スーパー五色旗に超栄光あれ!   作:戦え民主主義

1 / 14
自由・正義・博愛・高潔・平等
超自由


 我が軍の右翼は押されている。中央は崩れかけている。撤退は不可能。

 

 ――――状況は最高、これより反撃する。

 

 

西歴1914年 フェルディナン・フォッシュ

 


 

 

 

 

『……大統領府は非常事態宣言を発令。既に予備役師団の動員に関する大統領令に署名をしております。繰り返しお伝えします。我が国は戦争状態へと突入しました』

 

 ワイヤレスイヤホンを通じて聞こえるラジオの音に雑音が混じり始める。

 それは偉大なる空軍がもたらした僅かな戦果である電波妨害を行うという敵性航空無人機(ドローン)の存在が、いよいよ実害をもって現れ始めたことを意味していた。

 

『繰り返しお伝えします。我が国は戦争状態へと突入しました。自由と民主主義が敵を打ち砕くまで、偉大なる共和国に後退の文字はありません。サン=マグノリア共和国に勝利を! 五色旗に栄光あれ!』

 

 南部工業地帯に世界的シェアを誇る航空産業を抱えるサン=マグノリア共和国にとって、航空戦力(エア・パワー)とは国力の源泉である。

 現代における最速の移動手段である旅客機は共和国経済を文字通り飛躍させ、砲兵を越える速さで前線に届けられる近接航空支援は偉大なる共和国陸軍の進撃を強力に支援する。

 

 ことさら対ギアーデ帝国戦争においては、空軍による縦深打撃は敵方の戦闘属領――――驚くべきことに帝国政府は自ら剣を取ることもせず、被抑圧人民に戦争を押しつけているのである――――を正規軍・民兵集団もろとも吹き飛ばすことであろう。

 

 

 ……などという戯れ言を、もちろん"彼"は信じてなどいなかった。

 

 

「司令官!」

 

 

 張り詰めた声が"彼"を現実に戻す。目の前には青と白の制服。胸に輝くは金色のボタン。

 偉大なる共和国の真たる力の源泉――――――自由と民主主義を守護する者。

 

「民主主義担当官か、どうかしたか」

「どうかしたか。ではございません!」

 

 そのまま声を張り上げる民主主義担当官。

 偉大なる共和国の民主主義を守り抜くことを目的とし、国軍の腐敗と堕落を防ぐために師団以上の司令部にひとりは配属される……"彼"がかつていた世界における政治将校とでも呼ぶべき役割を担う彼は、唾を飛ばすことも躊躇わずにこう続ける。

 

「軍集団司令部からは火の催促でございます! ただちに第43軍は戦線を15キロ押し上げ、偉大なる共和国の勝利に貢献せよと!」

 

 その言葉に"彼"は内心でため息を吐く。

 

 なるほど。

 こうして"原作"における共和国正規軍は壊滅したわけだ。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 かつて「西暦」(グレゴリオ歴)が標準的に使用される世界で命を落とした"彼"が、自らの新しい祖国が偉大なる民主主義共和国であることに気付いたのは――――

 

 ……いや、そのような白系種むけの言葉回しはやめよう。

 "彼"が自称民主主義の有色人種(コロラータ)ヘイト国家であるサン=マグノリア共和国へ転生したことに気付いた瞬間の感情は、とにかく絶望の一色であった。

 

 なにせ、幸か不幸か――――おそらく今回に限ってはどう足掻いても不幸――――"彼"は白系種(アルバ)の中でも最上位とされる白銀種(セレナ)である。

 当然出自は元貴族、共和国政府・国軍・大企業にも縁者がたんまり。

 

 ましてこの世界の暦である「星暦」を確認する限り――――というか、こんな世界に転生させられている時点で必然的に――――レギオン大戦は間違いなく起きる。それも割と、近いうちにである。

 そして祖国と親族達は有色人種(コロラータ)を「ヒト型の豚」と呼ぶようになり……散々恥ばかりを残して滅びることになる。

 

 

 最善手は亡命か――――――?

 いのいちばんに浮かんだ考えを、しかし"彼"は切って捨てる。

 

 なにせ人類が滅びるような事態に発展する大戦である。

 そのような状況で亡命者を受け入れる余地がどこの国にあると?

 

 ではこのクソ国家……もとい、偉大なる共和国を勝利に導く?

 

 それも難しいだろう。

 そもそも共和国の敗北は、有色人種の迫害ではなく純軍事的なものである。

 

 というか、曲がりなりにも共和国軍は強い。

 なにせ85区を取り囲む大要塞壁〈グラン・ミュール〉の完成までレギオンの軍勢を防いだのだ。強くて精強、当たり前である。

 

 ではなぜ負けたか? 理由は単純、ギアーデ帝国の新しい戦術教義(ドクトリン)である〈レギオン〉だ。

 多脚戦車(フェルドレス)という新機軸の兵器に、自律思考する人工知能という未知の脅威の合わせ技である。

 

 ゆえに"彼"は偉大なる共和国の勝利については諦める他なかった。

 対抗する案を立てろ? 多脚戦車の実効性にすら疑問符が投げかけられている開戦前に?

 

 

 無理な話だ。

 

 そもそも共和国の地勢からして詰んでいる。

 ギアーデ帝国と――――いちおうの衛星国家である属領を挟むものの――――直接国境を接する共和国にとって、ギアーデ帝国との開戦は即座に本土決戦を意味している。

 それはつまり共和国陸軍に撤退の余地がないことを示しており……そして共和国こそが最初に〈レギオン〉の一撃を喰らう国家になることを意味している。

 どう足掻いても共和国軍は敗北する。

 

 そして発生するのだ――――絶望的な数の難民が。

 

 

 ……もしもこれが「西暦」の世界であったならば、全てを偉大なる民主主義を掲げる共和国(ユナイテッド・ステーツ)に託して滅んでも良かっただろう。

 しかし現実は非情である。共和国の北は龍骸山脈(なんかヤベー山)であるし、そもそも海の向こうには原生生物(クジラ)しかいない。

 

 では難民達はどうなる?

 

 レギオンに陸戦条約の類いが無効であるのは"原作"の描写からも明らか。

 占領地の住民は遅かれ速かれ〈レギオン〉が()()()()を図るための実験材料にされてしまうことだろう。

 

 つまり、どうやっても犠牲者が出ることは避けられないのだ。

 それこそ、開戦前にギアーデ帝国を滅ぼすくらいしか……

 ……あぁ、それで内戦か。なるほど。

 

 気付いた"彼"は乾いた笑いを抑えるしかなかった。

 "彼"程度でも思いつく策略だ。まさか偉大なる共和国が実行に移していないはずがない。

 よしんば実行犯でなかったとしても、なんらかの形で関与はしていたのだろう。

 

 

 ――――で、その結果として〈レギオン〉は操作不能に陥る。

 もしもサン=マグノリア共和国がギアーデ帝国との対決を選ばず、さっさと滅亡していれば……〈レギオン〉の暴走も、それによって引き起こされる有色人種の差別もなかったのかもしれない。

 そうなれば〈レギオン〉が86区を意図的に残すことも陥落後の共和国を実験場として用いることもなく…………滅ぼされた方が人類にとっての利益になる国家とは、つくづく救われない国家である。

 

 話が少々逸れた。

 ギアーデ帝国に降伏する選択肢は一応残すとして、なんにせよ問題は発生する難民である。

 

 領地を喪った難民達を食わせる術は当然ながら共和国にはない。

 これでも共和国は農業国家として知られてはいるが、流石に首都圏85区のなかでだけで全人口を賄うのは不可能に等しい。

 ……いや、曲がりなりにも星暦2100年代、科学の粋を集めれば…………

 

 可能、ではあるかもしれないが。

 その持久体制を確立する前に、多分共和国全土が陥落する。

 

 結局"原作"における共和国の生存は、開戦初期に支払われたおびただしい血の河と〈レギオン〉の対人類戦略によるものなのである。

 

 全員を生かせないのならば、誰かを見捨てるしかない。

 そして偉大なる共和国は()()()()()()、白系種と有色人種という明確な線引きが存在した。

 

 

 "彼"がここまで悩んで三日三晩。

 

 文献を漁り、知己にそれとなく尋ね、共和国の――――まだ色鮮やかな――――首都を散策し……ようやく出した結論。

 いや結論とも呼べない、単なる現実逃避からの脱却。

 

 

 そんな"彼"の結論は――――――諦めること。

 

 

 現実逃避から逃れるために三日三晩も費やして、出した結論が「諦める」とはなんたる時間の浪費か。

 

 しかし"彼"は臆病であった。

 いや、臆病であること自体に罪はない。なにせ臆病とは人類が被捕食者であった頃に身につけた種としての処世術である。遺伝子レベルで組み込まれたそれに抗えないのは仕方のないことである。

 

 ゆえに"彼"にとって害悪となったのはその出自である。なにせ彼は白銀種(セレナ)。実家も太いしコネもたんまり。

 85区に押し込められたところで週に一度は天然物の食事にありつける程度の生活は出来るに違いない。開戦前から準備をしておけばなおさらである。

 

 それに……〈レギオン〉が現れるまではまだ時間があるし。現れてからも時間はある。

 大攻勢は避けようがないが、その時になってから拳銃で頭をぶち抜いてもまだ間に合うのだ。どうして今からジタバタ出来ようか?

 

 

 ――――――もちろん、これが単なる問題の先送りどころか自殺行為に等しいことを"彼"も理解はしていただろうが。

 

 

 ――――――世界に絶望して即座にカーテンを縛らない程度には、"彼"は利口で、臆病であったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

「司令官! 聞いておられるのですか! 司令官!!!」

 

 この世に、偉大なる共和国に生を受けてから何度目になるか分からない現実逃避を終えても、なお民主主義担当官は口角泡を飛ばしていた。

 暇なものである。まあ実際、戦闘が始まってしまえば民主主義担当官に仕事はないのだから当然か。

 

「担当官」

 

 "彼"は重々しい口を開きながら、言葉を紡ぐ。

 本当に、最悪な立ち回りである。

 

 〈レギオン〉大戦の緒戦。

 当然のように失敗する航空攻撃。

 敵の全貌はおろか一兵卒の写真すらもロクに得られていない前線。

 

 そして神聖な民主主義の領土は絶対に侵されてはならないと、徹底した先制攻撃を命じてくる民主主義担当官。

 

「この戦は負ける」

 

 

 ――――――本当に、厄介な役回りだ。

 

 

「なッ……!? 聞き捨てなりませんぞ司令官!!!」

 

 

 のうのうと85区で暮らす選択肢もあったろうに。

 世捨て人となり、ひとりで暮らせる程度の生活基盤に引き籠もる手もあっただろうに。

 

 

「伝統と栄光の43軍を率いる軍司令官にあるまじき発言! 小官としましては看過するワケには参りませぬっ! ここは民主主義担当官として、偉大なる共和国を脅かす反民主主義的言動を用いる敗北主義者を――――――」

 

 

 

 

 だが。

 出会ってしまったのだ。

 

『いってらっしゃい。あなた』

『パパ!』

 

 

 

 

 

「黙らんか」

 

「黙るのはあなたです司令官! あなたほど偉大なる共和国に感謝するべき人物はいないでしょうに、白銀種でありながら共和国に対するその冒涜! あなたはもはや民主主義の敵であり、偉大なる共和国の敵であります! かような事態になってはやむを得ません! ここは国軍の腐敗を防ぎ、偉大なる共和国と偉大なる民主主義を守護する民主主義担当官としての責務を果たすべき時! 我、自由と」

 

 乾いた音。

 

「黙れと言ったのだ、私は」

 

 糸を失った操り人形のように、民主主義担当官がゆらりとバランスを失う。

 

「民主主義担当官は敵性砲撃兵器による遠距離砲撃に斃れた」

 

 そして"彼"は、その民主主義の権化を見下ろしながらに下命する。

 

「すでに司令部(ここ)は敵勢力の砲撃圏内だ。撤退する。()()()()()()()()で隣接する軍団に連絡しろ」

 

 

 自由と平等、博愛と正義そして高潔。

 それが"彼"の生きる偉大な共和国。

 

 

「栄光ある大陸軍を緒戦(ここ)で喪うわけにはいかない。撤退だ」

「しかし、司令官。まだ国境地帯の避難が……」

「国境地帯だと?」

 

 

 

 そして自由を守る――――とは。

 

 

「ギアーデ帝国との()()()()を守る義理はなかろう。撤退だ」

 

 

 誰かの自由を、奪う覚悟である。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。