ワールド・クロス   作:Mk-Ⅳ

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第五十話

「くッ!?」

「うわぁ!?」

 

自分達目がけて突撃してきたハウンドを、左右に別れて跳ぶことで回避するレッドとブルー。

突然の事態に困惑しているレッドに対し、ブルーは素早く髪飾り型デバイス『フォースリヴォン』に触れ。ランスを粒子変換で呼び出すと、軽く振り回して戦闘態勢を取る。

――その瞬間、目前まで接近していたハウンドの銃剣がブルーの腹部に突き刺さろうとしていた。

 

「――ッ!」

 

ブル―は咄嗟にランスを振り上げ、ハウンドのランチャーの銃身に押し当てると同時に、その衝撃で体を回転させて弾かれるようにして避ける。

 

「(早い!)」

 

態勢を立て直しながら思考している間にも。ハウンドは背部の大型ブースターを一時停止させ、各部に備えつけられたスラスターを駆使し、瞬時に反転しブルーへとランチャーのトリガーを引き数発のビームを放つ。

迫るビームの中で、回避しながら被弾するものだけを、ランスを自身の前で片手で振り回し防ぐ。

 

「(消えた!)」

 

ブルーはハウンドの姿を捉えようとするも、その姿は視界から消えており。先程のビームは目くらましのためであったと理解すると同時に、真上から殺気を感じ取りランスを突き出す。

 

「そこッ!」

 

金属音がぶつかり合う音が響き、手ごたえを感じたが余りにも軽すぎることに違和感を覚えるブルー。

ランスが突いたのは、スラッシュ・リッパーと呼ばれる円盤状の投擲武器である。

 

「(囮!?)」

 

嵌められたと思うのと同時に体が無意識に動き、倒れるように地面を転がっていた。それと同時に、ブルーの首があった空間をハウンドが振るった銃剣が横切った。後コンマ数秒でも反応が遅れていたら、テイルギアの保護があっても首と胴体が切り離されていたことだろう。

 

『ふむ。反応は悪くないな』

 

片手で振り切ったランチャーの銃床を、地面に立てるように置いて銃身を支えながらハウンドの搭乗者――ヴォルフは関心したように呟いた。

 

「(遊ばれてる?あたしが!?)」

 

これまでのヴォルフの攻撃には殺気こそ乗っているが、あくまでブルーのことを試しているかのようであり。死んだらそれまでと言わんばかりに、手加減をされているのだと本能的に理解させられた。

 

「ふざ、けるなッ!!」

 

胸の奥から湧き上がる激情に身を任せ、突き、薙ぐ、叩きつけとランスを振るい。さらにフェイントも織り交ぜながら打撃も繰り出すが、全て軽々と避けられるか、ランチャーを盾にして受け止められてしまう。

 

『だが、感情的になりやすい。何より、己より強者相手との経験が足りていないな』

 

ハウンドは銃剣でランスを弾くと、両つま先から隠し刃を展開し。ホバリングしながら蹴り技と、銃剣による攻撃を放っていく。

大型のブースターと各部のスラスター。さらに、全身のバネをも駆使した縦横無尽な軌道から放たれる連撃は、ブルーに反撃を許さず防戦に追い込んでいく。

 

「(こいつ、強い!)」

 

戦えば戦う程、相手との力の差を刻み込まれるブルー。

ブルー――愛香は幼少の頃から、師である祖父から天賦の才があると称される程、武への適性があった。

だが、環境は恵まれているとは言えなかった。幼くして強いがために、自分より格下の相手としかほとんど戦えず。愛香に、己より格上の者との戦い方を覚える機会を与えなかったのである。

 

『井の中の蛙。貴様はもっと『世界』を知るべきだったな』

 

ハウンドは、右つま先の刃をランスに引っ掛け弾き飛ばすと。左脚をブルーの側頭部に叩きつけ蹴り飛ばす。

暫し宙を舞うと、地面に数度叩きつけられてから瓦礫へとぶつかるブルー。そのまま力なく崩れ落ちると動かなくなってしまった。

 

「ブルー!」

 

人と戦うことへの躊躇いと、余りに展開の速さに。見ていることしかできなかったレッドが、悲痛な声で呼ぶも返事が返ってくることはなかった。

その間にも、ハウンドはランチャーの銃口をブルーに向けていた。

 

「ッ!やめろぉぉぉぉオオオオ!!!」

 

反射的にフォースリヴォンに触れ、ブレイザーブレイドを取り出すと。ハウンド目がけて駆けだし、ブレイドを振り下ろす。

ハウンドはランチャーの銃身で受け止めると。刃を滑らせながら接近し、ショルダータックルでレッドを弾き飛ばす。

 

「グッ!」

 

態勢を立て直しながら着地したレッドへ、ハウンドは左腕ガトリングを展開して放つ。

迫る無数の弾丸をレッドは、横方向へ駆けながら避け。飛び込むように瓦礫の影へと隠れる。レッドを追うように放たれていた弾丸が、瓦礫を削り取る、

瓦礫を背にして息を整えたレッドは、様子を見ているハウンドへと問いかけた。

 

「どうして人間同士で戦うんだ!今はそんなことをしている場合じゃないだろう!」

 

それはレッド――総二がラタトスク指令である琴里から、ファントム・タスクのことを聞かされた時に感じた疑問であった。

自己の利益のために他者の幸せを踏みにじる。そんな行いを、インスペクターやアルティメギルが現れてもなお、続けていることへの憤りを感じていたのであった。

 

『それが人間の本質だからだ。己の利を追求し続けること、そのために他の人間の命を奪うことも辞さない。そうやって人は生きてきた。それは、どのような危機に見舞われようが変わることはない』

「そんなことはない!信じ続ければ、人はいつか必ず手を取り合うことができる筈だ!」

 

ヴォルフの言葉を、レッドは認めることができなかった。今は敵対することとなったが、勇やその仲間とも必ず手を取り合える時が来る。そう信じているのだ。

 

『なぜ否定できる?貴様は人間のことを、どこまで知っていると言うのだ?』

 

ヴォルフの問いかけにレッドは言葉を詰まらせる。その言葉には何も知らずに、理想だけを語る者への怒りさせ感じさせるものであった。

 

『貴様が見ているのはただの幻想だ。この世界は、貴様が思っているような綺麗なものではない』

 

ヴォルフの言葉に耳を傾けていたレッドの耳に、何かが空を切り裂く音が聞こえてきた。

それが自身の真上からであることに気づくと同時に、その場から転がるように跳び退くと。上空から飛来したスラッシュ・リッパーが、レッドのいた地面に突き刺さった。

そちらにレッドの意識が向いた隙に。高機動を生かして背後に回り込んだハウンドが、ランチャーを横薙ぎに振るう。だが、その狙いはレッド自身ではなく――その象徴とさえ言えるツインテールであった。

爆発的な推力の乗った一撃を、ブレイドを盾にして受け止めるも。ハーミットを守るため勇の攻撃を防いだ際に、深刻なダメージを受けていたブレイドの亀裂が更に広がっていき、遂には刀身が半ばから折れてしまった。

その衝撃で弾き飛ばされたレッドは、地面に何度も叩きつけられて転がる。テイルギアの保護機能を超えたダメージが全身に走り、苦悶の声が無意識に口から洩れてしまう。

激痛によって、切れそうになる意識を必死に繋ぎ止めると。すぐに体制を立て直し、追撃してきたハウンドの蹴り技の連撃を避けるか、ブレイドの残った刀身で防ぐしかできず。一方的な展開となっていく。

 

「くッ…ぁ…」

『どうした。その髪を捨てれば勝機も見えるぞ?』

 

そう、ハウンドが狙っているのはレッドのツインテールのみであり。その気になれば避けることはおろか、カウンターを決めることも容易いものだった。寧ろ、レッドがそうするように仕向けているようでさえあった。

だが、レッドはそうするどころか、その身を傷つけてさえツインテールを守っていた。

 

「そんな…こと、できるか!ツインテールは俺の命だ!ツインテールを守るために戦っているんだ!!!」

『ならば、その理想を抱いて――死ね』

 

右脚を振り上げ、ガードしたブレイドを弾くと。無防備となったレッドのツインテールを左手で掴むと、ブースターとスラスターを吹かして加速しながら回転すると、レッドを地面へと叩きつけた。

 

「がァッ…!」

『ハッ!』

 

ツインテールを手放すと。地面にめり込んだレッドの腹へ、右脚の蹴りを叩きこんで弾き飛ばす。

サッカーボールのように宙を舞ったレッドの小柄な体が、何度も地面をバウンドしながら転がり。瓦礫に埋もれて気絶しているブル―の側で停止した。

 

「ッ…!ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」

 

瀕死としか言いようにないまでに傷だらけとなっても、レッドは立ち上がろうとするが。激痛の余りまともに体が動かなかった。

 

『無駄だ。これが貴様の限界だ。その程度では、ドラグギルディには勝つことはできん』

「――!!!」

 

ヴォルフの放った言葉が、レッドの心に深々と突き刺さった。

ドラグギルディ――アルティメギル地球侵攻軍の司令官であり、暴走した十香とも単身で互角に渡り合った猛者である。いや、あれさえ彼の力のほんの一端だったのかもしれない。

いずれ来る彼との戦いに備えていたレッドだったが。竜の化身とさえ言える彼に勝てるイメージが湧いてこなかったのである。

そして、今ヴォルフにそれが事実であると突きつけられたようであった。

 

『貴様らには『可能性』を感じていたが。錯覚だったか…』

 

失望したかのような様子のヴォルフは。ハウンドの胸部装甲を展開させる。

 

『貴様らに世界を背負う資格はない。真実(・・)を知り、絶望する前に眠れ』

 

露出したコネクターにランチャーを接続させよう――「待ってちょうだい」として動きを止める。

 

『む?』

 

新たに現れた存在に、ヴォルフは怪奇そうな目を向けた。

30代と見られる女性であり、服装はごく一般的なもので。武器の類を携帯していないどころか、戦場には不釣り合いな雰囲気すら放っていた。

女性はゆったりとした足取りでツインテイルズの前に立つと、彼女らを守るようにヴォルフへと向き合う。

 

『…何者だ?』

観束未春(みつかみはる)。この子の――テイルレッドの母親よ」

「母、さん…?なんで…」

 

突然現れた母の背中を驚愕の目で見上げるレッド。恐らく基地にある転送装置を使って来たのだろうが。どうしてこの場に現れたのか、理解することができなかった。

 

「母親だから。我が子とその友達を守るのに、他に理由なんていらないでしょう?」

 

命の危険すらある状況でも、恐怖など一切なく未春は答えた。

 

『……』

「私の命ならいくらでもあげる。代わりに、この子達にもう一度だけチャンスをあたえてくれないかしら?」

 

様子見をしているヴォルフに、自らの命を差し出すように両手を広げて告げる未春。その目は本気で死を覚悟したものであった。

そんな彼女に、ヴォルフは無語でランチャーの砲口を向ける。

 

「そんな!駄目だよ、母さん!」

 

母の言葉に、レッドは今にも泣きだしそうな顔で止めようとする。

 

「いいの。あなた達には未来がある。それを守るのが大人の役目よ」

 

横顔をレッドに向けて微笑む未春。その表情はどこまでも息子への愛に溢れていた。

 

『無駄だ。それでこの場を切る抜けようとも、すぐに同じ結末を迎えるだけだ』

「でも、人は一分でも一秒でも生きていけば強くなれる。レッドちゃんなら、あなたの言う結末を超えられる程に。それが『可能性』じゃないかしら?」

『なぜそう言い切れる?』

「この子を側で見てきたから。だから私は信じることができるの」

『母だからこそか…』

 

未春の言葉に何かを感じ取ったのか、ヴォルフは砲口を降ろす。

 

『…いいだろう。あなたに免じてこの場は手を引こう』

「ありがとう。優しいのねあなた」

『勘違いも甚だしい。俺はそのような人間ではない』

 

未春へ一瞬何かを懐かしむかのような目を向けると、背を向けるヴォルフ。

 

『警告するが。次はない』

「そうね。もう、レッドちゃんが負けることはないから」

 

また庇うことがあっても次は迷いなく撃つ、という意味合いで告げたのだが。それに気づいていながら、その心配は必要ないと笑みを浮かべて答える未春。その目には、我が子への確かな信頼があった。

そんな彼女に満足そうな様子で足を止めるヴォルフ。

 

『良き母を持ったなテイルレッド。孝行の心を忘れるなよ』

「え…?」

 

突然かけられた言葉にキョトンとするレッド。そんなレッドを尻目に、ヴォルフは飛び去っていくのであった。


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