スーパー五色旗に超栄光あれ! 作:戦え民主主義
我々はこの国で死に、名誉を守る。
私に自分の国を亡命先として提供するという者は道徳の欠けた人物だ。
穏やかな日だった。
爽やかな風が川面を撫でて、陽光が反射してチラチラと光っている。
世界最高建築技術を誇るために建造された鉄骨製タワーは、今日もその彫刻を思わせる精巧な意匠を観光客たちに見せつける。
自由世界の灯台として世界から数多の民族を惹きつける共和国が、四半世紀ほど先に世界で最も嫌悪され、恨まれる国に落ちぶれるなど誰が思うだろうか。
「……それで、話というのは?」
そんな破滅を約束された国に生きる“彼”の目の前には、共和国内でも名だたる名門の娘。
貴族の
「あら、逢瀬って親の管理のもとでやるものかしら?」
「逢瀬であれば、違うな」
「そうやってすぐに煙に巻くんだから」
彼女がなぜ、あの日の“彼”に近づいたのか。今でも“彼”はその真意を知らない。
この時点の彼女は“彼”の抱える「未来らしき何か」を知らないのだし、知らないのであれば“彼”は何処にでも居る、箔付けのために士官候補生となった
そして彼女もまた、名門の娘として親に結婚相手を見繕ってもらう立場でしかなかったはず。
あの時のことを彼女は「直感」としか説明しない。
“彼”の抱える「未来らしき何か」に慮って「運命」とは決して言わない。
ただ、最後には“彼”は
あの日の景色は、"彼"にとって――――
星歴2150年8月25日。朝。
サン=マグノリア共和国2区。
共和国標準時 午前7時42分。
『おはようございます。大統領閣下?』
「おはよう、私の宝物。そして革命おめでとう」
『そうだった! 革命おめでとう! 五色旗に栄光あれ!』
画面の向こうで笑っているのは“彼”の娘。
滅亡寸前クソザコ人権無視国家である共和国といえど、大統領の娘となれば多少の役得はある。
それがこの回線の優先使用権。再開した国際高速鉄道に沿って敷設された通信回線によるリアルタイム通話。
ギアーデ連邦に
「今日は共和国にとって大切な日だ。親善大使としての役目をしっかり果たしてくれよ?」
『任せて。今日歌う歌もバッチリ練習したんだから!』
「さすがだな」
“彼”の曖昧な相槌にも気を良くしたらしい娘は、そのまま歌い始める。
『♪朝焼に翻る旗ぁー人生の、偉大な一歩!……』
「♪聞けよ、母なる大地にぃー、激しい突風が吹く!……」
“彼”は思う。
こうして娘と言葉を交わせるのは、きっと最後だ。
なにせこの後、共和国は消滅するのだから。
『♪そして闘争は続く!……』
「♪胸の内で、心が騒ぐー……」
そうして、あっという間に短い時間が終わる。
「そろそろママに変わるぞ」
『うん。元気でね』
共和国標準時 午前7時51分。
「おはようございます。閣下」
努めていつも通りに伴侶に見送られ、“彼”は装甲車による車列の中心、大統領専用車の中で副官の出迎えを受ける。
「本日の予定ですが」
いつもなら分単位のスケジュールをざっくり噛み砕いて伝えてくる“彼”の副官。しかし今日は違った。
「航空宇宙センターより、件の
「……そうか」
つまり、
「ギアーデの友人たちは気付いているだろうか」
「我が国よりも多くの領空を確保しているのですから、気付いていることでしょう」
そう信じたい。
とはいえ、他国の軍事政策、それも予備陣地への部隊の移動や前線基地からの退避などという戦術的な事柄に口を挟むことは出来ないのだから、信じるしかない。
「では、私は私に出来ることをしよう。今日の予定は?」
共和国標準時 午前9時26分。
王政時代の宮殿をそのまま流用した国民会議場は、先進的民主主義国家である共和国が世界に誇る文化遺産である。
「祝日だというのに、今日は騒がしいな」
「今日は革命祭ですから」
しかし居座る人物たちまで世界に誇れるかは分からない。
戦時中にも関わらず祭りの準備とは……いや、そういえばギアーデ
今夜の革命祭に向けて、国民会議場ではライトアップの準備が進んでいる。普段なら休日には一般公開される議場も今日は休み。つまり誰の目にも留まらない。
「議員たちは集まるだろうか?」
「集まることを期待しているので?」
副官の言葉に“彼”は思い出したように議場を見渡す。
だだっ広い議場は無人だ。いや正確には“彼”と“彼”に付き添い続けた副官と、大統領補佐官や報道官をはじめとする政権の側近たちと佇んでいた。
「期待しているさ」
期待しているからこそ、大統領府ではなく議場を演説の場に選んだのである。
あわよくば、この演説の後に驚くべき数の民衆が詰めかけることを望みたいところだが……。
「それこそ、望みすぎというものか」
肝要なのは共和国の生存、人類の生存。
百点満点など望むべくもないのだから、及第点で満足しなければ。
「間もなくお時間です」
カメラのセッティングが終わったらしい大統領府の職員が駆け寄ってくる。
「では始めよう」
「副大統領、下院議長、ならびに上院議員及び下院議員の皆さん」
本日、共和国標準時9時15分頃。サン=マグノリア共和国は、いわゆる「レギオン」として認知される無人稼働兵器プラットフォーム群から突然かつ準備周到な攻撃を受けました。
サン=マグノリア共和国のレギオンに対する対処方針は、我が国固有の領域、また自由ならびに民主主義の価値観を共有する諸国の平和的な情勢を維持することに注力しており、また、レギオン群の最終的な稼働停止にむけて、電子的・物理的な干渉を続けるべく周辺諸国との協議を続けているところでした。
しかしながら、共和国と周辺諸国の努力は失敗したことをここにお知らせ致します。
「……我々は、我々は敵の機械化された
”彼”の側近、その誰か――――もしくは全員――――が息を飲む気配。
当然だ。五色旗の旗手、民主主義の守り手とされる共和国の大統領が自らの口で軍事的敗北を認める。それがどれほどの政治的意味を持つか、この場にいる誰もが理解している。
しかし、閉鎖された大統領府から空虚な勝利演説をするよりかは、この演説はよほどマシな結果を招くことだろう。
そのために”彼”と彼らは、今日の演説に国民会議場を選んだのである。
「本日の共和国陸軍、ならびに在共和国ギアーデ連邦軍に対する攻撃は、最前線に配備された全ての将兵に深刻な被害をもたらしました。
さらに、未確認情報ではありますが、周辺諸国に対しても同様の攻撃が実施されており、我々は周辺諸国との連絡線を絶たれつつある状況にあります。
レギオンが、大陸全域にわたって奇襲攻撃を仕掛けてきていることは、明らかです」
〈レギオン〉が
その結果、対策は存在しないというありがたい結論が出るに至った……正確には、対策に必要な資材で予備戦力を積み上げる方が効果的であるという結論が出た。
なにせ大気圏突入を伴う飛翔体を軌道へと投入するのだ。高コストの割に落着物の質量は小さく、攻撃の効果は見込めない。それこそ年単位の準備の上で実施したとしても各国の主要陣地に部分的な損害を与える――――その損害を通信インフラや物流結節点に集中させることで、被害を極大化させることは当然可能である――――のが精一杯である。
ならば、予備の通信施設を建設したり司令部施設などを分散配置することで、衛星砲弾と呼ぶべき敵の超
となると、残る脅威とは?
単純明快、奴らの織りなす鉄の津波。すなわち物量戦術である。
〈レギオン〉は、単純な正面圧力だけで人類全ての勢力を圧倒しうる。それを彼らがしないのは、彼らの目的が人類の殲滅よりも別の目的にあるから。
そして力を持たないものは、その隙に付け入るしかない。
「私は、陸海空軍の最高指揮官として、我々を守るため、あらゆる措置を取るよう命じました」
すべては共和国の生存、そして自由と民主主義の灯火を消さないため。
「そして、我々すべての国民は、我々に加えられた熾烈な攻撃がいかなるものであったか、決して忘れることはないでしょう。
そして、国民は、このあらかじめ計画された侵略に打ち克つためにどんなに長くかかろうとも、その正義の力で必ずや完全な勝利をつかみ取ることでしょう」
「そのために――――」
”彼”は言葉に詰まる。
ここから先の言葉は、何を呼ぶか分からない。
しかし何を言おうと、共和国の防衛体制が崩壊した――――それ自体は失われて久しいのだが、その防衛体制を提供していた連邦のバックアップが消滅することが明白となった――――今、共和国として維持されている領域が〈レギオン〉の津波に呑み込まれるのは時間の問題。
「(そうだ。準備はした)」
政府高官の親類を中心とする子供たちの
数千万の共和国人を移送するための貨客車準備。
「そのために……我々がすべきことは、なにか」
”彼”の言葉に報道官が顔色を変える。
補佐官が天井を仰ぐ。副官は肩を竦める。
本来なら、この演説は最後に戦時体制の布告。そして戦時大権を用いた全共和国市民の共和国陸軍編入と全財産権の凍結を告げ、議会は布告に対する拒否権を行使することが可能であるという形式的な通達を行うだけだった。
それが必要なことは明白だ。共和国は
だが”彼”はいま、原稿にない言葉を告げようとしている。
「共和国は、敗北した」
「しかし、これで終わりだろうか?」
「希望は失われたのか? これは決定的敗北なのか?」
「私を信じてほしい。真実のもとに言おう、共和国からは何も失われていないと。我らの最も重んずるべき価値観――――自由と正義、博愛と高潔そして平等は失われていない」
「ならば共和国はまだ敗北していない。レギオンは我らを打ち負かしたが、我らの心までを打ち砕くことはならなかった。であるならば、我らは奴らと同じ方法で、いつの日か我々は勝利を手にすることができるのだ」
「共和国は孤独ではない。孤独ではないのだ。共和国は広大な連邦を背後に控えている。共和国は周辺諸国と足並みをそろえ、戦いを続けることができる。この――――」
この戦争は、と言いかけて、”彼”は少しばかり逡巡した。
共和国にとっては
だが演説を止めることは許されない。そのまま続けるしかない。
「――――この戦争は哀れな我々の領土だけで終わることはない。この戦争は共和国の戦いによって終わることはない。この戦争は
かつて、共和国と
ゆえに誤りを犯し、手間をかけ、苦しみをもってねじ曲げようとした。
しかし、この真実が変わることはない。
つまり、ようやく向き合う日が――――〈大攻勢〉においても認められなかった代物にようやく向き合う日がやってきたのである。
「世界には、いつの日か敵を打ち破る方法がいくつも残されている。今日強力なレギオンに敗れたのなら、この次はより強力な
「それゆえ――――私は人類の最先端を往く共和国政府の首領として、
反発は免れない。
反発を抑えるために、"彼"は多くの持ち出しを必要とした。
実際には、ここからさらに多くの代償を支払うことになる。
「
だから、"彼"は命じる。
「――――共和国陸軍、前進せよ!」
静寂。
無人の議場に、虚しく反響する”彼”の声。
「……抜かりないな?」
駆け寄ってきた報道官に大きなため息を吐いて問う”彼”。
「万事問題ありません。放送には閣下の宣言後に『革命軍前進せよ』*1を差し込みました」
「よかった、補佐官」
「はっ」
「私の身勝手で正規の布告とは異なる形としてしまった。手続き上の問題は?」
「下院議長に本来の原稿を書簡として届けさせます。それに、問題にはなりませんよ」
補佐官は、せいせいしたと言わんばかりの笑み。
「なにせこの大事に至り、下院議長はおろか議員のひとりも現れなかったのですから」
「避難便の
茶化すように付け加えるのは報道官。”彼”の副官は苦笑に留める。
共和国は文明国であるからして、民主主義の
そして拒否権を持つ議会、違憲判決を発することの出来る最高裁は今の大統領令を無効化する機能がある。
ゆえに彼らには、
国際高速鉄道のプラットフォームは今頃、大きな手荷物を抱えた政府高官とその家族で埋まっていることだろう。
もちろん、大統領に対するリコール権を持つ市民が署名を集め、中央選挙管理委員会に提出する可能性もなくはないが……さすがにその前に大統領府に〈レギオン〉が殺到することだろう。
「では諸君、仕事にかかろう」
〈星歴2150年8月25日〉
共和国標準時 午前9時34分。
ギアーデ連邦、共和国の救援要請を受けて共和国救出作戦の実施を決定。
共和国標準時 午前11時00分。
共和国救出作戦開始。共和国文民(全国民共和国軍編入措置の例外となる未成年者ならびに出産適齢期の女性、および議会・政府関係者)の移送を開始。
共和国標準時 午後6時38分。
下院国防委員会、西部地域から撤退する共和国陸軍に対して抵抗命令を発出。これに抗命した西部方面軍司令官を即時解任。
〈星歴2150年8月26日〉
共和国標準時 午前7時00分。
大統領府より声明、文民疎開の遅延について「反民主主義行為とみなす」旨を通告。敵前逃亡を行った共和国陸軍将兵については共和国政府の東部移転完了後に断固たる措置を取るとのこと。
共和国標準時 午前7時30分。
下院国防委員会、西部地域に発した抵抗命令を撤回。同時に共和国全軍に対して「秩序だった転進」を適切に実行するよう指示。
共和国標準時 午前11時30分。
大統領、第86機動打撃群旅団長とオンライン会談。共和国陸軍のギアーデ連邦「移転」について支援を行う趣旨で合意。
共和国標準時 午後8時03分。
シャリテ国際高速鉄道車両整備センターに3発の榴弾が落着。以降共和国側での車両整備は不可能になる。
〈星歴2150年8月27日〉
共和国標準時 午後5時00分。
共和国内における避難誘導を打ち切り。
〈星歴2150年8月28日〉
共和国標準時 午前7時37分。
共和国絶対防衛線にて会敵。
〈星歴2150年8月29日〉
共和国標準時 午後15時00分。
共和国政府ならびにギアーデ連邦共和国派遣軍、共和国救出作戦の終了を宣言。
また同時刻に共和国軍は