「――ッ!!も、戻った…?」
意識が再び覚醒した美紀恵は、チェシャー・キャットが装備された自身の体を見て、現実に戻ったことを確認する。
そんな彼女の耳へ、スピーカー越しにベルの声が響く。
『緊急報告。チェシャー・キャットの内部処理において、本来発生しない筈の事案が発生。複数の回路にダメージを受けました。チェシャー・キャットはこれより復旧モードに入ります。その間、能力は大幅に制限されます』
「大幅に制限!?アシュクロフトの力は使えないのですか!?」
『いえ、使用自体は可能です。アシュクロフトからフォローした処理は、装着者の脳で補うことが可能です』
「足りない分は、自分の脳で…」
『ただし脳には多大な負担がかかるため、推奨はできません』
その言葉に、美紀恵は暫し思案するとベルへ問いかけた。
「それは全てのアシュクロフトでそういう仕様なのですか?」
『五機全てにおいて同様の仕様となっています』
なら、と何かを確信した美紀恵の耳に。激突音が伝わり、ミネルヴァの蹴りを両腕を交差させて受け止めたたヴォルフが、足で地面を削りながら美紀恵の側まで押し出される。
『戻ったか』
「あ、はいっ。お手数をおかけしました」
『そんなことを言っている暇があれば体を動かせ』
そんなやり取りをしている2人に、血走った目をしたミネルヴァが襲い掛かり、振り下ろされた拳を跳んで回避する。
「アアアァァァアアア!!」
「ミネルヴァ・リデル!?一体何が!?」
『ゲイム・システムの弊害だ。あのシステムは使用者の脳に多大な負担をかける。故に使用し続ければ精神崩壊や暴走を引き起こす。奴のようにな』
「アルテミシアッ、アルテミシアはどこだぁあ!!私は、私はァ…!!」
「そんな…ッ」
狂乱し、最早獣のように暴れ回るミネルヴァの姿に、苦悶の表情を浮かべる美紀恵。非道な行いをした敵とはいえ、人としての尊厳を破壊されることに胸を痛めるのだった。
「どうにか助けることはできないんですか!?」
『無理だな。ああなったらもう元には戻れん。できることは
「ッ……!」
ヴォルフの言葉の意味を理解した美紀恵は、思わず動きを鈍らせてしまい。そこにミネルヴァの攻撃が当たりそうになるも、ヴォルフが腕を掴み引き寄せることで難を逃れる。
『…躊躇いがあるなら退がっていろ。後は俺は始末する』
気遣いの言葉に、いえ、と美紀恵は首を横に振った。
「アルテミシアさんと約束したんです。私がこの戦いを終わらせて、ちゃんとした形で会いましょうって。だから、大丈夫です!!」
『いいだろう。ならば好きにやれ、援護してやる』
「はい!!」
ヴォルフが両腕のガトリングで牽制をする。
その間に、チェシャー・キャットの出力を最大まで高めていく美紀恵。その負担がダイレクトに脳にかかり、激痛に飛びそうになる意識を気合で留める。
そんな彼女に、ヴォルフを押し退けたミネルヴァがテールブレードを繰り出してくるが。割り込むように張られた防性テリトリーに弾かれる。
「!折紙さん!!」
「私もまだ戦える」
「でしたら、折紙さん。アリスの出力を最大まで上げて下さいッ」
「…それでは彼女の力を増幅させるだけ。良い考えとは思えない…」
折紙の正論を受けても、揺るぎない目で美紀恵は訴え続ける。
「しかし力をセーブしたままでは、どのみち勝ち目はありませんッ。今はこの方法しかないんです!お願いします!!」
殴りかかって来るミネルヴァを、最大出力のテリトリーで受け止める折紙。
「確かに能力を使わないままでは勝ち目はない。あなたを信じる」
「折紙さん…!」
しかし、それでもミネルヴァは止まることなく、瞬く間にテリトリーに亀裂が走り砕けそうになってしまう。
「ガァァアア!!」
「(駄目です…2人では、まだ足りない!!)」
好転しない状況に美紀恵が歯噛みすると。ミネルヴァの背後にレーザーが炸裂し、ダメージこそないものの衝撃で動きが止まるのだった。
「私達の戦いだとか言っておいて…。あいつらに先に起き上がられてちゃ世話ねぇな!!」
レーザーの飛来した先には、アシュリーとスナイパーライフルを構えたレオノーラが立っていた。
「レオ、あたしらもフルパワーでいくぞ!!」
「うん!!」
「アシュリー!レオノーラさんも!」
「ボサっとすんな!!いくぞ美紀恵ェ!!」
「はい!!」
レオノーラが砲撃で動きを抑え、更に折紙も押し潰すようにテリトリーを叩きつける。
そこに、アシュリーのランスチャージと美紀恵のキティ・ファングによる追撃を放つ。
「――――ハァァアア!!」
だが、テリトリーを粉砕したミネルヴァは、テイルブレードで美紀恵以外の3人を蹴散らし。肉迫していた美紀恵は首を掴んで持ち上げられてしまう。
「あ、ぐぅ…!?」
「お、おま――おまえ、じゃない…。ある…ある…ある、てみしあを、だせええええええええ!!!」
自ら流した血に塗れ、狂乱に歪みきり。最早人とは思えない凄惨な顔で、力を強めていくミネルヴァ。その時彼女の体に衝撃が走り、腹部から多量の血が噴き出た。
「――ガッ!?」
何がと背後に視線を向けると、ヴォルフが手刀で背中から腹部を貫いているのだった。
『やらせんよ』
「――う、がぁぁぁあああ!!」
肘打ちでヴォルフを引き剥がすと、今度こそ美紀恵に止めを刺そうとするミネルヴァ。
――その瞬間。肉迫していたセシルの蹴りが顎をかち上げ、美紀恵を掴んでいた手が離れる。
「なんとか一矢報いたわね…。悔しいけど、最後の一撃は、頼むわね…」
「セシルさん!!」
彼女の想いに応えようと動こうとするも、これまで以上の頭痛に見舞われ膝を突きそうになってしまう。
「(うっ、キティ・ファングが出ない…!!後一歩なのに――!!)」
最後となるだろう好機を前に、それでも体は思う通りに動いてくれなかった。脳への負荷が許容できる範囲を超えてしまったのだ。
「(それでも、それでも――!!)」
そんな彼女の脳裏に浮かんだのは、共に戦う中で見てきた勇の姿だった。
どれだけ傷つき倒れようとも、彼は最後まで諦めることなく立ち上がり前へ進み続けた。そんな彼の背中を追いかけるためにも――
「諦めるもんかぁぁぁあああ!!!」
右腕だけだがキティ・ファングを展開すると、ミネルヴァの胴体を斬り裂いた。
「――――ッッッ」
言葉にならない慟哭とあげながら。一際盛大に吐血すると、ミネルヴァは糸が切れた人形のように膝を突きながら崩れ落ちるのだった。
「終わった、のか?」
「な、なんか、最後はテリトリーすら張れてなかったよね?」
動かなくなったミネルヴァを見ながら、実感が湧かないといった様子のアシュリーとレオノーラ。
そんな彼女らに、美紀恵が口を開く。
「ベルが言っていました。アシュクロフトは力をシステムが処理できなくなると、使用者の脳を補助に使うって…。四機が同時に出す最大出力が、彼女の脳が限界を超えたんです」
「…つまり、彼女ではアルテミシア・ベル・アシュクロフトの力を制御しきれなかったと」
「そういう、ことでしょうか折紙さん。彼女が正常であれば処理をカットすることもできたのに…」
「どうせ奴のことだ。そんなことにも思い至らず、結局は同じような結末を迎えていただろうよ」
憐憫の情さえ見せる美紀恵に、ヴォルフがそんなものは必要ないと言わんばかりに、容赦なく切り捨てた。
「…そうね。アルテミシアそのものになりたいなどという、歪んだ思想を持ったこの女の自業自得よ」
「…正直に言えばセシルさん。憧れた人のようになりたいという気持ちは、私も持っているんです。でも、どれだけ願っても他人になることなんてできません。どこまで行ったって…自分は自分にしかなれないのですから…」
そう言うと、美紀恵は魂が抜けたかのように、微動だにせずに座り込んでいるミネルヴァへと歩み寄ると。膝を突いて虚な目をした彼女と視線を合わせる。
「それでも、より良い自分になることはできる筈です…。昨日より今日、今日より明日…。一歩一歩その人に近づけると信じて。そうやって成長していけば、きっといつか訪れる筈です。憧れの人と肩を並べ隣に立てる日が…。私はそう信じています」
美紀恵の言葉に反応したかのように、ミネルヴァの目から一筋の涙が流れる。
その涙の意味はおろか、声が届いたのかすら最早知る術はなかった…。