現在新しい作品に集中しているので、暫くは月一更新になると思いますが、ご了承下さいませ。
フォクスギルディとの戦いの翌日の朝。俺はリボンを手に洗面台の前に立っていた。
腰まで伸ばした髪を根元で束ねてリボンで結んで、いつもと同じポニーテールにする。
このリボンは
物心着いた頃に母さんを真似てこの髪型にしたんだよなぁ。成長するにつれて、女に間違われるから切ろうとすると、ユウキが嫌がるから今も続けている訳だが。なんだかんだで愛着があるのも事実か。
「よーし。今日も頑張ろっと」
身支度を整えて気合を入れると、部屋を出て行くのだった。
「なんだこれ…」
食堂のテレビを見ながら、思わずそう呟いていた。
「何って、テイルレッドに関するニュースじゃん」
そう話すのは、俺の隣に座って味噌汁を啜っているユウキである。
そう。テレビに映っているのは、今やお馴染みとなっているテイルレッド特集なのだが――
「それになんで俺が出ているのさ!?」
テイルレッドの特集の筈が、どういう訳か俺についても取り上げられていたのだ。正確には俺が纏っているMK-Ⅱなのだが…。
「多分、テイルレッドの窮地を助けたからだと思う。アイドルを暴漢から守ったみたいな感じで。現場にいなかったから詳しくは分からないけど」
そう指摘したのはユウキの隣に座っている詩乃だった。
いや、確かに援護はしたけど。そこまで騒ぐほどじゃないでしょうよ。
『こちらが今回テイルレッドの窮地を救ったPTです。詳細は公表されていませんが、搭乗者は男性とのことです』
司会者の言葉と共に、俺とテイルレッドのやりとりが流される。
『ここでテイルレッドたんがエレメリアンを庇っていますね。そしてエレメリアンが抱えている人形を壊さない様に懇願しています。いくらテイルレッドたんの頼みでも、自らを不利になることを彼は迷うことなく了承しています。ここから彼の優しさが見て取れます』
評論家らしきおっさんが俺のことをやたら褒めていた。てか、テイルレッドたんって…。
『それに、彼は敵である筈のエレメリアンのことを認めています。これは、彼の誠実さをよく表していると私は考えます』
「だってさ」
「……」
恥ずかしんでやめてもらいたい。後ユウキ。お前は何ニヤニヤしてんねん。
『それに、敵であるエレメリアンのことを認める度量の広さを持ち合わせています。彼がいかに誠実な人物であることを表しています』
「だってさ」
「……」
なんで俺のことをそんなに評価してるのさ。テイルレッドが現れてから、マスコミのテンションがおかしくなってるよ。後ユウキ。お前はニヤニヤすんなっての。
おまけに新聞の一面を飾ってるし、ホントどうしてこなった?
『なる程…つまり、この青の少女は味方かどうかは分からないと?』
『ええ、今の段階で判断するのは早計でしょう。笑っていても酷く暴力的な目をしているのが気掛かりです』
今度はいきなり登場し、テイルブルーと名乗っていた奴が映し出されていた。
と言っても空気を読まないことをやらかしたせいで、完全に悪役みたいな扱いであった。
「酷い言われ様だなこのテイルブルーって人」
「話では不意打ち同然のことをしたらしいからな」
一夏がテレビの感想を漏らすと、箒が難しい顔をしていた。
正々堂々を好む彼女としては、テイルブルーがやったことが許せないのだろう。
「まあ、意図してやったのかどうかははっきりしないけどね」
単に初陣で張り切り過ぎた結果だったのだろうか。どうかそうであってほしい。そうでないと本気であいつを許せそうにないかもしれん。
「人気と言えば人気だけどね」
詩乃がスマフォである掲示板サイトを見せてくれた。
・胸が真っ平らなのに胸元が開いたスーツ着るとか、マゾなの?マゾの人なの?
・一瞬、色っぽいよ思った。違った。
・貧乳なのにセクシー衣装で顔面テイルブルーwwwwwwwww
と言った暖かい応援メッセージがびっしりと書き込まれていた。
いや、擁護するコメントも見られたが、それら全てに『自演乙』『本人さんちーす』と大勢の人に返されていた。
「こ、これは…」
こういったことは初めて見るのだろう。アミタがなんとも言えなそうな顔をしていた。
「自業自得なんだから仕方ないさ。同情する必要は無いね」
あんなことしたんだから、これくらいの悪口はされて当然だね。状況を読めなかったあいつが悪い。
朝食を終えた後は、五河が昨日よりやつれていたり、津辺の奴がやけに殺気だっていたりとしていたが、普段と変わらぬ時間が過ぎていった。うーんやっぱ平和が一番だねぇ。
とか考えている内に放課後になると、遊撃隊のメンバーは基地のブリーフィングルームに集まっていた。
「さて、これが白衣の変質者の今までの出現場所なんだけど…」
「この島の小・中学校の全てではないか」
モニターに表示されたブルーアイランドの地図に、無数の赤点がついていた。
「いや風鳴。まだ一箇所だけ出現していない場所があるんだ」
「それはどこなのかしら?」
オルコットの言葉に、俺は地図のある1点を示した。
「来禅学園だ。ここは警備が最も厳重だから迂闊に手を出せなかったんだろうね。故に次はここに現れると俺は考えている」
「その根拠は?」
「それはだね折紙。これまでの情報を分析したところ、こいつは警備の薄い場所から順に狙っていく傾向にあることが判明したんだ。だから最も警備の堅い来禅を最後に狙ってくる筈だ」
白衣の変質者は壁が高い程燃えるタイプなのか、またはマゾなのかは知らんが。来禅に網を張るべきだと俺は思う。
「少佐より多少手荒でも構わないとのことだ。確実に仕留めるぞ」
度重なるインスペクターやアルティメギルの襲撃の影響で、この島で暮らしている人達も不安を募らせているんだ。少しの不安要素でも迅速に排除しなければならない。
その後もそれぞれの配置や役割等について、話し合っていくのであった。
勇らのブリーフィングの翌日。来禅学園の小等部校舎。その近くに植えられている木の枝の上に何者かがいた。
腰までの伸びた銀髪をストレートにし、白衣の上に茶色のコートを羽織っていた。更にサングラスとマスクで顔を隠しており、怪しいことこの上ない。
「ハァハァ…幼女可愛いよ」
コートの上からでも分かる体つきから女性なのだろう。だが鼻の下を伸ばしてマスクの隙間から涎が流れ出ており、サングラスの中の目は血走っていた。明らかに危険人物である。
時刻は既に放課後で、グランドで遊んだり下校する生徒らが見られた。その中からめぼしい者を手にした高級カメラで激写していた。丁寧にフラッシュ等でばれない様に工夫までして。
この学園はIS学園やリディアン女学院と並ぶ、最新鋭の設備を整えており、かなりの人数が在籍している。故に相応の警備体制が整えられているので、その隙を見つけるのにてこずってしまった。
だがその苦労させられただけのことはあり、かなりレベルの高い幼女が揃っている。
「げへへ。これで暫くは困りませんねぇ。」
かなり下卑た笑みを浮かべる女。通報されても文句は言えないだろう。
「おい。貴様」
突然背後から話しかけられ、ビクッ!と身体を震わせる女。
錆びた機械の様にゆっくりと後ろを向いた。すると女がいる枝より高い位置にある枝から、勇が冷めた目で見下ろしていた。
「ここで何をしている?」
「こ、これは野鳥観察をですね…」
女の苦し過ぎる言い訳に、勇の目つきが鋭くなった。その視線に冷や汗をかく女。
「ほう。では、確認させてもらっても構わんよな?」
「え!?いや、それはちょっと…」
「なんだ?まさか、見られたら
ドスの効いた勇の声に女の汗の量が倍増した。まさに蛇に睨まれた蛙状態である。
「ぜ、全速離脱ううううううう!!!」
女が木から飛び降りた。二階建ての建物と同じ高さがあるのだが、難なく着地し全速力で逃げ出した。
「チッ!逃がすか!」
勇も木から飛び降りて追跡を開始する。
「待てやオラァ!」
「いぎゃあああああ!?」
女は陸上選手として十分通用する速度で逃げるが、勇はそれ以上の速度でみるみると距離を縮めていく。
「くっ!いでよアイカフットバース・リペア!」
女が手のひらサイズのカプセルをほおり投げると、人と同じサイズのロボットが勇を阻む様に現れた。
このロボットは、とある人間離れした戦闘能力を持つ者への対策として開発された物である。残念ながらその者には、蚊を払う様に破壊されてしまい、それを修復したのだ。
あくまでその相手が人間を辞めていただけであって、普通の人間であれば歯が立つ筈が無い。ロボットで足止めしている間に逃走しようと女は考えていた。
「邪魔だぁ!!」
勇は勢いを止めることなく飛び蹴りを放つと、ロボットはバラバラに破壊された。
「嘘おおおおおおおおお!?」
予想外過ぎる事態に驚愕する女。自信作をいとも容易く二度も破壊されるのは、なかなかに心にくるものがある。
「観念せいやああああああ!!」
「ヒィィィィィィィィ!!」
更に距離を詰めてくる勇に、女は限界以上の力を振り絞って振り切ろうとする。
心臓が張り裂けそうになり、身体が悲鳴をあげている。ただ覗きをしていただけなのに、どうしてこんな目に合わないといけないのかと、女は自分の不幸を呪っていた。
「そこまでですわ!このわたくしセシリア・オルコットがあなたを「どっせい!」へぶっ!?」
女の前にセシリアが立ちはだかるも、女はその顔面を踏みつけて飛び越えてしまう。
「逃がさんぞ変質者!観念しろ!」
着地の瞬間を狙って翼が、木刀を女へと横薙ぎに振るった。
「あぴゃー!?!?」
女は咄嗟に身を屈め木刀を回避する。すると空ぶった木刀が住宅のブロック塀を粉砕した。
「うおおおおおぃ!?!?!?相手を殺す気かお前は!?」
やり過ぎる仲間に思わずツッコミを入れる勇。
確かに多少手荒れにしてもいいとは言ったが、流石に限度を超えていた。
「ちゃんと加減している!骨が二三本折れる程度に!」
「もっと加減しろや!さてはお前不器用だろ!?」
「そんなことはない!ちゃんと一人で部屋の掃除はできる!」
「できない奴程そう言うんだよ!俺の妹の様にな!てか、これ始末書を書くのは俺だかんな!」
ギャーギャー言い合っている勇らをよそに、逃亡しようとする女。このままでは殺される!と命の危険を感じ、一心不乱に走った。
が、突然道端に置かれていたゴミ箱が爆発して女を吹き飛ばして塀に叩きつけた。
「あぎゃあああああああああ!!!」
「折紙いいいいいいいいい!?!?!?何してんのお前ええええええええ!?」
『何って、トラップを…』
「誰が爆発物を使えと言ったあああああああ!!!秘策ってあれかお前!?!?」
通信機越しに叫ぶと、相も変わらず平坦な声が返ってきた。打ち合わせ中に折紙が言っていた秘策が、まさか爆発物だとは夢にも思っていなかった勇は、本気で頭が痛くなってきた。
『周囲の迷惑にならない様にしてある。問題ない』
「確かに爆竹が破裂したくらいの爆発音だったけど、大アリだよ!!これどう報告すればいいんだよおおおおお!!!」
覗き魔捕まえるために爆弾使いましたなんてこと、日本と言うよりどの国でも許されることではない。てか、これ覗き魔死んだんじゃね?と最悪の事態を想像して顔色が真っ青になる勇。
「う…お…おお!!!」
「ってこの状況でもまだ逃げる気かよあいつ!?」
女がゾンビの様に立ち上がると、猛スピードで逃走を再開した。恐るべきタフさである。
「ふ、ふふふ。うふふふふふ…」
追いかけようとした勇の耳に背後から不気味な笑い声が聞こえてきた。
振り返ると、踏み台にされたオルコットが、ゆらりと立ち上がって禍々しいオーラを放っていた。
「このセシリア・オルコットを踏み台にするとは、万死に値しますわああああああああ!!!」
「馬鹿馬鹿馬鹿!!ISを使うんじゃねえええええええ!!!」
ISを展開しライフルを構えようとするオルコットを、慌ててMK-Ⅱを展開し取り押さえる勇。
ISを始めとする軍用パワードスーツと、それに類似するシンフォギアシステムは、非常事態を除いて展開すること自体固く禁じられている。
万が一これを破った者は所有権を剥奪され、最悪終身刑を課せられる場合すらあるのだ。
「お離しなさい!奴はわたくしを踏み台に!踏み台にしましたのよ!!」
「だからってやり過ぎだこの馬鹿!ええい風鳴!この馬鹿止めるの手伝え!」
取り押さえられてもなお暴れるセシリアに、勇は翼へと助けを求めた。
「ふん!」
「あべし!?」
シンフォギアを纏った翼が、セシリアに手刀を当て意識を刈り取った。
「おおい!?もっと穏便に済ませろよ!?」
「済ませただろう?」
「物理でするな!やっぱり不器用だろお前!」
「なんだと!?」
勇と風鳴がギャーギャー言い合っている間に、女はその場から逃走していた。
「ううう…酷い目にあった…」
都市部から離れた台地にある公園に女は逃げ込んでいた。日もすっかりと暮れ公園内には他に誰もいない。
あの後も遊撃隊の追跡は続き、心身共に疲弊していた。持ち運び式の転移装置は、爆発の衝撃で壊れてしまい、自力での逃走も困難となっていた。
「ま、まだです…総二様の童貞を…私の手で卒業させるまで…倒れる訳には…」
しょうもないことを言いながら未だに諦めない女。ここまでくると、ある意味賞賛ものである。
しかし、小石に躓くとそのまま転んでしまう女。現実は無情、最早女には立ち上がる力さえ残っていなかった。
更に追い打ちをかける様に雨が降り出し、瞬く間に土砂降りとなっていく。
「うぅ…こ…ここまで…ですか…」
限界を迎えようとしていた女の耳に、何者かの足音が聞こえてきた。一瞬追っ手かと思ったが、足音は一人分でどこか恐る恐ると言った感じであった。
「(誰…ですか…?)」
女は最後の力を振り絞って顔を上げた。目の前にはウサギの耳の様な飾りのついた緑色のフードを被った、青い髪の中学生程の少女が女を見下ろす様に立っていた。
フードを深く被っているので顔は見えないが。左手には、コミカルな意匠の施された、ウサギのパペットが装着されていた。
「あなた…は…」
時は少し遡り、遊撃隊の面々は公園へと続く階段を駆け上がっていた。
「こっちでいいのか折紙?」
「間違いない」
一度は女を見失うも、折紙の追跡術によって、ここまで追い詰めることに成功したのである。
「よくここまで追跡できるものだな」
驚異的と言える折紙の追跡術に素直に感心する翼。いくら軍の訓練受けているとは言え、それだけでここまでの技量が身につくことはないだろう。
「これくらいは乙女の嗜み」
「いや、それはないだろう」
折紙にツッコミを入れる勇。そんな嗜みはないことくらい男の勇でも分かる。
「うぅ。首が痛いですわ…」
「自業自得だ我慢しろ」
そう言って首を撫でているセシリア。勇の言う通りなので、反論はできなかった。
「さて、そろそろ鬼ごっこは終わりにするとしよう」
この先の公園は出入りするための道がこの階段しかないので、目標は既に袋の鼠状態であった。
手こずりはしたが、どうにか任務を達成できそうである。その後の報告のことを考えると憂鬱になる勇だが、今は目の前のことに集中しようと気合を入れた。
「む?」
勇が違和感を覚えて空を見上げると、ポツポツと雨が降り始めていた。
「雨だと?」
勇が訝しむ様に呟いた。天気予報だと今日は雨は降らないとなっていたからだ。
雨は勢いを強めていき、遂には土砂降りとなってしまった。
「うお!?マジかよ!?」
「く、なんてことだ!」
無論遊撃隊の面々は傘など持ってきておらず、瞬く間にずぶ濡れとなってしまった。
「こりゃかなわん!早くあの目標を確保して引き上げよう!」
急いで階段を登り終え、公園に入ると遊撃隊の面々は園内を見回す。だが、目標の女の姿は見当たらない。
「どこかに隠れたか?手分けして探そう。風鳴はここを見張っていてくれ」
「分かった」
勇の指示に手分けして女を捜索する遊撃隊。決して広くはない公園なのですぐに見つかると踏んでいたが。予想に反して、女の姿を見つけることはできなかった。
「そっちにはいたか?」
「いや、こちらにはいなかった」
「こちらもですわ」
内部に入れる遊具やトイレの男女それぞれの中に至るまで、公園の隅々を探したのにも関わらず女の姿は影も形もなくなっていた。ひとまず雨を凌げるトイレの入口に集まる遊撃隊。
「どういうことだ?転移して逃げたと言うのか?」
「だったらとっくの昔にしているだろう。その線は薄いな」
「でしたら鳶一さんの追跡が間違っていたのでは?」
「それはない。あの女は間違いなくここへ逃げ込んだ」
今まで追跡できていた折紙が間違えたとは考えにくいので、女が忽然と姿を消したことになる。
「折紙追えるか?」
「この雨で痕跡が消えてしまった。これ以上の追跡は不可能」
「だよな」
足跡等が雨で流されてしまった状況では、流石の折紙も追跡はできなかった。
「仕方ない。これ以上の任務続行は不可能と判断し撤退しよう。問題はどうやって帰るかだけど…」
いくら身体を鍛えている遊撃隊の面々でも、土砂降りの中を傘もささずに帰る訳にもいかない。
「くしゅん」
ふと風鳴が可愛らしくくしゃみをする。
「大丈夫――な訳ないよね」
「これくらいどうと言うことはない」
恥ずかしかったのか、頬を赤く染めてそっぽをむいてしまう風鳴。このまま濡れた服を着ていては、皆風邪をひいてしまうだろう。
「ふむ、この状況を非常事態と認定。各員装備の展開を許可する」
勇の指示に風鳴とセシリアは驚いた顔を向けた。折紙は表情こそ変えないが、驚いてはいる様である。
「しかし…」
「このまま風邪をひかれると任務に支障が出るからね。責任は全て俺が取る」
そう言うと勇はスペースを確保するためにトイレから離れ、MK-Ⅱを展開した。
三人は互いに見あうと、勇の後に続くのであった。
その後は、勇の連絡を受けたユウキ達が傘と着替えを持ってくるまで、今回の任務の反省会をすることとなったのであった。
ブルーアイランドにある観束総二の自宅。二階建で、一階は個人経営の喫茶店『アドレシェンツァ』となっているのだ。
その喫茶店の椅子に座りながら、総二は窓の外を見ていた。
「遅いなぁトゥアール…」
土砂降りとなっている外を見ながら呟く総二。
居候している少女トゥアールが、やらなければならないことがあると言って外出してからかなりの時間が経っていた。
「まったく。あの馬鹿どこをほっつき歩いているのよ」
総二の隣に座っていた愛香が、頬に手を当てて心配そうな顔をしていた。そんな幼馴染を見てクスリと笑う総二。
普段喧嘩していることが、多いがなんだかんだで仲がいいのだ愛香とトゥアールは。
「トゥアールちゃんって、携帯持っていないのよね総ちゃん」
カウンターで皿を拭きながら、総二を総ちゃんと呼ぶ女性は観束未春。総二の母親であり、アドレシェンツァの経営者である。
ちなみにアドレシェンツァの営業時間は、その日の未春の気分次第で変わり、今日は既に店じまいをしていた。尤もこんな土砂降りでは客は来ないであろうが。
「そうなんだよなぁ。何かトラブルに巻き込まれないといいんだけど…」
総二が探しに行くべきかと考えた時、喫茶店のドアが開き誰かが倒れ込んできた。
「え?トゥ、トゥアール!?どうしたんだしっかりしろ!」
倒れ込んできたのは、今まさに話題となっていた少女トゥアールであった。見るも無残な程にボロボロとなっており、まるで爆発にでも巻き込まれたかの様であった。
総二は慌てて駆け寄り、トゥアールを抱き抱えた。
「しっかりしなさいトゥアール!どこの組のしわざ!?仇は取ってあげるから言いなさい!」
総二と同じ様に駆け寄り、とても物騒なことを言っている幼馴染。いつもならそんな訳あるかとツッコミを入れるのだが、トゥアールの惨状を見る限りそうとも言い切れなかった。
「う…うぅ…」
「トゥアール!?大丈夫か!?」
うっすらと目を開けたトゥアールに、必死に呼びかける総二。
「そ、総二様…愛香、さん…。やっ、やっぱり…この世界は…おかしい、です…。そ、それと…天使って…実在、するんですね…」
ガクッ、と白目を剥いて意識を手放すトゥアール。口からは魂が抜け出ようとしている様に見えた。
「トゥアール?トゥアール!?しっかりしてくれ、トゥアールゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
雨の降る音の中、総二の叫びが木霊した。
この日以来、白衣の変質者が現れることはなくなったのであった。