スーパー五色旗に超栄光あれ! 作:戦え民主主義
一寸の山河は一寸の血、十万の青年は十万の軍。
シャリテ市。
偉大なる共和国の誇る先進的副都心。歴史的建造物が連なることから高層建築の類いが一切認められていない首都と異なり、先進的土木工学の粋を注ぎ込んだ世界最高都市である。
そして、いずれは85区などという優雅さの欠片もない行政区画の線引きと、ある計画を目論む〈レギオン〉によりズタズタに引き裂かれる運命にある都市。
「以上が前線の状況です」
そしてこの都市にて開かれている会議こそ、"彼"が開戦前に用意した準備のひとつである「人民総力戦会議」……偉大なる共和国と自由、民主主義を暴君の圧政から守るための会議。
つまるところ、対ギアーデ強硬論者を集めた会議であった。
当然のことながら、"彼"は偉大なる共和国のことを信頼している訳ではない。いや、体制の腐敗具合については信用しているが、体制が収める「偉大な勝利」とはせいぜい有色人種の鎮圧劇であって帝国と〈レギオン〉に対するものではない。
しかし、国家に失望したからとその国民にまで失望する必要はないであろう。実際"原作"においても善性を発露させる共和国市民は存在したわけであるし、捨て鉢になって滅亡を選ばなかった尊きエイティシックス達こそが"原作"の主軸である。
その善性を活かして生き長らえる国家が偉大なる共和国を名乗るわけだから、なんと虚しい話だろうか。
「先般の会戦により、戦線は30キロ後退。このペースで後退が続けば、来週にはここシャリテ市も敵性無人機による長距離砲撃の射程に収まる見込みであります」
戦況報告を終えた若い士官は、最後にそう添えて敬礼。状況を認識した会議参加者は、もちろんこの事態を招いた責任者である"彼"へと視線を寄越す。
それを微動だにせず受け止めた
「幸い、敵性無人機の砲撃に射程延伸弾の類いは確認されていない。エリガド大盆地の外縁より侵入を許さなければよいのだ」
「それはそうですが、閣下。その外縁まで敵が迫ってきているのです」
エリガド大盆地とは、ケスタと呼ばれる地形構造によって形成されるなだらかなお椀型の盆地である。
この地形が成立するに至る経緯を説明すると長くなるので省くが、急峻な崖がぐるりと円形状に首都圏を取り囲んだ……つまり例の大要塞壁〈グラン=ミュール〉の建造予定地のことである。
「敵が迫っているなら追い返すまでのこと。私がなんのために装甲軍を生き残らせたと思っている」
"彼"が成功裏に収めた撤退作戦により、共和国陸軍は数的主力である装甲軍……つまり時代遅れである戦車部隊の喪失を防ぐことに成功した。
とはいえ、所詮は旧時代の戦車。
結論から言えば、勝てる
…………訳ではないが、負けるほど悲惨ではない。
「考え方を変えろ。戦争のテクノロジー進歩は我が国の優秀な先進的装備を陳腐化させたが、当てはめるべき軍事戦略はむしろ旧時代に逆戻りしている」
なるほど〈レギオン〉は恐るべき脅威である。偉大な共和国陸軍も大敗北を喫するほどの脅威である。
しかし一方、"原作"でも示唆された通り「梱包爆弾を抱えた民兵を突撃させる」ことでも戦線の維持は可能であったのだ。人道的ではないが。
「現状、電波妨害と
それは3次元的戦場の喪失。
通信妨害と空の封鎖はこの戦争を2次元という
「ゆえに、我らが志向するべきは砲兵の時代の再来」
それは近接航空支援にとって変わった砲兵の復権を意味している。戦場は再び、戦場の女神による恩恵を大地に振り撒きながら行われるようになったのである。
「なるほど。であれば人民要塞線が機能しているのも納得ですな」
手を打ったのは陸軍将校のひとり。もちろん"彼"の仕込みである。
ちなみに人民要塞線とはギアーデ帝国との南部国境地帯に設置された防御施設群のことであり、その正式名称を「自由と正義、博愛と高潔と平等を愛する諸人民による圧政からの防護を達成するため魂を捧げるべき施設群」という。
もちろん長すぎるので誰も正式名称では呼ばず人民線や
「要塞線には多数の砲兵戦力が配置されている。要塞線に近づく
応射により敵性無人機は陣地転換を迫られる。よって有効な砲撃は行われず、要塞線の突破は至難を極めるわけである。
「とはいえ……人民要塞線の穴は問題ですな」
「然り。迂回されてしまえば意味もない」
口々に漏らす各員。
そう、人民要塞線は途中で途切れているのである。その関係で、実際〈レギオン〉の主力は要塞のある南部ではなく北部国境から国内に侵入してきている。首都と要塞線の連絡が途絶えるのは時間の問題だ。
であるからこそ、
……無駄なことだ。
「安心したまえ。そのために装甲軍を残したのだ」
装甲軍……戦車部隊を生き残らせること。
それは"彼"が戦前から考えていた生存戦略の中でもっとも重要なことであった。
「今日から装甲軍には騎馬砲兵として働いてもらう」
それはつまり、戦場を駆け抜ける砲兵としての働きである。
かつての陸戦の王者としての地位を捨て、泥を撥ね飛ばし姿を隠し戦うことである。
榴弾砲に遥かに劣る滑腔砲を引っ提げ、破綻寸前の前線を縫って回る役回りである。
「そしてその力をもって……」
これをもって、首都圏〈グラン・ミュール〉と人民要塞線の連絡回廊を維持する。それが"彼"の目論見。
「ここに第3の要塞線を構築するのだ」
そうして"彼"は戦況図に1本の線を引く。
押し込まれつつある北部。突破点から南下して要塞線と首都の連絡回廊を途絶えさせようとする
その前に立ちはだかる、1本の線。
それはどんな線よりも力強く……どんな防衛線よりも空虚な線であった。
◇
議題にあげるべき事柄をひとしきり論じたのち、締めの言葉を"彼"が放ったことで会議はお開きとなった。
偉大なる共和国と民主主義へ捧げる勝利のために全資源を擲つ覚悟を"彼"の締めの言葉として問われた参加者たちは、その魂に民主主義の焔を燃やしながら部屋を後にしていく。
民主主義担当官などいなくとも、彼らの怒髪は天を突き、必ずや圧政者に正義の鉄槌を降すことであろう…………
……せめて、枕元の目覚まし時計を破壊する程度の鉄槌は持っていてほしいものだ。
「閣下」
そんな感慨に更ける間もなく"彼"に声をかける人物。先程の将校である。
「どうかしたかね?」
「この防衛線はどうかしています」
「そうか」
"彼"は続く言葉を待った。それは目の前の将校が少しでも冷静になってくれればという配慮でもあった。
「ロクな陣地構築もなく、戦車による支援射撃でのみ散兵線を維持するなど……」
「では『ロクな陣地』とはなにか? 簡単に踏み越えられる塹壕か? はたまた多脚戦車は歯牙にもかけない
そんなものではない。鋼鉄の脚で大地を踏みしめる〈レギオン〉に有効な陣地とは自然の要害である。
実際、ケスタを利用した
「地形だよ。山岳に河川、多脚戦車の弱点は地形にしか存在しない。平野部に掘った陣地など、なんの役にも立ちはしないのだ」
よしんば〈レギオン〉に人的資源の概念があれば平野部の陣地も有効ではあっただろう。戦争の形態が散兵線から塹壕線に進歩して以来、防御側は圧倒的な有利で敵に出血を強いてきた。
しかしそれは、味方の出血を否定するものではない。塹壕線の奪い合いに勝者というものは存在しないのだ……本来であれば。
「敵性無人機には損耗に限度が存在しない。平野部に陣地を構えてみろ、彼我の被害が永遠に拡大する」
そして最後には、偉大なる共和国からひとり残らず勇者がいなくなる。
それは"原作"が辿った栄えある共和国陸軍の運命であり、チラシの裏にも残らなかった小国たちの宿命でもある。
「ゆえに必要なのだ。ヒトの死なない戦場がな」
「……っ!」
目の前の将校が顔色を赤くする。
良い表情だ……が、早死にする表情でもあった。
「良心は痛まないのですか」
「痛むとも。愛馬の骸を土嚢がわりに戦えといっているのだぞ」
「死ぬのは馬などではありません!」
「ではなにか、ヒト型の豚とでも?」
それこそ、あまりに尊厳がないではないかと"彼"は言う。
"彼"にとっての「愛馬」とは、
そうでなければ、この機械化の時代に騎馬砲兵などという時代錯誤な単語は用いない。
……が、目の前の将校を鎮めるにはいささか不十分であるようだ。
「目を覚ましてください、我が偉大なる共和国陸軍までもが
「君こそ目を覚ませ。エルガド大盆地で養える人口はどう足掻いても全共和国人口の半分に満たない。残りは適正に処分する必要がある」
「処分! 処分と申しましたか!」
「『処分』だ。そう言わなければ、偉大なる共和国は正気を保ってはいられまい」
この程度で正気を喪っているから偉大なる共和国はクソ国家なのである。
「私とて納得はしかねるよ。しかし現実はここに横たわっている」
そう言いながら"彼"は卓上に放置された地図を見やる。そこに描かれるのは偉大なる共和国の源泉。民主主義の象徴たる我らが首都。
「大盆地は我らに聖女が与えたもうた『
およそ2万平方メートルを誇る大盆地。年間降水量は720mm。農業に最適な気候。
〈グラン=ミュール〉にて立て籠り戦略を採用する場合、ここに集まる水の量が共和国を生かす頼みの綱だ。
「おそらく、我が国ほど恵まれた国もないだろうな」
"彼"は哀れみ半分でそう言う。急峻な崖に囲まれた盆地。水源地が汚染される恐れもなく、安心して引きこもれる盆地。主要民族くらいならどうにかして収容できる盆地。
それが全て、共和国の偉大な精神を蝕んだのだろう。もちろん、最初から偉大だったのかも甚だ疑問ではあるが……。
「
既に許容可能な人口は計算済み。これ以上増やせば盆地内経済は破綻し、これ以上減らせば偉大な民主主義共和国としての体制を保てなくなる。
「だからといって、こんなことが……!」
その通り。
こんなこと、まかり通ってはならないのである。
「なら、国民投票でもすればよかったのか?」
偉大なる民主主義共和国として。
「もしくは、議会で正式に決定すればよかったのか?」
合法的な手続きをもってして。
「だとしても、私は否定します。閣下」
「そうか」
それだけ言って、"彼"は視線で机上を指し示す。
そこには一丁の拳銃。
「ここであなたを殺して、偉大なる共和国が救われるとでも?」
「……素晴らしいものだ。若さとは」
肩を落とした将校が去った部屋で、"彼"はひとり呟く。
共和国が現在進行形で行っていることは、議論の余地のない
しかし、マシなのだ。
これでもまだ、マシなのだ。
大盆地。
東西南北におよそ150㎞の、あまりに小さな揺り篭。
そこにしがみつくために、この国の半数を占める共和国市民は「選択」をするべきであった。
しかし彼らがしたのは「選択をしない選択」であった。
そうして、共和国市民にとっての人種隔離政策は正当化すらされなかった。
無関心は、往々にして正義を越える。