは大の風呂好きだからなぁ。
いつもならユウキ達が遊び来るのだが、今日は気を使ってくれたのか誰も来ていない。別に来てくれても構わないのだが、その心遣いには素直に嬉しくもある。けど、寂しくもある。
「うん?」
ふと、部屋の外に人の気配を感じた。だがドアをノックするでもなく、その場に立ち尽くしている。不審者、じゃないな。この気配は――
「何してるのアミタ?」
「うひゃぁ!?」
ドアまで向かい開けると、アミタが驚いた顔をしてドアの前に立っていた。
「何か用かな?」
「え、えっと。用があると言えばそうですけど、休んでいるのを邪魔する程でもないと言いますか…」
しどろもどろになりがらも言葉を紡ぐアミタ。そんな姿も可愛いですたい。
「気にしなくていいよ。一人で退屈だったから入りなよ」
「で、でも…」
「いいから、いいから」
躊躇っているアミタの手を優しく掴んで部屋へ招き入れる。強引だが、こうでもしないと入らないだろう。話というのも気になる。
「コーヒー淹れてあるんだけど、アミタもどう?」
「えっと。じゃあ、お願いします」
アミタをソファーに座らせると、アミタの分のコーヒーを用意して対面のソファーに腰掛ける。
「それで何か話したいことがあるの?」
「はい。やっぱり、私も一緒に戦わせてもらいたいんです」
「それは駄目だ」
アミタの申し出をにべもなく断る。以前にもこの世界の情勢を教えた際に、同様の申し出があったが断っていると父さんから聞いている。
「どうしてですか?私だって戦う力があります。なのに…」
「君の目的はあくまで妹を連れ戻すこと。それ以外に関わるべきではない。深入りすれば帰るタイミングを見失うからだ」
アミタは優しく正義感が強い。困っている人がいれば、誰彼構わず助けようとするだろう。ただでさえ物騒なこの世界だ。関わりが深くなると故郷の世界へ帰るのを彼女は躊躇ってしまうだろう。
「君のお父さんは病に伏しているんだろう?なら早く戻ってあげるべきだ。でないと一生後悔することになる」
そう。アミタの父親はその世界では不治の病に罹っており、そう長くはないのだそうだ。もし、この世界に居続ける間に亡くなってしまう様なことがあれば、アミタも彼女の妹も一生消えることのない後悔を背負い続けることとなってしまう。それだけはあってはならないことなのだ。
彼女には、母さんを目の前で理不尽に奪われた時の様な、悲しみを背負ってほしくはないんだ。
「それでも…」
「アミタ?」
俯きながら言葉を紡ぐアミタ。膝に置かれていた手は、痛みを感じるのではと思える程に握り締められていた。
「このままだと、勇君に何の恩返しもできません。それに力があるのに、あなたが傷ついていても何もできないのは嫌なんです」
俺の目を見据えながら力強く話すアミタ。本当に本当に、優しいな君は。だからこそ――
「俺にとって、君が家族と仲良く暮らしてくれるのが一番の恩返しだよ。だから、君は妹を連れ戻すことに専念するんだ」
「でも…」
「この世界のことは、この世界に住む人間が解決すべきことなんだ。でないと
今では、異世界の人々である時空管理局の力を借りることはある。それでも世界の未来は、その世界で暮らしている人々の力で切り開かないと、意味がないと俺は考えている。
「…分かりました」
完全にとは言えないが取り敢えず納得してくれたアミタ。俺が間違っているのかもそれない。例えそうだとしても、それでもいい――
俺の運命が変わったあの日みたいに、君が傷つく姿は見たくないから。