「遂に
ブルーアイランド基地内の指令執務室にて、基地司令の紫条悠里が椅子に腰掛け深刻そうな顔をしていた。
「ええ、想定よりも早かったですね。それにネフシュタンの鎧まで所持していたのも予想外でした」
椅子に腰掛けていた勇太郎も芳しくない表情で、部屋に備え付けられたモニターに映されたネフシュタンの少女を見ていた。他にも同席している副官の天城みずはと、AST隊長の日下部燎子も同様の顔をしていた。
「2年前の起動事件の際に消失した筈ですが、奴らに強奪されていたなんて…」
勇太郎の隣に腰掛けたみずはが、悔しさを滲ませた顔で膝に乗せた手を握り締めた。
「聖遺物に関する調査は専門である特異災害対策機動部に任せるとして。我々が対応すべき案件は彼でしょう」
そう言って悠里がデスクに備え付けられたパネルを操作すると、部屋のモニターにプリンセスこと十香と共にいる士道の映像が映された。
「天城中尉彼についての情報は?」
「はい。彼の名は五河士道。来禅学園高等部2年に所属しており、家族構成はアメリカの企業であるアスガルド・エレクトロニクスに勤めている両親と、来禅学園中等部に所属している妹が1人の四人家族となっております」
悠里の言葉に言葉に答えながら立ち上がったみずはが、手元の資料を読み上げる。
「この資料を見る限りは普通の少年ですね」
「うむ。中尉他に判明していることはあるかね?」
「現在の段階で判明していることは、彼が五年以上前に五河家に養子として引き取られていることです少佐」
みずはの報告に勇太郎は「ふむ」と顎に手を当て資料を見る。
燎子の言う通り、五河士道はどこにでもいる少年である。だが、そんな少年がこの一週間で精霊に二度も遭遇しているのは、決して偶然ではないと勇太郎は睨んでいた。
「司令。私は彼が『ラタトスク機関』の関係者ではないかと思うのですが」
「少佐もそう思いますか。私も同意見です」
勇太郎の言葉に頷く悠里。そこにみずはがおずおすと手を挙げた。
「あのラタトスク機関とはなんでしょうか?」
燎子も知らないのか興味深そうに耳を傾けていた。
それに対して勇太郎は確認を取るように悠里に視線を向けて、彼女が頷くのを見て語りだした。
「佐官以上の者にしか知らされていないから、君達が知らないのは当然だな。ラタトスク機関とは武力以外の方法で空間震被害。つまり精霊被害の平和的解決を目指して結成された秘密組織と言われている」
「精霊被害の平和的解決…。そんなことが可能なのですか?」
「具体的な手段は不明だ。そもそも、本当に存在しているのかさえハッキリとしていなかったからな。だが、今回の件で実在していると俺は確信した」
「その根拠はなんでしょうか?」
燎子の問いかけにモニターに映る士道に視線を向ける勇太郎。
「一般市民である筈の彼が極短期間に2度も精霊に遭遇するなんてことは、偶然では片付けられることではない。なんらかの支援を受けていると考えて然るべきことだ。そして最も可能性が高いのがラタトスク機関という訳だ」
「なる程。それでラタトスク機関の存在が明確になった場合どのように対応するのですか?」
「上層部からは存在が確認された場合、精霊同様に直ちに殲滅せよとの命令が出ています」
「殲滅…」
どこか不服そうに語る悠里の言葉に、それでいいのだろうかと疑問を感じる燎子とみずは。
軍人として命令に従うが、ラタトスク機関が危険な組織なのか判らない現状で、その対応は正しいのか考えてしまうのだ。
「君達が疑問を感じるのは当然だろう。上の方針はラタトスク機関の詳細が不明なせいもあるが、何よりDEM社の影響が強いからだろうな」
「DEM社がですか?」
「ああ。DEM社と言うより、トップのウェストコットの野郎が精霊の殲滅に拘っているからな。上としては奴の機嫌を損ねたくないんだろうな」
「あの、少佐はウェストコット氏とお知り合いなので?」
険悪感丸出しで吐き捨てる様に言う勇太郎に、面食らった様子の燎子が遠慮がちに問いかけた。
余程の悪人でもない限り分けへだてなく接する彼が、ここまで険悪感を曝け出すのはとても珍しいことだったからである。
「もう20年くらい前になるか。任務で奴の護衛をしたことがあってな、その時知り合ったんだが。ハッキリ言って俺は奴が今まで出会った人間で一番嫌いだ」
「はぁ…」
「なんか知らんが奴に気に入られるし」と辟易している様子の勇太郎に、なんとも言えない表情をしている燎子とみずは。
アイザック・レイ・ペラム・ウェストコットと言えば、1代でDEM社を世界随一の巨大企業に成長させた偉人としてテレビで特集が組まれることがある程の人物である。
そんな人物を勇太郎がそこまで嫌う理由がわからないのである。
「会ってみれば分かるさ。俺は奴が同じ人間とは思いたくないのさ。命を平然と捨てられる奴をな」
怒りすら感じられる勇太郎の目に、一体過去に何があったのかと詮索したくなる二人だが、聞くのははばかられる雰囲気であった。
部屋の空気が重くなってしまったのを感じ取ったのか、勇太郎が咳払いをして話題を変えた。
「それで司令。五河士道についてはいかように対応しましょうか?」
「…彼はASTの鳶一軍曹と同じ学年でしたね。彼女に可能な範囲で監視させて下さい。また天道軍曹に負担をかけますが、鳶一軍曹のバックアップを。五河士道がラタトスク機関の関係者であると確定した場合は、身柄を確保します」
「了解です。日下部大尉は2人への伝達を頼む。天城中尉は五河士道に関する調査を続けてくれ」
命令を受けた2人が、それぞれ立ち上がって敬礼しながら了承すると退出していく。
それを見届けると勇太郎は悠里へと向き直った。
「司令…」
「ええ。彼に関しては上層部には報告しません。可能であるならば五河士道を通じて、ラタトスク機関とコンタクトを取るつもりです」
「…よろしいのですね?」
上層部からの命令に反する様な方針を取ろうとしている悠里に、勇太郎は覚悟を問う様に語りかける。
「今彼に危害を加えることをしては、ラタトスク機関と完全に敵対してしまいます。ラタトスク機関がどの様な組織なのか見極めたいのです」
「私も賛成です。可能であるならば、ラタトスク機関と協力して精霊問題の平和的解決を目指すのが最善と考えます」
「しかし、それではDEM社と敵対してしまう…」
そう言って悠里が苦悶の表情を浮かべて、椅子に深々と身体を預けた。
現在対精霊部隊のCR-ユニットや、戦闘後の復興と負傷兵の治療に活躍しているリアライザは国連軍にとって欠かせない物となっており、その製造を唯一行えるDEM社の意向を国連軍は一切無視できない状態となっているのである。現状DEM社は国連軍の上位組織とさえ言える立場なのである。
国際組織である国連軍が民間企業の意のままと言える状態に不満を持つ者はいるが、既に上層部の大半の者がDEM社の賛同者で固められており、反対派は閑職に追いやられる等の抑えつけが行われているのである。
「このままDEM社と敵対しても勝ち目はありません…。私達の我が儘に他の者達を巻き込んで良いのでしょうか?」
「ですが。このままDEM社のいえ、ウェストコットの横暴を許せば、いずれ取り返しのつかない事態になるかもしれません。ラタトスク機関は、DEM社よりも優れたリアライザ技術を独自に開発していると聞きます。彼らの協力を得られればDEM社にも対抗できる筈です。それにこの基地にいる皆もDEM社の非道を知れば賛同してくれるでしょう」
DEM社トップのアイザック・ウェストコットは精霊討伐の名目の元、民間人の犠牲を顧みない作戦をいくつも強行しており。さらに戦力増強の一環として人体実験を平然と行わせているのである。
さらにアイザック・ウェストコットは、最大のテロ組織ファントム・タスクすらも掌握しており、世界中のテロや紛争をコントロールして世界の混乱を増長させているのだ。
だが、その事実は軍上層部や各国政府のDEM社賛同者達によって情報操作され、世間から秘匿されているのである。
仮に事実を公表しても、DEM社は空間震を始めとする災害復興や自然再生事業等を大々的に行うことにより、誰からも愛される企業として世間には強く認識されているため、現時点では世間に信じてもらうことはできない状態なのである。
そこまでするアイザック・ウェストコットの目的は一切不明と言うこともあり、悠里や勇太郎は強い危機感を抱いているのである。
「無用な争いを起こしたくはありませんが。ウェストコットは危険過ぎます。奴が今以上に人類に害をなした時のために、対抗できる力が必要となります」
勇太郎の言葉は、ウェストコットの狂気をその身で触れた者としての重みがあった。
「そうですね。できればそうならないことを願いますが…」
そうあって欲しいと話す悠里。彼女の願いが叶うのかは今は誰にも分からなかった…。
「司令。国連軍が五河君の身辺調査を初めた様です」
「そう。まぁそれくらいは想定通りね」
ラタトスク機関が保有する空中艦『フラクシナス』。
その艦橋で側に控えている副司令である神無月恭平の報告を、司令の五河琴里は口に咥えたチュッパチャプスをピコピコと動かしながら、館長席に腰掛け腕と足を組みながら聞いていた。
「いいのかい琴里?最悪シンの身に危険が及ぶ可能性があるが」
そんな琴里に眼鏡をかけた20歳くらいの若い女性が話しかける。目の下の分厚い隈と、胸のポケットに入れてある継ぎ接ぎだらけの熊のぬいぐるみが特徴的である。
彼女は村雨令音。ラタトスク機関の解析官にして、琴里の友人かつ右腕的な存在である。
ちなみに『シン』とは士道のことであり、なぜか彼女は士道をそう呼ぶのである。
「大丈夫よ令音。ブルーアイランド基地司令である紫条悠里は聡明な人よ。いきなり手荒なことはしないでしょう。それに彼女は反DEM社側の人間よ。可能であれば、士道を通じてこちらとコンタクトを取りたいと考えているでしょう」
「ならばこちらからコンタクトを取り、早急に協力体制を取るべきだと思うが。はっきり言って現状では、我々の力だけでシンを守りきるのは難しい。今日だってかなり危険な状況だったんだ」
先程の作戦中に漆黒の狩人から十香を庇った士道は、幸い
武力による解決を良しとしないラタトスク機関は、最低限の戦力しか保持しておらず、自力での対処が困難な状況であった
「それは駄目よ」
令音の提案をバッサリと切り捨てた琴里。彼女としてもそのことは重々承知しているが、そうする訳にはいかなかった。
「まだ国連軍内でDEM社の影響力が強い内は軍とは協力できない。いくら紫条悠里が反DEM社側の人間であっても、奴らの影響を無視できない訳じゃないわ」
「だが、いくらシンに
「やはり私が共に出るべきではないでしょうか司令?」
そう言った神無月に対して、琴里は首をゆっくりと横に振った。
「あなたの存在をまだ晒す訳にはいかないわ。こちらが切れるカードは少ないのだから。心配しなくても士道の護衛にはアテがあるから」
「アテ?」
ふふん、と得意げな顔の琴里の言葉に令音は首を傾げた。
「こう言う時は『正義の味方』に助けてもらいましょう」
可愛らしくウインクする琴里を、どこからともなく取り出した最新鋭のカメラで激写する神無月。その動きはプロの写真家顔負けであった。
「あぁ。素晴らしい!素晴らしいですよ司令!ちょっとポーズお願いします!」
「……」
冷めた目をした琴里がパチンッ、と指を鳴らすと、黒服を着てサングラスをした屈強な男達が神無月を取り押さえて引きずっていく。
「あ、あれ?なんですかこの人達は!?あの司令?司令!?助けて下さ…」
言い切る前に、艦橋の出入り口のドアが閉まり神無月の姿が消える。そして少しするとアッーーーーーー!!!という神無月の悲鳴が響くのであった。