ワールド・クロス   作:Mk-Ⅳ

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第八十七話

捕虜となって一週間は経とうとする中。今日も当たり前のようにヴォルフの病室をアルテミシアが訪れていた。

相も変わらず一方的にアルテミシアが話しかけ、それにヴォルフが適度に相槌を打つだけだが。そんな何気ないやり取りをアルテミシアは心の底から楽しんでいた。

今まで関わった男性は、大抵二言目にデートに誘ってきて男女の関係を求めてくるか、違う世界に住んでいるかように、特別扱いしてくる者ばかりであった。

そんな中で出会ったヴォルフは。打算めいた目を向けることもなく、自分を対等な人として見てくれる初めての異性であった。

何より、自分の身に危険が迫る中でも他人を気遣い、命を大切にしようとする優しさを持った彼に強い興味を惹かれるようになっていた。

そして、ヴォルフも。始めはただ適当に相手をしているだけであったが、兵器として生み出され戦いの中でしか生きてこなかった人生の中で、初めて訪れた銃声や硝煙の匂いとは無縁の生活に、気づかぬ内に安らぎ得るようになり。それを与えてくれるアルテミシアの一挙手一投足を、警戒することなく興味を持って見るようになっていたのだった。

そんな2人を、沈みかけた夕陽の光が窓から差し込み暖かく照らしているのだった。

 

「ねえ。あなたはどうして戦うの?世界を敵にして、自分を傷つけてまで…」

 

不意に投げかけられた問いに。ヴォルフは暫し沈黙するも、やがてアルテミシアを見据えるとゆっくりと口を開いた。

 

「知りたいからだ。『母さん』が愛したこの世界が存在するに値するのか。そして、『正義』が存在するのかを、な』

「そっか、やっぱり『優しい』んだねあなたは」

 

ヴォルフの答えに、彼女は心から嬉しそうに微笑んだ。

 

「何度も言うが、見当違いも甚だしいぞ」

「ふふ、そうだね」

 

眉間に皺を寄せながら苦言を呈するヴォルフだが、アルテミシアは意に返さない様子でくすくす、と笑っていた。

 

「ねえ、ヴォルフ」

「何だ?」

「答え、見つかるといいね」

 

夕陽に照らされながら微笑む姿は、絵画の世界に迷い込んだかのような錯覚を覚える程に神秘的であり。その美しさに、ヴォルフは無意識に見とれているのだった。

 

「?どうしたの」

「…何でもない。だから顔を無闇に男に近づけるな」

 

様子を変に思ったのか、心配そうに顔を覗き込んで来るので片手で押しのけると、にゃ!?と鳴くアルテミシア。

 

「ふえぇ酷いよ~。心配してあげたのに~」

「わざとらしく泣くな。それよりもっと俺に聞きたいことがあるだろうお前」

 

その言葉に、しくしくと口にしながら泣いたふりとしていたアルテミシアの動きが、ピタリと止まる。

 

「…やっぱりわかっちゃう?」

「根本的に隠し事ができない奴だということは、この短期間でも十分にわかる。まして笑顔を取り繕うような演技ができない奴だということなら尚更な」

「あはは、良く皆に嘘が下手だって言われるんだよね~」

 

してやられたといった感じで、彼女は頭に手を置きながら苦笑する。

 

「…あなたがイギリスに来たのは、最近噂になっている指令のことと関係があるんだよね」

 

今までのほんわかとした雰囲気ではなく、真剣な趣で切実さの宿った瞳で問いかけてくるアルテミシア。そんな彼女を偽ることは許されないと何故か思う自分がおり。何より既に確証に近いものを持っているようであり、意味を成さないと考え、素直に真実を伝えることをヴォルフは選ぶのだった。

 

「そうだ。この基地の指令がDEM製の武器を横流している。その口封じために俺はここにいる」

「そっか。やっぱりそうなんだね」

「…お前は知っていたのか?」

「うん。政府の関係者を名乗る人が良く指令に会いに来ててね、でも凄く嫌な感じがしたから後を着けたことがあるの。それで、その人が反政府組織の人と会っているのを見たの」

「横流しのことをリークしたのはお前だったか」

「そうだよ。そうすれば指令も自主してくれるって思ったんだけど。いつまで経ってもそんな様子もなくって、これ以上は皆に迷惑かけちゃうから、どうしたらいいのかわからなくって…」

 

両足を椅子に乗せて膝を抱えながら顔をうずめるアルテミシア。

 

「(お前の方がずっと優しいだろうに)」

 

ヴォルフは、そんな彼女の頭をそっと撫でる。

どこか間の抜けた印象の強い彼女だが、その芯は責任感の強く仲間想いのしっかり者であり。故に誰かに弱さを見せることができず、1人で抱え込んでしまったのだろう。

 

「指令、いつも私達のこと気にかけてくれて、すっごく優しい人なの。だから、こんなことしているなんて信じたくなかった…」

「人は心に仮面を被る生き物だからな。見えるものだけが全てではない。まして、綺麗な仮面を被る者程多くを隠したがる」

 

お前は悪くない、と言うように、慰めるような優しい口調で語り掛けるヴォルフ。

 

「どれだけ残酷で望まぬものであろうとも、真実であるのなら受け入れるしか前に進む道はない」

「うん…」

 

その言葉に何やら踏ん切りがついたのか、アルテミシアはよし!と勢いよく立ち上がった。

 

「私、指令に直接会って自主してもらうよう説得してくる」

「……はぁ????」

 

突拍子もないことを言い出したアルテミシアに、思わず間の抜けた声を漏らしてしまうヴォルフ。

 

「待て待て待て待て待てッ。そんなことでするならとっくにしてるわ。話聞いてたか??」

「指令だって何か訳がある筈だし。指令を『人』を信じたいの」

「いや、前向きになれとは言ったが、無謀な方になれとは言とらんわッ!」

 

彼にしては慌てた様子で止めようとするも、アルテミシアはありがとう、ごめんね、と言い残し部屋を出て行ってしまう。

 

「あの馬鹿っ!」

 

急いで追いかけたくとも拘束されており。強引に外そうとするも、常人より強化された肉体を持つヴォルフでもビクともしないことに歯噛みすることしかできなかった。

そんな折。扉が開かれアルテミシア以外に、ここに来て見慣れた顔が入って来る。

 

「よっす」

「あんたは――」

 

ヴォルフが何か言う前に、歩み寄ってきたエルビンが拘束を解除していく。

 

「あんた…」

「俺もあの嬢ちゃんには死んでほしくないんでね。こういう時くらい白馬の王子様になってきな」

 

手の具合を確かめながら、どうして、と言いたげに見上げるヴォルフに、エルビンは茶目っ気のある笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

基地内の指令室にて。アルテミシアは基地司令と対面していた。

 

「急に押しかけてしまい申し訳ありません指令」

「構わないよ中尉。それで非常に重要な話とは何かね?」

 

これです、とアルテミシアが携帯を取り出すと映像ファイルを再生すると。政府の関係者を名乗っていた男と、反政府組織の代表として指名手配されている人間が、人気のない場所で何か話し合っている様子を離れた場所から撮影した動画が流れる。

 

「最近噂になっている武器の横流し。事実なのですね?」

「…リークしたのは君、という訳かね?」

「はい。そうすれば自主して頂けると思ったからです。その気持ちは今も変わっていません」

 

真摯な趣で訴えるアルテミシアに、指令は沈座っていた革椅子に深々と背中を預けて沈黙する。

 

「そうか。こうも簡単に尻尾を掴まれるとは、あの男と手を組んだのは間違いだったな」

「…どうしてですか指令。あなた程の人が何故このようなことを…?」

 

無意識に震えた声で問いかけるアルテミシア。彼のことは上官としてだけでなく、人として敬愛の念を抱いていただけに、このような犯罪に加担してしまったことにショックを隠せなかった。

 

「理由、かね?そんなものはないさ」

「……え?」

 

予想だにしていない一言に、理解が追い付かず固まってしまうアルテミシア。そんな彼女の反応に指令は愉快そうな笑みを浮かべる。

 

「『身内を人質にとられた』『騙されて協力させられた』とでも思っていたのかね?別にそのような大層なもの等ありはしないさ」

「そんな…じゃあ……どうして?」

「良く言うではないかね、『人を助けるのに理由がいるのか』と、ならば人を苦しめるのにも理由(・・・・・・・・・・・)が必要なのかね?」

 

指令はまるで講義でもするかのように雄弁に言葉を紡ぐ。それも、今まで善人と信じていた柔らかな笑みを浮かべながらである。

 

「物事には必ず二面性があるだろう?一方に当ては嵌るならもう片方にも同じ道理が当て嵌まって然るべきではないかね?」

「そんな、そんなこと…!」

「どれだけ取り繕うとも人は衝動――本能に従って行動する生き物だ。君が敵であろうとも命を奪おうとしないのは何故かね?」

「それは――」

「『それによって命が救われる瞬間が見たい』と心が訴えるからだろう?それと一緒だよ。私は心がそうあれと訴えるから、人が苦しみ命を落とすことを行っているだけさ」

 

この男は何を言っているのか?と思わず後ずさるアルテミシア。脳が理解を拒み、吐き気させ込み上げ手で口元を抑える。

目の前にいる男は、彼女が知っている指令と何一つ変わらぬ姿でそこにいるが。最早同一人物とは思えず、悪魔が乗り移ったのではないかと思いたくなる程、醜悪な存在としか見れなくなっていた。

当の指令は、そんな彼女のこと等お構いなしに言葉を続ける。

 

「ふむ。君のそんな顔が見れるとは嬉しい誤算というやつかな。これだけでもあの男に手を貸した価値はあったな」

 

そういうと指令は懐に手を入れる。

その意図に気づき、ワイヤリングスーツを展開しようとデバイスを取り出そうとするも。激しく動揺していたアルテミシアは、反応が遅れてしまい手にした拳銃を向けられてしまう。

スライドを引き安全装置を解除する動作もなかったことから、事前にこういった事態を予見して備えていたのだろう。

 

「君のことは嫌いではなかったのだがね。残念だよ中尉。君の部下には脱走しようとしたテロリスト(ヴォルフ)の手によるものと伝えておくよ」

 

どんな反応をするのか楽しみだよ、と言いながらトリガーに指がかけられる。

 

「(ごめん…なさい…)」

 

その動作が酷くゆってくりと見える中、心の中で謝罪するアルテミシア。

それは残される家族同然の仲間達、そして忠告を無視してしまったヴォルフへであり。彼女らを頼らず独りで抱え込んで行動した結果彼女らを悲しませ、あまつさえ彼には無実の罪を着せてしまうこととなってしまい、自分の愚かさに最早涙を流すことしかできなかった。

トリガーが引かれる直前。天井に備え付けられている通気口の蓋がバキンッ!と、音を立て弾け飛ぶように落下し、その音に反応した指令の動きが止まるのと同時に、ヴォルフが通気口から降りてくる。

 

「ッ!」

 

ヴォルフは指令目掛け駆け出し。エルビンから借りたボールペンを投げつけた。

ペンは指令の右腕に突き刺さ――る筈が。まるで見えない何かに掴まれたように空中で停止してしまう。

その現象を認識するのと同時に、咄嗟に足を止め身を屈めると誰もいない空間から飛来した弾丸が頭上を掠めていった。

 

「(DEMのウィザードか…)」

 

弾丸の飛来した方向に視線を向けると、ワイヤリングスーツとCR-ユニットを纏った男が、浮き出るように姿を現したではないか!

 

「ヴォルフ!?」

「漆黒の狩人…。自力で抜け出すとは、やはり油断ならんな」

「テリトリーを利用したステルス仕様か。豪勢なことだ」

「念のため友人から借りておいて正解だったよ。さて、お会いできて光栄だが、やらねばならぬことが多いのでね。ご退場願おうか」

 

指令が手で合図を出すと、ウィザードがヴォルフの頭部へ向けていたサブマシンガンのトリガーを引こうとする。

 

「やめてえェェ!!」

 

アルテミシアが悲鳴のような声を上げるのと同時に、銃口から掃射された無数の弾丸が殺到する。

それをヴォルフは、金色に(・・・)光る瞳で見据えながら、トリガーが引かれるよりも先に、体を射線からゆったりとした動作で僅かに逸らしながら全て回避してみせた!

その余りにも異常な光景に、誰もが驚愕を隠せず唖然としてしまう。

 

「くそッ!」

 

予想外の事態に動揺しながらも、ウィザードはならば!と正確さを捨てばら撒くように再び掃射を行う。それを狙っていたかのように、ヴォルフはウィザード目掛け駆け出す。

射線が見えて(・・・)いるかのように、弾幕の中を突き進み。肉迫すると腹部に勢いを乗せた膝蹴りを叩きつけ、前のめりになったところに、後頭部へ組んだ両手を頭上から打ち下ろして意識を刈り取る。

 

「……」

 

ウィザードが落としたサブマシンガンを拾い上げ、次はお前だ、と言わんばかりに指令を睨みつけるヴォルフ。

その殺気の籠った目にびくつきながらも、指令はテーブルを乗り越えて左腕でアルテミシアを首を背後から抑え、右手の拳銃をこめかみに突きつけて威嚇してくる。

 

「ーー動くなッ!」

 

だが、ヴォルフは気にした様子もなく、サブマシンガンを構え照準を定める。

躊躇いの一切もなくトリガーに指をかけるヴォルフに対し、指令が慄く中。拘束から逃れようと抵抗していたアルテミシアは、彼の目が信じろ、と訴えていることに気づき、頷きながら動きを止める。

トリガーが引かれようとする寸前に、狂乱した指令が発砲しようとするも先にヴォルフが発砲する。本来生身での使用を想定されておらず、流石に反動を抑えきれず両腕が跳ね上がるが、それでも放たれた弾丸はアルテミシアを傷つけることなく拳銃を弾き飛ばした。

 

「ハァ!」

「ぐぁっ!?」

 

それと同時に拘束が緩んだアルテミシアは素早く態勢を変え、指令を背負い投げで床に叩きつけると、背に乗り片腕を捻り上げて拘束するのだった。

 

「ハァハァハァ…」

 

死と隣り合わせの緊迫感から解放され、乱れた呼吸を整えていくアルテミシア。その間にもヴォルフは油断することなく指令に銃口を向けている。

 

「ありがとう、ヴォルフ」

「借りを返しただけだ」

 

礼の述べる彼女に、素っ気な答えていると。扉が開き何者かが入って来ようとするのでトリガーに指をかけながら銃口を向けるヴォルフ。だが、その人物の顔を認識すると怪訝そうに眉を顰める。

 

「おいっす~。無事終わったみたいね~」

「エルビン、先生?」

 

現れたのはエルビンであり、彼に続くように雪崩れ込んできたサングラスで顔を隠した数人の黒服の男が、一斉に拳銃をヴォルフへ向ける。

 

「待て待て。彼は敵じゃないさ――今はな」

 

そんな彼らを制しながら、エルビンはヴォルフへ視線を向ける。

 

「こっちの目的は指令と、そこで倒れているウィザードさんだけなんで、そっちと争う気はないからそれ()降ろしてくれると嬉しんだけど?」

 

警戒しながらエルビンの目を見ていたヴォルフは、暫ししてサブマシンガンを床に置くのだった。

それを確認すると、エルビンは黒服らに目線で合図を送り。黒服らが指令と気絶しているウィザードを連行していく。

それを見届けると煙草を取り出し、ライターで火をつけると口に咥えるエルビン。

 

「いやぁ助かったよ君達。おかげで大事にならずに片付けられたよ~」

「え?え?え?どういうことですか???今の人達は誰なんですか???」

 

事態が飲み込めず困惑しているアルテミシアを尻目に、ヴォルフは呆れた様子で息を吐く。

 

「…あんた、情報部の人間か」

「そ。あの指令をしょっ引くために潜入したはいいんだけどさ、政財界とか絡みで色々問題あって迂闊に手が出せなくってどうすっか悩んでたらさぁ。そしたらお前さんが運び込まれて来たもんだから、『あれ?これ使えねぇ?』って思って利用させてもらったわ。ごめんなぁ。あ、商人の方はもうこっちでしょっ引てあるから」

 

両手の平を合わせながら、悪びれた様子もなく謝罪してくるエルビンに、何か言うのも馬鹿らしいといった様子で深々と息を吐くヴォルフ。

ちなみにアルテミシアは、情報部???先生が???と頭にクエショッンマークを浮かべてまくって混乱している。

 

「で、俺はどうなるんだ?」

「ん?そりゃぁお礼にここから逃がしてやるよ」

「…自分で言うのも馬鹿馬鹿しいが、いいのか?」

「まあ、ぶっちゃけお前さんとっ捕まえたところでどうせ逃げられるだけだし、下手に面倒ごとなるより恩を売っといた方がいいしょっ」

「返す保証などないぞ」

「ま、そん時はそん時ってことで。逃がすか!つってぶち殺されるよりはマシでしょ」

 

随分気楽に軍人らしからぬことを言い放つエルビンに、何か言うのも本当に馬鹿らしいといった様子でまた深々と息を吐くヴォルフであった。

 

 

 

 

その後。約束通りエルビンの手によって基地外に出たヴォルフは基地のある郊外にいた。

 

「ここらならもう大丈夫しょ」

「ああ。後は自力でどうとでもなる」

 

押し込まれていたスーツケースから出たヴォルフは、適度に体を伸ばしながら異常がないか確かめている。

 

そして、この場にいるアルテミシアに呆れた様な目を向ける。

 

「――で、なんでお前までいるのだ?」

「いや、お前さんに言いたいことがあるって。なぁ嬢ちゃん」

 

エルビンがそう言うと、はい、と背後に控えていたアルテミシアが歩み寄る。

 

「えっとね。助けてくれて本当にありがとうヴォルフ」

「借りを返すためだと言った。礼などいらん」

 

話すこと等ないと言わんばかりに背を向けてしまうヴォルフ。取り付く島もない様子だが、それでもアルテミシアは言葉を続けた。

 

「それでも感謝してるし、あなたにあえて良かったと思ってるよ」

「――その甘さがいずれお前だけでなく、護りたい者すら滅ぼすぞ。」

「それでも、私は人を信じることを諦めたくないの。だから、今よりももっと強くなってみせるよ。家族も『あなたも』護れるくらいに」

「…やはり、底なしの馬鹿だなお前は」

 

言葉とは裏腹に、口元に笑みを浮かべながら、ヴォルフ立ち去ろうと歩き出すと、エルビンがちょい待ち、と呼び止めた。

 

「何だ?」

「せめて最後に嬢ちゃんの名前くらい呼んでやれよ。お前さんずっと『お前』としか呼んでないぞ」

 

盗み聞きしてやがったか、と言いたげに顔だけ向けて睨みつけるヴォルフ。対するエルビンはにしっしっしっしっしっと愉快げに笑っている。

 

「……」

 

無視してやろうとするも。物凄い期待した目を向けてくるアルテミシアに、そのまま去ることに躊躇いが生じていたのだった。

 

「お前の名前は呼びにくい」

 

にべもなく言うと、アルテミシアはあからさまにシュン…としょぼくれてしまい。そんな彼女にエルビンが助け舟を出す。

 

「なら愛称でいいじゃん」

「!」

 

その発言にそこまでかと言いたくなる程目を輝かせくる少女に、暫く逡巡するもやがて観念したようにヴォルフは口を開く。

 

「………………じゃあな『アーシャ』」

 

言い終えるのと同時に、強風が吹き思わず目を覆うアルテミシア。風はすぐに止み目を開けると、ヴォルフの姿は跡形もなく消えていたのだった。

 

「アーシャ、アーシャ…」

 

吹きすさぶ中、確かに聞こえた名を、まるで大切な宝を貰ったように胸に両手を当て、満面の笑みを浮かべ忘れることのないよう繰り返すアルテミシア。

 

「…じゃあねヴォルフ」

 

もう聞こえることはないだろうが、それでも別れを告げる彼女を、夜明けの日の光が優しく照らすのであった。

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