「――これがあの事件の顛末だ」
全てを語り終えたヴォルフはカップを手にし、コーヒーを啜る。
アシュリーとレオノーラが話を飲み込んでいる間に、先に終えたセシルが口を開く。
「話してくれてありがとう。何より、アルテミシアを――家族を助けてくれたことに心より感謝するわ」
「ただ利用しただけだと言った。礼など不要だ」
それだけ言うと、ヴォルフは席を立ち扉へ向けて歩き出す。
「っておい、どこに行くんだよ?」
「出ていくに決まっているだろうが。ここにいる理由はもうないのだからな」
「えぇ!?」
何で!?と言いたげの反応を見せるレオノーラに、ヴォルフは呆れ果てた目を向ける。
「俺はファントムタスクの人間――DEMの手先だぞ。つまりはお前達の敵なのだから当然だろうが。ここに来たのはそこのチビストーカーがしつこくつきまとって来るからだ」
「だーかーら、誰がチビでストーカーか!」
テーブルをバンッバンッと叩きながら抗議するアシュリーを無視して、セシルがでも、と語り掛ける。
「エドガー・F・キャロルのことだから、あなたに邪魔されないよう手を回している筈。それを無視して動いている以上、今のあなたは組織とは無関係の状態にあるのではなくて?」
「……」
「ちょっと待てェッ!さっきから少しはフォローしろよセシル!」
痛いところを突かれたといった様子で沈黙するヴォルフ。それを肯定したと捉えたセシルは言葉を続ける。
憤っているアシュリーの話が逸れて相手は面倒なので、レオノーラに任せる。
「はっきりと言って、アシュクロフトを手にしたミネルヴァ相手では私達だけだと勝機が見えない。それに敵はあの女だけでなく軍もいる、対抗するためにはあなたの力が必要なの。だから、力を貸してほしいのお願い」
深々と頭を下げるセシル。彼女に続き、同じように頭を下げるアシュリーとレオノーラを見て、眉を顰めながらも彼女らに向き直るヴォルフ。
「…俺を信じると言うのか?」
「本来私達に1年前の真実を話す必要はない。それでもあなたは話してくれたわ。それにあなたが本気でアルテミシアを助けようとしてくれているだと理解できたわ。組織に逆らってまで、ね。今ならわかる、どうして彼女があなたを心から『信頼』していたのか」
「あ、あなたから見れば私達は弱くて足手纏いだろうけど、もう一度アルテミシアに会いたいんです。だから、お、お願いしまします!!」
「あいつを助けるためなら命を懸ける覚悟はできてるっ。だから一緒に戦ってくれ!!」
梃子でも動かないと言わんばかりに、頭を下げながら懇願してくる彼女らに。ヴォルフは暫し見つめていると、やがて再び椅子に腰かけるのだった。
「…後悔しても知らんぞ」
「!ありがとう…」
「それと、一つ言っておくが。愛する者のために、世界を敵に回すことを辞さないお前達は弱くなどない。その覚悟を蔑むな誇れ」
岡峰伍長を連れて帰還した俺達は、ブルーアイランド基地内の燎子さんの執務室にて。彼女が、セシル・オブライエンらから聞き出した、アシュクロフトシリーズの秘密について聞いていた。
「アルテミシア・ベル・アシュクロフトから抜き取った脳内情報を元に開発されたのがアシュクロフトシリーズ。で、その彼女は植物人間状態となっており、それを回復させるためにセシル・オブライエンら3人は行動していると、そう言いたい訳ね美紀恵、あんたは」
「はい!ですから彼女らとこれ以上戦う必要わありません!協力してミネルヴァ・リデルと――DEMと戦うべきなんです!」
興奮した様子でバンッバンッとテーブル叩き力説する伍長。それに対し燎子さんは、革椅子に腰かけながら懐疑的な目を向ける。
「で、あんたの話を裏付ける証拠はあるわけ?」
「うっ。そ、それは…」
先程までの勢いが嘘のようにへなへなと
「で、でも私は見たんですっ。セシルさんが見せてくれた資料にDEM社の非道な行いの全てが!」
「だーかーら、それがどこにあるのかって話をしてんのよ」
「それは、ミネルヴァ・リデルとの戦いでどこかに…」
「あんたねぇ。そんなんで『はい、そうですか』ってあんたの話を信じられる訳ないでしょーが」
疑惑についていくら真実を語ろうとも、それが正しいと認められる証拠がなければ意味がない。それでは例え当事者であろうとも他人を信用させることはできない、無関係な第三者であれば尚更である。
残念ながら、現状彼女の話を信用することは不可能と言わざるを得ないのだ。
「…崇宮。一応聞くけど君は何か聞いていたかい?」
「知ってたら真っ先に話してますよ。そりゃウチの会社について、所謂黒い噂ってやつは聞きますけど…」
「まあ、あれだけ規模のある組織なら、妬んだり陥れたい人は少なくないだろうね」
「ですです。その手の話なんてどこにでもありやがるでしょう」
DEMの人間である彼女に確認してみるが、うんざりとした様子で肩をすくめる。彼女の性格的に知ってたら知らんぷりなんてしなさそうだもんな。
「仮に事実だとしても。そもそも、それを行っているのが一部の人間だけという可能性もありえるしね。会社そのもの悪と断じるのは早計だと思うよ」
「そうです。会社を纏めているウェストコットさんは、どこの馬の骨ともしれない真那のことを親身になって助けてくれてんです。きっとどこぞの馬鹿が勝手にやりやがったに決まってやがります」
もしそうだったらとっちめてやる、といった様子で鼻を鳴らす崇宮。ウェストコットという人をかなり信頼しているらしい。…そういえば父さんが、その人を『人でなしの糞野郎』って言ってたけか?まあ、今はどうでもいいか。
「それで大尉、アリスやチェシャー・キャットの運用や、今後の方針はいかがしますか?」
「取り敢えず指令や少佐に報告して検討するけど。それまでは運用継続ね。向こうでも色々探ってみるって話していたし、もしかしたら美紀恵が言ってることが事実ってことで、運用中止の指示が出るかもしれないけど。方針については、今まで通り
「了解です」
「ま、待って下さい!セシルさん達は…!」
「伍長。確証がない以上、君の話を信じて動くことはできない。軍人とは常に最悪を想定して動く必要がある。命令に従えないというのであれば、任務から外れてもらうぞ」
「…了解、しました」
キツめの口調で告げると、渋々といった様子で頷く伍長。
燎子さんとて信じたいという気持ちはがない訳ではないだろうが。誰かの命を預かる立場上、安易な判断で動いた結果、手遅れな事態になってしまってからでは遅いのだ。冷酷と言われようとも情に流される訳にはいかないことだってあるのだから。
「――それで、素直に命令通り動きますって、訳じゃねーんでいやがりましょう隊長」
執務室を出た後。廊下を歩きながら、崇宮がわかりきったといいたげな口調で話しかけてきた。
予想外の言葉だったのだろう。伍長はへ?と間の抜けた声を漏らしながら目を点にしている。
「必要があれば戦うよ。でも、SSSの人達と話し合えるなら話してみたいとは思うね」
「信じて、くれるんですか?」
「君がそんな嘘をつかないことくらいはわかるよ。言っただろう?避けられるなら戦いたくないって。それに大尉は『事態の解決に向けて動け、方法は俺に任せる』と言ってくれたしね」
一任された以上は、ある程度は俺の判断で動いていいということだ。敢えて曖昧にすることで柔軟に行動できるようにしてくれた燎子さんには感謝しかないな。
「ありがとう、ございます…!」
そう言って、潤んだ目を手で拭う伍長。…傍から見ると俺が悪者に見えるので、そういう反応はちょっと困ります。
「できれば協力してくれると助かるけど、強制はしないよ」
「多数決ってことで、ここは長い物に巻かれときますよ。いや、郷に入ってはってやつですかね?まあ、どっちでもいっか」
「ありがとう。折紙はどうする?」
「…アシュクロフトは精霊に対抗可能な兵器。手放すべきではない」
淡々と語ってはいるも、その顔にはどこか躊躇いが見える。
「…その力が誰かの幸せを奪うことで成り立つものだとしても、君は迷わずその力を使えるのかい?」
「……わからない。でもアシュクロフトの秘密が本当なら、このまま使い続けることが…あの3人から大切なことを奪うことになる…。私から両親を奪った精霊のように…。あの苦しみを今度は私が誰かに与えることになる…。それが――」
「怖い?」
どう表現すべきか迷っているようなので、代わりに言ってみると頷く折紙。
復讐のために生きてきたと言っていたが、彼女の本質は人の痛みを感じ取れる優しい子だと俺は思っている。
だから、できることなら復讐だけに生きてほしいとは思えない。…それが正しいなんて言う気は毛頭ないし、偉そうに人の人生に口を挟める様な人間でもないけど、それでも彼女に後悔するような人生は歩んでほしくはないんだ。
「折紙…。前にも言ったけど、俺は復讐をいいことだとも、力を貸したいとも思えない。でも、誰かの笑顔を守れることなら応援するって。勝手過ぎるし保証はできないけど、今ある力をなくしても、それに負けないくらいの力を得られ道を一生に探そう。だから、今だけでも構わない、誰かを救うために力を貸してくれないかな?」
「…うん」
今まで積み重ねてきたものを捨てろと言っているも同然だ。傲慢の極みでしかない願いを受け入れてくれた折紙。それが嬉しくて、思わずありがとう、と頭を撫でてしまっていた。
流石によろしくないので手を放そうとしたら、手を掴まれて頭に押し付けられて、続きを促すような圧が感られたので、そのまま続けることにする。
「あぁ、折紙さんいいなぁ…」
「……」
そういえば人の目があるんだった。なんか羨望とか好奇ぽいのが混じった視線向けられてるんですけど、そろそろ止めていいですかね?いや、そんな動物がじゃれつくみたいに手に頭を押し付けられると困るんですけど!?
フランスにある基地の滑走にて。マオ社より移動させた物資が輸送機積み込まれており、ミリィは作業の確認や指示出しを行っていた。
「そのコンテナは次にお願いします!武装類から優先して下さい!」
「ミリィさん」
そんな彼女にカレンが声をかける。
「はい」
「天道少佐も次期に到着するとのことです。出発は予定通りとなるかと」
「わかりました。お世話になりましたカレンさん、お元気で」
「そちらも。あなたの『想いが』明日を切り開くことを願っています」
固く握手を交わす両者。出会ってから短い期間であったが、同じ技術畑の人間として――大切な人を想い合う人間として通ずるものもあり、互いに友人と呼び合える愛柄となっていた。語り合いたいことが多くあり、別れることに名残惜しさもあるも。為すべきことのために、いずれ来るだろう再会を誓い合うのだった。
「……」
「どうされました?」
「正直に言いますと不安なのです。『あの子』に与えた力が、あの人の力になってくれるのか」
限られた時間の中で最善は尽くした。データ上では問題は見られないも、予測不能なことが起きるのが現実であり、自分のせいで大切な人が危険に晒されるのではないかという恐怖がつきまとっているのだ。
「…大丈夫です。あなたの想いは必ずその人に届き護ってくれます。信じて下さい、あなたの想いをそれを届けたい人を」
「――はい!ありがとうございます!」
完全に不安を拭いきれはしないも、元気を取り戻したミリィは作業に戻るべく輸送機の格納庫へ向かう。
「待っててね。もうすぐ勇さんの元に送ってあげるから」
格納庫に固定されているMK-Ⅱにそっと触れるミリィ。新生した剣は、その力を解き放つ瞬間を待ち詫びるように光沢を放つのだった。
『――では、処置は完了したのだなミスター須郷』
ファントムタスク日本支部の地下区画。自身に当てられたエリアにて、須郷はモニター越しに今回の事件の元凶であるエドガー・F・キャロルと対面していた。
「はい、ミスターエドガー。ただ、短時間での施術でしたので本人への負担が大きく…」
『構わん。用が済むまで持てば良い。では、頼むぞ上手くことが運べば君への支援は惜しまんと約束しよう』
「お任せを、ご期待に背きません」
ではな、と通信が切られると、恭しかった態度が一変し須郷は俗物め、吐き捨てると、背後で壁にもたれかかりながら話を聞いていたヴァサゴへ向き直る。
「では、後は君に任せるよヴァサゴ」
「あいよ
ひゃはははと、下卑た笑みを浮かべるヴァサゴに、須郷は眼鏡をいじりながら話す。
「本来時間をかけて行う作業を短時間で行ったからな。脳に重大な障害が起きるのは当然さ。まあ、アレがどうなろうと知ったことではないがね。僕としては、実戦でのデータさえ取れればいいさ」
「ま、それもそうだな。んじゃあ、行って来るぜ」
まるで、遊びに出かけるかのように軽快な足取りで部屋を出ていくヴァサゴ。その顔は、悪意による愉悦を隠そうともせず、歪んだ笑みを張り付けていたのだった。
「アルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシア」
ブルーアイランド市内のとあるビルの屋上にて。ミネルヴァ・リデルは、夜空を見上げながら壊れたプレイヤーのように同じ単語だけを繰り返していた。その目の焦点は合っておらず、表情は壊れた人形と見間違うかの如く無機質であり。狂気的だったそれまでとはまた違った異質さを醸し出していた。
「アルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシア――――ああ、待っているんだ私のアルテミシアぁ。すぐに迎えに行くからァァ――あはっ、あははッ!!!あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
突然自らの体を抱きしめだしたかと思うと。空高く両手を掲げながら、狂いきったとしか言いようのない高笑いを上げだすのであった。