ワールド・クロス   作:Mk-Ⅳ

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第八十一話

ブルーアイランド基地内にある監房にて、セシル・オブライエンは椅子に座りただ静かにた佇んでいた。

 

「(恐らくDEM社から私の身柄を引き渡すよう圧力がかかっている筈。この基地は影響力が弱いとはいえ、そう遠くない内にイギリスに戻され、形だけの軍法会議にかけられ処刑といったところかしら…)」

 

自分の身に起きるだろうことを予想し、悲嘆に暮れることもなく寧ろフッと笑みを浮かべる。

最愛の人を取り戻すと決めた時から、こうなる可能性は覚悟しており、自分がいなくなっても残った2人が必ず悲願を果たすと信じていたからだ。

そう考えていると、監房へ通じる通路の入り口辺りから何か聞こえてきた。

 

「ん?どうした、ここは今関係者以外立ち入りは――がっ!?」

「貴様ッ何を!ぐぁ!?」

 

警備員が何か言い争う声がしていたが、打撃音らしき音と共に静かになる。

何事かと耳を澄ましていると、1人分の足音が徐々に近づいてくるではないか。そして、足音は自分がいる監房の前で止まる。それと同時に感じられる『気配』にセシルは思わず息を吞んだ。

彼女は視力を失っているが、それを補うように他の感覚がある程度鋭くなり。匂いや足音を始め、肉体から発せられる気配と言える、常人が漠然としか感じられないものを鋭敏に知覚できるようになっていた。

そして、目の前にいる()から発せられる濃厚な血の気配を、彼女はかつて一度だけ感じたことがあった。

 

「…そう。あなたが来たのね漆黒の狩人。処刑人を送って来るなんて、エドガー・F・キャロルも随分焦っているようね?でも無駄よ、私を殺してもアシュリー達が必ずアルテミシアを救い出すのだから」

 

男を送り込んできた相手の姿を思い浮かべてほくそ笑むセシル。それに対して、相手からなにか反応は帰ってくることはなかった。最もそんなものは期待していないが。

そんな折男からカチャリ、と金属音がし、終わりの時が来たと覚悟を決めるセシル。

どのような殺され方をされるのかわからないが、どのような苦痛を与えられようが惨めな姿は晒すまいと仲間らに誓う。

鍵を開ける音がし、男が監房内へと足を踏み入れてくる。見せしめに惨たらしく殺す気かと震えそうになる体を懸命に抑えつけながら、開けぬ目で男を睨みつけるセシル。

それでも、生きてもう一度『家族』と笑い合いたいという想いが、涙となって零れだした。

 

「――?」

 

そんな彼女の思いとは裏腹に。男は自分の手を取ると何かを握らせてくる。その感触は、彼女の良く知るワイヤリングスーツを格納するためのデバイスのものであった。

更に、男は踵を返すとそのまま監房から出て行こうとしているではないか!

 

「ッ!待ってッッ」

 

セシルは慌ててワイヤリングスーツを纏い、テリトリーを展開し視力と脚力を得ると立ち上がる。

見えるようになった視界には、自分と同年代の軍服を纏った男が背を向けて今まさに立ち去ろうとしていた。

 

「どういうつもり?あなたは私を始末しに来たのではないの?」

「急げ。監視カメラにダミーを流しているが、この基地の警備体制ではすぐに気づかれるぞ」

 

問いかけに答える様子もなく、顔だけ彼女の方を向きそれだけ告げる男。その顔は間違いなく漆黒の狩人――ヴォルフ・ストラージのものであった。

 

「答えて。ファントムタスクのあなたが私を助けると言うの?DEM社の手先である筈のあなたが?」

「…お前達に何かあれば、アーシャ――アルテミシアが悲しむ」

「――!!」

 

答えねばここから動かないといった様子にセシルに、ヴォルフはやれやれと言いたげに話す。

そして、それはセシルにある確信を与えた。

 

「やはり、1年前の事件でアルテミシアと何かあったのね。教えて、あの時あなた達に何があったの!?」

「……」

 

セシルは懇願するように問いかけるも、ヴォルフは拒絶するように沈黙してしまう。

そんな中、警報が鳴り響き始め、セシルが脱走してことを告げる放送が流される。

そのことに気を取られていると、ヴォルフの姿は消えてしまっていた。

 

「待ってッ、ヴォルフ・ストラージ!!」

 

急いで後を追い監房区から出るも、彼の姿は影も形もなかった。

釈然としない思いを抱きながらも、今は逃げることを優先すべきと頭を切り替え、セシルは基地から出るべく行動するのであった。

 

 

 

 

セシルの脱走によって騒然としている基地内にて、美紀恵はチェシャー・キャットを装備し設備の中で高い建物の屋上におり、柵に乗りながら周囲を見回していた。

無理を言ってセシルと直接面会させてもらい、彼女からアルテミシアの身に起きたこと、自分達が彼女を助けるために戦っていることを教えてもらうことができるも。彼女らが真の敵と語る組織については教えてもらえず、条件として脱走を手助けすることを提示された美紀恵は、その場ではもう仲間は裏切れないと拒否するも、それが正しいのか迷いを抱え、それに気づいた折紙の自分の心に従い動くべきという後押しを受け、セシルを逃がす決意を固めたのだった。

…のだが。その前にセシルは逃走してしまい、動揺から逃がそうとしたことを口を滑らせてしまい。燎子によって捜索から外されるも、待っていることなどできず、申し訳なく思いながらも独自に行動していた。

 

「――!あれは…ッ!」

 

テリトリーで強化した視力が、背を向けて歩いている1人の男を捉える。

 

「ヴォルフさん!?」

 

一度しか見ていないも、ただならぬ気配を感じ取れる姿は忘れようがなかった。数日前自分を監禁した男ヴォルフ・ストラージのものであった。

美紀恵はすぐに屋上から飛び降りると、低い建物に飛び移りながら地上を目指しながら彼を追いかけていく。

 

『マスター。万が一彼と戦闘になった際は迷わず逃げて下さい。チャシー・キャットを用いても、今のあなたでは勝ち目はありませんので』

「聞きたかったのですが、ベルはあの人のことを知っているのですか?」

 

やはり彼のことを知っているような口振りに問いかけるも、彼女?から返答はないも、ヴォルフが建物の角を曲ががろうとしており、会話を中断し見失わないよう急ぐ。

 

「待って下さいヴォルフさん!あなたがセシルさんを逃がして――」

 

美紀恵が角を曲がると、ヴォルフの姿は消えており。代わりに外壁を飛び越えて基地外に出ていくセシルの姿を見つける。

ヴォルフの姿を探すも、影も形もなくなっており。どうすべきか迷うも、今はセシルのことを放っておくべきでないと判断し、彼女の方を追いかけていくのであった。

 

 

 

 

『そうですか。やはりセシルさんが…』

 

SSS組のアジトにしている倉庫街の一角にて、ワイヤリングスーツ姿のアシュリーとレオは、通信機にて何者かとコンタクトを取っていた。

相手は妙齢の女性の声で、セシルが軍に捕らえられたことを伝えると、心配してくれている様子であった。

彼女は、軍を脱走したアシュリーらに接触してきた組織の人間であり。アルテミシアの身に起きたことを知っており、彼女を助け出そうとする3人を支援したいと申し出てきたのだ。

最初は怪しんだが。孤立無援の身では背に腹は代えられないこともあったが、直接顔を合わせた彼女の人柄から信用できると判断し手を組んだのである。

 

「ああ。でも心配すないでくれミス・『マム』、必ずセシルを助け出してアルテミシアも取り戻すからよ」

『しかしアシュリーさん。相手にもアシュクロフトが2機渡った以上、戦力差は如何ともしがたい筈。何か策が?』

「それは、これから考えるところだ…」

 

バツが悪そうに頭を掻くアシュリー。そんな彼女の側には、涙目でオロオロしているレオノーラがいた。

 

「あたしもアシュリーも、作戦なんて考える頭なんてないよ~」

「だー!泣くな!!あたしらしかいねーんだからやるしかねぇんだよ!!」

『できることなら我々も助力したいのですが。先に提供した戦力以外を回す余力はなく、物資面で支援する以上は難しいでしょう。ごめんなさい』

 

マムと呼ばれた女性は申し訳なさそうに告げると、アシュリーは気にしないでくれとにこやかに笑う。

 

「おかげで最初の強奪は上手くいったんだ。それに、日本に潜り込むのを手伝ってくれたし、こうして身を隠す場所も手にできたのもあんたらのおかげなんだからよ。でなきゃどこかで野垂れ死んでたかもしれないんだ。本当に感謝してるよ」

『…そういって下さると、尽力してくれた同志らも救われることでしょう。何よりDEN社の横暴をこのまま放置しておくことは、人類にとって害しかもたらさないでしょう。そのためにも、あなたがたの悲願が達せられることを願っています』

 

 

通信機から強い使命感を漂わせるマムの声が流れる。病と過去の怪我により車椅子を必要とする身でありながらも、揺るぎない正義感を持つ。そんな彼女だからこそアシュリーらも信頼を寄せるようになったのである。

 

「ありがとうなミス・マム。それじゃ探知されかねないんで、そろそろ切るぜ」

『ええ。あなた方に我らが『ディーバ』の加護があらんことを』

 

通信を終えると。アシュリーはうしっ、と腰かけていた椅子から立ち上がる。

 

「おし。じゃあ、セシルを助けにいくぜレオ」

「え?ど、どうするの???」

 

突然そんなことを言い出すアシュリーに、レオノーラは猛烈に嫌な予感を感じながら問いかける。

 

「あたしが基地に突っ込んで敵を引き付けるから、その間にお前がセシルを助け出すんだよ」

「それじゃあ、今度はアシュリーが捕まっちゃうよ!?!?!?」

「捕まんなきゃいいだろうが」

「無理だって!!もうアシュクロフトの力だけでどうにかなる状況じゃないんだよ!!」

「じゃあ、どうすんだよ!!」

 

アジトから飛び出そうとするアシュリーを、必死に抱きしめて止めるレオノーラ。

 

「そんなのわかんないよ~!!」

「なら、決まりだろ!!」

「駄目だってば~!!」

 

わーぎゃー騒いでいると、アジトの入り口が開かれ何者かが入って来る。

 

「あらあら、また喧嘩かしら?仲良くしなきゃ駄目よっていつも言ってるのに…。やっぱり私がいないと駄目かしらね…」

「「せ、セシルぅぅぅぅ!?!?!?」」

「ただいま、2人とも」

 

驚愕するアシュリーらに微笑むセシル。

レオノーラは感極まって跳びつくように抱き着く。

 

「てめー!!逃げてきたのかよ!?だったらすぐに連絡をよこせよアホか!!」

「あらあら、命からがらに逃げ帰った仲間にアホだなんて…。っていうかアシュリー…。あらやだ、あなた泣いてるの?」

「はあ!?泣いてねーし!?どう考えても汗だろこれ!!アホか!!アホかぁ!!」

 

上ずった声でぐしぐしと目を手で擦るアシュリーに、くすくすと笑みを零すセシル。

 

「そ、そんなことより…。よく逃げてこれたなてめー。一体どうやって…」

「そうね、今回は協力者がいたから…。どういう意図があってかは知らないけど…」

「協力者…?」

「ええ、それが…」

 

どう説明すべきか戸惑いを見せるセシル。今でも、あの時のことが夢ではないのかと思える程衝撃的であった。

そんな折天井からミシミシと軋む音がしてきた。

 

「何だ?――ってうおお!?!?!?」

「うわわ!?」

 

不審に思った一同が見上げると、アシュリーの真上の天井が崩れると美紀恵が落ちてきて押し潰されてしまう。

幸い互いにテリトリーを展開したことで大事には至らなかった。

 

「あたたたたっ…。天井が思ってたより痛んでました…」

「重ぇ!!早くどけェ!!」

「あ!?すみません!!」

 

急いで上から退くと、手を貸して起こす美紀恵。そして、互いに顔を見合わせると、うわぁ!!と跳びはねるように距離を取る。

 

「なあああ美紀恵!!」

「…私としたことが、つけれれたのね…」

「うわわわっアジトがバレちゃった!?」

「ま、待って下さい!!」

 

慌ててアシュクロフトを展開しようとするアシュリーとレオノーラを、美紀恵はチャシー・キャットどころかワイヤリングスーツすら解除して制止する。

 

「!?な、何のマネだてめー!!」

「私に戦う意思はありません!!ただ教えて欲しいんです、あなた達からアルテミシアさんを奪った『あいつら』について!!」

「な、セシルッ。てめー話したのかよ!?」

「…ええ、上手く脱走させられればという思いもあったけど…。あなた1人で来たの?」

「はい。ここにいることは誰にも言っていません。すみません。どうやってあなたを逃そうか考えている間に、他の人が先に…」

 

他の人?とアシュリーとレオノーラが眉をひそめたり首を傾げていると、セシルは考え込むように顎に手を添える。

 

「あなた、この行動が軍に対する裏切り行為だって理解している?最悪軍にいられなくなるのよ?」

 

その言葉に美紀恵は力強く頷く。その顔は覚悟の決まった揺るぎないものであった。

 

「あなたとお話した後考えました。やはり私はあなた達を助けたい。このまま何も真実を知らず敵のまま終わってしまったら、きっと私は一生後悔し続ける。だから、もう私は迷わない、自分が正しいと思った選択をすると。そして、それはあなたの話を信じ、力になることだと!これが私の出した答えです…」

「…あなたは自分の除隊を賭けてまで、私の話を信じたというの…?あの時の私の話も、何の裏付けがあった訳でもないのに…」

「…思い切ったことをしてしまったと思います…。正直怖いです、軍は――天道隊長や皆さんの側はやっと見つけた私の居場所です…離れたくない」

 

もしもを考え震える体を抱く美紀恵。それでも彼女は、揺らぐことのない覚悟ある目で話し続けた。

 

「でも疑い出したらキリがないじゃないですか…。人を助けたいなら、疑うことは止めて…。まずは自分から相手を信じないと…」

「信じる…」

 

美紀恵の心からの訴えに、セシルは考えを巡らすように目を閉じると、決意を固めたよう目を開く。

 

「そう…。あなたの言う通りなのかもね…」

 

セシルは、置かれたテーブルの上にあるアタッシュケースから、紙の束を取り出した。

 

「あなた英文は読めるかしら…?」

「え?はい、科学論文程度ならとりあえずは…」

「ではこれも理解できるわね」

「…これは!?」

 

手渡された束は資料のようであり、表紙にはDEM社の名前と『TOP SECRET』という文字が表記されていた。

 

「DEMのアシュクロフトに関する極秘資料。そこにあなたが知りたがっている全てが書いてあるわ」

「セシルさん…」

「お、おいセシル!!てめぇ狂ったか!?あいつは軍人だ!!あたしらの敵なんだぞ!?これだって作戦じゃねーっていう保証は…」

「ええ…保証はないかもしれないわね。でもほら。その子が言ってたでしょ。疑い出したらきりがない。まずは信じてみましょうって。その子は自分の進退をかけてまで、私を

逃がしてくれた。アシュクロフトの無い私なんて簡単に捕まえられたのに、ね。それに私は約束したの、逃がしてくれれば情報の全てを教えると」

 

そこで言葉を一旦区切り、アシュリーらに向き直るセシル。そして、自分の胸に手を当てる。

 

「なら約束は果たさないとね…。ここで破ればアルテミシアを助けたとして、私は彼女に笑って顔向けできるのかしらって…。その子の話を聞いてそう思ったのよ…」

「…チィ。勝手にしろ…」

 

その言葉に折れたのか、不貞腐れ気味にだが腕を組んでその場に座り込むアシュリー。レオノーラも納得したのか何も言うことはなかった。

彼女らの反応から同意を得られたと見たと美紀恵は資料に目を通していく。そして、その内容に驚愕し目を見開くのだった。

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