ワールド・クロス   作:Mk-Ⅳ

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第五十七話

「…四糸乃、泣いているの?」

 

壁に埋め込まれたモニターに移される氷嵐のドームを見ていると、不意に何かに引き寄せられるような感覚を受けた。

 

「ハーミットの、四糸乃って子の心を感じたのね勇君」

 

同じ部屋にいた了子さんが問いかけてくる。

四糸乃と話した日から、どうしたらいいのか分からなくなった俺は、あてもなく彷徨っていた。そんな俺を、二課の人達にも秘密で自分の研究室に匿ってくれたのが了子さんだった。

 

「でも、そんなことって…」

「念動力は心と心を繋ぐ力でもあると私は見ているわ。特に身近に感じ合う者の心を強くね。きっと四糸乃って子にとって、あなたは身近に感じられる人に含まれるのでしょうね」

「……」

 

その言葉を聞いた瞬間、気づけば両手を強く握りしめていた。

 

「…あなたはどうしたいの?」

「俺は…」

 

何かを言わなければと思うも、何かが引っかかったように言葉が出なかった。

 

「外に出てみなさい」

「え?」

「きっと、あなたの求める答えがある筈よ」

 

優しく微笑みかけてくれる了子さん。そんな彼女は、どこか母さんと一緒だった時のような暖かさを感じられた。

 

「はい、お世話になりました」

 

深々と頭を下げると、俺は部屋の外へと駆けだすのであった。

 

 

 

 

地上に出ると、遠くに聳えるドームを見据える。

あそこに四糸乃がいる。、誰かが傷つくよりも自分が傷つくこと願う優しい少女が泣いている。怖くて逃げたくても1人ではどうしようもなくて、助けを求めて手を伸ばしているんだ。

 

「……!」

 

でも、俺がその手を掴むことは軍人として許されない。何より彼女が精霊である以上、俺の大切な人達を危険に晒す存在なのだから。

 

「俺は――!」

 

苛立ちを抑えきれず、握り締めた拳を側にあった街路樹に叩きつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うひゃぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞き慣れた声と共に、頭上から落ちてきた人影を反射的受け止める。

 

「――ユウキ!?」

「ふえー、びっくりしたぁ」

 

腕に収まっているのは紛れもない我が妹であった。

 

「ん?おお!お姫様抱っこだ!」

「いや、何やってんだお前は!避難指示が出てるんだぞ!?」

 

目を輝かせてはしゃいでいるユウキを降ろしながら怒鳴る。いくら戦場から離れているとはいえ、何が起こるか分からないんだぞ。ただでさえ危険な目に会ったってのにこの馬鹿は!

 

「ごめん。でも、このまま兄ちゃんのこと、1人にしてたら駄目だと思って。それで探してたらここら辺に気配があるのに見つけられなくて…」

「ユウキ…」

 

ギュッと抱き着いて胸に顔をうずめてくるユウキ。

そうだよな、元はと言えば俺が勝手にいなくなったの悪いんだ。それなのに俺は…。

 

「ごめんな。お前のこと放っておいて。お兄ちゃん失格だな」

 

謝罪の気持ちも込めて頭を撫でる。

 

「そんなことないよ。兄ちゃんはいつでも、ボクの最高のお兄ちゃんだよ」

 

満面の笑みで見上げてくる妹を強く抱きしめる。

そうやっていつでも俺を信じてくれる。だから俺は迷うことなくここまで進んでこれた。この温もりが力を貸してくれたんだ。

 

「ねえ、兄ちゃんは皆の所に行かないの?」

「ッ――」

 

その言葉に答えることができない。どうすれば、この子の信頼に応えることができるかが分からなかった。

 

「俺は――」

 

何かを言わなければと口を動かすと、ユウキの人差し指によって遮られる。

 

「ねえ、ボクと逃げよう。どこか兄ちゃんが戦わなくていい所に」

「え……?」

 

妹が語る内容に目を見開く。何を言っているんだユウキ?

 

「戦うのが辛いんでしょ?どうしたらいいのか分からないんでしょ?だったら、戦わなくていいんだよ。兄ちゃんが自分を傷つけてまで戦う必要はないんだよ。逃げていいんだよ」

 

そういって妹はジッと目を見つめてくる。どこまでも透き通ったその目は俺の全てを見抜いているようだった。いや、ようだではなく、見抜いているんだ。

 

「そんなこと、できる訳ないだろ。俺が戦わないと――」

「じゃあ、どうして兄ちゃんが戦わないといけないの?なんで兄ちゃんが傷だらけになってまで、誰かを守らないといけないの?そんなこと誰が決めたのさ!」

「ユウキ…」

 

最後の方は胸に顔をうずめて声が掠れていた。

それは紛れもない彼女の本心だった。今まで胸に秘めていた想い。俺のことを案じてくれる優しさであった。

 

「兄ちゃんじゃなくても、きっと誰かが何とかしてくれるよ。誰かがヒーローになってくれるよ。だから逃げよう、兄ちゃんはもう十分に戦ったよ。誰にも悪くなんて言わせないから、僕が兄ちゃんのこと守るから、だから「ユウキ」」

 

今度は俺が言葉を遮る。そう、俺である必要はない。俺なんかがいなくても誰かが大切な人達を守ってくれるのだろう。それでも――

 

「俺が、俺自身が決めたことなんだ。この手でお前を父さんをキリトを一夏を皆を守りたいって、そうしたいって思ったんだ」

 

この腕の中で感じる温もりを失わないために、もう2度と母さんの時のようなことが起きないようにと選んだ道なんだ。

 

「大切な人達が、理不尽な力のせいで悲しい思いをしてほしくないって、そのために俺にできることをしたいんだ」

 

馬鹿だな俺はこんな大切なことを忘れるなんて、とんだ大馬鹿野郎だ。誰かに言われたからとかじゃなく、俺は自分の心のままに進んできた。軍人となった今でもその気持ちを変えたくない、例えそれで軍人でいられなくなっても後悔したくないから。

 

「だから行くよ。ごめんなお前の気持ちに応えてやれなくて」

 

最低な道を選んでいるのかもしれない。それでも、俺は自分の信じた道を進みたいんだ。

 

「……」

 

ユウキは何も言わず腰に回している腕に力を込める。加減がないので痛みはあるも、甘んじて受ける。そだけしか、してやれることはないのだから。

 

「うん、行ってらっしゃい。信じて待ってるから!」

 

顔を上げたユウキは目元がうっすらと赤くなっているも、いつもの満面の笑みで応えてくれる。

互いに離れると、俺はドーム目がけて駆け出すと同時に、取り出したスマフォを操作してミリィの番号を呼び出す。

 

『勇さん!?今までどこに、というより無事なんですか!?一体何がー―』

 

コールと同時に切羽詰った彼女の声が鼓膜を揺らす。余りにも声量が多きので、思わずスマフォを耳から離してしまった。

 

「心配かけて済まない。細かいことは後で話から、とにかくMK-Ⅱを指定する場所に送ってくれ」

 

いくつかのやり取りをすると通話を切り、スマフォをしまうと足を速めるのであった。

 

 

 

 

『進めェ!止まるなァ!』

 

戦場と化した天宮市内。M型ゲシュペンストを駆る勇太郎が、最前線の先頭に立ち友軍を鼓舞しながらマシンガンのトリガーを引くと、放たれた弾丸はアルティロイドやノイズを穿っていく。

勇太郎ら主力は陽動として敵を引き付け、遊撃隊のハーミットへの進撃ルートを確保することである。

隊長不在の状態で危険な任務に就かせることに反対意見も出たが、勇太郎に不安はなかった。

 

「(勇、お前は必ず戻って来る。どれだけ迷うおうとも、自分の信じた道を進む強さを持っているのだから!)」

 

側面から襲い掛かってきた、数体のアルティロイドの内の1体の腕を左手で掴むと、他の個体に投げ飛ばしてぶつけて倒し、別の個体の腹部に肘を打ち込んで怯ませ首元に回し蹴りを叩きこんで吹き飛ばすと。倒した個体らにマシンガンを放った。

 

『ゴースト1より、CP(コマンドポスト)!ポイントB-32に火力支援を要請する!』

『CP了解。直ちに支援させる』

 

通信を終えて直ぐに敵の密集していた箇所に、砲弾とミサイルが降り注ぎ薙ぎ払っていく。

 

『よし、B-32から敵前衛を切り崩すぞ!』

 

砲撃によって空いた空間に突撃しようとすると、地鳴りと共に1体のエレメリアンが突進してきた。

 

「ヌゥオオオオオ!!!」

「グゥ!?」

 

反応が遅れた部下達の前に立った勇太郎は、重厚な肉体を活かした突進を受け、弾き飛ばされると瓦礫に激突し埋もれてしまう。

 

『少佐!?』

 

副官のみすはが駆け寄ろうとするも、勇太郎を弾き飛ばしたエレメリアンが彼女目がけて突進してきた。

 

「ブルルゥ!オラは胸筋(ペクトラルマッスル)属性のボアギルディ!オラを止められる者はいるがぁ!」

『ッ!』

 

自分目がけて突撃してくるボアギルディに、みずははスプリットミサイルを発射した。

弾頭から分裂した小型ミサイルが次々と着弾し、爆炎がボアギルディを包み込む。

 

『!』

 

爆煙の一部が盛り上がると、無傷のボアギルディが速度を緩めずに姿を現す。

みずは横に飛び込むように転がって突進を避けると、ボアギルディが瓦礫に突っ込むと巨大なコンクリートの塊が粉々になって崩れ落ちる。

 

「ブルルゥ、逃がざんぞォ!」

 

軽く頭を振るい被た塵を払うと、再度突進してくるボアギルディをマシンガンで迎撃するも、強固な皮膚に弾丸が弾かれて効果が見られない。

みずはは回避のために横に跳ぼうとすると、ボアギルディが両手を組んで振り上げると地面へと叩きつけてきた。

突進の勢いも乗った拳は軽々とアスファルトの地面を砕くと、その破片が散弾となってみずはに迫ってきた。

 

『ッ!?』

 

慌てて横に跳躍するも、予想外の攻撃に反応が遅れたため回避が間に合わず、いくつかの破片に当たったことで態勢が崩れ倒れ込むみずは。

そんな彼女に追撃を加えようと、ボアギルディが突進してくる。

 

「ブゥぁ!?」

 

上空から降り注いだ無数のミサイルと射撃を浴びた、ボアギルディの動きが鈍る。

 

「大丈夫ですか、天城中尉!」

『ええ、日下部大尉。助かりました』

 

みずはの側に降り立った燎子が手を貸して起こすと、共にボアギルディと対峙する。

 

「ブルルゥ、何人増えようが同じだァ!」

 

鼻息を荒く吹かすと、突進してくるボアギルディを燎子がテリトリーで拘束した。

 

「天城中尉!」

『了解!』

 

ボアギルディの動きが止まった隙に、肉薄したみずははプラズマ・ステークを起動させた左腕を腹部に打ち込んだ。

 

「ブフゥ!小癪な゛真似をォ!」

 

これといったダメージの見られないボアギルディが力を込めていくと、拘束が徐々に外れていく。

 

「ッ!」

 

増大した脳への負荷に苦悶の色を浮かべるも、歯を食いしばってテリトリーを強化する燎子。

 

「フガァ!!」

「アァッ!?」

 

雄たけびと共にみすはごと拘束を振りほどくと、フィードバックの負荷に耐えられず頭を抑えて膝を着く燎子。

 

「ブルルゥ、先ずはお前がらだァ!!」

 

身動きの取れなくなった燎子に、狙いを定めたボアギルディが突進してくる。

 

「大尉!」

 

みすはがマシンガンを構え援護しようとするも、最早間に合わない距離まで迫ってしまっていた。

 

「ッ!」

 

体を動かすこともテリトリーも張れない燎子にできることは、衝撃に備えて目を覆うことだけであった。

 

「ブルゥン!?」

 

そんな彼女に耳に響いたのは。何かがぶつかる音と、ボアギルディがの驚愕する声であった。

恐る恐る目を開けると――

 

「少佐!」

 

視界に跳ぶ込んだのは目の前に立ち、ボアギルディの犬歯を掴んで押し合っている勇太郎であった。

 

『ぬぅぅ…』

「ブルルゥ…」

 

拮抗こそしているも、負荷によって勇太郎機の関節部が火花を散らし始める。

 

『ならば!』

 

勇太郎が機体のリミッターを部分的に解除すると、ボアギルディの巨体が徐々に持ちあがっていく。

 

「ブガァ!?」

『ハァアアア!』

 

完全に持ち上げると、その場で回転して勢いをつけ空高く投げ飛ばす勇太郎。

ある程度の高さまで上昇すると、重力に従って落下し地面に叩きつけられるボアギルディ。

 

『無事か大尉?』

「あ、はい…」

 

燎子の無事を確認すると、安堵した様子の勇太郎。

 

『天城中尉、大尉を頼む。奴の相手は私がする』

『ですが少佐、そのお体では…』

 

勇太郎は、多少のダメージは受けているも、難なく起き上がってくるボアギルディを見据えながら告げる。

だが、彼の機体は既に各部に破損が見られ、少なくない量の血液が流れ出ていた。

みずはは、そんな彼の身を案じて命令に従うことを躊躇う。

 

『問題ない。この背に守るべきものがある限り、私は負けん!』

 

決意を示すように、突進してくるボアギルディを勇太郎はジェット・マグナムで迎え撃つのだった。

 

 

 

 

「四糸乃――ッ」

 

間近に見える氷嵐のドームを見上げて、士道は歯を噛みしめる。この中で彼女が助けを求めている、なんとなくだがそう感じられるのだ。

結界の影響でフラクシナスの転送装置が仕えず、自力で近づくしかなかったが。軍がアルティメギルを引き付けてくれたおかげで、妨害を受けることはなかった。

 

『それでは、作戦を始めるわ。レッド、ブルーお願い』

 

琴里からの通信に護衛役である2人が応じる。

結界内の四糸乃と接触するために考えられた作戦は、レッドとブルーが普段敵の拘束に使用しているオーラピラーを転用し保護膜として士道ごと包んで進むというものであった。

それでも、長い時間は耐えられないので迅速に四糸乃を封印する必要があるのだが。

 

「(それでもビビッてなんかいられない!)」

 

怖いと言えば嘘になるが、四糸乃はそれ以上に怖い思いをしているのだろう。だから立ち止まっている暇などないのだ。

 

『!レーダに感あり、独立混成遊撃隊です!』

『もう来たか、流石に早いわね…』

 

椎崎からの報告に、琴里が張り詰めた声を漏らす。

 

「あ、ツインテイルズの人達が来てくれていますよ」

「…だが、味方ではない」

 

レッドらの姿を視認した響が喜びの声を上げるも、翼は彼女らに警戒した様子見せている。

 

「折紙…」

「…士道、どうしてここに?」

 

そして、士道がこの場にいることに折紙は驚きの色を浮かべる。四糸乃が現界する前まで士道はよしのんを回収するため折紙の家を訪れていたのだ。

その際、士道が精霊に好意的な心情を浮かべていることを知った彼女は、これまでのことも踏まえ彼の身を守るために、家から出られないようトラップを仕掛けていたのだ。

 

「ここは危険、すぐに避難して」

「それはできない、俺は四糸乃に会いに行かないといけないんだ」

 

折紙の言葉に、士道は首を横に振る。

それに対して、折紙は何かを躊躇いを隠すように目を閉じる。

 

「そう、なら強制せざるを得ない」

「ッ!」

 

覚悟を決めた様に目を開くと、折紙は警告する。力づくでもこの場から遠ざけようとする意思を宿した目に、士道は思わず喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よく来た諸君。歓迎しよう盛大にな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緊迫した空気が張り詰まる中。不意に男生の声が響きその方向に視線を向けると、建物の屋上にシャドウズとドラグギルディが並び立っていた。

 

「ドラグギルディ!」

「待っていたぞテイルレッド。さあ、雌雄を決しようぞ!」

 

ドラグギルディは剣を抜くと、その切っ先をレッドに向けてくる。

 

『さて、俺はハーミットを狩りに行く。お前達は好きな奴を狩れ』

「あたしは当然アミタね」

 

ヴォルフの言葉にキリエが真っ先に反応する。

 

「私は余りもので構わん」

 

エムは一通り士道らを見渡すが、興味が湧かないと言った様子であった。

 

「あのウィザードはあたしが貰うぜ」

 

折紙に向けて不敵な笑みを向けるオータム。

 

「シンフォギアはあたしが潰す」

 

クリスは翼と響に敵意を隠さない目を向けた。

 

『さて、そちらはどうするかな?』

 

ヴォルフが誰もいない筈の方へ視線を向けると、彼らとは違う建物の屋上に以前勇と響が遭遇した黒色のソルジャー――『ナイト』と呼称された機体が立っていた。更に上空では転移ゲートから無数のソルジャー出現していた。

 

『……』

 

ナイトは遊撃隊へと視線を向け、敵対の意思を示しているようであった。

 

「決まりだな。では、戦友諸君――参ろうかッッ!!」

 

ドラグギルディが先陣を切り飛び出すと、ヴォルフ以外の面々も続いていく。

 

「各自迎撃を」

 

折紙が迎撃態勢と取るのに合わせ、他の面々も迎撃を開始する。

 

『……』

 

その光景を尻目にナイトは、弓を士道に向けるとエネルギー状の矢を放ってきた。

それをブルーが手にしたランスで弾くと、頭上でランスを回転させて矛先をナイトへと向ける。

 

「このこっちはただでさえ忙しいってのに、邪魔すんじゃないわよ!」

 

次々と放たれる矢をランスで弾きながら、ブルーはナイトへと向かって行った。

 

 

 

 

『ふむ』

 

ドームの前で分析を終えたヴォルフは、結果を見て思案する。

内部は氷点下であり、ハーミットがいる中心部までの5メートルのわたり、巻き上げられた氷が散弾銃が如く渦巻き侵入者を拒んでいる。

 

『問題はないか』

 

ハウンドの最大速で突撃すれば死にかけにはなるが(・・・・・・・・・)、ハーミットを串刺しにすることは可能である。

ヴォルフはランチャーの銃剣を展開させ、ランスチャージのごとく構えると、各推進器の出力を上げていく。

 

「――待て!!」

 

不意に響いた制止の声に視線を向けると、両手に鉄パイプを持った士道がその先端を向けてきていた。

 

「四糸乃は傷つけさせない、絶対に!」

 

士道は威嚇するように叫ぶが。その声は震えていて殺意を感じられず、ヴォルフからしてみれば意に介するものではないが、放たれた言葉には興味が湧いた。

 

『四糸乃、ハーミットのことか』

 

体ごと士道に向けると、細かに観察する。恐怖を隠せず全身が小刻みに震えているが、その目には大切な者を守ろうとする決意が込められていた。

 

『その意気は良し。だが、力なき意思など無価値だ』

 

冷徹に言い放つと、頭部のバルカンを士道に向け――躊躇うことなく発射した。

 

「ッ!」

 

反射的に身を守ろうとし、士道は目を閉じると。金属がぶつかり合う音が響くだけで痛み等は感じなかった。

何が?と目を開けると――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無事かシドー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「十香?」

 

目の前に立っていたのは、避難している筈の十香であった。

その姿は、来禅の制服に美しい光の膜が所々に見られるという見慣れないものとなっていた。更にその手には、封印されて失われた筈の天使であるサンダルフォンが握られている。

 

「十香、それは…?」

「ぬ?」

 

士道が言うと、十香は目をぱちくりさせて自分の体に視線を落とした。

 

「おお!?なんだこれは!霊装か!?それに、サンダルフォンまで!?」

 

指摘されて初めて自分の様子に気づいたらしく。十香が驚きの声を上げる。

そういえば、琴里が以前話していたが。封印された精霊と士道との間には、目に見えない霊的回路(パス)が繋がれ、精霊の精神状態がストレス等で極度に不安定になると、そこから霊力が逆流して一時的に精霊としての力が戻ることがあるのだと。

 

『やはりプリンセスだったか。随分と貧相になっているが』

 

乱入してきた十香を興味深そうに観察していたヴォルフが、ランチャーを向けてくる。そしてトリガーを引くと、ビームが十香目がけて放たれる。

 

「ッ!」

 

十香はサンダルフォンを盾のように構え受け止めるも、衝撃に耐えきれず僅かに後ろに押され表情に苦悶の色が浮かぶ。

 

「このォ!」

 

負けじと地面を蹴って跳躍すると、ヴォルフへと剣を振るうも。銃剣で逸らされると、がら空きとなった腹部に膝蹴りを叩きこまれて元の位置まで弾き飛ばされてしまう。

 

「十香!?」

『…これなら二兎を追っても構わんか』

 

士道は慌てて十香へ駆け寄り。ヴォルフは、以前刃を交えた時よりも力が衰えていることを確信すると、このまま十香を仕留めるべくランチャーを向ける。

 

「シドー、逃げろ。今の私では、お前を守れない…」

「そんなことできるか!」

 

苦痛に顔を歪めながらも、サンダルフォンを杖代わりにして立ち上る十香。十全に力を発揮できない状態では勝ち目はないと嫌でも感じ取った彼女は、士道だけでも逃がそうとするも。無論そんなことを士道が納得する筈がなかった。逆に十香を守ろうと前に出た。

 

『安心しろ。苦しまずに共に眠らせてやる』

 

せめてもの情けと言った様子で告げると、トリガーにかけた指に力を込めるヴォルフ。

 

『ッ!』

 

瞬間、迫ってきた人影に反応し、突き出された大剣をヴォルフはランチャーの銃身で受け流そうと――

 

『ぬぅ!?』

 

するも。その衝撃に地面を削りながら大きく押される。

 

『お前は…』

 

新たに乱入してきた者を油断なく見据えるヴォルフ。

ハウンドと類似した形状に紺色の機体色。その手には今まで見られなかった大振りの両刃剣。そして――

 

『これ以上、お前達に何も奪わせるかよ。俺が相手だ漆黒の狩人!』

 

力強き意思を宿らせた目をしたい勇は、手にしたT-LINKセイバーを片手で軽く振るうと、決意を示すように叫びながらその切っ先をヴォルフへと突きつけるのであった。




後1,2話で今パートは終了予定です。
それと同時に部隊名に関するアンケートも終了しますので、ご意見があればそれまでに活動報告にお寄せ下さいませ。

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