スーパー五色旗に超栄光あれ! 作:戦え民主主義
私は自分が下した決断のために眠れなくなることは全然なかった。
〈星歴2150年8月30日〉
共和国標準時 午前8時23分。
サン=マグノリア共和国2区。
白亜の宮殿を思わせる大統領府。
そこに居座る"彼"の下に集まるのは、錚々たる面々。
「敵軍は広範囲で陣を突破し前進しております」
それぞれ色分けされた駒として地図上に表示され、大きさの大小で集団の規模を示している。
「南部ではツールーズを占拠し、スタンスドルフに進軍しております。北部ではフローラルとパンヤーの郊外で行動しており、西部ではリシュリュー・マールセン・カヲスホルストの線にまで到達しました」
まさに絶望的な状況である。
いわゆる〈第2次大攻勢〉は既に6日目。
各地で戦線は崩壊し、後背地のある国は既に後ろに下がった。後背地などない共和国は決死の抵抗を続け、大統領府の置かれる共和国2区に〈レギオン〉の侵入を防ぐという奇跡を成し遂げた。
しかしその奇跡も、所詮は
「シュタイナーの攻撃で平穏を取り戻すだろう」
会議室の面々は目配せ。
「大統領閣下……。シュタイナーは……」
「シュタイナーは攻撃のための兵力を集めることができませんでした。シュタイナーは攻撃を実行していません」
事実上の共和国疎開作戦である
ギアーデ連邦は
それを対価にして、数百万人の難民を連邦の後背地へと送った。
だが、共和国はいまだに数千万人の陸軍兵士を抱えている。
ほとんどが武装もせず、行政区単位で編成された郷土防衛連隊に組み込まれた兵士たちである。
「……以下の者は残れ、
役職名を呼ばれた面々が表情を強張らせ、残りの面々が席を立つ。
「私は命令したはずだ」
空調の効いた部屋の中で、静かに大統領が切り出す。
「シュタイナーに攻撃しろと命令した。その結果がこれだ。くそったれな陸軍は私を、この大統領を、共和国国民を欺いた。下劣で不届きな臆病者だ!」
「閣下、承服できません、兵は自由と民主主義のために血を流し……」
「では貴様らはなんだ! 血を流さずにここに籠る貴様らは臆病者だ! 反革命だ! 敗北主義者だ!」
「閣下、五色旗の旗手たるあなたと言えども言い過ぎですッ!」
それは共和国の組織的抵抗が最終局面を迎えたことを意味している。
「よろしかったのですか?」
「ここ数日、よろしい話は聞かないな」
青い芝生を眺める"彼"は副官の今更な問いかけにため息を吐く。
「君もそろそろ支度を整えたらどうだ?」
「あいにく、家族と呼べるものはおりませんで」
副官の言葉に固まる"彼"。
「……離婚したのか」
「連邦では
「つらい決断だったな」
「決めたことです。後悔はありません」
白亜の街道として知られる首都官衙へ視線をやる副官。"彼"はその肩を叩くか迷って、静かに降ろす。
「大統領閣下」
テラスと屋内を繋ぐ扉が開き、補佐官と報道官が姿を現す。
「今日までお仕えできて光栄でした」
「うん、よくやってくれた」
ポン、ポンと破裂音が聞こえる。
あれは梱包爆弾の爆ぜる音だろう。間もなく〈レギオン〉は擲弾兵排除のために自走地雷を投入し、美しい市街地は壮絶な白兵戦の舞台と化す。
《閣下》
"彼"のうなじの辺りが熱を帯びる。
《制限区域内に接近する機体あり、所属は陸軍第11軽騎兵連隊です。アプローチ許可を求めています》
大統領府を中心とする区画の上空は飛行禁止空域に指定されている。首都圏防衛司令官を代行する"彼"の命令なく進入することは許されない。
それにしてもクソ度胸である。ここにはいつ
「通せ」
《了解》
そして間もなく到着した共和国軍の
「
「はい、いいえ。大統領閣下」
"彼"の皮肉を否定し、彼女は敬礼。
芝生にて回転を続ける
「本官はサン=マグノリア共和国陸軍のイザベラ・ペルシュマン少尉であります。第86機動打撃群第1機甲グループの連隊長よりの伝令をお伝えに参じました」
伝令将校――――単なる連絡だけでなく、重要機密や状況に応じた判断を伴う命令を運ぶため、信頼性の高い将校が直接任命されることがある。
ペルシュマン少尉は〈鮮血の女王〉の言伝を伝えに来たのだ。"彼"は共和国軍の最高司令官として答礼する。
「ああ、
「いいえ、まだ救出を終えていない市民がいます」
ペルシュマンの視線が"彼"を射抜く。
彼女の背後に控える兵士たちが進み出る。
「……なるほど。文民統制の原則からして、最高司令官たる共和国大統領は市民である、が……」
兵士たちの前に立ちはだかったのは巨漢の
"彼"が合図をせずとも進み出てきたその男は、きらびやかな略綬や徽章を胸につけている。
「市民には、自らの運命を決する権利がある」
「大統領、あなた」
ペルシュマンの表情が動く。
「ペルシュマン少尉、知っているな? 彼は三軍合同会議の最先任下士官、ジョニー・カムホーム」
カムホーム軍曹は視線だけでペルシュマン少尉、そして彼女に従う連邦軍兵士を見回す。
彼の意に沿わぬ動きを彼女らがすれば、制服に隠された剛腕がこの場を制圧するために動き出すだろう。
「……少尉、コイツは俺らでも
「そのようですね」
うん。早く帰ってくれ、"原作"キャラにこんなところで死なれては困る。"彼"は内心でそう思いつつ、踵を返した女王の伝令を見送る。
「そうだ。ペルシュマン少尉、伝言を頼んでもいいか」
「……? っ!」
振り返ったペルシュマンが息を飲む。
"彼"は大統領府のテラスより、左胸の心臓に手を添える
「
「……あなたの罪は、」
ペルシュマンは――――女王の名代は、"彼"を見据え、告げる。
「
「共和国大統領は死なない」
継承順位が明確に定められているためである。
「カムホーム軍曹。悪いが死んでもらうぞ」
「共和国の勇者にお供できることを、誇りに思います」
「……やめたまえ。真の勇者は常に下士官と兵卒だ」
決定を下されるものにこそ、勇気は宿るのである。