ワールド・クロス   作:Mk-Ⅳ

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第五十三話

「……」

 

恭也と剣を交えた翌日。俺は住宅街の道路を傘をさして1人歩いていた。今日は土曜日で学校はなく、それなら基地でトレーニングでもしようかと思ったが、父さんから暫く休めと言われてしまい、とある理由で部屋にいれなかったので外をぶらついていた。

 

「イって…!」

 

体を動かすとあちこちの傷から痛みが走って来る。雨が降っていることもあり、気分転換のつもりが逆にどんよりとした気持ちになってくる。

 

「出るんじゃなかった…」

 

ぼやきながら頬の傷の上に貼ったガーゼに触れると朝のことが思い出される。起きたらアミタと同じベットにいて、しかも抱きしめられていて顔が胸に――

 

「~~~~!」

 

痛みが飛ぶ代わりに、体全体が熱を帯びる感覚が走る。同時に、アミタの匂いや温もりや感触が呼び起されて入れそうな穴を探したくなる。

 

『えっと、その、だから私が勝手にやったことですから、気にしにゃああああああああ!!』

 

ベットの上で互いに正座して向き合ったまま、顔を真っ赤にしてながらもおずおずと経緯を説明してくれたアミタは、最後は限界を迎えたようで毛布に潜り込んで隠れて出てこなくなってしまった。…可愛かった。

だから部屋にいずらかったので外に出たってのもある。決して逃げたわけではない、断じてない。ないもん。

 

「ん?」

 

ふと、覚えのある気配を感じそちらに足を進める。暫くして気配が強まったので曲がり角から覗き込むと――

 

「ッ――!?」

 

視線の先にいたのは五河と緑のフードを纏った少女――ハーミットだった。咄嗟に体を隠し、無意識に粗くなっていた呼吸を落ち着ける。

見間違いかと思い、もう一度覗き込んで確認するも、その姿は間違いなくハーミットだった。以前プリンセスも空間震を発生させずに現界していたが、ハーミットも可能だったのか…。

一先ず携帯を取り出し空間震警報が出ていないか確認する。

 

「?電波が…」

 

画面には圏外と表示されており、基地との連絡を試みるも一向に繋がらなかった。

 

「ジャミングか…」

 

考えられる原因としてはそれしかないが、ラタトスクの仕業か?範囲外まで移動するか…いや、それだと見失いかねないか。俺だけで戦うにしても、避難警報も出てない状態では無理だし、そもそもMK-Ⅱはメンテナンス中で手元にないしな。

 

「……」

 

懐に忍ばせている拳銃に触れるも、精霊相手では気休めにもならないな。

そうこうしている間にも、五河とハーミットが移動を開始したので追跡する。

 

「何をしているんだ?」

 

時折足を止め周囲をキョロキョロと見回す両者。まるで探し物をしているようだった。というか五河はこの大雨の中、傘もささずにいるな、いや、ハーミットが手にしているのが元々彼の物なのだろうか、この天候で傘もなしに外出はしないだらうからな。

息を潜めて観察していると、不意にハッとしたように五河がこちらに振り向き目と目が合った。

 

「――!」

 

バレただと!?気配を感ずかれたのか!?いや、彼はそういったことの心得はない筈、時折ハーミットではない誰かと会話している素振りを見せていたから、通信機を使っていたのだろう。通信相手が俺に気づいて教えたってところか。

 

「天道さん?」

「そうだよ」

 

拳銃を構えるべきかと思ったが、下手にハーミットを刺激して攻撃されたら詰むので、両手を上げて害がないことを示しながら姿を晒す。

 

「その子、ハーミットだよね」

 

手にしていた傘を落とし五河の背中に隠れ、プルプルと怯えたように震えているハーミットに目を向けた。

 

「待って下さい!彼女は!」

「ジャミングされていて誰にも報告してないよ、それにPTが手元になくて拳銃しか持ってないんだ。今の俺じゃどうしようもないよ」

 

攻撃されると思ったのかハーミットの前に立ち庇う姿勢を見せる五河に、懐に拳銃を見せながら攻撃の意思がないことを告げる。

 

「ジャミング?」

 

なんのことだろうといった様子の五河。どうやら彼は知らされていないようだ。

 

「ここら一帯の通信が妨害されているんだよ。知らなかったのかい?」

「え、えっと…ん?あ、そうなのか…」

 

困惑していたが、なにやら納得したらしい五河。やはり彼が誰と通信しているのは間違いないようだ。

 

「……」

「……」

 

雨が降り注ぐ音をBGMに、非常に気まずい空気が流れる。どうすれば正解なのかがさっぱりわかんないぞ、おい。

 

「え?ちょ、待てよ、――!――!?」

 

片耳を抑えながら小言で必死に呼びかけるような動作をする五河。

 

「どうかしたの?」

「いえ、な、なんでもないです」

 

あきらかに動揺してるのだが…。通信相手とトラブルでもあったのか?

 

「……」

「……」

 

再び訪れる沈黙。こういうときユウキのようなコミュ力が欲しくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きゅるるるるるる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に可愛らしい音が五河から雨の音に負けず響いた。が当の五河もん?って顔をしている。彼が後ろにいるハーミットを見るので視線を追うと、顔を赤くして俯いているではないか。

 

「四糸乃?」

 

五河がハーミットに声をかけると再び同じ音が響いた。

 

「…腹が減ったのか?」

 

五河の問いに、顔を更に赤くしてブンブンと首を横に振るハーミット。だが、再度お腹から空腹音が聞こえると、フードを引っ張って顔を完全に隠してしまった。

 

「(…そういえばもう昼かぁ)」

 

あ、そういえばユウキに昼ご飯作る約束してたんだった。

 

 

 

 

ブルーアイランド基地のASTならびに遊撃隊が使用している格納庫にて。ハンガーに固定されているMK-Ⅱの前で、ミルドレッドことミリィが床に座り込み、機体とケーブルで繋がれた端末を操作していた。

 

「ん~」

 

難しそうな顔でパネルをタッチするミリィ。表示されているのは、MK-Ⅱに使用されているインターフェースであるT-LINKシステムに関するデータであった。

 

「何難しい顔してんのよミリィ?」

 

そんな彼女にASTの隊長である燎子が話しかける。

 

「MK-Ⅱに使われているT-LINKシステムの調整ですよ」

「調整?何か不具合でもあるの?」

 

首を傾げる燎子にミリィははい、と端末の画面を見せる。

 

「このシステムには、いくつものリミッターがかけられているのです」

「それは普通でしょう?リアライザにもあるんだし」

 

脳に直接作用するリアライザは、使用者の安全を考慮して厳重なリミッターが備えられているのだ。類似するシステムであるT-LINKシステムにあっても、別段おかしいことではなかった。

 

「それがしなくてもいい部分にまであるんですよ。この装備への接続なんかにも」

「装備への接続?あれって機体制御の補助用じゃないの?」

 

本来PTは搭乗者の負担軽減のために、TC-OS(Tactical Cybernetics Operating System)と呼ばれる機体に登録されたモーションパターンをコンピュータに蓄積し、パイロットが選択した行動をとる上で最も適切であるモーションパターンを人工知能が選び実行する専用のものが使用されている。

だが、それではパターン化された挙動しかできなくなるため、動が読まれやすくなるという問題も抱えており、PTでもISやCRーユニットと同様に、搭乗者の思考をダイレクトに機体に反映しやすくするシステムの1つとして開発されたのがT-LINKシステムなのである。

 

「それ以外にも搭乗者の念を具現化して防壁にしたり、武装に付加することで火力を向上させることもできる筈なのです」

「それって、リアライザみたいなこともできるってことじゃないの」

「はい、本来の2号機はもっと多様な機能を発揮できる筈なんです」

 

ふーん、とMK-Ⅱに視線を向ける燎子。てっきりただの量産試作型だと思っていたが、この2号機は従来のPTの常識に収まらない機体なのかもしれない。

 

「だからリミッターを解除できないか試してるんですけど…」

「それなら開発元のマオ社に聞けばいいじゃない?」

「T-LINKシステムは、提携相手のアスガルド・エレクトロニクス社が開発した物なのですが、問い合わせても『企業秘密』の一点張りで何も教えてくれなくて…。代わりにコレを送ってきましたけど」

 

ミリィの視線を追うと、Mk-Ⅱ用の装備が納められているハンガーに、従来の物よりも大きめのサイズの両刃の実体剣が増えていた。

 

「『T-LINKセイバー』名前の通り、T-LINKシステムとの連動を前提とした装備なんですが、今の状態でどう使えっていうんですかね…」

 

深々と息を吐くミリィ。よく見ればその目にはうっすらと目のクマが浮かんでいた。

 

「あんた最近ここに(格納庫)に篭ってこの機体いじってるけど、ちゃんと休みなさいよ」

「勇さんが戦闘の度に傷だらけで戻って来るのを見ると、整備士として何かできることはないかなっと思って…」

 

部隊の特性上危険な任務を担当するとはいえ、勇は誰かの手を借りないと帰還できない程の負傷をすることが殆どだった。

彼のおかげでASTを含めて負傷者が少なくなったとはいえ、その分を無理やりにでも背負っている彼がいずれ壊れてしまうのではないかと、いつしか危惧するようになったのだ。

 

「そうね情けないけど、あの子に頼ってばかりって訳にはいかないものね。にしても、あんたがそんなに気にするなんてね」

 

ミリィは飛び級で学校を卒業し、DEM社にスカウトされた後は、整備士として基本女性しかいないASTに送られたため、異性と関わる機会が余りなく。本人がどちらかというと機械いじりが好きなこともあり、基地の外に出ようともしないことから、浮ついた話どころか部隊の者以外との関わりすらなかったのだ。

 

「な、なんですかそのニヤついた顔は。ミリィはただ1号機が強奪された時に助けてもらった。恩を返したいだけで…」

「なる程、なる程」

「なんで頭を撫でるんですかーー!?」

 

頬を赤らめて視線を泳がせるミリィのことを、微笑ましく想い撫でる燎子なのであった。


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