『ミス・スコール。これはどういうことかね?』
「これはとは何のことでしょうか、ミスター・エドガー?」
ファントム・タスク日本支部のオフィスにて、革椅子に腰かけたスコールは、モニター越しに中年の男性――DEM社専務取締役の1人エドガー・F・キャロルから詰問されていた。
『とぼけるな!!ヴォルフ・ストラージのことだ!!貴様らにはアシュクロフトの件で手出しするなと言っただろうが!!何故あの男がちょろちょろとうろついているのだ!!』
「はて?彼は現在休暇中でして、部下とはいえプライベートまで介入する権利を私は持ちえませんので…」
怒り心頭な様子で威嚇するようにテーブルを叩くエドガーだが、スコールはとぼけたような口調に意に返していないようである。
『言い訳など聞かん!!貴様らドブネズミは言われたことだけしていればいいのだ!!とっとと奴を呼び戻さんか!!』
「彼はあらゆる通信手段を封鎖しておりますので、お時間を頂くことになりますが…」
『だったらさっさと動かんか間抜けめ!!いいか、これ以上私の手を煩わせたらどうなるかわかっているだろうなッ!!!』
一方的に通信を着られると、椅子にもたれかかりながらやれやれと言いたそうに息を吐くスコール。
「随分正直なおっさんだな。バレたらやばいことしてますよって自白してるもんだろあれ」
「所詮俗物だということだろう。それでスコールどうするのだ?」
ソファに腰かけているオータムが、呆れた様子で煎餅を頬張り。その対面に足を組み腰かけるエムが捜しに行くのかという目で問いかける。
「そうしたいのなら好きになさい。今の私達は休暇中の身。さっきも言ったけど、プライベートにまで口を出す気はないわ」
スコールがそういうと、怒られるからいい、とテーブルに置かれた皿の上の煎餅に手を伸ばすエム。
「でも実際、アイツは何で今回の件1人で首突っ込んでるんですか?あたしらには何も言わないし…」
どこか不貞腐れ気味に、何も言わずに置いていかれたことに不満を漏らすキリエ。
「それはだなキリエ…」
「それは?」
「あたしも知らん」
真顔で意味深な雰囲気を出しておきながらボケるオータムに、思わずソファからズッコケ落ちそうになるキリエ。そんな彼女を尻目に、ま、何かあんだろ、とからからと笑いながら新たな煎餅に手を伸ばすオータム。
「1年程前にあいつ1人でイギリスで任務に就いたことがあっただろ」
「あ~確かSSSの司令官かなんかが、DEM社の武器の横流ししてたとかで、その始末に駆り出されてたなぁ」
「それが今回のとどう関係があるのエム?」
「わからん。その時のことを、あいつは詳しく話したがらないからな。たた、あの男が善意や正義感だけで人助けなどせん。それこそ『借り』でもない限りはな。恐らくそういったことがあったのだろう。どうにも義理堅いところがあるからなあいつは」
「ま、だからこそ、あたしらも大人しく『飼われてる』訳だけどな」
どこか楽し気な様子で話すエムとオータム。性格的に水と油といえるこの2人が同じ席で談笑していることや、本来一匹狼気質な彼女らが大人しく従っているのも、ヴォルフ・ストラージという男の才覚故なのであろう。
「キリエ、人生の先輩としてアドバイスさせてもらうけど。いい女というのは待つ時は信じて待つ奥ゆかしさと、迎えに行くときはどこにいようとも見つけ出す情熱さが大事よ」
「…こういうことを聞くのもなんですけど、スコールさんもそういう経験があるんですか?」
微笑ましい目で自分達を見てくる彼女に、思わず問いかけるキリエ。
テロ組織の幹部でありながら、容姿は元より、内面も文句のつけようがないレベルで優れ。キリエが密かに憧れを抱く程に容姿端麗、品性品行方正が服を着たような人物であり、彼女を求める男性は必ずいる筈である。だが、そういった話はなく不思議でしょうがなかったのだ。
「そうね。恋をしたことこそあるけれど、結婚までは、ね。でも、何かと手のかかる『息子』はいるけれどね」
楽し気に話しながら、スコールは組んだ両手の指の上に顔を乗せ、同姓のキリエですら見惚れるような魅力的な笑みを浮かべていた。
「…スコール辺りが噂しているな。こういう時は止めてもらいたいが…」
同時刻。窓のからPTや軍用機が係留されている格納庫や、軍艦が停泊している軍港が見えるとある施設内で、盛大にくしゃみをする
アリス警護任務の翌日。俺はブルーアイランド市内にある公園を訪れていた。平日の昼時ということもあり、親子連れが遊んでいたりジョギング目的の利用者がまばらに見られる中。目的の人物を捜し歩みを進める。
「おーい勇君、こっちこっち!」
そんな俺に、ベンチに腰かけた男性が手を大きく振りながら呼びかけてくる。その人物に会釈しながら近づく。
「お待たせしてすみません菊岡さん」
「気にしなくていいさ。待ち合わせ時間には間に合ってるんだからね」
隣に腰かけた俺にこやかに笑いかけながら、公園内で出張販売を行っているクレープ屋の焼きたてと見られるクレープを味わっている眼鏡をかけたスーツ姿の男性の名は菊岡誠二郎。
総務省に努めており、SAO事件当時国が立ち上げた対策部署に所属しており、その縁で和人と知り合いGGO事件ではその調査を依頼してきた人物である。
今は仮想課と呼ばれる、SAOの登場以降爆発的発展していくVR世界を監視する部署にいるらしい。――らしいというのは、彼が腹に一物を抱えているようであり、意図的に身分を隠していると感じているからだ。
怪しい面もある人物だが、本来禁止されているSAO事件被害者の情報を提供してもらい、和人が明日奈を始めとした仲間達と再会できるようにしたことや、GGO事件後詩乃のことで便宜を図ってくれているので、決して悪い人ではないのだろうけども。
「良かったら君も食べるかい?奢るよ、ここで販売しているクレープは、テレビの取材を受けるくらい絶品だよ」
見るからに幸せそうに食べている菊岡さん。待ち合わせ場所にここを指定したのは彼だが、この公園はこの時間帯はそれなりに人通りが多いので、盗み聞き耳されにくいので今回の話題的に最適だが、これが理由でもあるのだろうな。GGO事件で依頼された時もセレブご用達のカフェでプリン食べてたし。
「お気持ちはありがたいのですが、今は余り悠長にしていられないのでまたの機会があればということで」
移動販売車を指さしながらの勧めてくるが、今回は丁重にお断りさせて頂く。セシル・オブライエンを捕らえたとはいえ、事態は予断を許さない状況であるし、今回は逆に依頼しているんだから甘える訳にはいかない。
「相変わらず律義だね。まあ、だからキリト君達も信頼してるんだろうね」
「おだてても何も出ませんよ?それで、依頼した件ですが…」
「ああ、内閣情報調査室から送られてきたものも含めて纏めてあるよ」
最後の一口を食べ終わるとビジネスバッグから封筒を取り出し、そこから更に取り出された書類の束を受け取り目を通していく。
「もう知っているだろうけど、アシュクロフト強奪犯の3人が所属していた部隊は欧州方面軍でも指折りの精鋭部隊だったんだ。特に部隊長のアルテミシア・ベル・アシュクロフトはウィザ-トして世界有数の実力者に数えられているんだ」
「その彼女の所在は判明しているので?脱走した3人と行動を共にしているようには見られませんが?」
アルテミシアという人がセシル・オブライエンらと共にいるなら、今まで姿を見せないのは不自然すぎる。彼女だけ脱走せず軍に残っているのだろうか?
「…アルテミシア氏はイギリスに本国にいるよ。それも軍病院にね」
「怪我の治療で?」
「いや、意識不明――所謂植物人間状態で収容されているそうだ」
「それは戦闘による負傷か訓練中の事故で?」
「記録上は事故によるもの、だそうだ。でも不審な点がいくつかある」
そういってある書類を指さす菊岡氏。そこにはアルテミシア氏の経歴に関することが記されていた。
「意識不明になる直前にDEM社へ出向しているんですか?」
「そう。そこで何をしていたかまでは掴めなかったけどね。でも、彼女が意識不明となって間もなく部下のセシル・オブライエンら3人が脱走している、私見だけど無関係とは思えないね。新型リアライザに『アシュクロフト』という名前がつけられたことも含めて、ね」
「……」
「ちなみに、軍の公式な記録からアルテミシア氏に関することは、『失踪』ということ以外全て抹消されていたよ。SSS内では彼女のことについては厳しい箝口令が敷かれていて、現状を知っているのはイギリス政府や欧州方面軍の一部の高官だけだったそうだ」
これまでの言動と今得られた情報から、あの3人の戦う理由にアルテミシア氏が深く関わっていることは間違いなさそうだ。そして彼女とアシュクロフトシリーズとの関連性はあるのか?
「ん?失礼、少しいいですか?」
不意に着信音が鳴り出した携帯を手にすると、相手は燎子さんからであり。菊岡さんに断りを入れ、ベンチから立ち少し離れて通話に出る。
「はい俺です。――セシル・オブライエンが脱走したですって!?」
『そう!!何でかわからないけど、ワイヤリングスーツを纏って逃げ出したのよ!!ちょっと美紀恵!!もしかしてあんたの仕業じゃないでしょうね!?』
『しようとは思ってましたけど、まだ私は何も――はう!?』
燎子さんの怒声に混じり、伍長のしまった!と言わんばかりの間の抜けた声が聞こえてくる。
『あんたねぇっ…!ああ、もう!とりあえずあんたは待機!!折紙ッとにかく総動員で片っ端から捜索よッ!!』
『了解』
伍長からの抗議の声を無視して指示を飛ばす燎子さんの声が、電話越しに鼓膜を震わせる。
押収したセシル・オブライエンの装備は厳重に管理されており、何より彼女は過去に空間震の被害で視力と足の機能を喪失している。テリトリー無しでは歩くことすらできない筈だが、何が起きているんだ?
「俺もすぐに戻ります」
『お願い!ここまできて逃がしましたなんて、シャレにならないわ!』
通話を切り菊岡さんの元に急いで戻る。
ただならぬ気配を感じてくれたようで、彼はこちらの言おうとしていることは大方察した顔をしていた。
「すいません菊岡さん。非常事態が起きたので基地に戻ります」
「わかった。資料はこちらで基地の方に送っておくよ」
「お願いします」
彼と別れると、出口へ全速力で駆け出し基地へ向かうのであった。
走り去っていく勇を見送るった菊岡は、着信音が鳴る自身の携帯を手にすると通話に出る。
「ああ、わかった。セシル・オブライエンはそのまま逃がして構わない。引き続き監視と情報の収集だけに留めておくおくんだ。漆黒の狩人も動くだろう、くれぐれも気取られるな」
通話を終えると携帯を上着のポケットにしまい、資料をバッグに戻しベンチから立ち上がる。
「…君達には期待しているよ。日本の――世界のためにも、ね」
勇に去っていった方を向きながら眼鏡を直す菊岡。その表情はレンズの反射によって窺い知ることはできなかった。