ワールド・クロス   作:Mk-Ⅳ

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第四十六話

対策二課を去った後、俺は基地に戻り父さんの執務室にいた。

椅子に腰かけた父さんと、デスクを挟んで向かい合う形で俺は立っている。

 

「立花君は了承してくれたか。では、彼女はお前の隊に預ける」

「了解です」

 

やはりそうなるよな。覚悟していたといえ正直気が重い。

 

「気が乗らんか?」

「…彼女は戦いには向いていません。本来なら戦いとは無縁であるべきだと自分は考えています」

 

立花は優しすぎる。それは戦場において致命的なまでのマイナスとなってしまう。下手をすれば彼女が『壊れてしまう』かもしれない。それが俺は怖い。

 

「お前が危惧することは理解しているつもりだ。だが、そうでもしないと彼女は日本政府の厳重な監視下に置かれる。今すぐにでも施設に入れろと訴えている者達もいるからな」

 

一夏の時と同じか。立花のこともをサンプルとしか考えていないのかお偉いさん方は!

 

「苦労ばかりかけてすまないが、彼女のこともよろしく頼むぞ」

「ハッ!」

 

本当に申し訳なさそうに命令する父さん。その表情には疲労が隠せていない。恐らく立花の件でも裏で色々と動いてくれたのだろう。本当にこの人には頭が上がらない。

その期待に応えあるためにも俺も頑張らないとな。

 

 

 

 

「琴里。前回のハーミット出現時に得られたデータの分析が終わったよ」

「ありがとう令音」

 

フラクシナス艦内に設けられた艦長室の椅子に腰かけながら。ラタトスク指令五河琴里は解析官兼、友人である村雨令音が差し出した端末を受け取り、表示されるデータに目を通す。

精霊保護を掲げる『ラタトスク』であるが。そもそも精霊とは何か、どの世界からなぜ琴里達のいる世界にやってくるのかさえ不明であり。肝心の精霊に対する理解は完全とは程遠いのが実情であった。

最近では、プリンセスこと十香の保護に成功したが。彼女自身も自分がどのように生まれたのかさえ分かっておらず、精霊に対する理解は深められなかった。まあ、それを差し引いても十分すぎる結果なのだが。

そういった事情から、少しでも精霊に関する情報を得るため。精霊が現界すれば情報の収集に全力を挙げ、士道をサポートに貢献できるよう琴里は努めていた。

 

「……」

「不安かい?」

 

真剣な趣で端末を見ている琴里に令音が話しかける。

部下の前では表に出さないよう振舞っていたが、やはり彼女には気づかれていたらしい。琴里は溜まった疲れを吐き出すように軽く息を吐き、椅子の背もたれに体を預ける。

 

「ツインテイルズの協力を得られたとはいえ、想定していたより不確定要素が多すぎるわ。私のミス一つで士道を危険に晒してしまうと考えるとね」

 

ただでさえ強大なDEM社を相手にしなければならず、常に慎重な立ち回りが要求され。そこに異世界からの侵略者が加わり、指揮官である琴里への負担は計り知れないものとなっていた。

前回のハーミット出現時も、インスペクターの乱入によって士道を接触させるタイミングを失ってしまったのだ。そのことで上層部の一部は、元々持っていた琴里の指揮官としての資質と現在の方針への疑念を深めてしまった。

ラタトスクとて決して一枚岩ではない。いや、上層部の大半が精霊の力を私利私欲のために利用することしか考えていない。真に精霊の幸福を願っているのは『あの人』くらいであろう。

 

「十香を保護したことで取り合えず『あの人』以外の連中を黙らせたけど。いつ暴走しだすかわかったもんじゃないわ」

 

肘掛けに肘を乗せながら、頬に握り拳を添えて憂鬱さを滲ませる琴里。

 

「君は優れた指揮官だ。十香を保護できたことがその証左さ、自信を持っていい」

 

そう言って微笑む令音。そんな彼女を見て微笑み返しながら琴里は姿勢を直す。

 

「ありがとう。でも、私1人の力じゃ限界があるわ。だから、あなた達の力を貸してちょうだい」

「もちろんだ琴里」

 

そう言って頷く令音。その姿はまさしく友と呼び合えるものであった。

 

 

 

 

「はぁ…」

 

来禅学園の中庭に設置されているベンチにて、五河士道は人知れず溜息を吐いていた。その姿には疲労感が滲み出ており、そのせいで見た目以上に、老けて見えるかのような錯覚させ覚えてしまいそうである。

今は昼休みであり、いつもであれば昼食を取ろうとする生徒で賑わっているいるのだが。最近は突発的に雨が降ることが多いため、今では皆校舎内で食べるようになったので中庭には士道以外人の姿はなかった。

普段であれば十香、折紙と共に昼食を取っているが。十香は令音に、折紙は天道勇に呼び出されておらず、1人で考え事ができるだろう中庭に来ていた。一応殿町が誘ってくれたのだが、1人になりたかったので断らせてもらった。今度埋め合わせをするとしよう。

 

「(どうすれば、いいんだろうな)」

 

一月程前に士道によって精霊の力を封印された十香は、その後の経過観察のためフラクシナスに保護されていたのだが。彼女はまだ士道以外のラタトスクの人間を信頼しきれておらず、フラクシナスでの生活にストレスを感じているらしい。

経過観察の結果。十香の居住を、フラクシナスの外部に移転させることとなったと解析管の令音から聞かされた。

それ自体は、十香が人間社会に適応するために必要であることは理解できるし、士道としても喜ばしいことであった。問題は移転先が士道の家であることであった。

現在準備が進められている、精霊用の特設住宅が完成するまでの間だけとのことだそうだが。家族以外の同年代の少女と同じ屋根の下で過ごすのは、正直色々と気を遣ってつらいものがある。

令音が言うには、できるだけ士道の側にいる方が十香の精神状態が安定するのと、士道自身の訓練のためなのだそうだ。

 

「十香以外の精霊か…」

 

士道は精霊は十香だけだと思っていたが。琴里から彼女以外にも複数の精霊の存在が確認されており、それら全ての交渉役を引き続き士道に任せたい、故にさらなる訓練が必要だと話された。

そのため家にいると。隙あらば十香とのTo LOVEるを起こされ、心休まる暇がないのである。

何より、十香の封印だけでも幾度も死にかけたのだ。他の精霊も封印するとなると、本当に死んでもおかしくはないだろう。そう考えるだけでも恐怖が心の底から湧き上がってくる。

だが、それを責めることは誰にもできはしない。人間誰もが我が身が大事なのだ。死ぬ可能性が十二分にあることに関わろうとする人間など、余程の酔狂か、あるいは人として『何かが壊れてしまった』人間くらいなものであろう。

このまま交渉役を降りることは簡単である。しかし、精霊の力を封印できるのは現状士道だけなのだ。士道が降りれば精霊によって世界が壊されるか、あるいは精霊が人間に駆逐されるしか―――最悪十香も殺されてしまうかもしれない。

そう考えると胸が苦しくなるが。世界と精霊、どちらも救うなんて重圧、ついこないだまで普通の高校生だった士道には余りにも重すぎた。

 

「はぁ…」

 

考えれば考える程気分は憂鬱になり、再び溜息が漏れてしまう。人前では心配をかけないように、特に十香に知られたら、自分のせいだと自己険悪に陥ってストレスを与えてしまうので、いつも通り振舞っているがそれがさらなる負担となって自身にのしかかっていた。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「うお!?」

 

考え事に集中していたため、不意に声をかけられ驚いてしまう士道。

話しかけてきたのは、自分と同じ高等部の学生で1年生を示す色のネクタイをした赤髪の男子であり。手には購買部で買ったのだろうパンが入った袋を持っていた。

 

「す、すいません…。急に声をかけてしまって」

「あ、いや。俺もすまない、考え事をしていたもので」

 

申し訳なさそうな顔をする男子生徒に、士道は慌てて謝罪する。

 

「えっと。何か用かな」

 

だが、少なくとも目の前の男子生徒には士道は見覚えはなく、1年生には知り合いはおらず。話しかけられる理由が思いつかなかった。

 

「いえ、用って訳ではないんですけど。すごく悩んでいるみたいだったので…」

 

どうやら考え込んでいる士道を心配してくれたらしい。赤の他人をそこまで気遣えるのは、男子生徒の優しさを表しているといえよう。

 

「あ、すいません。俺1年2組の観束総二って言います」

 

名乗っていなかったことに気がついた男子生徒――総二は自己紹介をするのであった。

 

 

 

 

「総二の奴、おっそいわねぇ」

 

来禅学園高等部1年2組の教室内で、津辺愛香が机に片肘を突いて頬杖をつきながら呟いていた。

 

「購買が混んでるんじゃない?ここ(高等部)の購買って人気らしいし」

 

愛香の机に隣り合わせた机で、両手を後頭部に回して組んでいた天道木綿季が愛香の呟きに反応する。

弁当をうっかり忘れてしまった総二は、購買へと向かい。最初は彼の帰りを待っていたが。それから時間が経ち、ユウキの空腹が限界に達してしまったので、先に昼食を済ませてしまったのであった。その後も総二は帰ってくる気配がなく、愛香は流石に心配になったらしい。

ちなみに来禅学園の購買は、他校と比べても品揃えや味がよく。連日生徒が押し寄せる程の人気がある。

 

「だからって遅過ぎよ。このままじゃ食べる時間がなくなるわよ」

 

そう言って愛香が教室に備え付けられた時計を見ると、時刻は昼休みの終了まで大分迫っていた。このままでは、総二は昼食抜きで午後の授業を受けることとなってしまう。

 

「夫の心配をする愛妻の鑑だねぇ」

「な、何言ってんのよあんたは!?」

 

ユウキの言葉に、顔を真っ赤にして慌てだす愛香。そんな彼女を見て、にししと悪戯が成功した子供のように笑うユウキ。

 

「な~に慌ててるのさ。事実なんだからドンと構えてればいいのに」

「そ、そんなの早すぎるわよ。もっとしっかりと手順を踏んでからじゃないと…」

 

両人差し指をツンツンと合わせながら、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにもじもじとする愛香を見た周囲の女子生徒が、青春だねぇ!ヒューヒュー!などと歓声が上がり。観束ァ…と男子生徒からは渇望の声が湧き上がった。

 

「ほう。では、その手順とは?」

「そ、それは。ええっと、その…」

 

ユウキが追撃すると。愛香は先程とは一転してシュンとして俯いてしまう。どうやらノープランらしい。そんな彼女を見て、机に片肘を突いて頬杖をつきながら呆れが混じった目を向けるユウキ。

 

「もう高校デビューしたんだから、いい加減覚悟を決めたらどうなのさ?」

「で、でも。どうしたらいいかよく分からないし…」

 

俯きながら普段は見せない弱弱しい雰囲気で話す愛香。言葉の最後の方は、小声でゴニョゴニョとして聞き取りづらくなってしまっていた。ウブなのもステータスだが、度が過ぎるのも考え物である。

そんな愛香を見て軽く溜息をユウキは吐いた。

 

「言葉にしても伝わらないこともあるんだ。ただ想っているだけじゃ、君は一生幼馴染のままだよ?」

 

それでもいいの?と目で語りかけるユウキに、愛香うぅ…と声を漏らすだけで反論できなかった。

ユウキの言葉に何一つ間違いはなかった。10年近く想いを寄せても、残念ながら当の総二には気づいてもらえる気配すらないのが現状だ。自分から踏み込む覚悟がなければ、本当に幼馴染のままで終わってしまうかもしれない。

 

「それにライバルができたみたいだしね」

「なんでそれを!?」

 

思わぬ指摘に愛香に動揺が走る。彼女の意中の相手である総二は、お世辞にも魅力に溢れた人物という訳でもなく。極度のツインテール愛を持つ以外は、一般的な男子である。

故に、自分以外は異性として好意を寄せる者はいないだろうと言い訳して、今の関係を引きづってきたのだ。

だが、一月程前。異世界からやってきた少女トゥアールが総二に一目ぼれしてしまい。総二の家に居候している身分を利用し、隙あらばアプローチしてくる彼女を愛香が迎撃する日々が続くようになった。

何より、自分のことを応援してくれている総二の母である観束未春が、トゥアールのことを気に入ってしまい彼女のことも応援すると宣言されてしまったのである。

 

「経験だね。あの無自覚フラグメーカー相手だと、そこら辺敏感にならないとね」

 

やれやれといった様子で肩を竦めるユウキ。だが、そんな彼女に焦りや妬みといった感情は感じられなかった。

 

「そのわりにはあんた落ち着いているわね。あいつ()が他の人を選んだらとか不安じゃないの?」

「ん?ああ、それはそれでいいんだよ。兄ちゃんが選んだ相手ならボクは文句ないから」

「は?」

 

あっけからんと言うユウキに、思わず間抜けな声が愛香の口から洩れた。

 

「え?ちょ、ちょっと。それどういうことよ?」

「ボクとしてわね、兄ちゃんが幸せになってくれれば相手が誰でもいいのさ。無論ボクを選んでほしいって気持ちもあるし、手を抜く気はさらさら無いけど。その結果がどうなっても、素直に受け止める覚悟はしているんだよ」

 

そういって笑みを浮かべるユウキ。そこには一切の嘘偽りも見られなかった。

彼女は心の底から兄の幸福を望んでいるのだ。彼の隣に例え自分がいなかったとしても、その想いが報われることよりも想い人のことを大切にしているのだろう。

 

「あんた…」

「ま、ボクはそんな感じだけど。君はどうなんだい?ボクと同じ道を歩くかい?」

 

試すような視線を向けてくるユウキ。以前未春に同じような視線を向けられたが、まともに目を合わせることができなかった。だが、今回は目を逸らしてはいけない気がした愛香は、まっすぐ視線を合わせた。

 

「あたしは…。総二のことを自分の手で幸せにしてあげたい。誰かに任せるなんて、できそうにないわ」

「OK。その気持ちを忘れない限り、ボクは君を応援するよ」

 

微笑みながら差し出されたユウキの手を、愛香も微笑みながら握ったのだった。


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