スーパー五色旗に超栄光あれ! 作:戦え民主主義
甘くてジューシー、疲れがとぶ。
星歴2114年2月28日――――バトルランド合同共和国カナリア州。
どうしてこうなった。
某女戦記みたいな嘆きをする“彼”であったが、無理もない話である。
いつも通り僅かな予兆と誤った外交メッセージにより始まった戦争。ギアーデ
ギアーデ帝国は彼の国の飛地ケニンベルグが生み出されるに至ったバトルランド合同共和国の「叛乱状態」を鎮圧するべく国境線を突破し侵攻を開始。
その数、本国側から9個師団215000に飛地側から1個旅団12000。作戦参加航空機は750機。
この事実上の挟撃作戦に対することになる合同共和国軍は常備軍13個師団170000、制空戦闘機140機。
この数的劣勢にも関わらず、自由と民主主義の守り手たる共和国は
しかも志願制の弊害から動員は遅れに遅れ泥縄式。現地には先発隊として第15師団の歩兵2個連隊8000が共和国との連絡線となるカナリア回廊に展開しているだけという有様。
「……そして目の前には占拠された交通センター。
つまりは屋内戦、部屋1つを数十の屍で装飾する素敵な泥仕合を繰り広げろということ。
さらに加えるなら、そもそも建屋に取り付けるかも怪しい話。向こうに軽機のひとつでもあればこちらはミンチにされてしまうだろう。
「(しかしまあ、ここで死ねば
その未来を回避するべく軍内部での出世を選んだ筈なのに、現実逃避のような甘い死の誘惑を振り切れない“彼”を誰が責め立てようか。
いかに万物の霊長を騙ろうと、ヒトは明日より今日、10分後より1秒後を重んじる動物的本能から逃れられることは出来ないのである。
とはいえ。
未来のために、出来ることはやらねばなるまい。
「いい顔になりましたな。中尉」
「……どうかな、軍曹」
支えてくれる部下に弱みは見せまいと、震えている手を抑える“彼”に軍曹は笑う。
「中尉、貴方は圧政と暴虐への怒りに震えているのです。恥じることはない」
「それが共和国流か」
笑えないが、笑うしかない話だ。
「爾後を頼む」
「承知いたしました」
腰に吊り下げたるは銃剣。きらびやかな
「小隊、白兵戦用意」
合金製のそれを小銃先端のマウントに装着。
「小隊着剣! 着剣ッ! 指揮官殿が突撃なさるッ! 着剣せよッ!!」
ギアーデ
寒くない冬と寒い冬により構成される雪の都。
遥かなる帝政時代の歴史を語る建造物群に石畳の街路。
有事となれば要害としての効果も発揮する入り組んだ街並みの中に、その小さなカフェはあった。
「閣下、本当によろしかったのですか」
「閣下とは誰かね?」
そんな分かりきったことを聞くなよと思ったに違いないが、表情には出さない副官に“彼”は言う。
「ここの寒さと偉大なる共和国陸軍の高級士官が着用する外套には感謝だな。こうして寒さを和らげ、私の身分は覆い隠される」
端から見れば、“彼”は悪辣な共和国の連邦派遣軍に仕える佐官クラスの将校にしか見えないだろう。
もちろん知る人が見れば“彼”の身分は明らかだったが、それでも
「さて。そろそろ
“彼”がそう言った時、耳に届くのは小気味よい音。
パカリパカリと石畳に響く蹄鉄の音。
自国民への食糧供給すら危ぶまれる共和国では維持し得ない、連邦首都警察の騎馬警官隊。
「こうして、警備ひとつで散々にマウントを取られるわけだ。弱小国にはなりたくないものだな」
「…………」
他人事のように言う“彼”に副官は微妙な表情。
そんなこんなで警官隊を見送れば、本命の大衆車がカフェの前に止まる。
「やあ、見知らぬ人。今日は久々に
周りの偉いさん達に止められて、なかなか外にも出られないものでねと苦笑いしてみせるのは、規格品のスーツに身を包んだ優男。
「これはこれは
立ち上がり慇懃無礼を働く“彼”に、ギアーデ連邦暫定大統領のエルンスト・ツィマーマンは眉ひとつ動かさずに席へと歩み寄る。
そこへ音も立てずにやってくる店員。
暗殺者なら必殺の距離だが、店員が取り出したのはメニュー表であった。
「ご注文は?」
「コーヒーを、アイスで。彼にもひとつ」
エルンストは“彼”の副官の分も、とは言わなかった。
状況を察した副官が下がるのをみて、エルンストは席に座る。合わせるように“彼”も。
「……嘆かわしいことだよ。首脳会談をやると言えないのはもちろん、君を素晴らしい帝国様式のホテルに招くことも叶わないとはね」
「お忙しい暫定大統領閣下の手を煩わせ、形式的に外交スケジュールを埋めるよりはよほどマシでは?」
「なるほど? 君はどうやら実務家のようだ」
エルンストは「君も」とは言わなかった。
これを彼が積極的に口にする意味は大きい。
「さて、コーヒーが
語らうことなどない、と。
この会談が実務的な成果をもたらすことはない、と。
そのように彼は言っている。
とはいえ、それは拒絶などではなく。
むしろ連邦の元首として出来る精一杯の抵抗であろうことは間違いなかった。
“原作”の描写からして、ツィマーマン暫定大統領はギアーデ連邦の神輿である。
なにせ“主人公”たちを保護し、戯れる時間すら取れる国家元首である。暇な国家元首は飾り物と相場が決まっている。
もちろん、暫定大統領である以上はこの男が連邦そのもの。故に「決定的な局面」において彼は己(連邦という国家)を人質に取ることで
つまり、彼は連邦を壊せるが連邦は導けない男である……というのが精緻な頭脳が集まると言われる共和国中央情報局の見立て。
ギアーデ帝国の暴走を読み切れなかった間抜けに同意しなければならない日が来るとは“彼”も思わなかったが、それが現実なのだから仕方がない。
「
エルンストの言葉を無視した“彼”の言葉に、ギアーデ連邦の暫定大統領は流し目。
「未来とは子供だ。つまり子供たちが何不自由なく教育を受け、職業選択の自由を享受出来る世界だ」
“彼”が語るのは理想論。そして共和国批判。
なにせ連邦は「望まぬ兵役」に駆り立てられた「
「……なにを言いたいのかな?」
「極めて限定的な領域で、私と閣下は協力できるということですよ」
ここに来てエルンストは眉を顰める。この生産性のない会談が始まってから、初めて彼が表情を崩した瞬間であった。
もちろん、それが
「共和国は道を誤った」
「……それは、君個人の発言だね?」
「私が口にしたのだから、当然私の発言だろう」
もっとも、盗聴器の向こう側にいる連邦首脳陣はそうは思わないだろうが。
「だが、その道を誤るに至った
「ふむ……僕の認識が間違っていなければ、戦前の共和国は
「おや。聡明な閣下らしくもない。
つまり共和国の未成年者であり、連邦においては貴族を除く被抑圧人民である。
「何が言いたい?」
「
少なくとも中等教育あたりまで終えている学生なら、連邦でも十二分に価値があるはずである。
勤労学生にせよ学徒動員にせよ、多少は教育されてないと使い物にならないのだから、当然だ。
「僕の一存では決められないな」
「
“彼”の言葉に対するエルンストの反応は苛烈そのもの。
言葉は発さず、表情ひとつ動かさず。しかし目の色が文字通りに変わる。
それから彼はアイスコーヒーの入ったグラスを傾けて、中身をスーツへと零した。
「
「次の夏に共和国は陥落する。私と妻
「残念だよ、大統領」
エルンストは、力なく首を振った。
「君は、
「子持ちが理想だけを語るのはちとキツくてな」
人間、自分の手の届く範囲しか守れないのだと嗤う“彼”。
「それに私は政治屋だ。政治屋は有権者から権利を借り、それを行使することで
「なるほど、それは非常に興味深い話だね。では君の言う利益が子供たちの未来だと?」
「いや、まさか」
私の役目は未来への架け橋だ。
自由と民主主義の守り手として、後世にその思想の火種を継ぐ役目を有権者から
「子供の安全が保障されるのなら、どんな怠惰な共和国人も死兵になれるだろうさ」
その言葉を聞いて、エルンストは肩を竦めるのだった。
「なるほどね。我が国のお歴々が僕をどんな目で見ているか、少しだけ分かったような気がするよ」
その後。
連邦の閣僚や経済界の重鎮、そして軍部――――全員帝国貴族である――――との実務的なやりとりを終え、“彼”と
その、帰り道。
「かつて、この地で不幸な諍いがあったことを知っているかね?」
「……存じ上げております。閣下の栄光に満ちた軍歴の第一歩。共和国の英雄を生み出した地」
いやもう普通に
それにしても英雄、英雄か。
「この回廊を守るために大勢の戦友が斃れた。必ず来ると信じた援軍を待ち望んで斃れた」
カナリア回廊の戦い。
あの2114年の戦役で、ギアーデ帝国はバトルランド合同共和国を直ちに併合しようとなどは考えていなかった。
この回廊、バトルランドと自由民主主義陣営との連絡回廊であるカナリア州さえ占領してしまえば、貿易が止まり経済は壊死。国民を守るためにバトルランド政府は帝国へ帰順せざるを得なくなることを帝国の貴族たちは理解していた。
ゆえに帝国軍は20万の
対するカナリア州防衛戦力は、合同共和国軍4700に共和国軍8000。
「
“彼”は語りかける。
あの日の戦友たちに。
「私は
“彼”は語りかける。
この会話を聞いているであろう連邦に。
――――なあ、軍曹。
――――私は死者をも利用する政治屋になったが、貴方はどう思うんだろうな。
英霊はもちろん、答えない。