「大尉、ここの配置はこの地点が良いかと思うのですが」
「ん~そうすると、ここら辺が手薄ににならない?」
「ここならPT第四中隊でフォロー可能かと」
ブリーフィングルームにて、俺は燎子さんとみずはさんと共に作戦計画についての打ち合わせを行っていた。
新型のCR-ユニットの運用試験をブルーアイランド基地で実施することとなり、その搬入作業時の警備体制について話し合っているのだ。
以前にMK-Ⅱ1号機を強奪されているだけに、同じ失敗を繰り返すまいと皆息巻いていた。
「それにしても、このタイミングで指令も天道少佐も不在なのは痛いですね」
ここ最近ブルーアイランドで多発している1号機強奪から始まるテロ行為、インスペクター、アルティメギルの侵略行為、精霊の出現。それらの報告と今後の対策を検討するための会議がスイスのジュネーブにある統合参謀本部で開かれ、それに参加する紫条指令と護衛のために父さんが現在基地を空けており。搬入作業時には要と言える2人が不在となるため、時期を延期すべきと指令らは進言していたが、DEM社から強い反対があり却下されたと父さんが不快そうに話していた。
(「気をつけろ勇、今回の新型のCR-ユニットはかなりキナ臭い」)
ジュネーブに向かう前に父さんが深刻な顔でそう語っていた。今回の件は陰謀という奴がかなり働いているということなのだろう。もしかしたら、父さんらが不在な状況も敢えて作られたのだろうか?
「IS学園のクラス代表戦もあるし、何事もなくってのが一番だけど。まあ、楽観できないわよねぇ」
「最近のことを考えると、何があってもおかしくないですよね…」
「観客にエレメリアンが平然と混ざってたりとかして」
少し場の空気が重くなったので和ませようと冗談を言うも、普通にありえそうで揃って苦笑いを浮かべてしまった。あいつらイベントなんかにあたりまえのように混ざってるんだよなぁ…。
「ま、あーだこーだ考えてもしょうがないわよね。やれることに全力を尽くしましょう」
「そうですね」
燎子さんの言葉に同意しながら作業に戻る。確かにあらゆる事態を予測するのは大事だが、どれだけ予測しようとも人間できることは限られるので、できる範囲で備えをし、実際に何か起きた際にはそれを元に臨機応変に対処するしかないのだろう。
打ち合わせを終えると、基地を出て近くの住宅街にある官舎へと向かう。
入りに近づくと、壁に背を預けている私服姿の崇宮がいた。ようやく五河と彼女を合わせる段取りが取れたので、彼女を五河家に案内するのだ。
「やあ、待たせたね」
「別に、予定より30分ははえーですよ?」
「多分もう待ってるだろうと思ってね。そうでなくても男が待つ分には問題ないし、女性を待たせる方が男として最低だと思うんでね」
彼女はかなり兄を慕っているようだし、その兄らしき人とようやく会えるのだから、待ちきれなくなっているかもしれないと思ったのだ。
「……」
「どうかしたかい?」
「いや、大した女ったらしだなと」
「…そんなつもりは毛頭ないんだがねぇ」
「冗談でいやがりますよ。そんな下心があったら、あのメンツにあれだけ信頼されっこねーですし。悪かったです」
そんなことを言うつもりはなかったといった様子で頭を掻く崇宮。どうやらこういった扱いは慣れていないらしい。
「何、気にしていないよ。どうも気をつけているんだけど、何でだか望まないことに、ね」
「ま、諦めるしかねーんじゃねぇんですか。そういう星の元に生まれたってことで」
「そんな星は嫌なんですけど…」
そんな雑談をしながら並んで歩く中で、頃合いを見て聞かなければならないことを問いかける。
「仮にとするけど、五河が兄だったとして一緒に暮らすのかい?」
「いえ、話に聞く限り、兄様は今の家庭で幸せに暮らしているのなら邪魔はしたくねーです。真那は人に言えねー仕事してますし…」
そういって崇宮は俯き気味に表情に影を落とす。
DEMのウィザードとして、彼女はある精霊を追い続けているのだ。例え家族であっても、精霊のことを口外することは許されないし、共に暮らせるとしても、何より大切な人に害が及ぶ可能性を考えると躊躇ってしまうのだろう。
「それ程『ナイトメア』は危険なのかい?」
ナイトメア――精霊の1体であり、
崇宮はナイトメアの対処を専門にしており、ブルーアイランド基地に来たのもこの島にナイトメアが確認されたからでもある。
「奴は
その最悪を思い浮かべたのか、崇宮の顔色が青ざめ始めてしまう。俺は彼女を落ち着かせるために頭に手を置きそっと撫でる。
「うにゃ!?」
「大丈夫だよ。俺がいる、CNFのみんなもいる。力を合わせれば何があっても乗り越えられるから」
「わ、分かった!分かりやがりましたから子供扱いしねーでくだせー!」
威嚇する猫のように毛を逆立てながら暴れ出すので手を離す。
「未成年は子供だよ。だから遠慮せず大人を頼りなって」
「…大して歳変わらねーじゃねーですか」
「もう18になったから、日本じゃ大人だよ~」
ハッハッハッと笑いながら歩き出す俺に、反論できずム~と、頬を膨らませて拗ねながらも崇宮は着いてくるのであった。
「さて、着いたよ」
「ここに兄様が…」
あの後暫く歩き、目的地である五河家の前に辿り着いた。
「準備はいい?」
「ん。ちょっと深呼吸を…」
緊張した様子の崇宮に声をかけ、落ち着くのを待ち。どうぞ、と合図がかかると呼び鈴を鳴らす。
『はい』
「勇だよ。話していた人を連れてきたよ」
『分かりました。今開けますね』
会話を終えてほどなくして、玄関の扉が開き姿を現した五河と軽く挨拶を交わす。
「その子が俺の妹っていう?」
「本人曰くだけどね。ほら、崇宮――」
「兄様ァ!!」
紹介しようとするよりも先に、崇宮は五河に飛びついていった。
「兄様兄様兄様!お会いしたかったでやがります!」
胸元に顔を埋めて声を掠れさせながら、どれだけ会いたかった等を語り続ける崇宮。
「おにーちゃんお客さん来たの~?」
五河の背後から声が聞こえてくると、赤い髪をツインテールにし白いリボンで結った少女がひょっこりと現れる。
「あ、こいつは妹の琴里です」
「初めまして
最後の方を物凄く強調しながら頭を下げる妹さん。俺、というより崇宮に対してって感じだな。てか、人畜無害という風貌なのに、かなりのプレッシャーを放ってらっしゃる。…ユウキと同類、かしら?
取り敢えず崇宮を宥めて家に上げてもらい。ソファに崇宮と五河、妹さんと俺で並んで座りテーブルを挟んで対面している。
「さて、崇宮改めて確認するけど。五河が君の兄で間違いないのかい?」
「間違いねーです!この人は真那の兄様でいやがります!」
「記憶は戻ったのかい?」
「さっぱりでやがりますけど、間違いねーもんは間違いねーです」
確信を持ったように言い放つ崇宮。確かにこうして並んで見る限り実に良く似ている、彼女の言を否定するのは難しいな。
「五河はどうかな?彼女が妹――肉親であると思うかい?」
「えっと、お話しましたけど。この家に引き取られる前の記憶がまったくと言っていい程なくて断言はできませんけど、他人って気はしないですね」
この場を設けるために話した時に聞いたが、彼も幼い頃の記憶がないのだそうだ。直接顔を合わせれば思い出せるかという期待もあったが、特に変化はないらしい。
「まあ、こんなことを聞かなくても、科学的に君達が血縁者であることは証明されているけどね」
そう言って持ってきていた鞄から封筒を取り出して開封し、中身の書類を五河らに見やすいようにテーブルに置く。
「提出してもらったDNAを鑑定した結果、君達に血の繋りがあることは間違いないそうだ」
俺の言葉に崇宮は当然と言った様子で胸を張り、妹さんはどこか複雑そうな様子を見せる。
「でも、そうなると別の疑問が出てきてしまうんだ。崇宮あの写真を」
そう促すと、崇宮が胸元から取り出したロケットに納められて写真を見せてくれる。
「これって俺と崇宮、さん?」
「そうでいやがります。これがあったから真那は兄様とまた会えたんです」
「でもこれ変ですよね。この写真に写っている歳だと、おにーちゃんは既に家に引き取られいる頃ですから」
妹さんが俺が指摘したかった疑問を述べてくれる。今の彼女からは先程までの間延びした感じではなく、真逆の張り詰めた雰囲気を醸し出していた。無自覚に隠していた一面を見せているようだが、まあ、気にすることでもないか。
「そう、今妹さんが指摘してくれたように、10年近く離れ離れになっていた君達がこの写真を撮ることはできない。つまり本来ならこの写真は
その言葉に五河は困惑の色を見せ、妹さんは思案するように顎に手を添えていた。
「合成なんじゃないんですか?」
「いや、これは何の細工もされていない普通の写真だそうだ」
「真那がそんなことするわけねーです!」
妹さんの指摘に崇宮が憤慨してテーブルを強く叩いた。そんな彼女を宥めながら目の前で起きている現象に思考を巡らせてみるも、ハッキリ言って狐か狸に化かされたとしか説明のしようがなかった。
「どうなっているんでしょう?」
「正直言って何がなんだかだね。『ドッキリです!』とでも言ってもらいたいよ」
「だからそんなんじゃねーですってば!」
再びプンスカしだした崇宮に謝りながら、話題を変えることにした。これ以上ここで議論してもどうにもならないからね。
「それで、崇宮は本当に兄と一緒に暮らすことは望まないんだね?」
「え?」
改めての確認に、妹さんが以外そうに目を点にした。
「ええ、兄様が今の生活に幸せを感じているなら真那はそれで満足でいやがります」
あっけからんに言うと崇宮は立ち上がり、テーブル越しに妹さんの手を取る。
「琴里さんやご家族の方には兄様を家族として受け入れてくれやがって、感謝の言葉もねーです。兄様が幸せに暮らしているなら、それだけで真那は満足です」」
「む……」
妹さんがばつの悪そうに口をへの字に結ぶ。
「へ、へー、そこら辺はわかってるんだ」
「ええ。――ぼんやりとした記憶はありますが、兄様がどこかへ行ってしまったことだけは覚えています。確かに寂しかったですが、それ以上に兄様がちゃんと元気でいられるかどうかが不安でした。――だから、今兄様がきちんと生活できていることがわかってとても嬉しいです。こんな可愛らしい
崇宮がにっと笑うと。妹さんは頬を赤くし、居心地悪そうに目を逸らした。
「か、可愛らしいってそんなこと言われても」
「まあ、もちろん――実の妹には敵わねーですけども」
ふと、妹さんが言い切る前に胸を張りながら宣戦布告する崇宮氏。え、そこで喧嘩売っちゃうの?
「……」
照れたまま固まった妹さんから、ぴきッ、っと、何かに亀裂が入るような音が聞こえた。どうしてこうなった…。
「お、おい、琴里…?」
不審に思った五河が声をかけるも、聞こえていないご様子。にこーっと可愛らしい笑みを浮かべる妹さん。ただし背後に阿修羅が佇でいるけどね!…帰りたい。
「へー…そうかなぁ」
「いや、そりゃそーでしょう。血に勝る縁はねーですから」
「でもー、遠い親戚より近くの他人って言うよね~」
妹さんの言葉に、今度は終始穏やかだった崇宮のこめかみがぴくりと動いた。
そして一泊おくと、握っていた妹さんの手を放し、テーブルを叩く。
「いやっはっは…でもまあほら?やっぱり最後の最後は、血をわけた妹に落ち着きやがるというか。三つ子の魂百までまでって言いやがりますし」
「う、う~。でもあれだもん、義理でもお兄ちゃんとはずっと一緒に暮らしてるもん。そういう時間が大切だもん」
「いやいや、でも他人は他人ですし。その点は実妹は血縁ですからね。血を分けてますからね!まず妹指数の基準値が段違いですからね!」
崇宮が高らかに叫ぶ。そういえばユウキもそんなこと言ってたけっか。最終的に『妹になりたいんじゃなくて、
「血縁血縁って言うけど、義理であっても私は10年以上兄ちゃんの妹なの!私の方が妹指数は高いもん!」
「笑止!幼い頃に引き裂かれた兄妹が、時を超えて再会する!感動的じゃねーですか!真の絆の前には、時間等関係ねーのですよ!」
「うるさいうるさい!血縁が何よ!実妹じゃ結婚できないじゃない!」
「「え…?」」
五河と崇宮の間の抜けた声が綺麗に重なる。そんな中俺は出されていたコーヒーを味わう。うん、美味しい。
妹さんはハッと目を見開くと、みるみると顔が真っ赤になっていき、誤魔化そうとするようにテーブルを叩いた。が、時既にお寿司だけどね。
普通はこういう反応なんだけど、家のはどうしてああなったんでしょうねぇ…。
「と、とにかく!今の妹は私なの!」
「何を!実の妹の方がつえーに決まっていやがります!」
「妹に強さなんて関係ないもん!」
「ま、まあ落ち着けって、2人とも」
余りの過熱さに見かねた五河が止めに入るも、及び腰のため消化には弱いな。
「お兄ちゃん!」
「実妹、義妹、どっち派でいやがるのですか!?」
「え、ええッ!?」
不意打ちをくらって困惑の声を漏らす五河氏。選びようのないことを聞かれても困るわな。
やれやれ。余りよそ様の家庭事情に口を挟みむのは気が進まないが、これ以上は流石に見ていられんな。
「口を挟ませてもらうけど。俺としては、家族って血の繋がりがあろうと共に過ごした時間が長かろうが『愛する』という心がないと意味が無いと思うよ?」
そこで一旦区切りコーヒーで喉を潤す。
「家族って誰かだけを愛するかじゃなくて、皆で愛し合うものだと思うんだ。少なくとも家族を独占しようとする者に本当の愛は生まれないだろうさ」
ユウキを引き取ったばかりの頃は形式的なだけだったけど、共に過ごす中で心を通わせ合い『愛』を育みながら『家族』になっていたんだ。
明確な答えがある訳でもないけど、家族とは血の繋がりも共に過ごした時間も必要だが、『家族でいたい』と思える愛が何より大事なんだと俺は思う。
「まあ、一言で言うと『蹴落とし合うように争う妹達の姿なんて、お兄ちゃん見ていて悲しくなっちゃう』ってことさ。でしょ五河?」
俺の言葉に五河は力強く頷くと、妹さんと向き合い腰を屈めて視線を合わせる。
「そう、ですね。琴里、突然のことで戸惑うなとは言わないけど、何があってもお前は俺の妹だ。だから崇宮さん――いや、真那と仲良くしてやってくれないか?」
「うん、わかった。ありがとうおにーちゃん…」
妹さんの反応に満足したように頭を撫でて上げる五河。そして今度は崇宮と向き合う。
「真那も俺の妹だって言うんなら、琴里と仲良くしてくれると嬉しいな」
「まあ、兄様がそう言うんなら…」
照れ隠ししながらも受け入れた崇宮の頭も撫でる五河。
「色々と酷いこと言ってごめんなさい真那さん」
「言いだしたのは真那の方ですから、琴里さんが謝るこたぁねーですよ。それで、本当にすまねーと思っていやがるんで、その、これからは姉妹ってことで1つよろしく」
「うん、よろしくね!」
崇宮が差し出した手を握る妹さん。そんな彼女らの頭に、五河は褒めるように手を置いた。
あの後軽く雑談をすると。日が沈みだしたのでお暇することとなり、勇と真那は帰路に着いていた。
「…ありがとうごぜーやす」
「ん?ああ、案内したことなら気にしなくていいよ。そうしたいからしただけだし」
不意に勇の後ろを歩いていた真那が礼を述べくると、勇は大したことじゃないといった様子で返す。
「いや、それも勿論ありやがりますが。さっきの琴里さんとの喧嘩を止めてくれやがったことですよ。あのままだったら、取り返しのつかないことになってたかもしれなかったんで。だから、感謝しかねーです」
無意識にだが、自分のいない間に大好きな兄の妹として共に暮らしていた琴里に、嫉妬してしまっていたのだろう。
あの時勇が止めに入ってくれなければ兄を悲しませる結果となっていたかもしれない。そう思うだけで背筋が冷え込み、最上の結果をもたらしてくれた彼には感謝の念しかなかった。
「いや、別に俺がいなくても君達なら同じ結果になってたよ。だから礼なんかいいさ」
勇最初は言葉の意味を理解できずキョトンとしていたが、理解するとどこか困ったように頬を掻く。
「それより良かったね。お兄さんと再会できたし、新しい家族ができてさ」
まるで自分のように嬉しそうに微笑む勇。
自分のことには無頓着な面が見られるが、他人のことには過敏なまでに反応する人物だというのが真那の彼に対する印象だった。
「ほんと、変な人でいやがりますね」
お腹空いたし早く帰ろ~と、歩き出した勇の背中を見ながら、思わず思ったことを零す真那。
不思議と彼といると、兄とはまた違った暖かさを感じ。まるで陽溜まりのような居心地の良さが、彼が多くの人に好かれる理由なのだと理解できた。
「どうしたの~!早くおいでよ~!」
「今行きやがります!」
足を止めていることに気づき、手を振って呼びかける勇を小走りで追う真那。その顔はどことなく楽しそうであった。