スーパー五色旗に超栄光あれ! 作:戦え民主主義
一、ソロモン群島方面に作戦中の部隊は昨年八月以降引続き来襲せる有力なる敵を圧倒し其の戦力を破摧しつつありしが、其の目的を達成せるに依り二月上旬同島を撤し他に転進せしめられたり
二、ニューギニア方面の部隊は昨年八月以降同島東部要点を確保して来襲せる敵を撃破しつつありしが、其の目的を達成せるに依り一月下旬之を他の要点に転進せしめられたり
『運命を超えよう、だと?』
あの日のあなたのことは、今でも覚えておりますとも。
どこか遠くを見ていたあなたが、初めて私を見た日。
『変わるはずがない。運命は変わらないから運命なんだよ』
運命――――あなたが"原作"と呼ぶ呪い。
『別にいい、変えようとも思わない。どうせ2149年までは生きられるんだ。あと30年は楽しめる』
言葉の割には日々を楽しんでいるようには見えないあなた。
そんな不器用で、普通なあなたを――――――――
〈星歴2150年8月30日〉
共和国標準時 午前11時43分。
「奥様、お電話です」
受話器を受け取る。ペルシュマン少尉と名乗る人物からきた電話の内容は単純明快だった。
「ええ、わざわざ教えてくれてありがとう。でも大丈夫よ、わかっていたから」
『……』
私の言葉を別の意味に受け取ったらしいペルシュマン少尉が沈黙するので、つい笑みが溢れてしまう。
「あら、ごめんなさいね?」
本当に、おかしいったらありゃしない。
「でもね、私が何十年もかけて、逃げ場をなくして追い込んで、苦しめてようやく説得できた相手だもの。あの人が説得に応じるはずがないわ」
そして、最後の一人として共和国から退くというのはそんな"彼"が唯一譲らなかったこと。
だから、小娘の説得でどうにかなるはずはないのである。
「祈りましょう」
『はい?』
「祈りましょう。共和国軍の健在を」
私も、その程度の愛国心は持ち合わせていますもの。
「残存兵力は?」
「軽歩兵2000、機甲兵器は正面に4個中隊が」
「殿にしては心許ないな、38を呼ぼう」
「しかしそれでは後方の連絡が……!」
潮時だ。
大統領府の地上部分は半壊を超えている。1区の議事堂からの連絡は途絶えた。
足りない陸軍兵士を補うために
「閣下、指揮所をアムール・フレールに移動します!」
「うむ」
"彼"は鷹揚に頷くと、堂々と芝生の上に足を踏み出す。
既にテラスは崩壊し、執務室も瓦礫の中。手入れの行き届いていた芝生の庭は榴弾によりそこらが掘り返され、トドメとばかりに〈ジャガーノート〉たちと大統領専用車により轍を刻まれてしまった。
「お乗りください」
それでも、いまだに共和国は国家としての体を保っている。
首長たる大統領は悠然と歩みを進め、開かれた扉から中へと入る。扉を閉めるのも、静かにアクセルを踏むのも警護隊の人間が行う。
あとは背景に画像処理を施せば、平時の大統領となんら変わりない――――その
「アムール・フレールにはいつまで留まれるかな?」
「今日までのペースならもって一日でしょうか」
前に座った副官の言葉に"彼"は嘆息。
「いっそのこと、幕僚連中だけでも連邦まで下げるか?」
「お言葉ですが、お止めになるべきかと」
「ほう」
「連中、閣下が心中なさると思って閣下ごと連邦まで下がりますよ」
「それは困るな」
《敵襲、右方向》
割り込んだ通信に窓の向こうを見れば、世界最高水準の観光資源である美しい白亜の建造物の屋根から飛び出してくる自走地雷。
無論、即座に発砲した護衛車列の機銃掃射によりたちまち撃ち落とされていくが……全て撃ち落とすことは叶わず、加害半径に専用車を収めたいくつかのそれが破裂した。
前方の四輪駆動車では架銃射手が痙攣し、大統領専用車の五色旗も鉄のシャワーにもぎ取られる。
「ここまで浸透を許したか」
何十片ものの鉄球が突き刺さりヒビの入った車窓を見る"彼"に、副官は口端を引き攣らせる。
「閣下は……」
「ん、どうした?
「あいえ、閣下は、恐ろしくはないのですか?」
というのはつまり、死を恐れていないのかという話だろうか。"彼"は加速した座席に身を委ねつつ口を開く。
こんな雑談も、いつぶりだろうか。
「死なないと分かっていれば、怖くない。私が恐ろしいのは、いつも知らないことだ」
共和国を生き残らせた先を、"彼"は知らない。
組織的抵抗が破綻して尚、共和国は共和国としての体を保っている。そしてそのまま、兵力をすり潰しながらゆっくり、ゆっくりと後退していくのだろう。
〈レギオン〉は特定の命令がない限り軍事的合理性を重視する――――"原作"において連邦が戦線を前進させられたのも軍事的合理性(当然ながら、攻撃側の方が兵力の損耗は激しくなる)からであろう――――のだから、こちらが崩れさえしなければ問題はない。
問題は、共和国を生き残らせた後……その後に…………
「知らないことは、明日のこと、明後日のこと……」
ため息を吐く"彼"。
「情報が足りないな。少し寝る」
「はっ」
〈星歴2250年8月31日〉
共和国標準時 午後7時43分。
陽が沈む。
工兵隊が破壊した〈グラン・ミュール〉の残骸に沈んでいく太陽。その西日に照らされて、アルミの棺桶が草地に身を横たえている。
夜間が訪れ、戦場に平穏が訪れようとしていた。
「夜間は太陽光発電が使えないから、
人類は軍事的合理性に救われている。
もしも〈レギオン〉が軍事的合理性よりも戦術上の優位を選択したのであれば、奇襲攻撃や迂回攻撃も視野に入るというのに。
「見逃していないか……?」
「閣下?」
副官の言葉も耳には入らない。
〈ノウ・フェイス〉がこの作戦の指揮を取っているのなら、合理性だけで動くだろうか。
「彼の目的は……なんだ?」
民主主義、人権、正義、自由、平等、博愛、高潔――――情報が足りない。
「情報が足りない、情報が足りない……」
信じられないが、この
「共和国大統領だぞ。中央情報局も、参謀本部情報部も、国家安全保障省も私の指揮下だ。なぜだ、なぜ情報が足りない」
答えを“彼”は知っていた。
知っていたから、そこから目を逸らし続けていた。
「運命」
『そうね。運命は変えられないわ』
そうだろう。
私ときみは出会ってしまった。
『けれど、環境は変えられる』
そうだ。
だから環境を変えるためにここまで来た。
士官学校、カナリア地峡、帝国駐在武官――――
「環境を変えたぞ。それでどうなった?」
『前に進めるわ』
過去の記憶はそこで途絶える。
前がどこなのか、どちらへ向かえば前なのかは議論していない。
「おい!」
"彼"は声を張り上げて副官を呼ぶ。
「なんでしょう、閣下」
「見逃していたことについて考えたい、付き合ってくれ」
「かしこまりました」
「まず前提だ。偉大なる共和国陸軍は奮戦虚しく全ての装備品と弾薬を消費し、戦闘能力を喪失するはずであった」
「はい。人民総力戦会議での机上演習では、中央値シナリオで4日目に弾薬が枯渇すると見込まれていました」
「そうだ。にも関わらず我が軍はいまだに継戦能力を維持している」
「おっしゃる通りです。ひとえに閣下の指揮能力の賜物かと」
「世辞は自由にでも喰わせろ。共和国は舐めプされている」
「はい?」
そう。舐めプである。
「敵は共和国の占領を完了しつつある。しかし共和国と連邦の連絡線は維持され、共和国の包囲は完了していない」
国際高速鉄道による輸送はこの1週間絶え間なく続いた。既にほとんどの
「敵が我々を見逃す理由はなにか? 合理的な理由があるはずだ」
「共和国の存続が、〈レギオン〉に対して利する……合理的な……」
副官が呟く。
「連邦に対する飢餓攻勢……は、食料合成プラントの疎開により回避されるはず、そもそも食料プラントの疎開を行うことが受け入れの条件……」
「装備品の規格を分散させることによる兵站への負担増加……は連邦の装備品に統一することで回避できる、むしろ連邦装備の方が良いくらい……」
「民族の摩擦による連邦の混乱……多民族国家であるのはむしろ連邦、確かに共和国人が加われば構成民族の比率は動くが、寡頭制を採用するような発展途上国にとってそれに何の意味が……?」
「ん? 寡頭制?」
“彼”の言葉にええと頷く副官。
「連邦の政治体制は産業施設を保持する
副官の言葉で“彼”も思い出す。
連邦暫定大統領が神輿であることが当たり前過ぎてすっかり頭から抜けていたが、今の連邦は
情報公開の徹底と正義の実行こそ掲げているが、行政府としての意思決定プロセスは一部の貴族による合議……しかも舞踏会や茶会、サロンといった
寡頭制――――ごく少数の特定の人物やグループが政治権力を独占し、国や組織を支配する政治形態は、まさに今の連邦の政治状況そのものである。
「そうだ。寡頭制だ、今の連邦は一枚岩ではなく、かといって連邦としてまとまる政治的引力もない」
では、なぜ連邦は大国として大陸内で人類の生存圏を維持できているのか?
「連邦は
「共和国軍が存続すると、
いまさら気付くとはと空を仰ぐ"彼"に、副官が聞き返す。
「共和国の存続が、〈レギオン〉の最大の敵である連邦の崩壊に繋がると?」
「通常なら、共和国軍の合流により前線の負荷が低減された連邦軍は再編を実施、万全の態勢で〈レギオン〉掃討を再開するだろう。合理的に考えるなら、共和国軍は徹底的に包囲し、殲滅するべきだ」
非合理的な話だ。
「だが、それを合理的とする理論がある」
それはギアーデ
「領土拡張が終わった時、帝国は終わる」
「……ギアーデ
「そうだ。民主主義の勝利を信じる全世界が理解している
であるならば、この状況にもある程度の説明はつく。
"原作"においての共和国撤退戦は特に戦略的価値のない、単に〈羊飼い〉たちの狩場を与えるために作り出された戦いであった。
しかしそれは共和国が滅亡した後の話で、ほとんどの人口を〈牧羊犬〉の開発に使い潰した後だったから。
「今の、共和国がいまだに数千万の人口を抱え、連邦に合流すればそれなりの人口比率となる状況なら、話は違う」
勘違いされがちだが、共和国は大国である。
大国の所以は人口だけではない。保有する技術や、海外資産の有無、上流階級のコネクション……いずれも共和国は持ち合わせている(この十年でそれらは随分と傷つけられたが)。
「正義を国是とする連邦は共和国人の受け入れを拒否できない。拒否するための言い訳は私が潰した……結果として、連邦は内部分裂の危機に直面するわけか」
「閣下は共和国市民を守るために必要なことを行ったまでです」
「そうだな。模範解答も俯瞰してみれば不正解ということもあるのだろう。認めたくはないが」
過去は変えられない。
となれば、前に進むしかない。
「私に考えがある」
運命は変わらない。
環境は変えられる。
「我々は共和国を超越する必要がある」
「と、いいますと……」
「領域を喪ったいまこそ実現できる、共和国の真たる魂の実現」
国家の3要素たる「領域」「国民」「主権」のうち領域を喪った今、共和国はもはや国家足り得ない。
ならば、国家ではない形での共和国を存続させなければならない。
それが五色旗の旗手であり人民の代表、そして自由と民主主義の守り手であるサン=マグノリア共和国大統領に求められること。
「建国の理念を再興し、世界に体現する超国家的存在――――」
"彼"は自分が正気かを疑った。
自分で自分のことを疑うほど、これから目指す道は険しく、また馬鹿げていた。
「――――
その後、数日かけて共和国軍はその全軍を連邦領域へと移転させる。
国なき国家の戦いが、はじまる。