ファントム・タスク日本支部内のオフィスにて、ヴォルフと上司であるスコールが揃って並び立ち、天井から吊るされているモニターに向き合っていた。
「…以上が今回の件の顛末だ」
『なる程ね』
ヴォルフの報告にモニターの向こう側にいる男性が、高級感を漂わせる椅子に腰掛けながら興味深そうに頷いていた。
漆黒のスーツに見を包み、くすんだアッシュブロンドに、貌にナイフで切り込みを入れたかのように鋭い双眸。歳はせいぜい三十代半ばといったところだが、どこか歳を経た老練さを感じさせる不思議な男だった。
アイザック・レイ・ペラム・ウェストコット――DEM社
『…それで、あなたは何もせずにただ見ていただけだと言うのですか、ヴォルフ・ストラージ?』
ウェストコットの隣に立っていたノルディックブロンドの長髪が特徴の秘書と見られる歳若い女性が、不機嫌そうに眉を潜めながら責めるような口調で話す。
エレン・ミラ・メイザース――DEM社の表沙汰にできない裏の部隊である第二執行部部長にして、
今回のプリンセス―十香との戦場に、ヴォルフらシャドウズも駆けつけていたのである。
だが、ヴォルフの指示にて戦闘に介入はせず観測するのみにとどめたのだった。エレンはそれが解せなかった。
この男のことは非常に気に食わないが、少なくとも自分と互角に渡り合える実力を持っていることは認めている。その者が臆病風に吹かれたかのような行動がエレンには許せなかったのである。
「確認したいことがあったのでな」
『確認したいこと?』
「これだ」
そんなエレンのことなど知ったことではないと言わんばかりの様子で、ある映像を表示するヴォルフ。
それは十香とデートをしている士道が映し出されていた。
『これは…!』
『ほう』
士道の顔を見た瞬間。驚きを隠せない様子のエレンと、先程とは別の意味で興味深そうにしているウェストコット。
「五河士道。どこにでもいる高校生の筈なのだが、ここ数回のプリンセスの現界の現場に居合わせただけでなく、こうしてプリンセスと接触まで行っているのが確認されている」
『…ふふ。くく、はは、ははははははは!』
ヴォルフの説明の最中に、ウェストコットが突然口元を緩ませると盛大に笑い始めたのだ。
突然の行動にオータムが唖然としている中、ヴォルフだけは遂にイカれたか…。いや、元からかと冷静に何やら分析していた。
『アイク…』
『ああ。すまない、すまない。そうかそういうことなのか…』
嗜めるようなエレンの言葉に目尻に溜まった涙を指で拭き取りながら、何かを納得した様子のウェストコット。
「…この男を知っているのか?」
『いや、
「どういうことだ?」
『すまないが君の頼みでも
意味深な言葉にヴォルフが眉を潜めるが。無理に聞く気はないのか話を進めた。
「まあ、いい。それで、こいつはラタトスク機関の関係者だと推測しているのだが。捕らえるか?」
『いや、今は手を出さなくていい。ただし監視は続けてくれ』
『ですが、アイク…』
ウェストコットの決定に不満があるのか、エレンが異議を唱えた。彼の命令なら、どんなことにでも従う彼女にしては珍しいことであった。
『構わないさエレン。その方が
『…分かりました』
「では、監視を継続するぞ」
『ああ、よろしく頼む。それでは次の予定があるので失礼させてもらうよ。ああ、それと君達の頼みたい仕事があってね。後で正式な命令としてオータム君の元に届くからこちらも頼むよ』
「了解しましたMr.ウェストコット」
オータムがそう言うと通信が切れ、何も映らなくなったモニターを見て彼女は軽く息を吐いた。
「あいかわらず、何を考えているのか分からない人ね」
「奴の思惑など興味ない。俺は俺のやることをするだけだ」
オータムに背を向けて部屋から出て行こうとするヴォルフ。
そんな彼にオータムが話しかけた。
「そういえば、そろそろ夜天の書の持ち主が派遣先の世界から戻ってくるわね」
「ああ」
「これから困難な任務が続くけど、キリエとの約束も同時に果たす気?」
「無論だ。それが協力させる条件だからな」
身体を向けながら答えるヴォルフに、柔らかな笑みを浮かべるオータム。
「ふふ。いやに彼女のことを気にかけるのね?」
「そうだな。羨ましいのかもしれん。父親のために何かをしてやりたいというあいつが」
ヴォルフは、戦闘に関して優れた素質を持った人間の遺伝子を元に生み出された試験管ベイビーである。
父親と呼べる人物はヴォルフが生まれる前に既に亡くなっており、言葉さえ交わしたことがないのだ。
「俺には父親と呼べる存在がいない。だからあいつの願いを叶えてやりたいと思うのかもしれん」
「それだけなの?」
「それだけとは?」
頭の上に?マークを多量に浮かべているヴォルフに、思わず軽く息を吐くオータム。
「まあ、いいわ。彼女もまだ自覚がないようだし」
「時々だが、あんたの話についていけないのだが…」
「だから女心を勉強しなさいと言っているのよ」
「またそれか…」
どうにも分からんと腕を組んで首を捻っているヴォルフを、まるで手のかかる子供を持った母親のように微笑んで見守るオータムであった。
「十香の様子はどう?神無月」
「はい。今の所精神状態に若干の乱れはありますが、許容範囲内かと」
フラクシナス艦橋にて、チュッパチャプスをくわえ足を組んで艦長席に腰掛けている琴里の問い掛けに、神無月が恭しく頭を垂れながら答えた。
その答えに、そう。と満足そうに頷きながら思考を巡らせる琴里。
士道によって力を封印された十香は、経過を見るためにフラクシナス内にある精霊専用区画にて検査を受けているのである。
フラクシナスのクルーに警戒の色を浮かべていた十香だが、士道の説得もあり今の所は問題は起きていなかった。
今回は上手くいったが、やはり士道単身で精霊に接触させるのは、当初想定していたよりも危険度が高かった。その一番の原因がインスペクターとアルティメギルである。
想定していたノイズや連合軍については、現状のラタトスクの体制でも十分にサポートできる筈だったが。流石に異世界からの侵略者とは予想外であった。
元々ラタトスクは精霊と対話し保護することを目的とした組織である。そのため武力をも用いることを良しとせず、今琴理達が搭乗しているフラクシナスも自衛用の必要最低限の兵装しか搭載していないのである。
上層部では戦力の拡充を訴える声もあるようだが。自前で戦力を用意するにしても時間がかかること、何よりそれでは組織の理念が揺らぎかねないと琴理は反対している。そして提案したのが――
『琴理、例の客人をお連れしたよ』
『そう。お疲れ様』
友人かつ右腕的な存在である令音からの報告に満足そうに答える琴理。
暫くすると艦橋の扉が開き、令音が入ってきた。
「お、お邪魔します」
その令音に連れられて入室してきたのは、地面に着きそうな真紅と藍色の髪をそれぞれ二房に結っっており、スク水のようなスーツに、こてごてとしたパーツが取り付けられた機械の鎧を纏った少女――テイルレッドとテイルブルーであった。
レッドは初めてフラクシナスを訪れた士道のように、興味深そうに周囲を見回しながら緊張した様子であり、ブルーは警戒感を消しきれていない様子で周囲を見ていた。
そう。琴理が提案したこととは、外部の者と協力体制を築くことであった。今までの彼女達の行動からラタトスクの理念に共感し、なおかつ信頼できるであろうということで選ばれたのはツインテイルズであった。
「始めましてツインテイルズの皆さん。ラタトスク司令五河琴里よ」
「司令?君が!?」
「冗談、じゃないみたいね…」
琴里の自己紹介に驚愕した様子のレッドとブルー。自分達と同年代の少女が司令官だなんて驚くなと言うのが無理な話ではあるが。
「間違いありません。このお方こそ正真正銘私達の司令官であり、私のご主人様…だわばぁ!?」
キリッとした顔で、余計なことを口走った
「あ、あ!司令またですか司令!あ、らめぇ!そんな強引はらめぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
黒服を着たマッチョマン達に神無月は連行されていった。
「「……」」
「さっそくだけど本題に入らせてもらうわね」
唖然としている2人に対して、琴里は何事もなかったかのように話を進めた。
「これから話すことはすべて事実よ。それを踏まえたうえでこちらの申し出を受けるか決めてとちょうだい」
「は、はい」
真剣なおもむきの琴里に思わず姿勢を正すレッド。
「そんなに硬くならなくていいわ。私たちは、いえ、私はあなた達の力を借りたいだけなの。大切な人のために」
「大切な人のために…」
口調こそ厳しいがその言葉には誰かを思いやる優しさを感じ取れた。だからレッドは彼女のことを信じられると思ったのだった。
「はい兄ちゃんあ~ん」
「あ~ん」
プリンセスとの戦いから幾ばくか経った頃。俺は軍病院の一室にてベット上で身体を起こしながら、ユウキが差し出しているうさぎさんリンゴを食べていた。切ったのはアミタと詩乃だが。
「どう。ボクが食べさせたリンゴおいしい?」
「うん。うまいうまい。別にお前が食べさせたからじゃないけどね」
「ぶー」
頬を膨らませて拗ねるユウキ。このリンゴが元々美味いからであって、お前の影響は何一つ受けていないのだから仕方なかろう。
「てか、1人で食べれるんですけどねぇ」
「でも、できるだけ安静にするようにと先生もおっしゃっていましたし」
「安静すぎるのもどうなんですかねぇ」
プリンセスとの戦闘で傷ついた俺の左腕は現在ギプスで固定されている。
形こそ元通りになったが、機能を回復させるにはもう暫くかかるそうだ。いや、それでも十分すぎるくらいすごいんだけどね。ホントリアライザさまさまだわ。
「勇は頑張りすぎているんだから、休める時は休んでおきなさい」
「むぅ」
そう言われると言い返しにくいなぁ。まあ、詩乃の言う通りなんだけどさ。今月に入ってから毎日のように出撃してたし。
「ま、これだけで済んだだけマシと考えますか」
「そうですね。よく生きてましたよね私達…」
当時のことを思い出したのか、遠い目をして乾いた笑みを浮かべているアミタさん。
二人揃って遠くを見ていると、部屋のドアが控えめにノックされた。
「どうぞ」
「失礼する」
扉が開くと、フルーツの入ったバスケットを持った折紙が入ってきた。
「傷は?」
「左腕以外はあらかた治ったよ。普通に歩けるし」
「それはよかった。これお見舞いの品。部隊皆で用意したので、副官である私が代表として届けに来た」
「すまないね。ありがとう」
折紙が差し出したバスケットをユウキが代わりに受け取ってくれた。
「それと話があるので屋上までこれる?」
「ああ。構わないよ。皆いいかな?」
ユウキ達に断りを入れてベットから立ち上がると折紙の後を着いて行く。
そういえば何がどうしてそうなったのか分からないが、ユウキと詩乃の中で俺と折紙が付き合っていることになっていて、誤解を解くのに苦労したでござる。目覚めたら赤飯をプレゼントされた時の気持ちをどう表現したらいいんですかねぇ?
「他の皆の様子はどう?」
「皆既に傷は癒えている。後はあなただけ」
「そりゃ早くしないとな」
「別に急かしている訳では…」
「分かってるって、冗談だよ」
柵に寄り掛かりながら悪戯っぽく笑うとジト目で見てくる折紙。
「それでプリンセスは?」
「あれ以降確認されていない。その代わりに…」
折紙がポケットから取り出した1枚の写真を受け取る。
「!?これは…」
写真に写っていたのは、来禅学園高等部の制服を纏ったプリンセスであった。
「夜刀神十香。あなたが入院している間に私のクラスに転校してきた、私の士道に纏わり付く害虫」
「……」
忌々しそうな顔で舌打ちしてたけど気にしないでおこうそうしよう。
「別人?いや、これはいくらなんでも似すぎだろう…」
どこからどう見てもプリンセスにしか見えないな…。それに五河がプリンセスのことを十香と呼んでいたことも引っかかるな。
「霊力反応は?」
「微弱ながら検出、プリンセスのものと一致」
「転校に必要な書類は?」
「確認中だけど、今の所問題はなし」
精霊が学校に通う?何がどうなっているんだ?
「上の判断は?」
「士道と共に監視するようにとの命令を受けた」
「それが無難か…」
判断するには材料が少ないからな。もしかしたらプリンセスと争わなくて済むならそれに越したことはないか。
「とはいえ俺の処分がどうなるかって問題もあるがな」
命令無視して部隊をほっぽり出したんだから何らかの処罰を受けてもおかしくないんだよなぁ。まあ、後悔はしてないけど。
「精霊撃退の功績で不問になる筈。私も最大限弁護する」
「いいのか?憎んでいる精霊を助けたいって言った男だぞ俺は?」
「…あなたにいなくなられるのは困る。隊長なのだから」
「ありがとう」
初めて会った時よりも丸くなってるかな彼女は。本人に自覚があるかは分からないけど。
「一つ聞きたい」
「なんだい?」
真剣な表情をする折紙に柵から離れてしっかりと向き合う。
「どうしてプリンセスを――精霊を助けたいと思ったの?」
「どうしてか。そうだね。五河と一緒にいる彼女は、プリンセスはこの世界で生きてみたいと思ってたんじゃないかな」
予想通りというか、まあ、彼女なら聞いてくるだろうと思っていたから迷うことなく言葉が出てくる。
「彼女の幸せそうな顔を見て、精霊と人間が共に暮らせる世界が実現できるんじゃなかって思ってさ。だからその可能性を捨てたくなかったんだ」
「……」
俺の言葉を折紙はただ静かに聞いていた。
「以前五河に精霊との共存は難しいとは言ったけど。争わなくて済むならそれが一番じゃないかな」
「それでも精霊によって被害が出ている」
「何も精霊とは戦わないとは言っていないさ。君の仇のような奴には遠慮する気はない」
流石にナイトメアと呼ばれる個体のように、無差別に人間を殺戮している奴を受け入れるつもりはない。
「俺はこの考えを変えるつもりはない。そんな奴を信じられないなら、上に報告して部隊長から外してくれても構わない。それに対して文句を言うつもりはない」
自分の考えが異端であることは理解しているさ。だからどんな扱いをされても文句はない。
「…そんなことはしない。それだけ聞ければ十分。それじゃ」
そういうと背を向けて立ち去っていく折紙。
「復讐か」
1人となった屋上で思わず呟く。
幼くして目の前で愛する家族を奪われたのだ。憎しみを抱いて当然だし、人間として何も間違っていない感情だ。
だが、それが幸せに繋がるとまでは思えないけどね。
とはいえ彼女を止める権利は俺にはない。それができるのは本人だけだ。仇を討つにしてもしないにしても、自分自身で区切りをつけた時復讐は終わる。俺自身がそうであったように。
「それでも他人にしかできないこともある、か」
せいぜい他人にできることは、その選択に到るまでの手助け程度しかできないのだ。
それでも、その手助けが必要な時はある。間違った道に進まないために、かつて俺を迷わず進ませてくれた弟分達や妹。そして『あの人』のように。
折紙の心に抱える闇は深いのだろう。仲間としてそんな彼女を迷わせないように手助けをしていこう。例えこの命をかけたとしても。