スーパー五色旗に超栄光あれ! 作:戦え民主主義
超妄想
将来を見据えて点と点を繋げることはできない。
過去を振り返って点を結ぶだけだ。
はじめまして。
わたくしは
ミリーゼ家にお仕えし、掃除洗濯に炊事といった家庭内労働を担わせて頂いております。
ちなみに、世界最高水準の民主主義を世界で誰よりも早く実現した先進的共和体制を堅持する共和国において、使用人という「主人への隷属」を前提とする職業は忌避される傾向にあります。従って、わたくしの公的な――――いえ、ここは敢えて税制上の立場と申しましょうか――――は個人事業主。いわゆるフリーランスの家事手伝い業者ということになります。わたくしをそのように扱うのは徴税を担当する行政職員の方だけですが……。
さて、あまりに格式張ったお話をして退屈させてしまうのも恐縮でございますので、本日はわたくしめにとっても小さな試練となった、あの日の出来事についてお話しさせて頂きたく。
そう、あの日。
星歴2149年8月25日――――大攻勢と呼ばれる、レギオンめが85区内に侵入した時のことを。
『……繰り返しお伝えします。偉大なる共和国陸軍は、ただいま85区内にて特別な軍事作戦を実施しております……』
「奥様! 奥様!」
少し羽を伸ばして来なさいと、そう送り出された革命祭。その賑わいが一瞬にして吹き飛んだ夜のこと。
今更ながらの灯火管制と交通規制が敷かれた中心部の第1区にて、何度も就業証明書を掲げながら辿り着いたいつものお屋敷にて。
「……遅かったわね、往きますわよ」
奥様は、いつもにも増して着飾った格好で
「いく、とは。どちらに?」
「決まっているでしょう」
その表情は、いつにも増して真剣。
「最前線よ」
「……」
よもや、奥様が伊達や酔狂の類いで動いていないことには確信が持てていました。
であるからこそ、わたくしは聞かないわけにはいかなかったのです。
「なにゆえ、に……」
「あの娘を取り戻すためよ。あの娘だけでも」
わたくしは、かねてより奥様に仕えた身。
……ゆえにわたくしの話は、多分に奥様の立場に寄り添ったものであることはご了承くださいませ。
奥様がカールシュタール家よりミリーゼ家に嫁がれたのは、もはや何十年も昔の話。
星歴2131年。極東に残された最後の国がギアーデ帝国に併合され、その矛先が再び私たち民主主義国家群へと向けられようとしていた頃のこと……。
ええ、そうです。にわかに民族自衛が叫ばれ始めた時代。多民族共生がギアーデ帝国からの介入の口実にされうるというリスクがにわかに浮上した時代。思えば、あの時代は私たちにとって最後の春の時代でした。
……すみません。話が逸れましたね。
なにぶん、その後はひどい時代なものですから。
話をもどしましょう。そう、奥様がミリーゼ家に嫁がれたのは、紛争で大きく傾いた本家筋の事業を建て直すためであったと言われています。
あとは、そうですね。民族自衛の一環として
……ですから、正直なところを申し上げて、わたくしは心配しておりました。旦那様がもし、徹底した排外思想の持ち主であったらどうしようかと。
「もちろん、その心配は杞憂であった訳ですが……」
そこからも暫く「奥様」の身の上話が続き、最後にウラディミール・ミリーゼという少女が「奥様」にとっていかに大切な存在であるか、彼女の人生において救いであったかが語られる。
その仔細は、全てを語っていては紙面が足りないので省くとするが……。
「では、なぜミリーゼ夫人は前線付近での避難活動に携わっていらしたのかしら」
「と、申されますと」
メイドは何を聞かれたのか分からないというような顔をする。
「あの時、ご息女のウラディミール・ミリーゼ大佐は85区内で指揮をとっていらしたのでしょう?」
少なくとも、大攻勢の最中で直接"彼"に
「国軍本部か、どこかに行った方が良かったのではなくて?」
「奥様は……建前を使うのがあまりお上手ではないので」
つまり、最前線に赴いたのは「娘を取り戻すため」ではなかったということ。
「奥様は、知己の伝を頼り数十両のトラックを集められました。各区の交通規制を様々な手段で突破し、壁内の前線へと」
「…………」
違和感を覚える。
"彼"から聞いているミリーゼ夫人の為人は
であれば、なぜ夫人は避難活動に馳せ参じ、それどころか身を挺してまでレギオンから幼子を庇ったのか。
……より踏み込んでしまうのなら、なぜ
「奥様は、正しいことをなしたのだと思います」
それはつまり、手に届く範囲での「正しいこと」。
共和国は85区という「線」を引いたのだから、その「線」の内側は正しく守ろうということ。
なるほど。確かに
「そうね。私も民族のひとりとして、崇高なる魂の
こちらの軽薄な修辞句に恭しく頭を下げるメイド。
「……ところで、話は変わるけれど。ご主人について気になることがあるの」
「旦那様のことで?」
「ええ。うちの人がね、あなたのご主人と
実際には同じ共和国軍に所属していたというだけで接点はほとんどないそうだが、そんなことは目の前のメイドには調べようがない。
「
けれど、とそこで言葉を区切る。
どうにもそうには思えないのよね。呟くように告げる。
「なにか、貴女の知っていることを教えてくれないかしら」
「そう申されましても……」
メイドが困惑するのは当然だろう。
なにせ彼女は家事代行業を担う単純労働者のつもりでミリーゼ家に仕えている。恐らくは家を取り仕切っていたであろう夫人と執事は戦火の灰と消えている。
「ごめんなさないね。
「だ、大統領閣下が奥様に勲章を……?!」
とはいえ、他ならない“彼”の頼みなので渡されていたカードを切る。
「ええ。可能なら奥様だけでなく、ミリーゼ家の全員に」
「!!」
貴族制度の残っていない圧倒的平等国家である共和国において、勲章とは現代に唯一残る「一代貴族」階級である。
「そ、それは……奥様もお喜びになられると思います……!」
その「階級」に対して標準的な反応をするメイド。
そう、本来権威とはこれほどに強く、そして人々はその権威に振り回されるもの。
『ようこそ。ミリーゼさん、さあ上がって。まずはお茶にしましょう、それから……』
『申し訳ありませんが、奥様。小官は上級大将閣下に意見具申に馳せ参じた次第でありまして、そのような歓待は』
『まあ。令嬢はそうカッカしないものよ。まずは座って、気を落ち着』
『落ち着いて? 落ち着いていられる状況ですか?!』
ええ、あの日みたいに貴種の、それも純血の令嬢があのように粗野な態度をとるべきではない……というのは半分以上恨み節だから脇に置くとして。
なんにせよ、ミリーゼ家は「特殊」なのだ。共和国人が革命の熱に浮かされて捨ててしまった、棄てるべきではなかった輝きを保っている。
「ヴァーツラフ・ミリーゼ陸軍少将。ご主人について知っていることがあれば、教えてほしいの。特に、彼の人権思想について」
だからこそ、私たちは知らなければならない。
貴種としての
『どちらへ?』
電話に手をかける。呼び出し音が鳴るより先に交換手が呼び出し先を問うてきた。
「中央図書館の司書を呼び出してくれ」
『かしこまりました』
「注文させてもらうが、今の私が求めているのは御用学者でなく優秀な司書だ。頼むよ」
『かしこまりました。少々お待ちください』
一旦切れる電話。大臣官房や国軍本部ならすぐに繋がるだろうが、今回は「適切な」司書の選定やらで時間がかかることだろう。
という訳でその隙に“彼”は携帯を取り出す。
公私の区別などなくなって久しいその番号にかけると、しばらくして“彼”の伴侶が出る。
『人使いの荒い大統領閣下。ごきげんよう?』
「小言なら聞くよ」
『私はあなたの小間使いではないのですよ』
「知ってるとも。埋め合わせはできるかい?」
『屑鉄を滅ぼした後にならいくらでも』
「……」
『冗談です。丸一日休暇を取って、ショッピングにでも付き合ってちょうだい』
「善処しましょう、
国内産業の視察とでも銘打って、最初の30分だけでもメディアに公開すれば半日くらいはデパートを貸し切れるだろうか?
そんなことに思考を飛ばす“彼”をいいことに、サロンやら在郷軍人会やら戦災慰問団にまで顔を出したのよと伴侶は文句を垂れながら本題へと進んでいった。
『それで、故ミリーゼ少将の為人だけれども。至って普通の共和国人だったわよ』
「普通の共和国人か、つまり……」
『ええ。自らの地位を生まれ持ったものと信じて疑わず、他人の不幸を救うべきと啓蒙に邁進する、平等なパイの切り分けに遠近法を導入しかねない――――あなたの大嫌いな共和国人』
「そこまでは言っていない」
思ってはいるのでしょうとは彼女は返さない。
それは、“彼”が民主主義を信じ共和国を救うべく邁進していることにより得られたささやかな信頼の成果である。
『ねえ、やっぱり信じられないわ。本当に彼は
「それを確信に変えるために調査を頼んだつもりだ。そして〈レギオン〉が優秀な頭脳を、それも軍事作戦を立案し実行できる高級将校を求めているのは間違いない」
『そうね。でも彼は普通の将校なのでしょう?』
そのとおり。
将官ではなく佐官クラスの頭脳が、どうして統括ネットワークの直下に入れているのか――――“彼”はその答えを探していた。
“原作”がそうだから、というのでは説明がつかない。
なにせ高級将校、特に将官クラスの頭脳を〈レギオン〉が欲しているのは他ならない“原作”に記されている。
そして共和国や連邦より小国はいくらでも存在するのだから、故ミリーゼ少将より上位の将官の脳味噌を手に入れることは出来るのではないか?
また“原作”が共和国東部(=連邦西部)戦線を中心に描かれる都合、単に共和国方面軍(という言い方が正しいのかは分からないが)を指揮する以上の指揮官機が登場しなかった可能性も否定は出来ない。
この場合、共和国はクソ雑魚ナメクジなので
いや、共和国は実際クソ雑魚ナメクジなのだが……〈大攻勢〉には連邦や他の国に対する総攻撃も含まれるのだ。
そんな〈大攻勢〉の
となれば、やはり〈ノウ・フェイス〉はそこそこ以上の上位指揮官機であり、そして共和国を辱めるためだけの攻撃日程を設定できると考えるのが妥当なのではないか?
それとも、統括ネットワークが重視したのは季節であって、詳細な日付の指定は行われていない? であれば作戦開始日を数日ずらす程度の裁量は現場指揮官でも持ち合わせるかもしれないが…………
『ねえ。あなた』
思考の海に沈みかけた“彼”を、伴侶は引っぱりあげる。
『私は軍隊のことはわからないけれど。指揮官の良し悪しはそんなに大きい影響があるものなのですか?』
もちろんある。と言いたいところだが……。
「彼我の戦力差が一定の範囲に収まるなら、大きな影響がある」
『〈レギオン〉と
「……どうかな。私も具体的な数字は知らない」
『でしょうね。知っているならあなたは諦めている筈だもの』
理解が早くて助かるよ、とは皮肉になってしまうので言わないが。
「一定の範囲に収まると信じて、敵の指揮官をプロファイルする。これが私に出来ることだ」
もし、相手に顔があるのなら。
少なくとも一刺しは出来る。それだけが希望だ。
「では、また電話する。愛してるよ」
通話を終える“彼”。ちょうど合成紅茶を淹れて執務室に入ってきた副官が、さすがに違和感を覚えたのか口を挟んでくる。
「あの、閣下? 先ほどの電話はいったい」
「ん。あぁなに。ちょっとした思考実験だよ」
まあ掛け給えと言って、“彼”は副官を座らせる。
そこには都合よくカップが2つ。滅多に運ばせない合成紅茶を淹れさせる意味を副官は理解しているのだから、当然だ。
「〈レギオン〉が人間の脳構造を模して延命措置を図っているのは知ってのとおりだが、その際に
「え、それは……」
なにを聞いているんだと言いたげな副官の顔。
“彼”は合成紅茶の香りを楽しんで、隣に置いた蒸留水を口に含む。
その待ち時間をたっぷり使って、副官は静かに切り出した。
「死んだら何も残らないのでは……?」
「
「はい。さすがに突飛といいますか」
副官の顔。
まあ例の“斥候型”の情報共有も連邦からはなされてない(共和国の信用度はあらゆる国家をも上回るらしい)し、信じられないのも無理はない。
「……そういえば、閣下は以前もヴァーツラフ・ミリーゼ少将に接触していましたね」
「よく覚えているな」
そう、あの結局は失敗した“原作”介入。
娘を伴っての戦場旅行は封じたものの、その直後に発起した〈レギオン〉の攻勢にミリーゼ陸軍大佐は手持ちの
その時は、これが造物主の復元力かと少し嘆いたものだが……。
「妙だとは思わないか? 仮にも連隊長クラスの将校がそんな簡単に首を……首だけを取られるはずがない」
戦死者に敬意を払わない国は軍事強国たり得ない。
そして共和国を守護する
「そこで私は考えた。故ヴァーツラフ・ミリーゼ少将は
「はい?」
「私も、ちと妄想が過ぎるとは思うがね」
そこで調査しているのだと“彼”。
「お話が見えません」
「異能の話だよ。なんか過去を見通したり、ものすごく頭が冴えたりするヤツだ」
「そのような異能の存在を、共和国政府は否定しております」
「当たり前だ」
異能の存在は反動各国が自国の王族を讃えるために生み出した
自由と平等のもとでは、人民に生まれながらの差異があってはならないのだから。
「さて。私は聖女マグノリアは王侯貴族の出自だと思うのだが、君はどう思う?」
「…………私には答えかねます」
「そうだ。共和国、すなわち
それはもちろん、聖女マグノリアが市民によって処刑されたからである。
革命の象徴でありながら革命政府に処刑されたというのはあまりに外聞が悪いので、共和国の「建国神話」と「歴史」は明確に分離されている。
「では聞くが、なぜ聖女マグノリアは処刑されるに至ったと思う?」
“彼”は合成紅茶の香りを楽しんで、隣に置いた蒸留水を口に含む。
その待ち時間をたっぷり使って、副官は静かに切り出した。
「……聖女マグノリアは、市民ではないから」
「そうだ。これは先々代の大統領が
では、なぜ革命の成し遂げた聖女マグノリアが市民ではないのか?
「私の解釈はこうだ。聖女マグノリアは共和国を異能の呪縛から解放した」
呪縛とは王政であり、貴族であり、純血の貴種が持つという異能である。
「きっと、彼女は熱烈な共和主義者だったのだろうな。そしてかつて純血の
人々を思うままに動かし、ある一つの方向へ国家の全てを向かわせることが出来る……高度な秩序が維持され、国内に叛乱の心配がないのなら
それは間違いなく、他の貴種が保つ異能より遥かに国家運営に向いている能力だ。
「だが
その近年における典型例がギアーデ帝国の暴走と〈レギオン〉である。
そもそも〈レギオン〉には帝国軍とすら協働出来ない致命的な欠点が――――帝国内の対立を思えば意図的な仕様なのかもしれないが――――あるというのに、それをいきなり実戦投入とはどうかしている、本当にどうかしている。
どうかしている政策がまかり通ってしまうから、中央集権とは救いがたい政治制度なのである。
「おっと、話が民主主義礼賛に逸れたな。聖女マグノリアが保っていた異能の話をしているんだった。つまり、彼女が実際には民衆の支持ではなく
「閣下、聖女マグノリアは共和主義の象徴です」
副官のその返事こそが答えである。
「その通り。だからこそ真剣にならなければ」
異能を保つもの、民衆を導くとされた聖女は、自らの命すらもなげうって民主主義を芽吹かせた。
「ひとまずだ。同じく民主主義を奉ずるものとして、私はいま彼女について非常に興味が湧いている」
「……その名目で、なにを調べるのです?」
「純血の
その妄想が芽吹くか否かは、いつかの歴史に委ねる他ない。