ワールド・クロス   作:Mk-Ⅳ

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第五十二話

IS学園寮の敷地内をアミタは急ぎ足気味に歩いていた。

ユウキとの面会時間が過ぎたので帰宅したのだが。その後、就寝時間を過ぎても鍛錬に出た勇が戻ってこないので、詩乃と手分けして捜しに出たのである。

 

「勇君…」

 

アミタの胸の中に走るざわつきが無意識に足を早める。今日の戦闘の終盤で、逃走するハーミットを追跡する際の彼は、まるで何かを振り払おうともがいているかのように見えたのだ。そのことを思い出すと、どうしようもない不安に襲われるのだ。

 

「あれ?」

 

中庭に差し掛かると、芝生の上に誰かが横になっているではないか。というよりあれは――

 

「勇君?」

 

そこにいたのは捜し人である勇であった。その姿を見て思わずホッとするアミタ。出撃後であったこともあって疲れて眠ってしまったのかと近寄り、その姿がハッキリと見えるとギョッとすることとなる。

体の至る所に擦り傷や痣ができておて、痛々しいとしか表現のしようがない状態では無理もないが。

 

「い、勇君!?大丈夫ですか勇君!」

 

アミタは慌てて駆け寄ると、しゃがみ込んで呼びかける。すると勇は閉じていた瞼をうっすらと開いた。

 

「アミ、タ?どうしてここに…?」

「勇君が帰ってこないから捜しに、じゃなくて!何があったんですか!?」

「…友達と、なんというか、喧嘩?」

 

血相を変えて問いかけると。本人自身も把握しきれていないのか、曖昧な返答が返ってくる。

 

「と、とにかく手当しないと!」

「え、ちょ!?」

 

アミタは、勇の肩から首と膝裏に腕を回すいわゆる『お姫様だっこ』で抱えると駆け出す。

忘れがちであるがアミタは、環境復旧作業用に生み出された人造人間である。生身の状態であっても身体能力は高く、人一人抱えて走るくらい造作もないのだ。

ちなみに、アミタがこの抱え方を選んだのは、勇との体格差を考慮して最適だと判断したためである。

 

 

 

 

「これで良しっと」

「ありがとうアミタ」

 

寮の勇の部屋にて、椅子に腰かけながら使い終わった包帯を救急箱に戻すアミタ。対面の椅子には、包帯やガーゼだらけの勇が気まずそうな顔をして腰かけていた。

手当をする前に詩乃に勇を見つけた旨連絡すると、すぐに駆け付けてきた彼女は勇の姿に言葉を失っていた。

暫し深刻そうに考え込んだ彼女は、アミタを廊下に連れ出すと、今夜は勇の側についていて欲しいと告げてきた。

 

『私じゃ、今の彼を支えて上られないから…』

 

そう話す詩乃の表情には悲痛さが滲み出ていた。

本当なら自分が側にいて上げたいのだろう。それでも事情を把握しきれない自分よりも、知りえているだろうアミタにその想いを託すべきだと判断したのだろう。

そんな彼女のためにも、勇の力になろうと奮起するアミタ。

 

「いえ。それで何があったんですか?」

「それは…」

 

事情の説明を求めるアミタに、勇は気まずそうに頬を掻きながら視線を泳がせている。

 

「…ごめんなさい。私じゃ力になれませんよね」

「あ、いや、そうじゃなくッ!」

 

あはは、と力なく笑うアミタに、慌てた勇は思わず立ち上がろうとして、体から走る痛みに顔を顰める。それを見たアミタが急いで寄り添う。

 

「勇君!?」

「大丈夫。大丈夫だから…。それより、君が頼りないなんて思ってないんだ。今日の戦闘だって、君のフォローがなければどうなってたか分からなかった。それだけじゃない、いつも君が笑ってくれてるいるから俺は戦えるんだ。だから…」

「……」

「アミタ?」

 

顔を赤くして固まってしまったアミタの顔を、キョトンとした顔で覗き込む勇。

 

「え、あ、なんでもないですますはい!」

 

跳び上がりそうな程体をビクッと震わせるアミタ。おまけに口調がおかしなことになっていた。

 

「えっと、それなら話してくれたら嬉しいかなって…」

 

アミタは咳払いして気持ちを落ち着けると、真摯な目で見つめながら問いかける。

 

「…そうだね、君には知ってほしいかな」

 

どこまでも自分を案じてくれる。そんな彼女に、勇は意を決したように恭也とのやり取りを語りだすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか。恭也さんが…」

 

話を聞き終えたアミタは、彼が勇に伝えたいことを読み取ろうと思考する。

 

「うん。アミタはさ、俺のしていることは間違っていると思う?」

「いいえ、そんなことはありません。あなたの行いは正しいと私は思います」

 

勇からの問いに、アミタは迷うことなく答えた。彼の行いが間違いだというのなら、何が正しいのかとさえ言い切れる自信が彼女にはあった。

 

「でも、あなたは心の奥で、自分の行動に納得しきれていないとは思います」

「納得?」

「はい。勇君、本当は精霊と戦いたくないと考えていませんか?」

「そんなことはない。精霊討伐は軍人としてなすべき使命だ」

 

今度はアミタの方から問いかけると、勇は否定を示すように首を横に振る。

 

「軍人としてではなく。あなた個人としてはどうなんですか?」

「俺、個人?」

「はい。軍人ではない天道勇として考えてみて下さい」

「それは…」

 

その言葉に沈黙して顔ごと目を逸らそうとする勇。そんな彼の両頬に手を添えて、自分と向き合わせるアミタ。

 

「逃げないで。自分と向き合って」

「……」

 

見つめる彼の瞳が苦悩を示すように揺れる。まるで世界から切り離されたかのような沈黙の中、勇はゆっくりと口を開いた。

 

「…戦いたく、ない。戦いたくないんだ」

 

勇は絞り出すように呟く。その顔は今にも泣き出してしまいそうだった。

 

「プリンセスやハーミットを見て、戦うことが正しいのか分からなくなって…!」

 

溢れ出すように言葉を紡いでいく勇。ただ、一言発する度に心が軋んでいくようでもあった。

 

「でも、戦うしかないじゃないか!でないと…!」

 

このままだと彼が壊れてしまいそうな錯覚に襲われたアミタは、勇の顔を自身の胸元引き寄せて包み込むように抱きしめた。

 

「アミ、タ?」

 

突然のことにキョトンとした顔で見上げてくる勇。そんな彼の頭をそっと撫でる。

 

「ごめんなさい。偉そうなことを言ったのに、私では答えを見つけて上げられません」

「じゃあ…」

 

どうすればいいのさ、といいかけて飲み込む勇。自分で見つけるしかないのだと理解しているからなのであろう。

 

「まずは、自分の気持ちに向き合ってみる。そこから始めてみませんか?」

「うん…」

 

抱きしめられたまま軽く頷く勇。そのまま頭を撫でていると、脱力してアミタ寄りかかってきた。

 

「…勇君?」

 

呼びかけてみるも返事はなく。穏やかな寝息が聞こえてくる。どうやら話している内に気が抜けてしまったらしい。

 

「(安心、してくれたんでしょうか?)」

 

完全寝入っている勇。彼は例え寝ていても周囲に気配があると、瞬時に目覚めてしまうので夜這いもできないとユウキが愚痴っていたのを思い出す。

こうも無防備な姿を見せてくれるということは、それだけ自分を信頼してくれているのだろうか?そう思うと胸の奥から嬉しさが込み上げてきた。

とはいえ、このままという訳にもいかないので。再び勇を抱きかかえてベットへ連れていく。

 

「よいしょ。あれ?」

 

勇をベットに寝かせ離れようとするも、勇が服を掴んでいて離れられない。

 

「えっと…。どうしましょう?」

 

強引に引き剥がすこともできるが、気持ちよく眠っている勇を見るとどうにも憚られる。

 

「…アミ、タ」

 

この状況で不意に勇から呼ばれてドキりとするも、寝言だと気づいてホッとするアミタ。

 

「…よし!」

 

暫し逡巡するも、覚悟を決めたように頷くと。勇と同じベットに潜り込んだ。

 

「ふぁ、ん」

 

彼を抱きしめながら頭を撫でると、気持ちよさそうな声が漏れる。

 

「(可愛い…)」

 

勇の顔を覗き見ると、普段は少しでも男らしく見せるため、凛々しさを意識している顔が完全に緩みきっており。隠そうとしていた幼さが溢れ出しており、胸の奥から未知の感覚が襲ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それは”萌え”だよ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこからともなく、そんなユウキの声が聞こえてきた気がした。ちなみに今の勇の顔は彼女曰く、『ウルトラレア』らしく。写真に撮れれば、当面は好物のプリンを食べれなくてもいいと豪語する価値があるとのこと。

 

「(そういえば、昔はキリエとこんな風に一緒に寝ていましたっけ)」

 

幼かった頃、怖がりだった妹にせがまれて添い寝していたことを思い出すアミタ。流石に成長するとしなくなり寂しさもあったが、それ以上に妹の成長を喜んだものだ。

 

「(また、あの頃みたいに戻れるんでしょうか…?)」

 

戻れたらいいなと考えながら、アミタの意識は眠りに落ちていくのであった。


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