「……」
目を覚ましたヴォルフは、自身がベットに横たわっていることと、周囲に視線を向け医療用の器材が置かれていることを把握すると。上半身を起き上がらせ、今度は自身の体に視線を移すと、病衣姿で腕には点滴が打たれているのが映る。
体を動かそうとすると、前に手を回す状態で両手を拘束されていることに気づき、腹筋だけで上体を起こし周囲を観察する。
「…軍病院、か?」
経験から現在地の推測をしていると、扉が開かれ白衣を着た40代程の無精髭を生やした金髪の男性が入室してきた。
「うおッ。もう起きてやがる。検査で丈夫なのはわかってたがマジか…」
警戒の視線を向けてくるヴォルフに、驚嘆したような表情を浮かべながら男性は何気ない足取りで歩み寄っていく。
「そう警戒しなさんな。俺はこの軍病院のしがない医者のエルビンってんだ。で、体に異常とか感じない?起きる前の記憶はある?結構頭に衝撃受けてたけど。あ、黙秘は止めてくれよ。聴取じゃないんだ、治療に必要なことなんでな。テロリストだろうが何だろうが、担ぎ込まれたら治すのが仕事なんでね」
軽薄そうな口ぶりに反し、譲る気のない信念を感じさせる言葉に。ヴォルフは警戒を多少緩め質問に答えていく。
「今のところ体に異常は感じられない。記憶もはっきりとしている。SSSと戦闘中にその1人を庇って…」
「ん?どした?変なところあった?」
「いや、何でもない」
どこか困惑した様子のヴォルフに、医師はははん、と何かを察したような笑みを浮かべる。
「どうして敵を庇ちまったのかわかんねーってか。まあ、アルテミシアの嬢ちゃんだからな「あなたのことを傷つけたくないから投降して」みたいなことを言われたんだろ。あの娘誰でもかれでも助けようとするかんなぁ」
やれやれと言いた気に息を吐きながら、窓へ近づくと勝手に開け。上着のポケットから煙草の箱を取り出し中身を咥えると、箱を戻し今度はライターを取り出し、さも当たり前のように煙草に火をつけたではないか。
「医師が患者の前で堂々と吸うな」
「無法者が細かいこと気にすんなよ。最近じゃ吸える場所限られてるし、喫煙所までいくの怠いんだよ」
非常識な行動に冷めた目を向けてくるヴォルフに、医師は悪びれた様子もなく からからと笑うのだった。
目覚めてから1日近く経ち。検査の結果、後遺症のような異常はないものの、重度の外傷を負っているため。傷が癒えるまでは軍病院の預かりとなり、療養させられこととなったらしく。遠慮なく煙草を吹かしてくるエルビンの監視の元、病室に監禁されるヴォルフ。
療養と言っても捕虜扱いであり、検査以外病室から出ること等できる筈もなく、テレビすらないので時間を持て余すだけであったが。
不意に自動式の扉が開き件の少女――アルテミシアが入室してきた。
「あ、本当に目が覚めたんだね!よかったぁ!」
目覚めたヴォルフに気がつくと、足早に歩み寄ってくると顔を覗き込んでくる。
「頭を強く打ってたけど大丈夫?私のことわかる?どこか痛いところとか――にゃ!?」
至近距離まで顔を近づけてくるアルテミシア。その顔をヴォルフは片手で押しのける。
「???」
「…女が親しくもない者に馴れ馴れしくするな。まして男にならなおさらだ」
「???」
どうしたのかと言わんばかりに?を浮かべているアルテミシアに、懇切丁寧に説明してやるも余計に?を増している彼女に、思わず頭を抱えそうになるヴォルフ。
「あ、そういえば自己紹介してなかったね。私アルテミシア。アルテミシア・ベル・アシュクロフトっていうんだ」
にこにこと呑気に話すアルテミシアに、ヴォルフ馬鹿を見るような目を向けるも。当人はキョトンとした顔で首を可愛らしく傾げていた。
そんな様子に、呆れ果てたように息を吐きながら、ヴォルフは彼女の目的を問うことにするのだった。
「…で、お前は何をしに来た?」
「あっ、そうだった。今日はあなたにお礼を言いに来たんだった」
「礼?」
「うん。この前の戦闘で私のこと助けてくれたから、そのお礼を言いたくて」
さも当然のように言うアルテミシアに、いよいよ頭痛を抑えきれなくなったのか、ヴォルフは片手を額に当てながら項垂れてしまう。
「?どうしたの?」
「…テロリストに礼などいう奴があるか、まして軍人が。敵なんだぞ俺達は…」
「でも、あなたと戦ったSSSの誰も死人は出なかった。あなたなら簡単に命を奪えたのに。手加減してくれたでしょ?」
「…今回はお前達は標的ではなかったからな。精霊部隊を無為に損耗させたくなかっただけだ」
突かれたくないことだったのか、目を覆い視線を逸らすヴォルフ。そんな彼の反応にアルテミシアはふふ、と笑みを浮かべる。
「やっぱり、優しいんだね」
「悪党に何を言っている?勘違いも甚だしいぞ」
睨みつけながらの抗議の目を向けるも、アルテミシアはこれまでと一転して笑顔を曇らせ俯いてしまう。
これくらいのことを気にするとは思っておらず、予想していない反応に不安から思わず眉を顰めるヴォルフ。
「…どうした?」
「…あなたみたいに、悪いことをするも人でも良い人はだっているよ。その逆な人だって――」
「……」
何かに剣吞さを滲ませながら、両手をギュッと握り締めるアルテミシア。ただならぬ様子に、どう声をかければ良いかわからず、ヴォルフはただ見ていることしかできなかった。
「あ、ごめんね。変なこと言ってなんでもないから」
アルテミシアは顔を上げるとえへへ、と再び笑みを浮かべるが明らかに無理をしており、痛々しくさせ感じられる程であった。
「えっと、それでね――にゃ!?」
話題を変えようとすると、いつの間にか部屋に入っていたエルビンがアルテミシアの首根っこを掴んで持ち上げた。
「はい、面会時間し~りょ~。良い子は帰ろーねー」
あーれーと、親猫に咥えられた子猫のように連行されていくアルテミシア。
「じゃあね!また、来るから!」
放り出されて扉が締め切る間際に、そう言い残していくのであった。
「いや、来るなよ…」
立場上問題あるだろうと、至極当然のツッコミを入れるのであった。
捕虜となって数日経ち。アルテミシアは言葉通り――というか毎日顔を出してくるのだった。
友人らやその日にあったことについてといった。他愛ないことを話してくる彼女に、ただ適度に相槌を打つだけという一方通行なやり取りだけであったが。それでも彼女は気を悪くするでもなく、寧ろそんなやり取りを楽しんでいるようでさえあった。
立場を悪くするだけなので、もう来るなと何度も言い聞かせようとするも。まるで捨てられた子犬のようにしょぼくれるので、それ以上強く言えずにいたのであった。
「♪~」
今日はエルビンに許可を貰ってきた、と持参してきたリンゴを上機嫌に包丁で皮を剥いていた。
「んしょ、よいしょ…あれ?」
指を切りそうな手つきで、実ごと削ぎ落とされていき、みるみるうちに縮んでいくリンゴを見て、不思議そうに首を傾げるアルテミシア。
横目に見ていたヴォルフは、指を切りかけたりと彼女の手際の悪さに苛立ちを募らせていき。遂には貸せ!とリンゴと包丁を奪い取ると代わりに剥いていく。
両手を拘束されているにも関わらず、瞬く間にうさぎカットに仕上げられるのを、アルテミシアは子供のように目を輝かせる。
「ん」
「わぁ、凄い凄い!今のどうやったの!?」
皿に乗せられたリンゴを見回してはしゃぐアルテミシアに、大袈裟なと言いたげに息を吐くヴォルフ。
「別に、普通に切るだけだ」
「えー私上手くできたことないのに…」
「……」
「あ!今『こいつ料理できないのか…』って思ったでしょ!そ、そんなことないもん!ちゃんとできるもん!」
「お前が調理場に立とうとすると、周りに止められるだろ」
「にゃ!?」
何で知ってるの!?と言わんばかりに目を瞬かせる彼女に、判りやすい奴と鼻で笑うと。アルテミシアは拗ねたように頬を膨らませる。
「いいもん、そんな意地悪言う人にはあげないから!」
「別にいらん」
アルテミシアは仕返しと言いたげに、見せつけるように爪楊枝を使ってリンゴを頬張り始めるが。ヴォルフは興味を持つこともなく、冷めた反応しかしないことに、面白くなさそうに顔を顰めるとピコーンと何か閃めくと、リンゴを仏頂面男の口元に持っていく。
「…何のつもりだ?」
「やっぱりあげる」
「いらん」
訝しんだ目を向けてくるヴォルフに、アルテミシアはじゃれつくように、口元へとぐりぐりとリンゴを押しつける。
「はい。あ~ん」
「ええい、押しつけるな!」
ほれほれ、と止める気のいないアルテミシアに、鬱陶しくなったのか、遂にはヤケクソ気味にリンゴを喰らうヴォルフ。
「美味しい?」
「………………まあな」
異性に食べさせてもらうことは。流石の朴念仁でも羞恥心というものを感じるようで、それを隠そうと顔を背けるヴォルフに。アルテミシアは、悪戯が成功した子供のようにクスクスと笑うのだった。
それから更に数日経ち。SSSが所属している基地の食堂にて、アルテミシアはセシルら同じ小隊の仲間と夕食を取っていた。
アシュリーがウキウキした様子で話題を切り出す。
「なあなあ、この後はどーするよ?街に遊びに行くか?」
彼女らの隊は午後は自由時間であり、どのように過ごそうかと提案する。
「あ~ごめんねアシュリー。これから彼の所に行くって約束してるんだ。ホントごめん」
「はぁ~、またあのテロリストの所かよ?」
心から残念そうな顔になる彼女にへ、本当に申し訳なさそうに、顔の前で両手を合わせて謝るアルテミシア。
ちなみに、約束といっても彼女が一方的に決めているだけであり、ヴォルフの二度と来るなという意向は無視されていた。
「…毎日通っているけど、良く許可が出るわね」
「ん~とね。エルビン先生が『お前さんならどうとでもぶっ飛ばせるからまあ、いいや。ぶっちゃけ、あいつほっとくといつ逃げ出すかわかんねぇから、見張といて』って」
「……あの人、本当に軍医なのかしら???」
余りにも適当な仕事ぶりに、思わず眩暈さえ覚えるセシル。
エルビンは。半年程前に前任者が退職することとなり、その後任として着任してきた男であった。どこか飄々とした性格で暇があればタバコを吸おうとする中毒者で、医師としての腕は確かだが、それ以外の仕事はおざなりにするところがあり、どうにも掴みどころがない人物というのがおおよそに認識だった。
「で、でも大丈夫なの?相手は、世界規模で指名手配されるくらい危ない人なのに…」
レオノーラが怯えた様子で心配そうに口を開く。
人を殺すためだけにに生み出され、目的のためなら、老若男女問わず迷わず手にかける心を持たない殺人マシーンとも噂され。10代という若さでありながら、数々の達成不可能と言われる暗殺を成し遂げており。国際的に指名手配されるまでに至った危険人物なのだから彼女の反応は当然といえよう。
「大丈夫だよレオ。彼、一見無愛想でマフィアみたいな顔してるけど、そのこと凄く気にしていて、からかうと本気で落ち込んじゃたりとか可愛いところもあるんだよ。それに皆みたいに私のこと気にしてくれたりすっごく優しいの!」
自慢するかのように楽し気に語るアルテミシア。花が咲くような笑顔を見せる彼女にセシルらはんん?と眉をひそませる。
「あ、時間だからもう行かなきゃ!皆また後でね!」
空になった食器の載ったトレーを持ち、返却口に足早に向かっていくアルテミシアを、呆然とした様子で見送る一同。
「なあ。確かアルテミシアのタイプってさ…」
「うん…」
マジかよ、と言いたげにゆっくりと口を開くアシュリー。
以前SSS内で恋バナの話題が出た際に、話題を振られたアルテミシアはそういった経験もなく、得に興味を持ってこなかったこともあり、漠然とした内容だったが、要約すると「ストイックで優しく、誰かのために頑張れる人』が好みらしい。彼女は同姓も見惚れる程の美貌と、誰にでも親身なって接する慈愛深い性格から、過去に多くの男に言い寄られた経験もあってか軟派なタイプを苦手に思うようになり、その反動からかストイックなタイプを好むようになったと見られる。
「いえ。いくら何でも流石にそれはない、筈よ…多分…」
思いもよらぬ展開に、どのような反応をして良いのかわからず。顔を寄せながら互いに見合うことしかできないセシルらであった。