数年前――。SSSの管轄内にある訓練場にて。ミネルヴァはアルテミシアは、ワイヤリングスーツ姿で対峙していた。
いつものようにセシルらと訓練していた彼女の前に、殺気立った様相のミネルヴァが押しかけてきたのである。
「私と戦え、アルテミシア!」
「……」
闘志を漲らせるミネルヴァに対し、アルテミシアはただ悲しそうな顔をするだけで、応えようとする様子も見せなかった。
「SSSにおいて、お前こそがナンバーワン、私はナンバーツーだと言われている…。だが、実際はどうだ?お前は模擬戦には碌に参加していない。今の評価は全て精霊やノイズ戦によるものだけだ」
そう言いうと、手にしているブレードを起動させるミネルヴァ。
「この戦いでお前を倒し、私がナンバーワンだと証明してみせる。さあ、武器を取れアルテミシアッ!!」
突きつけられる刃を見ても、アルテミシアは顔色を変えることなく優しく語り掛ける。
「ミネルヴァ、止めよう?私は例え模擬戦でも無駄な戦いをしたくない…。私は精霊やノイズを倒し平和を守れる力があればそれでいいの…。誰がナンバーワンかなんて、そんなことには…」
「…なる程。私など戦うに値しないということか…。流石は誰もが皆から認められるSSS最強のウィザード様だ…」
本人の想いとは裏腹に、侮辱としか受け取らなかったミネルヴァは、アルテミシアにではなく、彼女の背後にいるセシルらに肉迫する。
「お前にその気がないというのなら、その気にさせてやる…!大事な取り巻きの雑魚どもを血祭りにあげてなッ!!」
反応できていないセシルらに刃が振るわれるよりも、一瞬で間に入ったアルテミシアが手にしていたブレードによる一閃が炸裂し。ミネルヴァの右目を浅くだが斬りつけた。
「がっ…!?」
血を流し膝を突くミネルヴァに。アルテミシアは先程までと一転し、毅然とした態度で語り掛ける。
「ミネルヴァ…。私はあなたと戦いたくない…。でも、もし私の仲間を――大切な人達を傷つけるようなことがあれば…。私はあなたを許さない…!!」
「ふ、フフ…。確かにチェシャー・キャットにはアルテミシアの記憶と意志がメモリーされていた…。まさか、装着者の体を乗っ取る形で動くとはな。――だがァ!!」
予想外の事態に戸惑いを見せていたミネルヴァだが。すぐに歓喜するかのような笑みを浮かべると、美紀恵――アルテミシアへ襲い掛かる。
それをアルテミシアは神速と言える斬撃で迎え撃つも、ミネルヴァはテイルブレードで防いでみせた。
「!」
「先程は油断したが、お前が相手であるとわかれば話は別だ!!今の私にはあの頃にはなかった力があるのだからなぁぁぁアアア!!」
距離を詰めると猛攻をかけるミネルヴァ。それを最小限の動きで躱すアルテミシア。
「ハハハハハハっ!!どうだアルテミシアァ!!お前でさえ手も足も出せないまでに私は強くなったぞォオオ!!!」
「ミネルヴァ…」
猟奇的とさえ言える気迫を見せるミネルヴァに対し。アルテミシアは、ただただ悲しそうな表情を浮かべるだけであった。
「――ッそんな、そんな目を私に向けるなァァァッ!!!」
その視線を拒絶するかのように叫びながら、テイルブレードを突き出すミネルヴァ。
迫り来る凶刃に対し、アルテミシアは回避どころか防御する様子もなく。彼女独特の上段の構え――攻撃の姿勢を見せたではないか。
「(相打ち狙いかッ――!!)」
チェシャー・キャットの力も手に入れた自分に対し、他に選択肢がないのだろう。それ程までにあのアルテミシアを――どれ程の努力を重ねても、振り向かせられなかった想い人を追い詰めたのだという事実に、これまで感じたことのない高揚感に包まれるミネルヴァ。
「いいだろうっ。最後に立っていた者が勝者だぁぁぁアアア!!アルテミシアァァァアアア!!!」
だが、彼女らの間に割って入った影に、その高揚感は打ち砕かれた。
『――貴様如きが、あの馬鹿に触れるな』
アルテミシアを庇うように立ちはだかったヴォルフが。装甲ごと両手が斬り裂かれるのも構わずテイルブレードを掴み取ったのだ。
そして、血が噴き出す手でブレード引き、ミネルヴァの動きを拘束した。
「――し、漆黒の狩人ぉぉぉぉぉォォォォオオオオオ!!!私とォアルテミシアの間に入るなアアアアアアアアアア!!!」
あらん限りの憎悪を吐き出すミネルヴァ。そんな彼女にアルテミシアが肉迫し斬撃を放とうとする。
「ひっ!?」
迫る刃に、自らの死を連想し。やられる!?と恐怖に身を竦ませることしかできないミネルヴァ。だが、刃は彼女に触れ直前で止まり、風圧が髪を靡かせながら体を――周囲の大気を震わせた。
「――」
何が起きたのか理解できず、呆然と尻もちをつくミネルヴァ。そんな彼女に、アルテミシアは優しく語り掛ける。
「もう止めようミネルヴァ。ここで退いて改心してくれるなら、私はあなたのことを許すよ」
そう話しながら、アルテミシアは手を差し伸べる。
「私にしたことも、セシルやレオやアシュリーにしたことも…。
「許す?お前が私を?お前は本当に何もわかっていないな…。許しなど必要ないッ。私はアルテミシア、お前が手に入れば――あぐッ!?」
突然頭を抱えて苦しみだすミネルヴァ。瞳孔が限界まで開き、呼吸が荒々しくなり口からは唾液が流れ出るようになり。傍から見ても危険な状態だと見て取れた。
「ミネルヴァ!?」
「あ、ああ…。あああああアルテミシアあああああああああ!!」
心配して触れようとするアルテミシアに。ガバッ、と起き上がたミネルヴァが、焦点の定まらない目で両手を伸ばし襲いかかった。
避けようとしたアルテミシアだが、不意に頭に激痛が走り動きを止めてしまう。
「(――ッ限界が…!)」
意識が引き剥がされていく感覚に、苦悶の表情を浮かべるアルテミシア。
そんな彼女の首に、ミネルヴァの手が触れようとする間際。ヴォルフが体当たりしながらミネルヴァを押しのけたのだった。
『――やはりお前は甘すぎる。軍人にはどこまでも向いていない』
「…ヴォルフ。…ごめんなさい。私…ここまでみたい…。あなたに…皆に、迷惑しか、かけてないね…」
『そんな馬鹿だからお前の仲間も、その子も命がけで助けようとしている。後は彼女らに任せてやれ』
「…うん…」
「!?ここは…?」
目覚めた美紀恵は周囲を見回す。森林に囲まれ崖の近くに立っており、見渡せる海の先に沈みゆくの陽の光が照らしていた。
景色こそ違うも、初めてチェシャー・キャットを使用した後に見た空間と似た感覚を受けた。
だが、その時と決定的に違うのは、目の前に自分と同年代の金髪の少女が立っている点だろう。
「よかった…。間に合ったみたいだね」
そう言って安堵する少女は、言葉を続ける。
「ここはアシュクロフトの中。私の記憶と意志が格納されている場所…。あなた意識が戻るまでの時間稼ぎになればと思ったのだけれど。ごめんね、急に入れ替わったりして…」
「あなたは、もしや…。アルテミシアさん…!?」
あっ、というような顔をする美紀恵に。にこり、と微笑むアルテミシア。
「そうだよ。一応はじめまして、だね美紀恵ちゃん」
「そ、そうですね。はじめまして…」
自然に囲まれた空間に佇むアルテミシアは、ワンピース姿ということもあり。絵本から飛び出した妖精と見間違うような美しさで。思わず見惚れてしまうしまう美紀恵。
「…ごめんなさい。私はあなたには謝らなくちゃならないことばかり。あなたをこんな戦いに巻き込んでしまって…」
「謝る必要なんてないです!私は自分の意志でこの戦いに臨んだのですから…」
申し訳なさそうに話すアルテミシアに、美紀恵は首を横に振る。
「それに、ミネルヴァ・リデルは絶対に許せません!あの三人を苦しめ、アルテミシアさんをこんな目にあわせるなんて!!」
「…でも、こうなってしまった原因は私にもあるの。私は争いをなくしたくて、平和な世界を作りたくて、力を手に入れていった…。その結果が、ミネルヴァのように心を歪めた人を生み出し、このような争いを生んでしまった…こんな筈じゃなかったのに…」
「悪いのは、その力を利用しようとする自分勝手な人達です!アルテミシアさんは何も悪くありません!ミネルヴァ・リデルは私が止めてみせます!そして、アルテミシアさんを必ずここから助け出します!だから、今は安心して休んでいて下さい!!」
凛とした顔で告げる美紀恵。その覚悟の宿った目を見たアルテミシアは嬉しそうに微笑む。
「…ありがとう美紀恵ちゃん。あなたは私の思った通り、優しく、そして強い人…。私が無理に外に出た反動で、アシュクロフトの回路のいくつかが壊れてしまったの…。この場所も私も、アシュクロフトから閉ざされる。こんな形で会うことも、もうないと思う…」
その言葉を示すように。周囲の景色に亀裂が走り、それがこの世界全体に広がっていく。
「そうですか…。では、次に会う時はお互い生身で、ですね!」
アルテミシアへ歩み寄ると、小指だけ立てた右手を差し出す美紀恵。
「…!うん…!!」
その意味を理解したアルテミシアは、笑顔で彼女の小指に、自分の右手の小指を絡ませる。
「約束…」
その言葉を最後に世界がガラスが割れるように崩れていき、美紀恵の意識は遠のいていくのであった。