「とある魔術の禁書目録シリーズ」に登場するキャラクター、トールを主人公とした二次創作スピンオフSSです。
本SSはトールのキャラクターをある程度把握している(トールが活躍する新約5巻、新約6巻を読んでいる)ことを前提として書いています。
本SSは新約7巻以降に発売されたとあるシリーズ(派生も含む)のネタバレも含まれています。ご注意ください。
本SSの執筆時期の都合で、とあるシリーズと矛盾が起きている可能性があります。ご了承ください。
本SSは作者の解釈が多く含まれています。ご了承ください。
本SSの時系列は新約2巻~新約4巻です。
よろしくお願いします。

あらすじ
ハワイ諸島に、バゲージシティ。
魔術結社『グレムリン』がその二つの地で騒乱を起こす直前、戦争代理人トールは魔神オティヌスにとある魔術結社を潰せと命じられた。
その魔術結社の名は『金色の薔薇』。
『金色の薔薇』のアジトがある欧州の樹海の奥で、トールが見たものとは————

『グレムリン』直接戦闘担当、トール。
これは、戦争代理人による闘争の物語だ。

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トールSS とある魔術の星空踏破《ライジング》

 

 誰かを助けたくて力を求めたのか。

 力があるから誰かを助ける気になったのか。

 どちらが始まりなのか、彼自身もうわからない。

 わからなかくても、わからないまま彼は戦いを求め続ける。

 闘争という形でしか世界と向き合えないと言わんばかりに。

 

 だから、この話はきっと——

 

 

 1

 

「はぁ…………」

 

 先月、歳が十になったばかりの少女——フラヴィはため息をつきながら森の中を歩く。

 今日は友達と目一杯遊ぶ約束をしていたのに、いきなり父親から『焚き火に使えそうなのを山から持って来い』と頼まれてしまったからだ。

 いや、頼みというよりほとんど命令だった。フラヴィに逆らう余地は無かった。

 あの父親はいつもそうだ。(ヴィレッジ)の団長にはへこへこしてるくせに、フラヴィにだけにはいつも強気だった。

 まだ十歳。遊び盛りのフラヴィにとって、こんな落ち葉や枯れ枝集めは退屈でしょうがなかったが、父親には逆らえないのだから、仕方ない。

 

「はぁ……」

 

 フラヴィは先程よりも小さく、何度目かわからないため息を吐く。

 ……早く終わらせて、友達のとこに行こ。

 フラヴィは落ちている枯れ枝を拾うスピードを上げる。背中に背負っている箱一杯に入れたら、フラヴィの仕事を終了だ。

 もうフラヴィはため息をつくこともなく、一心不乱に落ち葉や枯れ枝を拾う。

 が、それも長くは続かなかった。

 

「あれ?」

 

 フラヴィは銀色の髪を揺らしながら、不思議そうに頭を横に倒す。

 なぜなら視線の先には

 

「人?」

 

 綺麗な金髪を腰まで伸ばしてる、多分女の人が倒れていたからだ。

 女の人の前に『多分』が付いているのは、その人がうつ伏せに倒れているから、はっきりと性別がわからないため……とか、そんなことはどうでもよくて。

 フラヴィは首を曲げる角度を更に大きくする。

 

「……どうしよう」

 

 フラヴィは十年ちょっとしか生きていない単なる小娘だ。こんな緊急事態に遭遇したことなど今までなかった。

 どうしたらいいか、わからない。

 

「……よし」

 

 フラヴィは二十秒ほど考えた結果、とりあえず生きてるかどうかを確認することにした。

 フラヴィは倒れている推定女の人に、恐る恐る近付く。

 

「あの、」

 

 フラヴィは『大丈夫?』とそのまま声をかけようとしたが、続けることができなかった。

 

 なぜなら、倒れている女(?)の人に急に足首を掴まれたからだ。

 

 

「ひっ」

 

 フラヴィは反射的にその場から走って逃げようとしたが、足を掴む力は存外に強く、ピクリとも動かない。

 

「……」

 

 金髪の頭がわずかに持ち上がり、土に汚れてはいるものの、線が細く色白な顔がフラヴィの視界の中に初めて入る。

 そこで初めて、フラヴィは目の前の人が少年だと気付いた。

 だけど、今はそんなことが重要なのではない。

 これからこの少年が起こす行動が重要だ。

 少年の唇が僅かに開く。

 何か伝えようとしているみたいだったが、フラヴィはもう逃げ出したい気持ちと、大人を呼びに戻らなかった後悔で溢れかえっていた。

 少年の口が何か言葉を紡ごうとしている。

 

「あー……」

 

 そして、呻き声を微かに上げたかと思うと、

 

「……」

 

 そのまま再び地面に突っ伏した。

 足首を掴んでいた手も、今は地面に落ちている。

 意識を失ったようだった。

 もしかしたら、寝ているのかもしれない。

 ……

 

「なに、これ」

 

 森に一人。フラヴィはもはやそう呟くしかなかった。

 

 

 2

 

「どこだ、ここ」

 

 行き倒れの少年——魔術結社『グレムリン』に所属する魔術師トールは目を開くと見たこともない部屋にいた。

 体はベッドに寝かされている。

 トールの最後の記憶だと、食糧もまともに確保できない森の中、栄養失調というありきたりな理由で意識を失ったはずだったのだが。

 ……トールは決して特別な魔術師ではない。

 戦争と呼べるほどの闘争ができる戦争代理人とはいえ、それはトールの魔術が戦闘と殲滅に特化していることを示しており、聖人のように生まれつき体が異様に丈夫でもなければ、ありとあらゆる可能性を内包する魔神でもない。

 単なる栄養失調で死ぬ。トールはそんな普通の魔術師だ。

 そんな彼を誰かがここまで運んでくれたようだ。

 だが、それにしても変だ。

 今トールの思考は普段通りに動いており、トール自身の体に一切異常を感じない。

 繰り返し言うが、トールは普通の魔術師だ。

 寝て起きたら自動で全身が回復するような体質ではないし、そのような術式や霊装を所持しているということもない。

 寝ることで体力は回復するだろうが、一切の異常が無いことなど、あり得るだろうか?

 これは一体……

 

「ここは私の家だよ」

 

 先程トールが口に出した疑問に答える、聞いたことのない少女の声が横から聞こえてきた。

 トールは寝たまま、顔を横に向ける。

 そこには銀色の長髪が目立つ、年端もいかない小さな少女が椅子に座っていた。

 歳は十歳ほどだろうか、幼さゆえのキラキラした目でこちらを見ている。

 

「目、覚めた?」

 

「……ああ」

 

 見知らぬ少女からの言葉に、トールは素直に答える。

 

「お前、看病してくれてたのか?」

 

「うん。そうだよ」

 

 少女はかなり大振りに頷く。

 

「じゃあ、礼を言わないとな」

 

 トールは上体を起こし、伸びをする。

 

「看ていてくれてサンキュ」

 

「どういたしまして」

 

 銀髪の少女はにっこりと笑う。

 

「それにしても、お兄さん、やっぱりお兄さんだったんだ」

 

「あ?どういうことだよ」

 

「声聞くまで、女の人かもしれないと思ってた」

 

「……」

 

 確かに自分の見た目が女性的だという自覚は多少あったトールだったが、そんなはっきり言われるとは思わなかった。

 トールは自分の上に掛けられていた布団を剥ぎ、銀髪の少女と向かい合うように、ベッドの上で座り直す。

 気を取り直して

 

「で、ここはどこかっていうのは答えてくれたが、なんで俺がここに居ることになったのかも教えてくれるかい、お嬢ちゃん?」

 

「お嬢ちゃんじゃなくて、フラヴィって呼んで」

 

 銀髪の少女——フラヴィは苦笑いを浮かべる。

 

「森に枯葉を集めに行ったらお兄さんが倒れていたから、お父さんを呼んでここまで運んできたの」

 

 多分そうだろうと思っていたが、やはり倒れてるトールを見つけた上で看病してくれていたらしい。

 

「というより、お兄さん、そのことを覚えてないの?」

 

「あ?」

 

「お兄さん、出会い頭に私の足首を思い切り握りしめたんだけど」

 

「……あ」

 

 うっすら覚えがある。

 夢うつつの中、藁にすがる思いで目の前のものを握り締めた記憶があるが、それはフラヴィの足だったようだ。

 しかも割と強く握った気がする。

 

「すまねえな。怪我、しなかったか?」

 

「ちょっと痛めたけど、すぐ回復したから大丈夫」

 

 フラヴィは椅子の上に座ったまま、右足をベッドの上に載せ、長いスカートを少しめくって白く細い足首を見せてくる。

 確かに怪我はしてないようだ。

 

「お兄さん、なんであそこで倒れていたの?」

 

 フラヴィは上げていた足を床に下ろす。

 

「お兄さん、(ヴィレッジ)の人じゃないよね?」

 

「そうだな、俺はここの人じゃねえ」

 

 トールは今更のように周囲を見渡す。

 先程ここはフラヴィの家と聞いたが、この家は石造りの一軒家のようだ。

 少し離れた壁にある小さい窓からわずかに外の景色が見れるが、木が数本生えてることしかわからなかった。

 ただ、ここは恐らく

 

「ちょっとこの村に探しもの……というか集団がいてな。ここは俺が倒れていた場所からそんな遠くないだろ?」

 

「うん、歩いて二十分ぐらい」

 

 ビンゴ。

 あの森から歩いて行ける村は一つだけだ。

 トールは死にかけたとはいえ、目的地にちゃんとたどり着いていたらしい。

 

「でも、どうして倒れてたの?」

 

「ここ一週間食いもん食ってなかったから倒れた。そんだけだよ」

 

 下準備はしたつもりだった。

 ただこの村が未開の土地であるがゆえに、情報が全然足りなかった。

 交通が全く通らない森の奥深くにあるのは知っていた。

 その森がひどく広大だというのも知っていた。

 電波が届かない、スマホなどの通信機器が使えない場所だろうと思っていた。

 だが、磁場が強くアナログなコンパスすら使い物にならなくなる場所だとは思わなかったし、野宿するための食料となる獣も全くいないとも思わなかった。

 

「お兄さん、なんでそんな断食してたの、修行?」

 

「この村、中々見つかんなくてな。要は迷ってた」

 

「一週間も迷子してたんだ」

 

 フラヴィは呆れたような、それでいてどこか楽しそうな笑い声を小さく上げる。

 

「あ、でも仕方ないかな。村の外側に結界を張ってるって長が言ってた気がするし」

 

「……結界だ?」

 

 結界。その言葉自体はポピュラーなものだ。

 だから、トールが気をとめる必要はない。そのはずだ。

 

「うん、そうだよ」

 

 だが、続くフラヴィの言葉がトールの予想を否定した。

 

「人払いのルーンを周囲に張って、(ヴィレッジ)に知らない人が入るのを防いでるんだって」

 

 知っている。

 この少女は魔術を知っている。

 十歳の少女が魔術を知っていることは何も驚くべきことじゃない。

 かの『明け色の陽射し』のボスだって十二歳やそこらだったはずだ。

 ただ、それでも目の前の少女が魔術を知っていることには違和感があった。

 魔術とは裏技だ。

 真っ当な方法では叶えられない夢を諦めることができなかった失敗者が、最後の手段として手を出してしまうのが魔術だ。

 そんな魔術に手を伸ばした人間はどこか歪んでいるし、魔術の世界に入れば入るほど歪みは加速する。

 目の前の少女が、そんなどうしようもない人間のうちの一人とはとても思えなかった。

 

「お嬢ちゃん、いや、フラヴィは魔術を知っているのか?」

 

 だから、こんなしょうもない確認を取ってしまう。

 人払いのルーンなんて言葉が出た時点で——

 

「なにそれ、知らない。初めて聞いた」

 

「…………は?」

 

 期待した通りの答えが返ってきたはずなのに、トールは口を開けて首を傾げる。

 

「でも、お前、さっき人払いのルーンって言ったよな?」

 

「うん、言ったよ」

 

「それで魔術を知らない?」

 

「うん、知らない」

 

「????」

 

「????」

 

 トールとフラヴィは互いに顔を見合わせながら、首をひねる。

 ……フラヴィは本当に魔術を知らなそうだ。

 人払いのルーンを知っていて、魔術を知らないという状況は意味不明の一言に尽きるが、だからといってトールが困るわけでもない。

 魔術ではなく、単なるおまじないとしての意味だったのだろうか?

 ……トールは頭を振りベッドから立とうとするが、その直前に

 

「そういえば、お兄さんの名前聞いてない」

 

 フラヴィがふと思い出したように聞いてくる。

 

「そういや、名乗ってなかったな」

 

 名を問われたトールは立つのをやめ、薄い笑みを浮かべる。

 

「俺の名前はトールっていうんだ。よろしくな」

 

「トール?あの?」

 

 ルーンを知っておきながら同じ北欧神話のトールの名を知らないなんてことはないと思っていたが、やはりフラヴィは北欧神話のトールを知っているようだ。

 

「そう、あのトールさんだ」

 

「お兄さんには似合わない名前だね」

 

 間髪入れずに目の前の少女はふざけたことを言い出した。

 

「なんでだよ」

 

「だってトール神は雷だけじゃなくて、農耕の神様でもあるでしょ?そのトールが行き倒れてるって変じゃない?」

 

「……」

 

「それにトール神って、ヒゲモジャ筋肉ジジイみたいなイメージあるけど、お兄さんなんて細いお兄さんじゃない。全然違うよ」

 

「……」

 

 言われたい放題だった。

 だったが、

 

「……くく。確かにそうだな」

 

 トールは腹を抱えて笑う。

 今までそんなこと言われたことがなかった。

『グレムリン』直接戦闘担当であるトールは敵対という関係でしか他者と繋がることができない。

『グレムリン』の仲間だって、トールの力を知る仲間がゆえに、そんな舐めたことは口にできないだろう。

 だから、目の前にいる小さな子供の率直な感想が新鮮で、しかもどこか的を射ているのがおかしくて、つい笑ってしまう。

 

「はは。確かにトールといえば髭面だよなあ、俺も髭モジャモジャにするか」

 

「絶対お兄さんには似合わないからやめて」

 

 フラヴィは椅子から立ち上がり、部屋のドアに向かって歩く。

 

「お兄さん、もう立てるでしょ?ついてきて」

 

 トールも立ち上がり、揺れる銀髪が通った道筋に沿って歩みを進める。

 

「お兄さん、お腹減ってない?」

 

「ああ、減ってるな」

 

「だと思った。栄養失調を回復では完全には治せないからね」

 

「……?」

 

 今の会話にわずかな違和感があったが、なにがおかしいのか、違和感を持ったトール本人にすらわからない。

 いや、会話だけじゃない、この家で目を覚ましたときにも何か違和感が……

 

「適当に料理を作るから、お兄さんは座ってて」

 

「あ、ああ……」

 

 トールは歯切れの悪い返事をしながら、フラヴィが指さした先の木でできた椅子に座る。

 

「あ、でも水を先に飲んだ方が良いよね」

 

 パタパタと音を鳴らしながらフラヴィはトールが席についてる木のテーブルに近付き

 

「はい、コップ」

 

「?中身がねえぞ」

 

 テーブルに置かれた木のコップには何も注がれてない。

 

「急かさないで、今注ぐから」

 

 フラヴィは手をコップにかざすと、

 

水よ(Laguz)

 

 コップの中に水が現れた。

 何もない空中から、突然に。

 

「!!」

 

 トールは素早く椅子から立ち上がり、フラヴィから距離を取る。

 

「ん?どうしたの?」

 

 フラヴィは不思議そうな目で身構えているトールを見つめる。

 

「…………」

 

 フラヴィがやったことは、水の意味を持つルーン文字一文字から水を生成するという、簡単なものだ。

 でも、それは

 

「……フラヴィ、お前、魔術は知らないんじゃなかったのか?」

 

 簡単なものとはいえ、明らかに魔術だった。

 

「え?だから、まじゅつなんて知らないってば」

 

「…………」

 

 またこの違和感だ。

 フラヴィは魔術を使った。

 今トールの目の前で。

 それなのに魔術を知らないなどと否定するのは、どういうことだ?

 そもそも、魔術とはいわゆる世界の暗部だ。

 この少女がそんな暗部に触れているようには——

 ……

 ……まさか。

 

「なぁ、フラヴィ。お前、栄養失調でやられてた俺をどうやって治した?」

 

 この家で最初に感じた違和感、それを問う。

 

「何って、回復をしただけだけど?」

 

「それはどうやって」

 

「何って、私は『女神よ、英雄に喜びの光を(BerkanoIngwazWunjoSowilo)』って唱えただけだよ」

 

「……そうか」

 

 トールは椅子にゆっくりと座り直し

 

「それはこの村に居る奴なら誰にもできることなのか?」

 

「うーん、回復はできる人、そんなに多くないんじゃないかな、私一生懸命練習してできるようになったし」

 

「じゃあ、さっきの水は?」

 

「あんなの、五歳ぐらいの子でもできるよ」

 

「なるほど」

 

 今のフラヴィの答えでやっとトールは理解した。

 

 ここは、魔術の概念が無い村だ。

 

 二足の足で歩くように。まるで手でペンを持つように。口で食べ物を摂取するように。

 この村ではごく自然な行為として魔術を行使している。

 この村の中に限り魔術は異能ではなく、当たり前の日常風景の一つでしかない。

 

「(イカレてやがる……)」

 

 銀髪の少女に聞こえないよう、トールは小さく呟く。

 魔術とは裏技として秘密裏に使うチート行為であり、一般的なものとして扱っていいものではない。

 その原則をこの村では徹底的に無視させれている。

 こんなの正気の沙汰とは思えない。

 だが、この村の状態はトールの探し物がここにあるというある種の証拠となった。

 トールはある組織がこの閉鎖的な村を拠点としているという情報があったから、ここを探していた。

 その組織は黄金系の魔術結社。

 名は、『金色(こんじき)の薔薇』。

 

 

 3

 

 トールが(ヴィレッジ)に着く一週間前。

『グレムリン』のアジトの一室にて。

 

「『金色の薔薇』だぁ?聞いたこともねえぞ、そんな方々に喧嘩売ってそうな名前の魔術結社(トコ)

 

「お前に知識なぞ期待していない」

 

 その部屋にいるのは二人だけ。

 魔術結社『グレムリン』でも他を突き放し『戦争代理人』とも称される雷神トールと、そのトールすら軽々と凌駕する正真正銘の『魔神』オティヌス。

 この二人がちょっとその気になれば、『槍』の完成を待たずして世界は滅びる。

 そんな世界の命運を気まぐれ一つで変えられる怪物たちの会話はまだ続く。

 

「その魔術結社を叩き潰してこい。地図は後でマリアン辺りに用意させてやる」

 

「なんでだよ。今はフィアンマごとローマ正教が弱体化されて、世界の管理者ぶってる連中の目が緩くなっている。この大切な時期に、そんな何処の馬の骨とも知らない相手にかまけてる場合か?」

 

 それに、そんなよく分からない魔術結社Aより、最近生存が確認されたらしい『例の少年』の相手をしたいとトールは思う。

 

「さっきも言っただろう。お前に知識なぞ期待していないと」

 

 オティヌスは片目しかない緑色の瞳でトールを射抜く。

 冷たい眼だ、トールは思う。

 今はまだ問題ないが、『口答え』が一定以上を超えたら、トールは『 死者の軍勢(エインヘルヤル)』の仲間入りを果たすだろう。

 

「しばらくは『槍』の製造の下準備だ、お前の出番はない。貴様は破壊が専門であって、創造が専門ではないはずだ」

 

「……ま、槍製造の下準備の予定もちゃんと組んでるか。だけど、それ、俺には知らされてなかったぞ」

 

「知る必要がないからな。お前はお前の役目を果たせばそれでいい」

 

「あーそうかい。『 投擲の槌(ミョルニル)』のやつはその下準備とやらに駆り出されるのか?」

 

「ああ。『 投擲の槌(ミョルニル)』以外はマリアン、シギン、ウートガルザロキ、ベルシを使う。そいつらに用があるなら早めに済ませておけ」

 

「……『黒小人(ドヴェルグ)』のマリアン、炉心となる『 投擲の槌(ミョルニル)』、科学と魔術の両方の知識を持つベルシ。こいつらを槍製造の下準備に動員するのはわかるが、なんでウートガルザロキやシギンの奴らまで……わーったよ、余計な詮索はしねえよ」

 

 オティヌスの眼が細まるのを見て、トールはすぐに身を引く。

 槍製造に関する作業にあんなピーキーな奴らを使うことを不思議に思ったが、別にあの二人に用があった訳ではない。

 それにしても、トールだけではなく、フェンリル、ヨルムンガンド、ヘルも動員しない辺り、しばらくは本当に大規模な戦闘を起こすつもりがないようだ。

 

「それで、その『金色の薔薇』とかやらはどんな奴なんだ」

 

「わからん」

 

「……は?」

 

 オティヌスの返答にトールは大きく口を開く。

 

「わからない?俺達『グレムリン』を率いている魔神のお前が?」

 

「ふん」

 

 隻眼の魔神は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「お前も知っているだろう、私は負の可能性も抱えている」

 

「……ああ。そういうことか」

 

 魔神の力を使えばどんな情報も手に入れることができるだろうが、失敗のリスクを抱えてまで、本筋に関係ない魔術結社の情報収拾をする気はないということなのだろう。

 

「わかっていることは、『金色の薔薇』は名前の通り、黄金系の魔術結社の一つということ。そして拠点の場所。これ以上の情報が必要か?」

 

「どんな奴らかわかんねえとエンジンに火が点かねえんだけどな」

 

 トールは軽く肩をすくめる。

 

「で、どうしてそんなほとんど何もわかんねえ魔術結社を潰す必要があるんだ?」

 

「必要などない。ただ目障りだから叩き潰せ。それだけだ」

 

 オティヌスはトールに背を向ける。

 もうこれ以上話すことがないということだろう。

 

「なぁ」

 

 だが、それを無視してトールは話し続ける。

 

「目障りだってことは、他の小せえ奴らとは違って目障りに感じる特別な『何か』があると思っていいんだよな?」

 

「お前が求めてるものがあるかどうかなど私が知るか。だが、珍しい『何か』はあるだろうな」

 

「その根拠は?」

 

「私の勘だ。根拠としてこれ以上のものはないだろう」

 

 そのセリフを最後に少女の形をした神は部屋を出て行った。

 雷神は一人、部屋に取り残される。

 

「……ま、確かに神様の勘ほどあてになるものもねえよな」

 

投擲の槌(ミョルニル)』が『槍』製造の下準備に回るということは、トールの補助としては使えないということだ。

 出力はかなり落ちるが、『 投擲の槌(ミョルニル)』の補助が無くても『雷神』の力は使える。

 もし、それで足りなかった場合は——

 

「……ははっ」

 

 無名な魔術結社一つ。

 本来ならそんなもの、『 投擲の槌(ミョルニル)』の補助が無い『雷神』でも軽く蹴散らせるが、そうならないことをトールは期待して、小さく、だけど獰猛に笑った。

 

 

[newpage]

 4

 

(確かにこれほど珍しいものもないけどよぉ……)

 

 魔術が異能ではなく、日常的なものとなっている村。

 魔神が珍しいと言うのも頷けるほど特異な状況だが、トールが追い求めるものとは全く違う。

 どこぞの近代魔術の研究家やら、異端狩りの『 必要悪の教会(ネセサリウス)』からすれば垂涎ものだろうが、生憎トールはその手の変態ではない。

 

(これ、明らかに俺の担当じゃねえだろ……)

 

『グレムリン』内でもイドゥン辺りが適任で、トールの分野外な気がする。

 いや、決め付けるのはまだ早計か。

 この村の異常はきっと——

 

「お兄さん、話、聞いてる?」

 

 今、トールはフラヴィと村の中を一緒に歩いている。

 フラヴィはトールに色々話しかけていたが、トールの反応が鈍くなってきたので、怪訝に思ったのだろう。

 

「わりぃ、考え事してて聞いてなかったわ」

 

「酷い!」

 

 フラヴィは膨れっ面を見せる。

 

「折角お兄さんが(ヴィレッジ)のこと知りたいというから、案内してるのに」

 

 そう、フラヴィの作る食事をご馳走になってから、フラヴィに村の案内をして欲しいとトールから頼んだのだ。

 

「そうは言ったが、民家一軒一軒の人間関係まで知りたいわけじゃねえ」

 

「えー、でも、大切なことだよ」

 

 フラヴィは目の前の石造りの家を指さして

 

「ここに私と同い年の男の子、レモンドがいるんだけど、レモンドはミシュリーヌのことが好きなんだよ」

 

「ミシュリーヌって誰だよ」

 

「五分前に説明したばっかだよ!レモンドの家の二個隣の家の子!」

 

 なんでそんなことも覚えてられないかと、フラヴィはご立腹だ。

 ……最初トールのフラヴィへの第一印象は見た目に合わずしっかり者、だったのだが、誰々が好きだ嫌いだの話で(こちらは聞いていないのに)一人で勝手に盛り上がるところは、年相応に子供らしい。

 

「それでね——」

 

 フラヴィはめげずにトールに話しかける。

 親切な子だな、とトールは思う。

 こんな森で行き倒れてた不審者の看病してくれた上に、村を案内してくれたりと、トールはこの村に来てから、この小さい子に助けられっぱなしだ。

 何か礼をしたい。

 

「フラヴィ、なんか困ってることないか」

 

「なんかって何?具体的にどんなこと?」

 

「相手が二人以上の喧嘩。助っ人として入ってやるよ」

 

「えー、なにそれ。喧嘩とかバカみたい」

 

「馬鹿ってのは酷(ひで)えなぁ」

 

「私、(ヴィレッジ)の同い年ぐらいの男の子、すぐ喧嘩してバカだなぁって思ってたんだけど、トールもそういう感じだったんだ……」

 

 トールは残念なものを見るような目で見られる。十歳の女の子に。

 

「トール、喧嘩得意なの?」

 

 いつの間にか、呼び名が『お兄さん』から名前の呼び捨てに変わっているが、それは下に見られたからではなく、親しまれたからだとトールは思うことにする。

 

「ケンカは得意な方だな」

 

「そうなんだ。『炎よ(Kenaz)』とか得意なの?」

 

「俺は名前の通り使うのは雷だよ。勿論、それだけってわけでもねえけど」

 

 トールは普通の一般社会では異常になるだろう会話に当たり前のように応じる。

 

「へー。(ヴィレッジ)の男の子達は『炎よ(Kenaz)』ばかり使うんだけど、トールは違うんだ」

 

「まぁな」

 

 トールは視線を横にやり、この村の日常を見る。

 

 そこには風の刃で雑草を刈っている青年がいた。

 そこには指先をジョウロのようにして花に水をあげてる少女がいた。

 そこには空中に浮遊して移動している初老の女性がいた。

 

 最初フラヴィが水の魔術を使ったときには驚いた反応見せたトールだったが、もういちいち驚いたりはしない。とういより、いちいち驚いていたらキリがないというのが正しいか。

 この村の異常な日常の原因は確実に魔術結社『金色の薔薇』によるものだろう。

 その『金色の薔薇』の魔術師はまだ見つかっていない。

 普段だったら魔力の痕跡から魔術師の居場所を調べたりすることもあるのだが、ここでは魔力の痕跡だらけで調べようもない。

 フラヴィが村を丁寧に案内してくれるが、今のところ怪しい建物は無かった。

 

(どうしたもんかね)

 

 とりあえず、村の案内が終わってからでも遅くないだろう。

 そう考えていたときだった。

 

「ここが最後の建物だよ」

 

「お、もう最後か」

 

「うん。それで一番偉い人のとこ」

 

「へぇ……」

 

 トールは目を細めて、目の前の建物をジッと見つめる。

 その建物は

 

「ここは『教団』の人達がいつもいる教会だよ。村で一番偉い人がいて、『教団』の人達は(ヴィレッジ)の外に出ても良いんだよ!」

 

「ふぅん……」

 

 トールはこれからの『予定』を頭の中で考えながらも、フラヴィの声がやや興奮混じりであることにふと気付いた。

 

「なんだ、フラヴィ。お前、『教団』とやらに入りたいのか?」

 

「うん」

 

 フラヴィは恥ずかしそうに頷く。

 

「だっていつか(ヴィレッジ)の外に行ってみたいから。そのために私はどうしても『教団』に入りたい」

 

「外、興味あるのか」

 

「うん。トール以外にも外の人が来るときあるんだけど、いつも自由にできるあなた達が羨ましいと思ってた」

 

 フラヴィは長年の夢を話すかのように語る。

 この村の特殊な環境から考えるに、規則的にも物理的にも村と外の出入りは厳しく制限されているのだろう。

 でも、そんな閉じ込められた空間の中で、外の世界へ出たいと願うのは、人として当たり前のことだ。

 

「……村の外のこと、知りたいか?」

 

「ううん、そんなことない」

 

 トールはそこでコケるかと思った。

 

「外に興味あるんじゃなかったのかよ……」

 

「興味あるけど、折角の楽しみなんだから、ネタばらしされないで、自分の目で外を見たい」

 

「あぁ、確かにそういう考え方もあるか」

 

 トールは獲物の情報はできるだけ集めて、エンジンを温めたいタイプだが、フラヴィは攻略本どころか説明書さえ読まずにゲームをするタイプのようだ。

 

「フラヴィ、村の案内してくれてありがとな。ちょっと『教団』の人と話していくわ」

 

「どういたしまして。トール、『教団』の人達は偉いんだから、失礼なことはしちゃダメだよ?(ヴィレッジ)の住民ですら滅多に会話してくれないんだから」

 

「わかった、気ぃつける」

 

「なら良し。そうだ、トールは今日(ヴィレッジ)に泊まってくの?」

 

「あー、どうなんだろうな。わかんねえ」

 

「もし、どこにも行くとこなかったら、うちで泊めてあげる。お父さんも良いって言ってたし」

 

「それは助かるが……。(わり)ぃな、何もかも世話になって」

 

 トールはこの村に宿はないかと聞こうと思ったが、この閉ざされた村で宿の客など来るわけないし、そもそも魔術と同じように宿の概念があるかどうかすら怪しい。

 

「気にしないで」

 

 フラヴィはニッコリと笑う。

 

「じゃあ、私はサボってた仕事やんなきゃいけないから、またあとでねー」

 

 フラヴィはトールに背を向けると、長い銀色の髪を揺らしながら、パタパタと走って行った。

 もしかしたら、あの少女は忙しい中、行き倒れているトールの面倒を見ていてくれたのかもしれない。

 

「……さて、俺も行くか」

 

 トールは視線を、走り去った少女の後ろ姿から目の前の教会に移す。

 神様の家。

 そこの扉を、雷神は躊躇いもせず蹴破った。

 

 

 5

 

「そんな乱暴にしなくても、普通に手で押せば入れますよ」

 

 トールが教会に足を踏み入れた途端、説教壇に立つ三十歳ほど男性が呆れたように言葉を発した。

 あまりに言葉を発したタイミングが早く、まるでトールがこの時間に来ることを予測していたかのようだった。

 

「面倒くせえ問答は無しだ。お前、魔術結社『金色の薔薇』のメンバーか?」

 

「『金色の薔薇』のメンバーなのは間違いありませんが、正確には長という立場ですね」

 

 赤いメッシュが入った短い金髪を揺らしながら、男は薄く笑う。

 

「自己紹介を致しましょう」

 

 白い祭服を着ている、背の高い細身の男。

 その男の名は

 

「『金色の薔薇』の団長、クリスチャン=クロウリーです。以後お見知り置きを」

 

「……魔術結社の名前も相当なもんだったが、アンタの名前の方がぶっ飛んで(ひで)えな」

 

 伝説の『薔薇十字(ローゼンクロイツ)』の団長の名前に、『黄金』に所属していた二十世紀最大の魔術師の家名を組み合わせるなど、やり過ぎにもほどがあるだろう。

 こんなあからさまな偽名も珍しい。

 

「別に良いではありませんか。かの学園都市の統括理事長だって使っている家名でしょう?」

 

「両方とも酷いってだけの話だ」

 

「これは手厳しい。ですが、北欧神話ナンバー2の雷神の名を名乗っているあなたにとやかく言われたくありませんね」

 

「……お前に名乗った覚えはねえんだがな」

 

「あなた達『グレムリン』は時の人ですからね。それでこの(ヴィレッジ)になんの用があって来たんです?」

 

「お前達とケンカ……と言いたいところだが、どうもお前ら期待外れみたいだしなぁ」

 

 魔術結社の長でありながら祭服を着たこの男は、殺意どころか敵意すら全く見当たらない。

 トールが少しやる気を出せば、こんな男、五秒とかからず倒すことができるだろう。

 

「おやおや、かの戦争代理人のお眼鏡に叶わなかったのは幸か不幸か判別がつきにくいところですね」

 

 目の前の男、クリスチャン——それしか名前がわからないのだから、そう呼ぶしかない——は(おど)ける。

 

「俺はここに変わった魔術結社があるって聞いて来たんだが、なんなんだここは」

 

「もう私達の(ヴィレッジ)はご覧に入れましたか」

 

「見たよ。魔術をまるで日曜大工かのように使っていやがる。魔術つーのはあんな安売りして良いものじゃねえだろ。何考えてんだよお前ら」

 

「テレマの僧院の発展ですよ」

 

 テレマの僧院。

本物の(・・・)クロウリーが設立した魔術の教育研究機関。

 

「テレマの僧院の実態は不確かな伝聞でしか知りませんが、要は学生が魔術を習う学校でしょう?ですが、この(ヴィレッジ)は物心をつく前から魔術を魔術と知らず鍛錬する。いわゆる魔術の英才教育というヤツです」

 

「そんなことしてどうするつもりなんだ」

 

「決まっているでしょう。優秀な魔術師の輩出ですよ」

 

「……魔術師は強制させてやらせるもんじゃねえだろ」

 

「ええ。だから優秀な人には外の世界のことを少し教え、この(ヴィレッジ)の『教団』である『金色の薔薇』に入団するかどうか決めてもらうんですよ」

 

 トールはつい先ほどフラヴィと交わした会話を思い出す。

 

「あくまで入団を決めるのはそいつの意志ってことか」

 

「ええ、その通りです」

 

 クリスチャンはにこやかに笑顔を浮かべている。

 まるで漂白剤で洗い流したような、そんな不自然なほど清潔な笑みだった。

 

「ま、そりゃそうか」

 

 トールは一旦納得した振りをする。

 トールはまだこの村のことをまだほんの少ししか知らない。

 どう動くにしても、ここまで情報が無いと、行動の方向性すら決まらない。

 

「それにしてもあなたと私は運が良い」

 

「何の話だ」

 

「許可のない部外者は、本当は村のすぐ外で野垂れ死ぬはずだったのですよ。そうなっています」

 

「仕組みは……聞くまでもねえか」

 

 人払いの結界は人の無意識に、その土地に近付かないよう強く促すものだ。

 そして、それは元々迷いやすい樹海と相性が良過ぎる。

 樹海で迷うことで目的地が曖昧になり、人払いで確実に目的地にたどり着かないようにする。

 既にこの村に滞在したことがある人が牽引しない限り、絶対に辿り着けないだらう。

 その上、

 

「お前ら、森に幻影をかけた上に彷徨う火霊(ジャックオーランタン)見えざる幽鬼(ウストック)をばら撒くのは意地が悪過ぎるだろ」

 

 樹などただでさえ見分けがつきづらいのに、同じ見た目の樹を幻影で作り出していた。

 諦めて帰ろうと思っても、帰ることすらままならないだろう。

 そして、迷った人間を追い打ちかけるようなゴーストの集団。

 この村の周りに貼られてる結界は侵入させないための結界ではなく、侵入しようと試みた者を嬲り殺しにするための結界だ。

 実際トールが森で行き倒れていたのは飢えだけではなく、湧き続けるゴースト達の『処理』に体力を削られていたというのもあった。

 

「ここへの許可無く侵入しようとする人は敵とみなして良いでしょう。そのために森の外側の結界です」

 

「あー、あれな」

 

 森の外側にも、かなり弱い人払い結界があり、最初はレベルが低くて落胆したのだが、森に入ったらすぐにその考えは改めた。

 あの結界は魔術と関わりのない一般人に対してと、『ここから先は我々の土地だ』という警告の意味が強いのだろう。

 

「それと、あのゴースト達は私達が使役してるものではありませんよ。理由はわかりませんが、なぜかゴーストの類がよく湧くんですよ」

 

「ふぅん」

 

「ですが、あなたが死ぬ前にフラヴィが拾ってくれて本当に良かった。あなたに死なれたら、『魔神』が来てしまう事態になっていたかもしれませんからね」

 

「……なるほど、それで俺を生かしたままにしたわけか」

 

 村を囲う結界の悪辣さに割には、トールを殺そうとしないわけがわかった。

 クリスチャンはトールではなく、あの(・・)トールが死亡したら襲来するであろう魔神を恐れたのだ。

 あの魔神が情で動くわけないが、トールを撃破した勢力に興味を覚える可能性は低くない。

 この村は秘匿主義だから……とか関係なく、魔神に興味をもたれるなど、どこの誰だろうと望まない展開だろう。

 

「あなたの性分は噂で聞いています。少し変わった道場破りでしょう?ですが、あなたの張り合いになるほどのものがここにあるとはとても思えない。うちはこれから成果を出す魔術結社であって、今はまだないのですから」

 

「俺の相手にやるかどうかは俺自身が判断することだ」

 

「ええ。だから、あなたは特別に三日間の滞在を許可します。その間に好きなだけ(ヴィレッジ)を回って、『戦いに足る相手はいなかった』という結果を持って帰ってください」

 

 

 6

 

「さて、これからどうしたもんか」

 

 トールは一人で村を歩きながら考える。

 あのあと、トールはこの村に滞在している団員お揃いの祭服を着た『金色の薔薇』のメンバーを全員紹介してもらったが、その中にめぼしい奴はいなかった。その際、メイザースやシュプレンゲルなどのメジャーネームが出てきたのはつい吹き出しそうになったものだが。(有名な魔術師の名前を拝借するのは、リーダーだけではなかったらしい)

 そのリーダーのクリスチャンは結社のメンバー全員を紹介したと言ったが、それは怪しいとトールは考えている。

 だが、紹介されたのは間違いなく、この村の住人とは違う歴とした魔術師だった。

 本当に全員かどうかは怪しいが、結社のメンバーを部外者であるトールにある程度明かした。

 この村の成り立ちや結界のこともそうだが、なぜ内情をペラペラと喋る?

 しかも、トールにこんなフラフラと歩かせる自由まで与えて。

 それは探られても痛くない腹しかないのか、もしくは痛い腹は絶対に見つけれないという自信の表れか。

 

「あ、トールいた!」

 

「ん?」

 

 考え事をしていたら、知っている少女の声が聞こえてきた。

 

「団長とのお話、終わった?」

 

「ああ。そんでもって三日間滞在することになった。フラヴィのとこに世話になっても良いか?」

 

「うん、良いよ。結構短いんだね」

 

「そうか?俺はそうは思わねえけど」

 

 むしろ一日だけでなく、三日間も泊まってしまうことに多少罪悪感を覚えるほどだったのだが。

 

「だって、折角友達になったのに、三日間しかここに居られないなんて、寂しいじゃない」

 

「……」

 

「どうしたの、いきなりボンヤリとして」

 

「いや、なんでもねえ。そんなことよりお前の仕事は終わったのか?」

 

「うん、終わったからミシュリーヌ達と遊ぶとこ。トールも一緒にどう?」

 

「俺はいい……いや、やっぱり行くか」

 

 最初は一人で村を回り『金色の薔薇』を調べようと思ったが、子供からの何気ない言葉からなにかヒントをもらえるかもしれない。

 

「良かった。じゃあ、早く行こ?」

 

 そう言うと、フラヴィは意外と速い足で駆け出していった。

 

「ちょっと待てよ」

 

 トールは慌てながら銀髪を勢いよく揺らす少女を追いかけた。

 

 その日は日が沈むまで子供達と遊んだ。

 

 

「……」

 

 フラヴィの家の客室。

 トールは貸し与えられた布団に潜りながら、今日一日のことを思い返す。

 子供達と遊びながら、それとなく『金色の薔薇』について探ってみたが、クリスチャンから施された(・・・・)情報以上のものは得られなかった。

 子供より口が固い大人に聞いても無駄だろう。

 実際、フラヴィの父親であるジェルマンの口からは「ああ」「わかった」以外の言葉をまともに聞けていない。

 ただこれは警戒されてるというわけではなく、元々彼は無愛想な人なのだと娘のフラヴィは言っていた。

 ……この村と『金色の薔薇』の、他の土地にはない特別なところはやはり魔術の在り方だろう。

 魔術が普通の日常として使われる光景など、異様でしかない。

 だが、異様だからといって、それがトールの敵になるかと聞かれたらその答えはノーだ。

 この村に住む誰かがいつかトールの『踏み台』に足り得る魔術師に育つかもしれないが、現状では『ステップ』になれる魔術師はいなかった。

 ……この村に来たのは無駄足だったかもしれない。そう考えながら、トールの意識は微睡みの中に落ちていった。

 

 

 7

 

「私、朝食のあと、学校に行くんだけど、トールも来る?」

 

 トールがこの村に滞在して二日目の朝。

 フラヴィ達と一緒に朝食を取っている最中、フラヴィはトールを学校に誘った。

 

「……ああ、紹介してくれたあれか」

 

 昨日フラヴィがしてくれた村の案内中に見た一際大きい石造りの建物を、トールはフラヴィが作った鶏肉とキャベツのスープを口に含みながら思い出す。

 

「俺は行かない、というか行けるもんじゃねえだろ」

 

 まだ小さいのにフラヴィの料理は美味く、トールは返事もそこそこにスプーンを口に運ぶ。

 

「そうなの?みんな行ってるけど」

 

 フラヴィはパンを口に咥えながら首を傾げる。

 

「年齢がアウトだし、そもそも俺は部外者だ」

 

「うーん、よくわからないけど、トールは学校行けないんだ。残念」

 

 フラヴィは肩を落とす。

 それと同時に、トールとフラヴィは朝食を食べ終えた。

 すると、

 

「トール、はい、これ」

 

 フラヴィから赤く小さい錠剤のようなものを渡された。

 

「……なんだこれ」

 

 フラヴィの行動の意味がわからず、トールは戸惑う。

 

「あ、外の人は飲まないんだ。これ、毎朝飲む『花蜜』の一種だよ」

 

 フラヴィの台詞から考えるに、村に住む人は毎日この赤い錠剤を飲むのが習慣らしい。

 

「……その『花蜜』ってただの花の蜜ってわけじゃねえよな」

 

「さぁ、蜜からできてるんじゃない?本当のとこはどうだかはよくわかんないけど、みんなそう呼んでるよ。これを飲むと少しピリッとするけど、元気になるんだー」

 

 フラヴィは自分の分の『花蜜』を口に放るように入れ、水で流し込む。

 

「ん」

 

 フラヴィはわずかに体を震わせる。

 

「やっぱり痺れるなぁ、これ」

 

「それ、身体に良いのか?」

 

「一回、どうなるか気になってわざと飲まないで一日過ごしたことあるけど、その日は色んなことが全然上手くいかなかった。飲まない方が身体に悪いよ」

 

「ふぅん」

 

「トールも飲んだら?液体タイプのもあるけど、そっちの方がいい?」

 

「んにゃ、これをそのまま頂くよ」

 

 トールは水を使わず、先程渡された赤い錠剤を口に含み、嚥下する。

 

「おー、確かにピリッとするな」

 

「でしょー。それで飲む前と比べて、元気が湧いてくる気がしない?」

 

「ああ、確かに体の調子が良くなった気がするな」

 

 トールは首に手を当てながら、首の関節を鳴らす。

 

「じゃあ、私は学校行く準備をするね」

 

「ああ、そうしろ」

 

 フラヴィは洗面所に駆け込んでいくのを、トールは見届ける。

 そして、長い銀髪が見えなくなったのと同時にトールは口から赤い錠剤を吐き出した。

 

「……なんだろうな、これ」

 

 フラヴィに対してした質問を、今度は一人きりで呟く。

 確かフラヴィはこの『花蜜』とやらは、村の住人全員が服用していると言っていた。

 この薬にどんな作用があるのか。

 フラヴィは「飲んだら一日元気になる」とかいう、胡散臭い通販の売り文句みたいなことを言っていたが……

 少なくともドラッグの類ではないだろう、毎日摂取している薬物依存者だったら一目でわかる。

 ……医者でも警察官でもないくせに、依存者かどうか一目でわかると断言できるトールの人生の歩き方も怪しさ満点である。

 

「おい、アンタ」

 

 トールは後ろから低い声をかけられ、肩がわずかに震える。

 

「なんだよ?」

 

 トールは錠剤を持っていた手をポケットに入れながら、振り返る。

 そこには、

 

「あんたをウチで泊めるのにタダってわけにはいかなくてな。今日は少し仕事をしてもらうぞ」

 

「……今日はよく喋るんだな、ミスター・ジェルマン」

 

 あの明るいフラヴィとは似ても似つかない、無愛想なフラヴィの父。

 

「俺も必要があれば喋る。これは団長から直接頼まれたことだからな」

 

「団長ってのは、クリスチャンのことだよな?」

 

「……ああ、そうだ」

 

 一瞬ジェルマンが不機嫌に見れたのは、トールの気のせいではないだろう。

 

「場所の案内をするから付いてきてくれ」

 

「仕事するのは構わねえが、内容はなんだ」

 

「なに。アンタの評判が正しいなら、簡単な仕事だよ」

 

 ジェルマンは説明をしながら、背中をトールに向け歩き始める。

 まるでトールが付いてくることが決定事項のように。

 

「ただの『幽霊狩り』だ」

 

 

 8

 

「上手くできてるもんだ」

 

 と、トールは周りを見渡しながら呟いた。

 今トールが居るのは村の門のすぐ外側。

 そこは村の結界の外側でもあった。

 そして、門のところだけ幽霊達に対する結界が弱くできているため、人を喰いたがる幽霊達は、自然と門の近くの外側に集まることとなる。

 

「人間相手だと、こんなあからさまな誘導に従わねえこともあるだろうが、考える頭がないゴースト共には効果絶大ってわけか」

 

 だから、トールは今無数のゴーストに囲まれていた。

彷徨う火霊(ジャックオーランタン)見えざる幽鬼(ウストック)身籠る女霊(シンナテラオ)——その他諸々『あらざる者』のオンパレードだ。

 

「えーと」

 

 トールは指をゴースト達に向け数を数えようとしたが、あまりにも数が多すぎて諦める。

 トールは肩を回して関節を鳴らしながら

 

「ま、面倒くせえが——」

 

 両手を広げる。

 まるで幽霊達を歓迎するかのように。

 

「——ちょっとした運動にはなるだろ」

 

 バヂィ!!と、空気を弾く音が鳴る。

 それは、トールの両手の十本の指先から溶断ブレードに似た青白い閃光が噴出する音だった。

 

「はぁ」

 

 分厚い鋼板をも切り裂く灼熱の雷光を携えながらも、雷神はつまらなそうにため息を吐く。

 この雷神は明らかにこれから行う幽霊狩りにやる気がない。

 だが、それでも。

 この線の細い少年が、

 

「本当、軽い運動ぐらいにはなってくれよ」

 

 自身の暴力を戦争と呼ばれる域まで到達させた戦闘狂であることには変わりがない。

 

 

 幽霊と言っても、実質はただの肉体を持たないエネルギーの塊だ。

 物理攻撃は意味が無いが、同じエネルギーである魔力を込めた攻撃は通る。

 だから、

 

「あらよっと」

 

 トールは五メートルほどまで伸びた溶断ブレードを、縦に、横に、斜めに、振るう。

 その度にあらゆる種類のゴーストが消えていく。

 

「Urrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!」

 

 幽霊達の声ならざる声が森に響く。

 だが、雷神はそんなものに拘泥などしない。

 

「よっと」

 

 溶断ブレードを指の先で爆発させることで、トールは空中に踊り出る。

 地面の中から出てきた 見えざる幽鬼(ウストック)が、そのまま空中にいるトールに襲い掛かろうとするが、トールは左手の溶断ブレードを叩きつけ、迎撃する。

 そして、顔を地面に向けたまま、右手を自身の更に上空に向かって振るう。

 

「「Awwwaawaaa!!!!」」

 

 下からも上からも幽霊の断末魔が聞こえてくる。

 

「あー、終わりが全然見えねえ」

 

 もう四十体は倒したはずだが、まだうようよいる。

 トールは上に掲げていた右手の角度を少し変えて、再び爆発させ今度は勢いよく地面に降り立つ。

 前後に上下左右。縦横無尽に駆け抜けながら、トールは踊るように両腕を振り回す。

 直後、四方八方から甲高い叫び声が鳴り響き、あまりにものうるささにトールは顔をしかめる。

 

「退屈な作業だ」

 

 この『幽霊狩り』、普段は『金色の薔薇』の魔術師が定期的にやっていることらしい。

 クリスチャンが滞在許可を出したのは、トールにこの雑用を押し付けるためだったのではないかと思ってしまいそうなぐらい退屈だった。

 そもそもこの仕事はロシア成教の『殲滅白書(Annihilatus)』の管轄のはずだが、『金色の薔薇』はこの村をトールが関心してしまうほど徹底的に秘匿している。故に『殲滅白書(Annihilatus)』はここに辿り着くことはできないだろうし、『金色の薔薇』がロシア成教に通報することなど、もっとあり得ないだろう。

 それはそうとして、

 

「いくらなんでも数が多過ぎだろ」

 

 トールはのんびりと考え事をしながらも、文字通り手は止めない。

『あらざる者』達は次々とトールの手によって葬られ、そして次々とトールの前に現れる。

 トールは知らない。

 魔術はこの現実世界と異なる様々な神話の世界、いわゆる『位相』に干渉しており、その結果異なる位相同士が接触し生じた『火花』が、様々な『運気』となって現実世界に降りかかっていることを、強さを求める狂気はあっても、知識を求める狂気はなかった雷神が知る由もない。

 火花とは世界に薄く広がるもの。

 とはいえ、ここまで(・・・・)極端に魔術が集中的に使われている場所だと、その影響は濃く現れる。

 それによって、この地では幽霊が多く発生しているのだが、トールはその理論を知らない。

 だが、

 

「……」

 

 トールはそんな小難しい理屈ではなく、もっと簡単な疑問が頭にこびりついて離れない。

 クリスチャンに問えば、耳心地良いことをペラペラと答えてくれるだろう。

 しかし、どんな答えを用意されようが、この疑問に納得が行くとはトールにはとても思えなかった。

 

 

[newpage]

 9

 

「あ、トール!」

 

「お、どうした。学校、もう終わったのか」

 

 日が空の真ん中を過ぎたころ、村の中を歩くフラヴィとばったり出会った。

 

「うん。トールは何してた?」

 

「俺は幽霊狩りをしてたよ」

 

「へー。それ、『教団』の人の中でも強い人がやってる仕事だよ。トール、なんでそんなことしてたの?趣味?」

 

「趣味じゃねえよ、俺の趣味はもっと別。幽霊狩りをしてたのは、フラヴィの親父に頼まれたからだよ」

 

「お父さんがトールに?なんで?」

 

「依頼の大元は『教団』だってさ」

 

「なんだ、そういうこと」

 

 フラヴィは納得したようにしながらも、どこか嫌そうな顔を浮かべる。

 

「フラヴィ、機嫌悪いように見えるけど、どうした」

 

 良くも悪くもトールは直情的だ。

 策略無しの会話で余分な取り繕いなどしない。

 

「だって、お父さん、いつも威張ってるくせに、『教団』の人達にはペコペコしてるんだもん。かっこ悪い」

 

「あれ、フラヴィは『教団』嫌いなのか?」

 

「そんなあり得ないことを堂々と言わないで。ただ人によって態度が変わるんだなと思うだけ」

 

「ははっ」

 

 トールはそこで声出して笑うから、フラヴィは眉を顰める。

 

「なんで笑うの」

 

「いや、フラヴィは大人っぽいなと思ってたけど、やっぱ(わけ)えんだなと思ってよ」

 

「……トール、私のことバカにしてるでしょ」

 

「ああ悪い、そんなつもりはなかったんだ。すまねえ」

 

 トールは謝罪こそしたものの、それでも目は笑ったまんまだ。

 

「……そういうことにしといてあげる。で、トールはなんで笑ったの?」

 

「人によって態度を変えない人間なんかいねえからだよ」

 

「学校の先生はみんなと分け隔てなく接しましょうって言ってるよ」

 

「でもその先生も偉いヤツ……この村では『教団』の人達か。そいつらとフラヴィ達に対する態度は違うだろ?」

 

「……うん、そうだね」

 

「だろ?世の中そういうものなんだよ」

 

「トールもそうなの?」

 

「俺?俺はそうだな……」

 

 トールは顎に手を当てて、思い返してみる。

「人によって態度を変えない人間なんていない」と言ったトールだが、『自分の周りは敵ばかりで、素晴らしい敵もつまらない敵も、敵はとにかく倒す』というスタンスの彼自身が誰かに媚び(へつら)うことなど——

 ……いや。

 一人だけいた。

 他の『敵』とは違って、挑むことすらしなかった、隻眼の魔女が。

 

「ああ、俺にも一人いるな、そういう奴」

 

「なんか意外」

 

「だって、そいつめちゃくちゃ怖くてよ」

 

 あれほど恐ろしい人、いや神は見たことない。

 

「そいつ、俺が所属しているトコのボスなんだけどよ、それがあり得ないぐらい(つえ)ーの。俺も世間的には強い方のはずなんだが、あいつにかかれば瞬殺だ。しかも、そいつ、ちょっと機嫌損ねたぐらいで殺しに来るんじゃねえかってくらい短気なんだから、ぶるっちまわない方が変だ」

 

「……」

 

 フラヴィは黙って怯えたような目つきになる。

 いきなり殺す云々の話をしたのは流石にまずかったか。

 

(わり)ぃ、今の話、怖かったか?」

 

「……話自体も少し怖かったけど、そうじゃない」

 

「そうじゃないってどういうことだ?」

 

「……トール、そのボスのことが怖いんだよね?」

 

「ああ、今もあいつのことを考えるだけで震えるし、いつか本当にあいつに殺されるかもな」

 

「じゃあ——」

 

 フラヴィの怯えた目のままだ。

 そしてそれは

 

「|なんでトールは今そんな楽しそうに笑っているの《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》?」

 

 トールに対して向けられていた。

 

「……ありゃ」

 

 トールは自分の顔に手を当てる。

 獲物を定めた肉食獣のように笑っている顔に、手を当てる。

 

「トールは、死ぬのが怖くないの?」

 

「怖いさ。すげえ怖い。死ぬのなんか、絶対に勘弁だ」

 

 さっきフラヴィに語った言葉は嘘じゃない。

 トールは魔神オティヌスを恐れている。

 だけど、それ以上に、

 

「俺は楽しみなんだ」

 

「……殺されることが?」

 

「死ぬのは嫌だって言っただろ。そうじゃねえ。ただ、いつか、今の俺じゃ勝負にすらないあいつと本気でケンカする時のことを考えると、今からもう楽しみでしょうがない」

 

 今のトールではオティヌスと戦っても瞬殺されるだけだろう。

 しかし、トールが今よりも更に『経験値』を稼いで、もっと強くなったら。

 あの絶望の壁でしかない魔神も、『成長』のための『次のステップ』だ。

 北欧神話においてトールはオティヌス(オーディン)に次ぐナンバー2だが、そこまで永久に踏襲するつもりはない。

 

「俺は強くなりたいんだ」

 

「どうして?」

 

「さぁな。自分でもよくわからねえ。だけど、俺はもっと上に行きたいし、行けるんだ」

 

 トールは目を輝かせながら、心底楽しそうに語る。

 

「近付くことすらできないほど遠いものなら諦めただろうな。でも、俺は違った。一つ一つを積み重ねて、ついに雲の上にまで登れた。だけど、そしたら雲のもっと上の夜空で星がキラキラと輝いていやがった。それも遠いけど、かつて辿り着いた雲の上と同じさ。一つ一つ積み上げれば、いつかは星に手が届く。なら、夜空に手を伸ばすしかねえだろ?」

 

「……でも、その一つ一つ積み上げるのが大変なんじゃ」

 

「ああ、そうだな。でも、俺はそれでも『力』が欲しかったんだ。そして、今はあともうちょっとで、夜空の星に手が届く」

 

『そのちょっとが中々難しいんだけどな』とトールは小さく呟く。

 

「ふーん……」

 

 フラヴィは本当に納得しているのかわからない、曖昧な表情を浮かべている。

 

「その星に(たと)えたのって、トールの怖いボス?」

 

「別にあいつを特別指してたつもりじゃないが、ま、そうだな」

 

「トールはそのボスといつかは戦うんだよね?」

 

「多分だけど、そうだな」

 

「……そう」

 

 フラヴィはトールの方をジッと見つめている。

 戦闘狂をジッと見つめている。

 

「トールが何をしたいのか、私にはよくわからなかった。わからなかったけど——」

 

 だけど、その視線はもう怯えている視線じゃなくて、

 

「——トール、死なないよね?」

 

 死に急いでるようにしか見えない少年を、心配している視線だった。

 

「——」

 

「死んじゃ、嫌だよ?」

 

「——ああ。死なないさ、絶対」

 

「本当?」

 

「本当。さっきの話は少し盛っててさ。俺のボス、そんなには怖くないんだ。何考えてっかわかんねえけど、なんだかんだ弱い者いじめして人を死なせた話は聞かないし。だから多分、芯から悪い奴じゃないと思う」

 

 今までオティヌスは敵対する魔術師はともかく、無関係な人を死なせたことはない。

 そんな奴だから、トールはオティヌスの配下で居続けることができる。

 それは決して情ではないが、確かな信頼だった。

 

「だから、大丈夫。心配させちまうような言い方して悪かったな」

 

「……大丈夫なら良いの」

 

 銀髪の少女は小さく笑う。

 トールの言葉を信頼して、安心したように笑う銀髪の少女。

 その姿はトールが久しく感じていなかった温もりと痛みを少年に与える。

 暴力で物事を一方的に解決するような悪人には、痛いぐらいに眩しい。

 

「あ、そうだ。トールに報告したいことがあったの」

 

 フラヴィは両手を合わせるようにして叩く。

 その手を叩く音でトールは無意味な感傷から現実に引き戻された。

 

「私、今日、学校で『教団』に入れるって言われたんだー」

 

「……本当か?」

 

「本当だよ。私の歳で『教団』に入れた人は居ないって。すごいでしょ」

 

「それはすごいが、学校で『教団』に入れるかどうかなんて言われるのか?」

 

「うん。学校は『教団』がメインで運営しているから、『教団』からの連絡が学校で言われることも多いんだよ」

 

「ふーん……。なんでフラヴィはそんなに早く『教団』に入れるんだ?」

 

「前トールにも言ったけど、私、回復が得意で優秀だからだって」

 

「ああ、フラヴィの回復は確かに優秀だったな」

 

 実際にフラヴィが回復魔法を使ったところをトールは見ていない。だが、『栄養が足りない』という、なにかしらのダメージがあるわけではなく、必要なものが足りてないという状態を回復させるのは難しい。

 それをやってのけたフラヴィの回復魔術は大したものなのだろう。

 

「だから、『教団』に入れたって先生も言ってた」

 

「……そっか。良かったな」

 

「本当、良かった。これで私、外に行けるんだよ」

 

「いつ頃から行けるようになるんだ?」

 

「明後日にはもう行けるって」

 

「……へえ。結構急なんだな」

 

「私もそう思った。トールが(ヴィレッジ)を出る次の日だね」

 

 フラヴィは思い切り肩を落とす。

 

「どうせならトールと同じ日が良かった」

 

「それは仕方ねえよ。『教団』も新入りを俺みたいな不審者と一緒に居させたくないだろうしな」

 

「……そういえば、トールって最初ここに来たとき、ものすごい怪しかったよね」

 

 フラヴィはまるで懐かしいことのように語る。

 

「そんなしみじみ言うことじゃねえだろ。昨日のことだぞ」

 

「それもそうだね。でも、トールだけじゃなくて、この(ヴィレッジ)ともお別れなのかなと思うとなんだか寂しい気分になっちゃって」

 

「……いつか、戻ってこれんだろ」

 

「そうなんだけどさ。『教団』の人達も戻りたくなったらいつでも戻っていいって言ってたし」

 

「そいつは、自由があって良かったな」

 

「うん。……それで、今日はお別れも兼ねてミシュリーヌ達と遊ぶんだけど、トールも来てくれる?」

 

「……悪いな、今日は忙しい。あと、明日も」

 

「……トールは明日にはもうここから出るのに?」

 

「だからこそ、忙しいんだよ。ごめんな」

 

「……しょうがないよね、うん」

 

 フラヴィはトールから後ろ足で数歩距離を取る。

 

「トール、明日のいつここを出るの?」

 

「日が沈む頃かな」

 

「そっか。じゃあ、また、夕飯の時にね」

 

 フラヴィはくるりと周り、そのまま友達の元に走り去って——

 

「あ、トール!忙しくても、夕飯を食べに帰ってきなよ!もうお腹減って倒れてても知らないからね!」

 

 フラヴィは走りながらトールの方向に振り返り、手を大きく振る。

 

「ああ、ちゃんとわかってるよ!」

 

 トールもフラヴィに釣られて大きな声を出す。

 フラヴィはトールの返事を聞いて笑みを大きくすると正面を向き直し、もう後ろには振り返らず走っていった。

 トールはその小さな背中が見えなくなるまで、ジッと見つめていた。

 

 

「さて」

 

 フラヴィが見えなくなると、トールはフラヴィが走っていった方向と逆の方向にゆっくりと歩みを進める。

 ——そいういえば、夢の話を他人に語ったのはいつ以来だっただろう。

 

「……」

 

 トールは首を横に振り、思考を切り替える。

 トールに残された時間はあと僅かだ。

 それを最大限利用しなければいけない。

 そして、その時間の使い道は既に決めていた。

 

 

 10

 

 ダイアン=シュプレンゲル。

 クリスチャンに紹介された、『金色の薔薇』に所属する魔術師の一人だ。

 ふざけた名前だとトールは思う。

 だが、そんなことは重要でない。

 大事なのはその魔術師の性別が女性(・・)ということだ。

 そして、『金色の薔薇』は二人以上で行動するのがほとんどだったが、ダイアン=シュプレンゲルは一人で行動することが多かった。

 だから。

 

「ま、運が悪かったと思ってくれ」

 

 夜の帳が降り、月と星々が煌々と輝く時間。

 トールはフラヴィの家のベッドから抜け出し、ダイアン=シュプレンゲルの家の書斎にいた。

 誰からの許可も得ていない、堂々とした侵入だったが、それを騒ぐ者はいない。

 目の前には気絶したダイアン=シュプレンゲル。

 トールが後ろから彼女の側頭部思い切り蹴飛ばした結果だ。

 

「ちょっと、探させてもらいすよっと」

 

 トールは本棚と机の上に置いてある書類、どっちから手をつけようと悩んだが、悩む時間が勿体ないと判断しすぐに目の前の机から漁ることにした。

 トールはぐしゃぐしゃになっている机の上の紙の束を一つ一つ手に取り、軽く流す。

 ……ほとんどが中途半端な『魔道書』のレポート型の『写本』だった。

 内容は、十字教やカバラにおける魂の身分階級表『生命の樹』、水晶を通して情報を読み取る『スクライーング』、ギリシア神話で神々が口にする生命の水『神の飲み物』など、多種多様に渡り——

 

「……『神の飲み物』?」

 

 トールは一つの『写本』を手にして、動きが止まる。

 

「……」

 

 トールはその『写本』に目を通す。

『写本』は情報の正確さに欠けるが、『知識の毒』が無い分、概要の理解には最適だ。

 そして、その『写本』の内容を理解し、トールは、

 

「……っ」

 

 その『写本』を乱暴に床に投げ捨てると、ダイアン=シュプレンゲルの机の上のかき回すかのように捜索を再開した。

 だが、今見つけたいものは一つだけだ。

 一瞬で紙を見ては床に捨てる行為を何度も繰り返す。

 トールは家をひっくり返す勢いで探すつもりだったが、机の上で探し物は見つかった。

 それはクリアファイルに挟まっていた。

 トールの手にあるのはこの村の地図。

 トールは地図を握りしめ、書斎から飛び出す。

 その時にはトールの姿は変わっていた。

 床に倒れているダイアン=シュプレンゲルと全く同じ姿。

 北欧神話で雷神が美貌の女神に化ける話を基にした、女限定の変装術式である。

 

 

「ここだな」

 

 村の外れにある、村と『金色の薔薇』の共用倉庫。

 民家ほどある倉庫の扉には鍵がかかっていた。

 その鍵をトールは力づくで引き千切る。

『メギンギョルズ』。

 フェンリルの顎を上下に引き裂く神より強大と言われた怪力の軍神(トール)の力帯の名を冠した霊装である。

 その霊装(おび)を締めた彼にとって、金属でできた鍵を引き千切りドアを開けることなど簡単なことだった。

 そして、床にある隠し扉を壊すことも。

 地下に続く階段が現れる。

 トールが地図を探していたのはこのためだ。

『金色の薔薇』は村の住人に隠している秘密スペースがあると予想したのだ。

 その理由は……

 

「……」

 

 トールは目の前に現れた階段に躊躇うことなく、足を踏み入れた。

 気持ち悪いほどの悪い予感を胸に抱えて。

 彼は地下に向かう階段を駆け下りる。

 転がるように駆け下りる。

 階段の終わりはすぐに訪れた。

 目の前には木製の扉。

 トールはその扉のドアノブを回す。

 その木製のドアには鍵はかかってなく、簡単に開いた。

 トールは地下の暗い部屋に踏み入れる。

 そこにあるのは部屋と呼ぶのは躊躇うほどの広大な空間。

 その空間には、直径二メートル、全長五メートルの巨大なガラスでできた円筒が所狭しと並んでいた。

 その中身は。

 

 人間だった。

 培養液に浸されている人間が、トールの目の前に何十人も並んでいた。

 

 そこにいる人間に歳も性別も関係ない。

 男の子供から女の老人までいる。

 だが、見た目の歳や性別など当てにならないだろう。

 培養液に浮いている人間は全員、目と耳、更に口まで白いテープで塞がれている。

 髪は全員剃られていた。

 これでは見た目での個人の判別は難しい。

 そして、例外なく、ビーカーに浮いてる人々の全身から用途不明のチューブが複数本伸びていた。

 どう見ても人間に対する扱いではない。

 

「……おい」

 

 トールは目の前のビーカーに声をかける。

 だが、目の前の人間は反応何も示さない。

 予想はしていたことだったが、声は届いていないようだった。

 

「おい!」

 

 次はビーカーを手で強く叩いた。

 それでも中の人は何も反応しなかった。

 

「……」

 

 トールはビーカーから数歩離れ、ある物を探す。

 ……見つけた。

 トールは近くにあった丸いテーブルの上に置いてあった記録用紙を手に取る。

 ここでの様子を記録するものがある可能性は高いとトールは考えていたが、記録を取ったままこの場に置いているようだ。

 トールは記録用紙を見る。

 そこに書いてあったのは——

 

 

 11

 

 少し古い話だ。

 四十年前、一つの小さな村があった。

 名前はブノワ村。

 樹海の中にポツンとあり、村より外との交流がほとんどない……だが必要あればたまに交易をする、そんな村だった。

 そこにいきなりある集団が現れた。

 その集団は魔術結社『金色の薔薇』。

『金色の薔薇』は魔術の力で、瞬く間にその村を占領した。

 村の外との交流は禁止され、村は更に閉鎖的になった。

 そのときからブノワ村は(ヴィレッジ)としか呼ばれなくなった。

 だが、彼らは同時に村に恩恵をもたらした。

 自分達の魔術の知識を与え始めたのである。

 村の生活は一変した。

 重たい物を運びたいときは風の魔術を使えばいいし、水が必要なときは自分から出せばいい。

 細かい生活の一つ一つに魔術は役に立った。

 だから、村にとって最初は『金色の薔薇』は侵略者というより、革命者という扱いに近かった。

 でも、それは最初の半年の間だけだった。

 地下の『搾取場』が完成したのである。

 そこに最初は村人五名が連れ込まれた。

 彼らに革命者である『教団』に入れる名誉を与えると言って。

 その五名は魔術の上達具合で選ばれた。

 そのうちの一人は魔術の上達がとても早く、そのうちの一人は魔術の上達が全く見られなかった。

 魔術の上達具合がバラバラの人を集めたのだ。

 

 そして、最初の『搾取』は行われた。

 

 魔術師は生命力を魔力に精製し、その魔力を用いて魔術を行う。

 ゆえに、魔術の規模は生命力に大きく依存する。

 だが、生命力は個人差があるもので、変えることはできない。

 そこで『金色の薔薇』は考えた。

 

「魔力が足りなければ、他から注ぎ足せばいいのでは?」、と。

 

 それが『搾取』だ。

 個人が持っている魔力に変換できるエネルギーを他者にも摂取できるように抽出する。

 そして、魔力に変換できるエネルギーは生命力だけではない。

 魔術師が魔術を発動する上で生命力を魔力に精製するのが基本だが、誰もがやらない例外として、寿命を魔力に精製するという方法がある(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 『金色の薔薇』は当然のように、生命力だけでなく寿命も村人五名から『搾取』した。

 そして、その場には五人に亡骸と、生命力と寿命のエネルギーそのものの液体——『花蜜(ネクター)』の語源となった『神の飲み物(ネクター)』だ——があった。

 これを飲んだ魔術師は、一時的に魔術の腕と質が上がった。

 ただ、『神の飲み物(ネクター)』は『搾取』対象によって、出来に大きく差が生まれた。

 素材となった村人の魔術の腕に比例したのである。

 だが、これは予想できたことだった。

 魔術によって魂が精錬されている方が、その魂による生命力の質が良いのは明らかだ。

 それが『金色の薔薇』の長い長い実験の始まりだった。

 どの程度まで育ててから『搾取』するのが一番効率が良いのか。どの歳まで育ててから『搾取』するのが一番効率が良いのか。一度にどれだけまで『搾取』するのが良いか。どの程度まで一度に『神の飲み物(ネクター)』を摂取しても問題がないのか。『神の飲み物(ネクター)』はどれぐらい保存が効くか。生命が二つ重なる妊婦から『搾取』した場合は通常よりも効率が良いのか。

 そんな実験を三十年続けた。

 素材はいくらでもいたし、少なくなったら、『教団』が管理する修練場にでも連れてきて、増やさせればいい(・・・・・・・・)

 そして、十年前。

 最も効率が良い方法が見つかった。

 住民達にも『神の飲み物(ネクター)』を飲ませる、または固形状にしたものを摂取させるのだ。

 その状態で魔術を使った方が、魂の進化が速いことがわかったのだ。

 魔術の腕がある程度まで育ったら、質が良い『神の飲み物(ネクター)』を『搾取』する。

 住民達にどの程度『神の飲み物(ネクター)』を与え、どの程度まで育てれば良いか、その黄金比も見つかった。

 実験は終わった。

 

 だから、あとはひたすら効率良く『搾取』するだけだった。

 そんな日々が、今でもずっと続いている。

 

(ヴィレッジ)では、魔術という概念は無く、生まれた時から魔術を常に使い続ける生活の中、栄誉ある『教団』に入団できた者は、外の世界に行ったきりになり帰ってこない。

 帰ってこない理由は明らかだった。

 

 この村は決して テレマの僧院の発展(きょういくきかん)では無く。

 人間を育てその命を食らうための飼育場だった。

 

 

 12

 

「……」

 

 トールは記録用紙をテーブルの上に置く。

 トールに知識を求める狂気はない。

 だが、それでも強さを手に入れるため、魔術の知識は並の魔術師以上に持っていた。

 少なくとも、ここにある記録と目の前の光景で、この村に何が起きたのかをわかる程度には。

 それと同時に、昼間に感じた疑問の答えもわかった。

 幽霊が発生する理屈など、その手の専門家ではないトールは詳しく知らない。

 だが、幽霊が発生する最低条件として、()()()()()()()()()()()()()()いなければいけないのは当然のことだ。

 あんなに多くの、いや、トールが会えてない幽霊の存在も考えると、もっと多くの命が。

 ここでは毎日パンを食べるかのように消費されてきた。

 

「お、ダイアンじゃん。『搾取場』に来るなんて珍しいな」

 

 横から軽い男の声がかけられ、ダイアン=シュプレンゲルの姿を借りたトールはそちらに目を向ける。

 初めて見る男だった。

 クリスチャンは、この『搾取場』に居る魔術師はトールに紹介しない方がいいと考えたのだろう。

 

「……この人、いつからここにいるんだっけ」

 

 目の前のガラスの円筒に手を当て、目の前の軽そうな男に問いかける。

 そのガラスの中には皮膚がもうしわくちゃになった老婆がいた。

 

「人……?ああ、『作物』のことね」

 

 少し時間をかけてトールが放った言葉を理解した男は快活に笑う。

 

「えーと、確かその『作物』をここに連れてきたのは八年前だったかな。普通は一年も持たないのに、この『作物』、中々優秀で未だに枯れてないんだよなー」

 

 男は笑いながら、目の前のガラスの円筒叩く。

 

「それにしても面白いよな。このババア、確かまだ三十歳ぐらいだぜ?寿命を無理矢理引き取ると老化もめっちゃ早くなるんだよな。ま、この分だと次の『搾取』で完全に枯れるかもな」

 

「——」

 

「そういや、聞いたかよ。このババアの娘も優秀らしくてさ、まだ十年ものなのに、近々ここに運ばれてくるってよ。(めい)は確かフラ——」

 

 トールは左手を軽そうな男の方に向けて、追い払うように軽く払う。

 その直後、ボトボトと柔らかいものが床に落ちる音が何度か響いた。

 

「——」

 

 トールは肉が焦げたような臭いにも意を介さず、広大な地下空間をゆっくりと歩き回る。

 ガラスの円筒の中にいる人は、どれも見た目から個人の判別は難しい。

 年齢すらも、下手をすれば性別すらもわからない。

 だが、トールはガラスの円筒に入れられた人々を見て回る。

 一つ一つ。

 見分けなどつかない、それでも一人一人ゆっくりと、トールは自分の脳に刻みつけるかのように見て回る。

 全てを見て回るのにかかった時間は三十分ほどだった。

 元の場所に戻る。

 そのとき、ボールのようなものが足に当たった。

 トールは足元に目を向ける。

 そこには三十分前にはベラベラと喋っていた男の頭蓋。

 足にぶつかったものがどうでもいいものだとわかると、トールは視線をすぐに前に戻した。

 目の前には『搾取』され続けた人々。

 そして、地上にはこれから『搾取』される人々。

 その人達のことを考えて、トールは。

 

「……」

 

 トールは円筒に背を向け歩き出す。

 向かう先は地上に続く階段。

 歩いている最中、トールは自身を覆っていた変装術式が解き、腰まで金髪を伸ばした色白の少年が現れる。

 もう姿を隠す必要はない。

 見られようが見られなかろうが、関係ない。

 その場にトールの表情を見るものがいなかったのは幸いだっただろう。

 もし居たら、その場で気絶していたであろうから。

 

「——つまらねえ」

 

 トールは階段を登りながら独り言を低く呟く。

 

「——クソつまらねえ」

 

 トールは決して善人ではない。

 ケンカを面白いかどうかで判断する悪人だ。

 トールは面白いケンカを求めてここに来た。

 そして『金色の薔薇』は素晴らしい喧嘩相手ではなかった。

 だから、これからを行うのはケンカではなく。

 ただの一方的な、殲滅だ。

 

「『金色の薔薇』——」

 

 全能神(トール)

 その名を冠した魔術師は静かに、あくまで静かに。

 自身すら焼き尽くしそうな衝動を込めて、全能神トールはここに宣言する。

 

 

「一人残らず、全員殺してやる————」

 

 

 戦争を、始めよう。

 全能神による災いが、一つの魔術結社に向かって吹き荒れる。

 

 

[newpage]

 13

 

 今は深夜だ。

 敵は誰もがそれぞれの家に居る。

 そして、魔術師の家が村のどこにあるのか、二日間の間でトールは調べ上げていた。

 わざわざ顔を合わす必要はない。

 十の雷光の爪をもって、家ごと魔術師を切り刻んだ。

 それを四軒ほど繰り返したところで、トールの前に黒い祭服を着た男の魔術師が現れた。

 やっと村の異常に気付いたのだろう。

 男は手をトールに向け、何かしらの魔術を放つ。

 

 そこからが全能神の本領だった。

 

 黒い祭服を着た男の魔術はトールにはわからない。

 そして、わかる必要もない。

 その魔術は空を切り、トールが切り刻んだ家の残骸にぶっかった。

 

「え?」

 

 男は首をひねる。

 今目の前にいた金髪の少年はどこに——

 

「ここだよ」

 

 男の後ろから声が響く。

 男は振り返りながら火の魔術を放つが、やはり当たらず、後頭部に酷く鈍い痛みが発生した。

 今度は何も疑問に思うことすらできず、地面に倒れる。

 トールのハイキックが後頭部に当たった結果だった。

 

「……」

 

 全能神トールはつまらなそうに男を見下ろす。

 呆気ない結果だが、これがトールが持つ本来の術式だ。

 誰の攻撃もトールには届かず、トールの攻撃は確実に当たる。

『全能神』。

 その術式の効果は、『トールが必ず勝てる位置に世界を移動させる』である。

 

 

『全能神』の術式は強力だが、強力故にトールが一度に精製できる魔力を全部使わなければいけないのが欠点だ。

 要は『全能神』のときは、『 投擲の槌(ミョルニル)』のバックアップが無いと溶断ブレードも『帯』も使えないのである。

 だが、そんなものは勝敗には一切関係なかった。

 トールに攻撃は当たらない。

 トールを狙った攻撃は、どの攻撃も放たれた直後にトールではなく世界の方がトールを勝たせるように自動で動く。

 そして『勝つ』ということは、トールからの攻撃は確実に当たる位置に移動するということだ。

 ゆえに、トールが考えるのはどのような攻撃を与えるかということだけだった。

 だから折った。

 腕を折った、脚を折った、肋骨を折った、首を折った、背骨を折った、そして心を折った。

 トールは皆殺しを宣言していたが、それでも戦争代理人は最低限の冷静さを失っていなかった。

 一番重要な目的は『金色の薔薇』の壊滅であり、再起不能になるのなら生死は問わない。

 殺しに拘って、誰か一人でも取り逃してしまう事態の方が恐ろしい。

 かといって、わざわざ生かすつもりも毛頭なかったが。

 だから砕いた。

 顎を砕いた、鼻を砕いた、眼球を砕いた、肺を砕いた、頭蓋を砕いた、心臓を砕いた、そして命を砕いた。

 今にも死にそうな魔術師(クズ)ともう既に死んだ魔術師(ゴミ)が、厳冬に降る雪のように地面に積もっている。

 もう『金色の薔薇』のメンバーは一人を除いて、全員倒した。

 その一人も今トールの目の前にいる。

 短い金髪に赤いメッシュを入れた男。

『金色の薔薇』の長、クリスチャン=クロウリー。

 

「……」

 

 トールは長であるクリスチャンを見たところで声をかけなかった。

 最後のゴミをさっきまでと同じ流れ作業で処理するだけ。わざわざ話しかけて、作業を滞らせる理由にならない。

 だから、トールが止まったのは別の理由だった。

 

 

「トール、何をしているの?」

 

 

 心臓が止まると思った。

 トールは勢いよく後ろに振り返る。

 その視線の先にはもはや見慣れた銀髪の少女。

 フラヴィ。

 トールは振り返った直後に、自分が最大のミスをしでかしたことに気付いた。

 今トールは背をクリスチャン(てき)に見せている。

 しかし、トールは今『全能神』の術式を発動中だ。

 例え後ろから不意打ちされても、自動で回避されるだろう。

 だが、トールはすぐに視線をクリスチャンに戻した。

 ある種の嫌な予感を持って。

 そして、それは間違いではなかった。

 クリスチャンはあるものを手に持っていた。

 

 ベレッタM92。

 世界でも有名な自動拳銃の一つである。

 

 祭服には似合わない、無骨な人殺しの武器。

 その銃口がトールに、向けられていなかった(・・・・・)

 クリスチャンはトールの戦闘を隠れてずっと見ており、トールの術式が自動回避と自動追尾ということまで予測していた。

 だから。

 その銃口はトールよりも後ろにいる、銀髪の少女に向けられていた。

 

「!!」

 

 トールは声も出せない。

 そんな暇など、ない。

 この場面において『全能神』は使い物にならない。

『全能神』の術式はトール一人を安全地帯に隠すもので、誰かを助けるものではない。

 トール一人だけしか助からない。

 攻撃に転じてもダメだ。

 トールの必中の打撃がクリスチャンに当たっても、ほぼ同時にフラヴィは撃たれるだろう。

 だったら、

 

(『全能神』から『雷神』へ、一瞬で切り替える!!)

 

 トールは考えながら、体を動かしながら。

『全能神』の術式を解除し、溶断ブレードを指から噴出させようとする。

 拳銃までには溶断ブレードは届かない。

 なら、その溶断ブレードをもって銃弾を切り落とそうと考えたのだ。

 だが、遅い。

 トールの指先から溶断ブレードが噴出するよりも、クリスチャンが引き金を引く方が早い。

 

 

 14

 

 フラヴィはその夜眠れなかった。

『教団』に選ばれたのが嬉しくて、中々寝付けなかったのだ。

 だから、もしトールが起きていたら、少しだけお喋りをしたいと思い、トールに貸している部屋に深夜遅くに訪れたのだ。

 だが、トールはその部屋に居なかった。

 家のどこにもいなかった。

 トールは外に出たのだと、フラヴィは考えた。

 探し物をしているとトールは言っており、そして忙しいとも言っていた。

 だから、真夜中でも外に出たのだろう。

 だが、それはダメなのだ。

(ヴィレッジ)にある規則の一つに『二十一時から四時までの外出を禁じる』というのがある。

 トールはそれを知らなかったのだろう。

 フラヴィは少し悩んだ。

 このままトールを待つか、自分も禁を破り、誰にもバレずにトールを探して連れ戻すか。

 悩む時間はそんなにかからなかった。

 トールはこの(ヴィレッジ)にとっては部外者だ。

 規則といっても、破ったら数日間教会に閉じ込められるのが精々だが、部外者はどう扱われるのかわからない。

 だから、フラヴィは外に飛び出した。

 何か問題が起きる前にトールを連れ戻すために。

 外に出ると、何かが爆発する音が聞こえた。

『金色の薔薇』の魔術師がトールに向けて放った爆炎の魔術が明後日の方向で爆発する音だった。

 だが、フラヴィはその音が何かわからない。

 爆発など見たことも聞いたこともないのだから仕方のないことだ。

 フラヴィはその音に向かって走る。

 そこに金髪の少年がいると思って。

 そして、それは間違いではなかった。

 

 トールは確かにいた。

 その周りには、血塗れになった『教団』の人達が転がっていた。

 

 フラヴィの思考が凍る。

 何を見ているのか、わからなくなる。

 なんで『教団』の人達が倒れている?

(ヴィレッジ)で一番偉い人達が、どうして。

 トールがやったことなのだろうか。

 どうして。

 少し変わっているところがあるとは思っていたけど、良い人だと思ってたのに。

 どうして。

 友達だと思ってたのに。

 どうして。

 好きだったのに。

 どうして。

 そんな鬼のような顔で、団長を睨みつけてるの?

 まるで、これから下に転がっている人達のように殺すと言いたげな目で。

 どうして。

 その思いは、そのまま口から漏れ出る。

 

「トール、何をしているの?」

 

「!!」

 

 トールは勢いよく振り返り、あり得ないものを見たかのような顔をフラヴィに向ける。

 それと同時に団長が何か黒い塊をフラヴィに向けた。

 一体あれはなんだろう、フラヴィは疑問に思う。

 そこから先は一瞬の出来事だった。

 フラヴィと団長の間にトールが割って入る。

 それと同時にパァン!と空気が破裂する音。

 その直後に、ゆっくりと。

 トールが地面にうつ伏せに倒れ込んだ。

 

「トール……?」

 

 フラヴィは急に倒れたトールにゆっくりと近付こうとする。

 だが、トールを中心として血が広がっていくのを見て、その足は駆け足に変わった。

 

「トール!?」

 

「フラヴィ、止まりなさい」

 

 フラヴィはその言葉で動きを止める。

(ヴィレッジ)において団長の命令は絶対。

 フラヴィは恐る恐る団長の顔を見る。

 

「その者は我々『教団』と敵対する『悪人』でした。だから近付いてはなりません」

 

「……でも、トール、怪我してるから、治さないと」

 

「なりません、彼は我らの敵です。周りの団員を倒したのも彼ですから」

 

 ……トールが『教団』の人達を倒したのは確かなのだろうと思う。

 でも。

 トールが今血を流して倒れているのは、団長の黒い塊からフラヴィを庇ったからではないか?

 その疑問がフラヴィの頭からどうしても離れない。

 トールがフラヴィを庇う。

 そしてそれは、フラヴィがこの二日間で接して理解したトールの人物像と一致する。

 彼はフラヴィよりも全然大きいくせに子供っぽくて、そしてどこか優しい目をしていた。

 フラヴィはトールが今までどう生きてきたかなんて知らない。

 人間性の大部分を理解できていない。

 そんなの当たり前だ、まだたった二日間しか接していないのだから。

 でも、それでも、フラヴィはトールが自分を傷付けるわけないと、フラヴィの味方でいてくれると、なんとなく信じていた。

 だから、今。

 団長が持つ黒い塊がなんなのかもわからないけど。

 トールがフラヴィを庇って怪我を負ったのだと、理解できた。

 

「……」

 

 フラヴィは団長の言葉を無視して、トールの側に寄ろうとし、

 

炎よ(Kenaz)

 

 団長による炎によって遮られた。

 

「……ケンジュウは『作物』にはわからないはずなのに、これは余計なこと勘付かせたかもしれませんね」

 

 炎の向こうから団長はフラヴィを眺める。

 それは食材を眺める料理人の目だった。

 

「少し予定より早いですが、『搾取場』に連れて行きま——」

 

『独り言』を話す団長の口が急に止まる。

 なぜなら——

 

 

 15

 

 トールの溶断ブレードは間に合わなかったが、『全能神』の術式を解除だけは間に合った。

 だから、今トールは胸から血を流し、地面に倒れている。

 銃弾からフラヴィを守るために、肉の盾になった結果だった。

 

「——!?」

 

「————」

 

 トールの耳に聞き慣れた少女の声と胸糞悪い男の声が届く。

 二人はなにかを話しているらしいが、トールには上手く聞き取れなかった。

 そして、二人の言葉を理解する必要性も感じなかった。

 今トールの目と鼻の先に気にいらないヤツがいる。

 人々を食い物にして、トールを追い詰めるために何も悪いことをしていない少女を狙ったクソ野郎がいる。

 

 なら、ぶっ壊すしかないだろ。

 

 胸から流れる血を左手で押さえる。

 そんな片手で血が止まるわけがなく、血は流れ続ける。

 気持ち悪いほどの痛みはあるが、即死ではないようだ。

 なら、問題ない。

 右手を地面に付け、胸から血を流す金髪の少年は立ち上がる。

 体を支える脚は震えている。

 脚どころか全身が震え、嫌な汗が全身から吹き出る。

 もはや灼熱とも言えるほどの激痛が胸から広がる。

 トールの体のあちこちが危険信号を発する。

 だが、トールはそれらを全部無視した。

 それよりも、もっと重要なことがあるからだ。

 

「なぜ、そこまでする」

 

 クリスチャンが不思議を通り越して、恐怖に彩られた声を出す。

 

「その『作物』を庇うかもしれないと思ったが、本当に庇うとは思っていなかった」

 

 クリスチャンは今までの表面上の丁寧さを捨て、粗野な口調で問う。

 

「なぜ、お前はそれを守ろうとする?」

 

「……」

 

 問われたトールは答える必要などないと思いつつも、その言葉に思考が絡め取られた。

 なぜ、トールは命を賭してまで、フラヴィの盾になったのか。

咄嗟(とっさ)の行動で、理由など全く意識していなかった。

 その理由をトールは少し考えて、答えはすぐに見つかった。

 フラヴィを助けたい理由。

 それは、

 

「友達、だったから」

 

「……は?」

 

「ただ、ダチに死んで欲しくない。それだけだよ」

 

 ……友達だから。

 こんな暴力でしか物事を解決できない、解決しようとしない悪人には笑ってしまう響きだけど。

 それでも、友達って言ってくれたから。

 その言葉が、フラヴィが浮かべる笑顔が、トールの心には痛くて、嬉しかったから。

 だから。

 

「……ハハ」

 

 トールは小さく笑う。

 多分、トールはここで死ぬ。

 戦闘狂だからこそわかる。

 即死ではないとはいえ、この重傷は致命傷なのだと。

 血と一緒に大切なものが加速度的に無くなっていくのを感じる。

 トールの夢はここで終わり。

 一段一段積み上げて、あともう少しで雲の上だけでなく、あの星空すらも踏破できるところだったのに、それはもう叶わない。

 トールの『強くなりたい』という野望はここで終わりだ。

 それなのに、トールは清々しい気持ちでいた。

 だって、友達を助けて死ぬなんて、悪人には最高の美談だろう?

 でも、それにはまだ。

 

「お前は、ここで潰す」

 

 トールがこのまま倒れたら、クリスチャンは『搾取』を繰り返すだろう。

 フラヴィ達がまた『搾取』される日々から抜け出せない。

 だから、この男はここで確実に殺す。

 トールは鋭く口角を上げ、笑う。

 先程の清々しい笑みとは全く違う、荒々しいしい笑み。

 昼間フラヴィに夢を語って聞かせたときよりも、凶暴で凄惨な戦闘狂の笑みを目の前の魔術師に向ける。

 震える四肢が動かなくなっても、喰い殺してやる。

 

 

 クリスチャン=クロウリー。

 魔術で見た目の歳を誤魔化しているが、既に七十歳を越えた老人。

 トールは彼の名を偽名だと予測していたが、それは少し違う。

 家名のクロウリーは二十世紀最大の魔術師、クリスチャンは伝説の『薔薇十字』の団長の名前だから名乗っていたことに違いはないが、クリスチャンの方は彼の本名でもあった。

 そして、そのクリスチャンには才能がなかった。

 

 だから、彼は才能のない人のための技術である魔術を極めたかった。

 いつか努力すれば、神になれるのだと信じて。

 

 でも、その夢は叶わない。

 聖人。ワルキューレ。『神の右席』。

 結局、魔術も素養と才能の世界だった。

 魔神になり損ねた男という者も存在するらしいが、クリスチャンは魔神になり損ねることすら(・・)できない凡愚だった。

 でも、それでも神秘の深奥に辿り着きたかった。

 凡愚だというのはわかっていても、諦めたくなかった。

 例え、他者の血を啜ってでも。

 才能のある連中が決めた『生体を材料にした実験を行なってはならない』とかいうルールなど知ったことか。

 才能が足りなければ、外から補う。

 そのためのクリスチャンが生み出した『神の飲み物(ネクター)』だ。

 そして、『神の飲み物(ネクター)』を使って、今度こそ神になってみせる。

 そのはずだったのに、今目の前にいる金髪の少年によって、クリスチャンの箱庭はめちゃくちゃにされてしまった。

 だが、それもここまでだろう。

 トールは既に死に体の上、クリスチャンがトールに撃ち込んだ弾丸は特殊な素材を配合した弾丸だった。

 名を『アンブロシア=レプリカ』。

『身体内のサイクルを少しねじり、体内のエネルギーを魔力に変換しにくくなる』という効果を持つ弾丸である。

『アンブロシア』を『無限の生命力を与える果実』と勘違いした『金色の薔薇』が劣化複製することによって産まれた副産物だ。

 本来の『アンブロシア』なら、不老不死と引き換えに魔術の行使ができなくなるが、『アンブロシア=レプリカ』は本来デメリットである『魔術封じ』のみ機能しており、それをトールに与えたのである。

 だが、この効果も中途半端にしか再現できず、弾を取り除かれれば効果が失う上に、その効果もせいぜい魔術が使いにくくなる程度だ。

 それでも、トールには効果絶大だろう。

 トールの術式は『自動最適化転移』とでも言うべきふざけたものだが、ふざけたものであればあるほど繊細なものだ。

 魔術的な効果ではない物理的な意味で血を流し倒れたトールはクリスチャンと同じで無理を通すことができる『特別製』ではない。

 多少とはいえ、身体内のサイクルをねじられた今のトールに『自動最適化転移』は使えない。

 無理矢理使うこともできるかもしれないが、そんなのトールにトドメを刺すのがクリスチャンからトール自身に変わるだけだ。

 トールはもうどう転んでも敗北するしかない。チェックメイトがかけられている。

 それは当の少年本人もわかっているはずだ。

 なのに。

 なぜこの少年は目を爛々に輝かせられる?

 なぜ、そんな自分の勝利を信じて疑わないと言わんばかりに笑っていられる?

 そんな、死に体のくせに。

『特別製』じゃないくせに。

 

「フラヴィ、(わり)ぃが、危ないし邪魔だからできる限り遠くに行ってろ」

 

 金髪の少年は真後ろにいる銀髪の少女に逃げるように言う。

 フラヴィは一瞬逡巡したあと、「うん」と頷く。

 トールの「邪魔」って言葉が本気だとわかったのだろう、再びトールに確実に攻撃を当てるための標的にされないよう、フラヴィはその場から離れようとする。

 だが、それをクリスチャンが何もせずに見ている理由は——

 

「うおおぉぉぉぉぁぁああああ!!!!」

 

 トールは大きな声で叫びながら、拳を地面に叩き付ける。

 何かしらの筋力を補強する霊装でも所持していたのか、地面が砕かれ、土煙が上がる。

 一瞬の間だろうが、クリスチャンの視界からトールとフラヴィの二人が消える。

 なら、

 

(辺り全てを吹っ飛ばしてやる……!!)

 

 クリスチャンは懐から取り出した固形状の『神の飲み物(ネクター)』を十個噛み砕く。

 明らかな過剰摂取。

神の飲み物(ネクター)』は摂取し過ぎると全身の機能が低下し、下手すれば死ぬことが実験でわかっている。

 だが、今はどうしても力が欲しかった。

 金髪の少年を完膚なきまで滅ぼす力が。

 

「その属性色は赤色。対応位置は右方。そして何より火と正義を司る者」

 

 目の前の土煙の中には、『特別製』ではないのに『全能神』と呼ばれるまでに至った少年。

 それはある意味において、『聖人』や『魔神』よりもクリスチャンの憧れた存在であることに気付けず、いや、気付きたくないがゆえにクリスチャンは叫ぶ。

 

 

「大天使『神の如き者(ミカエル)』よ。目前の敵を討ち滅ぼせ!!」

 

 

 天使の中でもトップに立つ『神の如き者(ミカエル)』の召喚。

 実際に呼び出せるのは本物の二割程度とはいえ、クリスチャンはたった数節の詠唱で成し遂げた。

神の飲み物(ネクター)』によって増幅された魔力を用いた、強引な力技である。

 その力技によって、『 光を掲げる者(ルシフェル)』を斬り伏せた天使長がここに顕現する。

 

 

 クリスチャンの予想通り、トールは魔力を上手く精製できなくなっていることに気付いていた。

 溶断ブレードや『帯』はともかく『全能神』の術式を発動したら、ただでさえ重傷を負っているトールに確実な死を呼び寄せるだろうこともトールはちゃんと理解していた。

 だが、クリスチャンの予想と違っていたのは。

 

 もう既にトールは生を捨てていたこと。

 そして、トールは勝つためなら我が身がどうなろうと構わない戦闘狂だったことだ。

 

『帯』の腕力で土煙を立てた直後、クリスチャンが詠唱し始めたのとほぼ同時にトールは『全能神』を発動させ、クリスチャンの真後ろに立っていた。

 

「——対応位置は右方」

 

 トールの全身から血が吹き出る。

 身体のサイクルがねじれているのに、全能神を使った結果だ。

 だが、トールは体のありとあらゆる箇所から血を流し激痛を身に纏いながらも、声一つ上げずクリスチャンの右肩甲骨辺りに右手の指を向ける。

『全能神』から『雷神』に切り替えた直後に溶断ブレードでクリスチャンを貫くためだ。

 

「——そして何より火と正義を司る者」

 

 だが、切り替えには時間がかかる。

 そもそも切り替えが速かったら、普段から『全能神』による移動からの『雷神』の攻撃をコンボとして重宝している。

 これは今クリスチャンがトールは土煙の中にいるという勘違いをしているからこそできることだ。

 だが、

 

「大天使『神の如き者(ミカエル)』よ——」

 

 これではダメだ。

 発動の時間は間に合う。

 いくら切り替えに時間がかかるとはいえ、ほんの数秒だ。あともう少しで溶断ブレードを発動し、クリスチャンを殺すことができる。

 しかし、クリスチャンを殺しても攻撃がそのまま続く可能性がある。

 それはダメだ。

 クリスチャンの狙っている方向にはフラヴィがいる。

 だから、

 

「——目前の敵を討ち滅ぼせ!!」

 

神の如き者(ミカエル)』が顕現するのと同時に、トールは自分の胸を押さえている左手を外し、背後からクリスチャンの顔を左手で覆った。

 

「!!」

 

 クリスチャンは驚く。

 それはそうだろう、敵に背後を取られていた上に、いきなり視界が遮られたのだから。

 そこからのクリスチャンの行動は素早かった。

 トールの手を払い、前進しながら百八十度振り返ったのである。

 敵から距離を取りつつ、敵を視界に収める。当然の行動だ。

 勿論、クリスチャンが召喚した大天使ごと振り返っており、距離を取ったと言っても二メートルにも満たない。

 そして、クリスチャンの右肩甲骨に向いていたトールの右手の指先は、クリスチャンが振り返ったことで今はクリスチャンの心臓に向いている。

 

 これでトールの勝利条件は満たされた。

 

『雷神』への切り替えが終わる。

 トールの右手から数メートルはある溶断ブレードが爆風を放ちながら勢いよく伸びる。

 その灼熱の雷光は、フラヴィではなくトールの方に体を向けているクリスチャンの胸に五つ穴を開けた。

 その五つの穴の内の一つは心臓だった。

 トールはそのまま右手を左に薙ぎ払い、クリスチャンの胸の大部分が焼失する。

 クリスチャンは自分の胸を茫然とした表情で見たかと思うと、ゆっくりと後ろに倒れた。

 すると、途端にクリスチャンの顔が七十歳近くまで老けた。

 魔術で見た目の歳を誤魔化していたようだ。

 その開かれたままの老人の目には何も映しておらず、絶命したのは明らかだった。

 トールはそれを確認すると、糸が切れた操り人形のように勢いよく地面に倒れ込む。

 倒れながら、こちらを見下ろしていた『神の如き者(ミカエル)』が消滅するのをトールは目にしていた。

 どうやら、トールの死体が消し炭になることはないらしい。

 うつ伏せに倒れたトールの全身は血だらけで、血に濡れてないところの方が珍しいという有り様だった。

 しかも、血は止まっておらず今も流れ続けている。

 胸の銃創も放ったらかしだ。

 全身か脳のどちらかが麻痺したようで、もう痛みは無かった。

 

(あーあ)

 

 トールはもうすぐ死ぬ。

 だからトールは数分、下手したら数秒後にも死ぬであろう頭で自分の人生を振り返ってみた。

 その結果、

 

(良い人生だったかどうかはわからねえが——)

 

 人として一線を踏み外したつもりはないが、やはり戦闘狂である彼は胸を張れる人生を歩んでいたとは決して言えなかった。

 だけど、

 

(——良い死に様ではあるだろ)

 

 最期に、一人の少女を救うことができたのだから。

 そこまで考えると、トールの意識が朦朧とし出した。

 意識を保つのも、もう限界だった。

 朦朧としたトールの意識が暗闇に飲まれる。

 そしてそのまま、トールは長い眠りについた。

 

 

[newpage]

 16

 

 日が登り始める頃。

(ヴィレッジ)を囲う森から抜け出す一人の女がいた。

 赤みの強い髪をいくつものエビフライにしたその女の名は、ダイアン=シュプレンゲル。『金色の薔薇』のメンバーの一人である。

 トールが討ち損ねたわけではない。

 ダイアン=シュプレンゲルの家を漁るために気絶させていたが、そのあと『金色の薔薇』掃討の際に、溶断ブレードで家ごと確かに切り刻んでいた。

 それでもこうして生きているのは。

 彼女の肉体が『特別製』だったからである。

 もしかしたら、魔神よりも。

 

「結局『金色の薔薇』の人達は誰一人気付きませんでしたね」

 

 ダイアン=シュプレンゲルは偽名。

 本当の名は、

 

「あの偽物だらけの中、わらわだけは本物の『薔薇十字』のメンバー。アンナ=シュプレンゲルそのものだったのに」

 

 マダム・ホロス。

 世界最大の魔術結社『黄金』の創立にも関わったとされる伝説的魔術師アンナ=シュプレンゲルの名前と肉体を盗んだ詐欺師である。

 

「折角面白そうなことをしている人達だから手を貸してあげてたのに、結末というのはいつも呆気ないものです」

 

『搾取場』のシステム。

 大元こそ『金色の薔薇』の長であるクリスチャンが考案したものだったが、それを実現できたのはマダム・ホロスが知識を与えたからである。

 彼女の本質は魔術師ではなく詐欺師だが、知恵と技が無ければ『黄金』を相手取っての詐欺などできるはずもない。

 そして、今彼女にはアンナ=シュプレンゲルの『器』がある。

 不可能なことの方が珍しい。

 

「とはいえ、また大分消費してしまいました」

 

 正体がクリスチャン達にバレないよう、肉体の強度を『普通』の人達と同じにしていたのが災いだった。

 なんとか『器』の力で修復したとはいえ、トールの雷光のダメージがまだかなり響いている。

 

「あーん」

 

 マダム・ホロスは飴玉を舐めるかのように、固形状の『神の飲み物(ネクター)』一粒を口の中で転がす。

 持ち出せた『神の飲み物(ネクター)』はせいぜい十回分。

 これらを定期的に服用し生命力を補充すれば、一ヶ月後には調子もある程度取り戻せるだろう。

 それにしても『神の飲み物(ネクター)』は本当に便利だ。

 暴走や死の危険があるとはいえ、この即効のドーピング剤はなにかと役に立つ。

 だが、マダム・ホロスはもう『神の飲み物(ネクター)』の製造に手を出すつもりはなかった。

 あそこまで大規模な魔術戦闘が起きたのだ、ローマ正教やイギリス清教に(ヴィレッジ)が補足された可能性は高い。

『金色の薔薇』が行っていた非道な実験と『搾取』は白日の下に晒されるだろう。

 そして、同じことができるような隙を世界に残しておくほど、イギリス清教の連中は甘くない。

 今回のことも『金色の薔薇』は長い時間と多大な労力を割いて『搾取場』を運営していたのだ。再びマダム・ホロスが『搾取場』を作ろうとしても、準備途中で魔女狩り共に襲撃されるだろう。

 だから、折角の『神の飲み物(ネクター)』もここで諦めるしかない。

 勿体ないことこの上ないが、『アンナ=シュプレンゲル』を危険に晒してまですることではないとマダム・ホロスは考える。

 だが、

 

「『グレムリン』の魔術師トール。『薔薇十字』の亜流とも呼べぬ者。少しおいたが過ぎたましたね」

 

 マダム・ホロスは細い鎖を手にする。

 その鎖に接続された花の花弁をくすぐるように撫でると、森を覆うほどの巨大な結界が現れた。

 この結界は、マダム・ホロスが呼び出した『力』そのものと言える存在を込めて作り上げたものだった。

 その存在とは、

 

「『神の如き者(ミカエル)』。あとで燃やしておきなさい」

 

神の飲み物(ネクター)』を過剰摂取したクリスチャンですら火の大天使を召喚するのに数節はかけたというのに、かの詐欺師は撫でるという行為だけで呼び出す。

 天使や精霊の名を一筆書きの形で抽出するだけで、力あるシジル符を量産できる万能の霊装を持つ彼女には造作もないことだった。

 マダム・ホロスは森ごと(ヴィレッジ)を燃やすことに躊躇いは無い。

 今回彼女が『神の如き者(ミカエル)』の力を込めて作った結界は、外周部が燃え上がり、その外周部が段々と小さくなるという仕組みだ。

 ここにある全てを燃やす。

 できる限りの証拠隠滅と、折角の遊び場を潰してくれたトールに対する嫌がらせだ。

 守ろうとしたものと一緒に燃えてしまえ。

 

「では、さようなら」

 

 マダム・ホロスは歩いてその場を立ち去る。

 自分が巻き込まれないよう、保険を含めて一時間後に燃え上がるように設定をしておいてある。

 最もこの『器』なら、一時間もあれば隣の国にでも行けるだろう。

 さて、これからどうしようか。

 そういえば、魔術師から作る魔術師のドーピング剤として『神の飲み物(ネクター)』があったが、魔術とは違う異能である能力者でも同じことが起きるのだろうか。

 そこを調べるのは少し面白そうだ、肉体の調子を回復したら調べてみるのも良いかもしれない。

 詐欺師の女は(ヴィレッジ)を囲う森から離れながら、これからの予定を考える。

 その予定の先に、マダム・ホロスが騙し取りたいと思う価値のあるものが存在してくれることを願いながら。

 

 

 マダム・ホロスが去ってから三十分後。

 ガラスが割れるような音が(ヴィレッジ)がある森に高く響いた。

 

「……今の音はなんだ?」

 

 近くを通りかかった少年は首を捻る。

 その音は、とある右手がたまたまマダム・ホロスの火の結界の端に触れたことにより、結界が完膚なきまで破壊された音だった。

 

「……まぁ、いいか」

 

 音は森全体から響いたため、ツンツン頭の少年は自分の右手が引き起こしたものだと気付かない。

 少し深く考えれば気付けたかもしれないが、当の少年にはその余裕が無かった。

 

「早く、アイツらに追い着かないと」

 

 少年は徒歩とヒッチハイクを駆使して目的地に向かっている最中だった。

 その目的地は、反学園都市サイエンスガーディアンが支配する東欧の地方都市。

 バゲージシティ。

 

 

 17

 

 目蓋の僅かな隙間から日の光が刺さる。

 もう朝のようだ。

 ……

 

「あ?」

 

 トールは勢いよく目を開ける。

 すると、見たことがある天井があった。

 トールがフラヴィの家で借りていた部屋のだ。

 トールは外で倒れていたはずだ。なのに、なぜここで寝ているのだろうか。

 というより、

 

「俺、なんで生きてんだ……?」

 

 腕を、誰かによって掛けられた布団から出し、袖をめくってみる。

 怪我一つ無かった。無理矢理『全能神』使って全身ズタボロになっていたはずなのに。

 全身に疲労が溜まっている感覚はあるが、それ以外は全く正常のように感じる。

 トールは上体を起こし、腕以外の怪我はどうなってるか目で見て確認しようとしてようやく気付いた。

 

「すぅ……」

 

 十歳ぐらいの銀髪の少女がトールのすぐ隣が熟睡していた。

 それで、トールはやっと自分の傷が治っている理由がわかった。

 回復魔術が得意なフラヴィがトールを治してくれたのだろう。

 あんな傷だらけで、致命傷を負っていたトールを治すのは大変だったはずだ。

 今トールの横で熟睡してるのは、トールを回復するのに疲れて、そのままトールの横で眠ってしまったということなのだろう。

 

「……」

 

 トールはフラヴィの前髪を撫でる。

 

「……ん」

 

 くすぐったそうにフラヴィは身をよじる。

 眠りの妨げになっているかもしれない、トールはすぐフラヴィから手を離す。

 深く眠りについてるし、そっとしておこう。

 だけど、どうしても言いたいことを一言だけ。

 

「ありがとう、フラヴィ」

 

 この子が死ななくて、本当に良かった。

 そう思い、ベッドからそっと抜け出そうとしたときだった。

 

「もう、起きてたか」

 

 トールが借りている部屋のドアが開く。

 そこにはフラヴィの父親のジェルマンがいた。

 

「体は問題ないか?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 トールはジェルマンが自分を心配するような台詞を言ったことに内心驚きながら、腕をぐるりと回し体が動くことをアピールする。

 

「ここまで俺を運んできてくれたのはアンタか?」

 

「そうだ。フラヴィはその間もずっとあんたの治療を行なっていたよ」

 

 ジェルマンは自分の娘を一瞥する。

 それは確かに親が子に向ける温かさを纏った視線だった。

 

「……あんた、俺が何をしたかわかってんのか?」

 

 ジェルマンから見れば、トールはこの村を治める『教団』を壊滅させた極悪人だ。

 はっきり言って、トールはこの村の住民に殺されてもおかしくない立場のはずだ。

 

「わかってるよ。瀕死の奴や死体を片付けたのは俺だしな。他の連中にも手伝わせたが」

 

 ジェルマンは何事もないように言う。

 ……もしかしたらと思っていたが、

 

「ジェルマン、お前、俺が昨日だけじゃなくて一昨日も深夜抜け出したの気付いてただろ」

 

 トールは初めてフラヴィの家に泊まった日も、建物や村の結界を確認するために家を抜け出している。

 だが、少しおかしいと思っていた。

 この村は全部『金色の薔薇』の支配下だった。

 なら、『金色の薔薇』はジェルマンにトールの監視を命じるのが普通ではないのか、と。

 

「なんで俺の行動に目を瞑っていた?……って聞くまでもないか」

 

 トールが『金色の薔薇』を壊滅させたのは明らかなのに、ベッドに丁寧寝かされていることも合わせると、答えは自ずと見えてくる。

 

「ジェルマン、アンタ『教団』の連中が何をやっているのか、知ってたのか?」

 

「……」

 

 ジェルマンはすぐ質問に答えず、顔を天井に向ける。

 どこから話そうか考えているかのようだった。

 

「結論から言う。俺は『教団』の人達が何をしているのかは具体的には知らなかった」

 

「……そうか」

 

 あんなもの、知らない方が良い。

 

「でも、(ヴィレッジ)の人達が次々と消えて、消えた人は二度と戻ってこないことはわかっていた」

 

「……」

 

「俺の妻もその一人だった」

 

「…………」

 

「子供達はわからないだろうが、二十年もここで暮らせばわかる。『教団』の人達が俺達を何かに『消費』しているってことは」

 

「……そうか」

 

「俺も長い間気付かなかったけど、アイツらは俺達を家畜を見るような目で見るんだ。いや、ようなじゃなかったんだろうな、多分」

 

 無口だったジェルマンは(せき)を切ったようにベラベラと喋り出す。

 

(ヴィレッジ)がおかしいと思って『教団』と戦おうとした奴もいたよ。でも、家族ごとそいつは次の日には(ヴィレッジ)から姿を消しているんだ」

 

 今まで、どれだけのものを胸の内に抱えていたのだろう。

 

(ヴィレッジ)は絶対におかしい。だけど、俺達は家畜みたいに従うしかなかった」

 

「……生きるためには仕方ねえだろ」

 

 なんでジェルマンが『教団』に媚び諂っていたのか、理由がはっきりとわかった。

 ジェルマンは『教団』の怒りに、自分とフラヴィが触れてしまうことを恐れたのだ。

 

「ああ、そうだな。今まではそうだった。アンタが来るまで」

 

「……」

 

「トール。あんたのおかげで、『教団』は(ヴィレッジ)から居なくなった。やっと、胸のつかえが取れた。感謝の言葉もない」

 

「別に感謝されたくてやったわけじゃねえし、良いよそんなこと言わなくて」

 

 トールはベッドからゆっくりと降りる。

 

「もう行くのか?」

 

「ああ。やらなきゃいけないこともできたしな」

 

『金色の薔薇』の支配が終わった。

 それで何もかもお終いというわけにはいかない。

『金色の薔薇』が行っていた幽霊退治や、村の外からの物資搬入を誰かがしなきゃいけないということだ。

 支配者が滅んだということは、その土地の滅びを意味する。

 代替のものを用意しなければならないが、急に解放されたこの村には無いだろう。

 もしかしたら、誰の手も借りずに一から復興することもできるかもしれないが、魔術の警察を気取ってる連中の助けを借りる方が手っ取り早い。

 トールはこの村から出て、十字教三大宗派に通報しようと考えていた。

 この村の実態を知れば、イギリス清教、もしくはローマ正教が『保護』してくれるだろう。

 もしかしたら、彼らみたいな大組織には地下の『搾取場』の人達を治す術があるかもしれない。

 そのことをジェルマンに伝えると、

 

「……そいつらがまた『教団』みたいになったりしないのか?」

 

「イギリス清教がそうなるとは思えないが、そうならないために色んなとこに情報を流しておくんだよ」

 

 認めるのは業腹だが、『金色の薔薇』が開発した『神の飲み物(ネクター)』はかなり有能だ。

 この村をそのまま接収しようと思う組織も現れるかとしれない。

 だから、大事(おおごと)にするのだ。

 そうすれば、それぞれの大組織が監視の目となり、非道な実験と『搾取』は行えない。

 もし非道な実験と『搾取』を続ければ、他の組織から攻められる口実を与えることになる。

 善行には弱いが、悪行には強く出る。

 それが世の中全てとは言わないが、少なくとも表向きはそうだろう。

 そして、この村のことは表向きにする。

 だから、

 

「安心しろ。もうあんなことは二度と起きない」

 

 イギリス清教『 必要悪の教会(ネセサリウス)』。

 あそこが評判通りなら、既に記録された『実験』のデータを拾われるだろうが、その代わりこの村を守るはずだ。

 そうやってあそこは天草式十字凄教やアニェーゼ部隊を吸収していったのだから。

 それに。

 もし万が一、トールの予想が全て外れて、イギリス清教が『搾取』を再開させようとしたら。

 全能神がイギリス清教を潰すだけだ。

 通報の中に今回のトールと『金色の薔薇』の戦闘を含めれば、そんなことは向こうもわかるだろうが。

 

「そうか。アンタが言うなら安心だな」

 

「おう。安心しとけ」

 

 トールはそのままジェルマンの横を抜け、部屋を出て行こうとする。

 

「ちょっと待て、本当に今出て行くのか?」

 

「そうだよ。まだ俺に用があるのか?」

 

「……フラヴィに挨拶していかないのか?この子はアンタにかなり懐いていたのに」

 

「そんなに時間が無くてな。起こすのも悪いし」

 

 他のチャチな魔術結社がこの村のことを勘付く前に、十字教三大宗派に通報しておきたい。

 

「……さっき、俺には妻がいたと言ったよな」

 

 ジェルマンは視線をぐっすりと寝ている自分の娘に向ける。

 

「ああ、言ったな」

 

「俺の妻、つまりこの子にとって母親に当たるんだが——」

 

 ジェルマンは視線をトールの方に戻す。

 正確にはトールの髪に目を向ける。

 

「彼女は腰まで綺麗な金髪を伸ばしている人だった」

 

「……」

 

「フラヴィは二歳までしか母と過ごしてないから、覚えていないはずなんだが」

 

「……母親の代わりなんてやったつもりはねえぞ」

 

「そりゃそうだ。そもそも性格が全然違う。俺の妻はお淑やかな人だ。アンタみたいな狂犬じゃない」

 

「言うじゃねえか」

 

 トールは軽く笑い飛ばす。

 そして、そのまま、

 

「じゃあな」

 

 一言だけ別れの言葉を告げて、三日間過ごした家から飛び出した。

 

 

 トールはゆっくりと森に続く村の門に向かって歩く。

 これからトールは『金色の薔薇』について方々に告発するつもりだが、一時(いっとき)の間とはいえ、これは魔術業界が注目する事態になるだろう。

 連中がやったことはそれほどのことだった。

 そしてその僅かな間、トールが所属する『グレムリン』は動きやすくなるだろう。

 

「……ハ」

 

 偶然そうなるだけなのに、フラヴィ達をトール達『グレムリン』の目的に利用しているようで、胸に小さなトゲが刺さる。

 本来なら一石二鳥と喜ぶ場面なのに変だとトール自身思う。

 そういえば、最近連絡を取れていなかったが、アイツらは上手く『槍』製造の下準備とやらを進めているのだろうか。

 具体的に何をどうするのかはトールに知らされてなかったが、問題が発生してないと良いと、トールは思った。

 今回みたいに携帯電話が使えなくなったときのために通信用の霊装でも作った方が良いだろうか、そんなことを考えていたときだった。

 

「トール!!」

 

 後ろから高い少女の声が聞こえてくる。

 トールはその聞き慣れた声に反応し、ゆっくりと振り返る。

 ……起こさなくて良いって言ったのに。

 だって、トールがしたことを知ればフラヴィはきっと。

 でも、フラヴィはまだ知らないようだ。

 だから何事も無いようにトールはフラヴィの声に応じる。

 

「フラヴィじゃねえか、どうした」

 

「どうしたじゃないよ、トールもう(ヴィレッジ)から出て行くの?」

 

 トールのもとまで走ってきたフラヴィは肩で息している。

 

「……体、大丈夫か?」

 

「大丈夫、というかそれはこっちが聞きたい。トール、もう動いて平気なの?」

 

「全然問題ない。フラヴィのおかげだ、ありがとう」

 

「それはどういたしまして。それで、トールはもう出て行くの?」

 

「おう。ちょっと急ぎの用事があってな」

 

「そっか……」

 

 フラヴィは寂しそうに下を向く。

 

「トール、(ヴィレッジ)にまた戻ってくる?」

 

「……」

 

 それは。

 

「……もう二度とここに来ないだろうな」

 

「それは、『教団』を壊滅させたから?」

 

 トールは目を見開く。

 知っていた。

 フラヴィはトールがしたことを理解していた。

『教団』はフラヴィにとって憧れで、ずっと(そば)にあるものだった。

 それなのに、なんで

 

「お父さんから、(ヴィレッジ)で起きてた色んなことを聞いたんだ」

 

「……」

 

「私が外でトールを回復させたてたとき、(ヴィレッジ)の人達が憎たらしいものを見る目で『教団』の人達の死体を片付けてた。気を失っていたトールに泣いて感謝している人もいた」

 

「……」

 

「そして、トールは私を団長から守ってくれた。それを、私はちゃんとわかってる」

 

「……」

 

「だから、そんな顔しないで?」

 

 …………

 

「……うるせえ」

 

「強がらなくてもいいのに」

 

「うるせえ」

 

 ……これでトールがこの村に戻ってこれない理由の一つは消えた。

 だけど、理由はもう一つある。

 

「俺はやっぱりここには来れねえ。これからここでしばらく滞在する外の人と仲悪くてな」

 

必要悪の教会(ネセサリウス)』の管轄下になるこの村に、魔術結社『グレムリン』に所属しているトールが来られるはずもない。

 

「……その人、悪い人なの?」

 

「悪くない。むしろ良い奴らだ。でも、俺とはちょっとケンカしてる最中でな。俺はそいつらの側には近付けないんだ」

 

「そうなんだ……」

 

 フラヴィは小さく呟くと、考えるように目を閉じる。

 数秒待つと、フラヴィは目を開けて、

 

「だったら、私からトールに会いに行くことにするよ」

 

「……でも俺は外の——」

 

「言ったでしょ、私はいつか(ヴィレッジ)の外に行きたいんだって」

 

 確かに言っていた。

 それがフラヴィのしたいことなんだと。

 

「それで外でトールを見つけるよ」

 

「どうやって」

 

「だって、トールは雲の上よりも高い星空の上に立つ人になるんでしょ?だったらすごく目立つから、すぐ見つけられるよ」

 

「……なるほどな」

 

 トールはニヤリと笑う。

 

「じゃあ、俺はしっかりと星空の上まで上がっとかないとな」

 

「そうだよ。そうじゃなきゃ見つけられないから」

 

 トールとフラヴィはクスクスと笑いながら、まだ遠い未来の話をする。

 でも、長く話す時間はもう無かった。

 

「もう、行くな」

 

「うん」

 

「がんばれよ」

 

「トールもがんばってね」

 

「じゃあな、フラヴィ」

 

「じゃあね、トール」

 

 トールはフラヴィに背を向け、歩みを再開させる。

 もう門は目の前だった。

 門をトールは軽い足取りで通過すると、

 

「トール!!」

 

 トールは呼びかけに応じ、振り返る。

 少し離れたところで、銀髪の少女は手をメガホンのようにし、

 

「またねー!」

 

 笑顔を浮かべながら叫んだ。

 それを見てトールも笑顔を小さく浮かべ、

 

「またな!」

 

 短い再会の約束に、やはり短く応じた。

 大きな声で。

 

 

 トールは一人で森の中で歩いている。

 村に関する通報を終わったら何をしようか。

『異能を消す右手』だけで世界を救った例の少年と早く闘いたい。

 そろそろ新しい『ステップ』が欲しい。

『グレムリン』に今回の顚末を報告し、『槍』製造の現状を確認したら、そのままオティヌスに打診してみよう。

『グレムリン』から見れば『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は障害であって目的ではない。直接戦闘担当のトールが相手しても問題ないはずだ。

 そして、トールはまた一歩、夜空の星に近付く。

 今からもう既に期待で血が滾ってきている。

 ……そういえば、先程フラヴィは『星空の上にまで行けたトールに会いにいく』と言っていた。

 あの言い方だと、フラヴィはトールを格闘技選手のようなものだと思っていそうだった。

 フラヴィとの再会。

 それは決してあり得ないことだ。

 なぜなら、トールが順調に成長していけば、もう『人間』の世界には居られないから。

 神と人は違う。それは不完全ではあるが神であるオティヌスを見ていればわかる。

 もしかしたら、同じ次元にいることさえできないかもしれない。

 それに、トールの生き方は非常に危ういものだ。いつ死んでしまってもおかしくない。

 どっちにしろ、トールに人として未来は限りなく少ない。

 それに、本来一般人であるはずのフラヴィは、魔術の暗部にどっぷり浸かったトールには二度と会わない方が良い。

 だから、トールは連絡先をフラヴィに教えなかった。

 トールとフラヴィはもう二度と会うことはない。

 それはトール自身が一番わかっているのに、

 

「……はは」

 

 なぜ、大きくなったフラヴィと再び顔を合わせることを夢想してしまうのだろう。

 

「ははは」

 

 今の自分がなんだかおかしくて、トールは腹を抱えて笑う。

 あの少女は将来どうなるのだろう?

 面倒見良いから教師か、それとも医者か。

 リーダーシップもありそうだったから政治家もあり得るかもしれない、それとも眠っていた音楽の才能でも開花してミュージシャンか。

 

「……ハッ」

 

 トールは首を横に振り、思考を止める。

 フラヴィが将来どうなるかは、彼女が選択するもので、トールがいくら考えても仕方ないことだ。

 だから、それはフラヴィと再会するときの楽しみにしておこう。

 

「はははははは!!」

 

 再会など、あり得ない事だとわかっている。

 わかっているけど、トールはこの夢を捨てたくないと思った。

 

「はははははははははは!!」

 

 あり得ない、でも希望に満ち溢れた未来を夢に見て。

 トールは村を囲う森を抜けるまで、ずっとずっと笑い続けた。

 

 

 

 誰かを助けたくて力を求めたのか。

 力があるから誰かを助ける気になったのか。

 どちらが始まりなのか、彼自身もうわからない。

 わからなくても、わからないまま彼は確かに一人の少女の命と未来を守ることができた。

 

 だから、この話はきっと、幸せな夢の物語だ。

 暗闇の中から、星を見つけるような、そんなお話。

 

 

 

 Fin

 

 

 

 

 

 





 最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
 本作を楽しんでいただけたのなら幸いです。
 本SSはトールが主人公の話が書きたいな、と思ったので書きました。(そのまんま)
 以下は本SSで描かれた描写の理由(いいわけとも言う)を書きたいと思います。
 
トールのキャラについて。
 原作のとあるシリーズの新約10巻において、トールはオティヌスを殺すことに拘っています。
 他の『グレムリン』と違ってトールの場合は、契約不履行が理由ではなく(そもそも彼は裏切っているので報酬は貰えるわけない)、オティヌスが大勢の人を死なせたことに怒っており、はっきりと「罪」とまで言っています。
 なので私は、『トールは悪人が生存することを許せないタイプ』だと考えました。
 そのため、本SS内の『神の飲み物(ネクター)』や『搾取場』までの非道をトールが知ったら、「戦って倒す」ではなく「絶対に殺す」となるのではないか、と思いあのような描写になりました。
 あと、本SS時にはハワイとバゲージシティの騒乱をトールは知りません。(というか、時系列的には同時進行です)
 そのためトールからオティヌスへの信頼はそこそこ高かったりします。
 原作でトールは、ハワイとバゲージシティの騒乱を知って抜けようと思った、とのことなので、それまではあそこまで酷い事件は無かった……ということだと思ってます。(もしあったら、その時点で抜けてそう)
 本SSが新約5巻でトールが言っていた「追いやられた蚊帳の外」という感じで私は勝手に脳内補完して書いたものです。(笑)


 色んな設定について。
 いくつか設定について、原作のどこから引用したのか、またはオリジナルを足した理由を書かせていただきます。

 トールの全能神が他の術式と併用できない、という話は新約10巻で本気で上条と戦うと言っておきながら全能神のみで戦ったので、全能神は他の術式と併用できないと考えました。

 『神の飲み物(ネクター)』の話は、とある科学の一方通行の『神の飲み物編』から来ています。(とある科学の一方通行では、『ネクター』という名前の液体状の体晶が登場します)
 本SSにおける『神の飲み物(ネクター)』は、魔術版の『ネクター(=体晶)』です。
アレイスターが切り分けただけで、科学と魔術の本質は同じ。なら、魔術師版の体晶もできるのでは?と思って、『神の飲み物(ネクター)』を本SSで出しました。(そもそもネクターはギリシア神話のものであることを考えると、なぜその名前が学園都市の製品に名付けられるのか。大変怪しい。)

 寿命から魔力に精製する話は、旧約二巻の吸血鬼の話で出てきます。
「寿命や生命力といった原油をガソリン(魔力)に精製する」とあり、この言い方的に寿命と生命力は別物扱いだと思うので、本SSではそうしました。(私は生命力がHP、寿命がHP最大値とイメージしています)

 魔術の実験に生体を使ってはいけないというのは、新約18巻の行間でコロンゾン召喚について語られるシーンに書いてありました。

 本物のアンブロシアの効能は、劇場版とある魔術の禁書目録 エンデュミオンの奇蹟に出てきたものです。(レディリーが回想で食べています)


 あとがき、長くなってしまい申し訳ありません。
 ここらであとがきも締めさせていただきたいと思います。
 本SSを最後まで読んでくれて、ありがとうございます。
 稚拙な文章力だったと思われますが、少しでも面白いと思って頂けたら幸いです。
 では、さようなら。
 読んでくださって、ありがとうございました。

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