ワールド・クロス   作:Mk-Ⅳ

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第六十話

ブルーエリア基地に併設されている軍病院。その中の病室にアミタはいた。

椅子に腰かけている彼女の視線の先にはベットで眠る勇がおり、コードで繋がれた機器が規則正しく動作音が鳴らしていた。

瀕死の状態で搬送されてから3日が経つも、目覚める様子は一向に見られなかった。

医師が言うには、肉体以上に脳のダメージが大きく、最悪このまま生涯目が覚めない可能性もあり。仮に目覚めても、日常生活に支障が出る後遺症が残ることもありえるとのことだった。

 

「勇君…」

 

アミタが名前を呼ぶも返事はなく、機械音が虚しく響くのみだった。

もし本当にこのまま目が覚めることがなかったらと考えると、胸が締め付けられるように苦しくなり、生きた心地がしなかった。

 

「(私の、せいだ…)」

 

傷ついた自分を庇って彼は限界を超えてまで戦った。自分の弱さが彼を追い詰めたのだ。

 

「(いつも、助けてもらってばかりだ)」

 

彼が初めてPTに乗った時は、助けようとして逆に助けられた。再会したキリエに怒りのままに銃口を向た時も、助けに来た筈なのに彼に助けられる形になってしまった。

もっと自分に力がー―強さがあればこんなことにはならなかったと、自責の念に駆られるアミタ。

不甲斐なさに俯き、膝に乗せていた手を握り締めて力が入り、目尻から涙が零れそうになる。

 

「ごめんなさい。私の、せいで――」

「――どうしたのアミタ?泣いているの?」

 

不意に聞こえてきた声に顔を上げると、目を開けた勇が心配そうにこちらを見ていた。

 

「大丈夫?何があったの?」

 

慌てた様に上半身を起こすと、彼は涙を指で拭いながら問いかけてくる。

突然のことで呆けてしまうも、事実を認識すると思わず抱き着いた――が、嬉しさを余り力加減を間違えてしまい、骨の軋む音と共に彼の悲鳴が響き渡るのだった…。

 

 

 

 

「ごめんなさい…」

「いや、気にしてないから落ち込むことないって、何ともなかったんだからさ」

 

しおれていると、フォローしてくれる彼。罵倒されても文句の言えないことをしでかしたのに、逆に気にかけてくれる優しさに胸に暖かさが広がる。

あの後医師からの診断を受け、現状問題は見られないので経過を見るとのことであった。

日は既に傾き、夕日が照らす光が窓から差し込んでいた。

 

「いえ、さっきのこともありますけど。あなたがこうなったのは私のせいであって、なんてお詫びしたらいいか…」

 

どのような誹りも受ける覚悟だったが。当の彼はクエショッンマークを浮かべていそうな顔でキョトンしていた。

 

「あの、どうしたんですか?」

「いや、どうしたって、どうしてアミタが謝るの?」

「だって、私を庇ったからこんなことになったからで「違うよ」」

 

言葉を遮られ彼に視線を向けると。その目には己への憤りが宿っていた。

 

「こうなったのは俺が弱かったからだ。寧ろ謝るなら俺の方さ、そのせいで君を傷つけてしまったんだから」

「そんなことないです!」

 

自嘲している彼に、思わず声を荒げてしまった。

 

「あなたはどんなことがあっても、いつも私を守ってくれました。あなたは弱くなんかない。でも…」

 

一度言葉を区切ると、彼の目を見据える。久方ぶりに見たどこまでも真っすぐな目を。今までは頼もしさ感じていたが、今は不安も感じられるようになっていた。

 

「あなたは自分のことを全く鑑みない、だから怖いんです。いつか本当に取り返しのつかないことになってしまうのではないかと…」

「…ユウキにも言われたよ。だから、約束しているんだ必ず生きて帰って来るって」

「だったら、もっと自分を大切にして下さい!今回だってもう目が覚めないんじゃないかって、そう考えたら心臓が張り裂けそうなくらい怖くなったんですよ…!」

 

俯き膝に置いていた拳を握り締め、再び目尻から涙が溢れそうになるアミタ。

共に戦うこともできないユウキは、これ以上の気持ちをいつも抱えているのだろう。それでも、彼を信じて帰りを待ち続けているのだ。その情愛に敬意さえ覚えた。

 

「心配させてごめん。でも、そうしたいって俺が自分で決めたことなんだ」

 

彼は手を重ねながら、宥めるように語る。

 

「母さんを失ったあの日のような後悔をしないために。大切な人達が同じ想いをしないためにって、そのためにこれからも戦い続けるよ」

 

言葉と瞳から、何が起きようとも貫くという彼の覚悟の重さが感じ取れた。その意思の強さこそが彼の強さの源なのだろう。だが、同時に破滅をもたらしかねない――この国で学んだ諸刃の剣にもなってしまう危ういものであった。

 

「…あなたの気持ちは分かりました。それなら私があなたを守ります」

「え?」

 

決意を伝えると、キョトンとした顔でこちらを見る彼。

 

「今よりも強くなって私が守ります。あなたが無事に帰れるように支えたいんです」

「アミタ…」

 

両手で彼の手を包みながら告げると、驚いた顔をする彼。

その様子に、突然過ぎて変に思われただろうかと、不安を隠せず彼の様子を伺ってしまう。

 

「迷惑、ですか?」

「ううん、そんなことないよ。その、凄く嬉しいなって」

 

頬を赤らめながらはにかむ彼。普段と違ったしおらしさに、以前共に寝た時のように胸が高鳴った。

 

「えっと、それじゃ一緒に頑張ろうね」

「はい!」

 

互いに微笑みながら手を取り合う。窓から差し込む夕日が、優しく照らしてくれているようであった。

 

 

 

 

「MK-Ⅱ2号機がウラヌス・システムを起動させたようです」

「そうか…想定よりも幾分早いじゃないか」

 

ラタトスク本部にて、円卓会議(ラウンズ)議長であるエリオット・ボールドウィン・ウッドマンは。秘書である20代中盤の眼鏡をかけた女性――カレン・ノーラ・メイザースの報告を興味深そうに受けていた。

 

「天道勇君か。システム開発者として君はどう見るかいカレン?」

 

勇に関する資料を指でなぞるウッドマン。彼は高齢のため視力が弱くなっており、点字にて文字を読み取っているのだ。

資料で得られる情報だけでも、勇の人柄に好意的に感じた彼は上機嫌に問いかける。

秘書として側で支えてくれているが、カレンの本業は技術者であり。ラタトスクの有する装備の大半が彼女の手によるものであった。

そして、T-LINKシステムも彼女が中心となって開発されたものなのである。

 

「これ程システム適応できる者は世界でも恐らく彼だけかと、正に逸材と言えるでしょう。ただ、彼はあくまで連合軍の兵士であり、我々の同志ではありません」

 

どこか期待した様子のウッドマンに、釘を刺すように告げるカレン。

元々T-LINKシステムは、フラクシナスにて運用される予定であったが。必要以上に武力を持つことを良しとしないウッドマンの方針と、何よりシステムを扱いきれる(・・・・・)人材が組織内にいなかった。

手元に置いて腐らせるよりも、世界のために役立てられる者へ託すべきと考えたウッドマンは、連合軍でも信頼できる人物が多いブルーアイランド基地へ送るよう手配したのであった。

 

「確かにそうだが、これまでの彼の行動から見て信頼できると私は思うよ」

「…結果的にこちらに味方する形になったとはいえ、今後も同じことが続くとは限りません。簡単に信用すべきではないでしょう」

「そうなると、やはり直接会って確かめるべきかな?」

 

その言葉を待ってましたと言わんばかりに、目を輝かせるウッドマン。勇が自身の若き頃に似ていることもあり、非常に気になっているのだった。

 

「駄目です。立場を考えて下さい」

 

問答無用で両断すると、シュンとするウッドマン。いつまで経っても子供のような無邪気さを失わないのが彼の魅了だが、自分の立場を忘れて無茶をしようとするのも考えものであった。

 

「仕方ない、今回は諦めよう。他に報告はあるかい?」

 

さらりと機会をあらためる発言をするウッドマンに、思わずジト目を向けるカレン。

もう諦めてもらいたいが、言っても詮無きことなのでカレンは諦観のこもった息を吐くと、話を進めることにした。

 

「2号機ですが、ダメージが深刻のなのでオーバーホールのため、一度マオ・インダストリー本社へ移送することになりました。これが詳細です」

 

カレンから手渡れた資料をウッドマンがなぞると、その表情が僅かに険しくなる。

 

「ふむ。損傷の大半が戦闘によるものだが、乗り手の技量に機体自体が耐えられていないのか」

「はい、彼は近接戦闘を好むようですが、MK-Ⅱは元々量産を前提としたスタンダードな機体です。これまでは現場の努力である程度対応していたようですが、ウラヌスを起動させた以上それも限界でしょう」

「対策は?」

「根本的な改修が必要かと。ただし先にも述べましたが、彼は同志ではありません。その力がこちらに向けられる可能性がある以上、リスクが高いかと」

 

ウッドマンの考えを読んだカレンは、賛成しかねるのか消極的な様子であった。

 

「だが、彼にはこれまで五河君や精霊達を守ってくれた恩がある。それに報いるべきではないかね」

「それは…」

 

ウッドマンの言い分に反論できないカレン。事実勇がいなければ、士道が十香と四糸乃を救うことはできなかったといえるだろう。

 

「…分かりました。改修案を纏めてマオ社と協議します」

「我儘を言ってすまないねカレン。よろしく頼むよ」

「いえ、あなたの力になることが私の最上の喜びですから」

 

心の底から申し訳なさそうにするウッドマンに、カレンは微笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

「……」

 

ベットに横になりながら窓から見える夜空を眺める。とはいっても、都会だからあんまり星が見えないのだが。

あの後、父さんとユウキが駆け付けてきたはいいが、喜び過ぎてもみくちゃにされたりしたが。面会時間が過ぎたので、皆が帰っていった。

今は日付が変わろうかという時間なのだが、寝すぎたせいか寝ることもできず、かといってやることもなく夜空を見ていることしかできなかった。

 

「ヴォルフ・ストラージか…」

 

それは漆黒の狩人の名前。出会いは1号機強奪事件の時で、その後も一度戦場で遭遇したこともあったが、警戒こそすれそこまで意識することもなかった。

だが、奴の戦いを深く見たせいか、今では妙に意識してしまっていた。テロリストになってまであの男はなぜ戦うのか、何を求めて生きているのか知りたいという気持ちがあった。

そんなことを考えていると、扉がノックされた。見回りの時間じゃない筈だけど…。何度も利用している内にこの病院のことは大分詳しくなった。自慢することではないけど。

 

「どうぞ」

 

上半身を起こしながら応えると、恐る恐るといった感じで扉が開く。

 

「お、お邪魔…します…」

「四糸乃!?」

 

入ってきたのは精霊四糸乃であった。いつものフード姿でなく、水玉模様のワンピースを着ており、左手にはウサギのパペットをはめていた。

 

「無事だったんだねよかった」

 

とりあえず、ベットの側にある丸椅子に座ってもらう。

見た感じ怪我とかはしてないみたいだ。五河が助けてくれたと信じていたが、実際に無事であることを見れてホッとする。

 

「はい、おかげ…さまで…。よし、のん…にも…会え、ました…」

 

そういってパペットを見せてくれる四糸乃。

 

『どうも始めまして、よしのんだよ!』

「これはどうも、天道勇です」

 

パペットを動かしながら腹話術をする四糸乃。――に見えるが、彼女の中ではよしのんという人格が確立されているようだ。つまり今話しているのは、よしのんという個人ということになる。

 

『よしのんがいない間に、四糸乃のことを守ってくれたんだってね。本当に感謝してるよ、ありがとうね!』

「いえ、やりたいようにやっただけなのでお気になさらず。それに彼女には大切なことを思い出させてくれましたので、そのお礼がしたかったですから」

 

自分が何のために戦っているのか。そのことを思い出すきっかけをくれたのは四糸乃だ。だから彼女のために戦いたかったというのもあった.

 

「あの…お怪我は、大丈夫…ですか?」

 

包帯が巻かれている部分を見ながら、心配そうな顔をする四糸乃。

 

「ああ、大丈夫だよ。念のため安静にしているだけだからさ」

 

安心させるために頭を優しく撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。

 

「それで、今はどうしているんだい?」

「あの、ですね…」

 

彼女らは現在ラタトスクに保護されており、俺が病院送りとなったことに責任を感じ、無理を言って会いに来てくれたのだそうだ。

 

「そっか、わざわざ悪いね。さっきも言ったけど、俺がやりたいことやった結果だから、君が気にすることはないよ」

「でも…」

 

納得できないのか、俯いてしまう四糸乃。

 

「じゃあ、お礼に1ついいかな?」

「は、はい…」

「俺と友達になってくれないかな?」

 

差し出した手をキョトンと見る四糸乃。流石にいきなりすぎたかな?

 

「あの、私…で、よければ…よろしく、お願いします…」

 

おずおずとしながらだが、手を握ってくれた四糸乃。

 

『ねえねえ、よしのんもいいかな?』

「もちろん。よろしくね」

 

断る理由などないので、よしのんとも握手する。

こうして彼女らの笑顔を見れて、諦めないで良かったと心から思えたのだった。


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