スーパー五色旗に超栄光あれ! 作:戦え民主主義
政府が暴政を行った際、市民が自らを衛るために武器を持つ権利は不可欠である。
「♪なんて美しいんだ、愛国者たちの夢よ!」
子供たちの合唱が部屋に響く。
「♪何年にも渡り汝の白くきらめく街を」
何時間練習したのだろうか。何十もの口から一つに束ねられた旋律は、伴奏によらずとも耳を楽しませてくれる。
「♪涙に染まらぬ輝きよ!」
その中心で歌っているのは、"彼"の戦う理由である愛し子。ギアーデ連邦に留学した学生団の代表である娘。
「♪エガリテ! エガリテ!」
彼女の歌唱は最後の独唱パートへと入り、それを支えるように全員が声を張り上げる。
「♪聖女は汝の傷を癒し、汝の魂には束縛はなく」
「♪汝の自由は法に刻まれる!」
300年の歴史を持つ、世界最先端の民主主義共和国サン=マグノリア。
「♪エガリテ! エガリテ!」
「♪聖女は汝に知恵を、王冠を廃した兄弟に栄光を」
「♪ピヨネーからニアンテミスまで!」
そして、失われて久しい共和国の旧領を繰り返し読み上げて詩は終わる。
拍手に包まれる会場。どこからか取り出した花束を持って、娘が"彼"の前へと進み出る。
「大統領閣下、こちらをお受け取りになって?」
「もちろんだ、私の――――」
――――花束の中には、鉄の花。
花と呼ぶには、ずいぶんと粗雑な――――軽くて飛びやすい、釘やらネジやらの小さな破片たちで形作られた花。
「閣下!!!」
副官の声がするより早く"彼"の身体が後ろに飛ぶ。
護衛官が"彼"の身体を全力で後ろへと引っ張ったのだ。
娘だと思っていた少女は、いつの間にか長い黒い髪を備えた
巻き毛の落ちかかる華奢な背中に、細い足首にはてんで不釣り合いな頑丈なブーツ。
悪意に満ちた花束を抱きしめて、その双眸からは涙を流して。
「よかった、生きていてくれて」
"彼"が引かれた分だけ、踏み込んで。
「やっと――――私たちをこんな身体にした
こんな身体――――体内のタンパク質をニトログリセリンへと変質させる驚異的なウイルスを埋め込まれた少女……"原作"においては〈仔鹿〉と呼ばれた生体兵器の名もなき彼女が嗤う。
「さぁ、お受け取りになって?」
破裂。
圧力に押された破片たちが、単純な物理法則に従って前へと飛び出す。
その時、無邪気な殺意と"彼"の間に割ってはいる影。
鮮血。ズタズタに破かれた制服。
そしてわずかに残る、人を構成していたタンパク質の塊。
「――――閣下、ご無事でしたか」
そして残ったのは、上半身の左半分だけが残った"彼"の副官。
「……あなたは、涙も流してくれないのですね」
「義務を果たしたものに捧げられるべきは、涙ではないだろう」
――――目が覚めた。
"彼"は己の身を横たえていたマットレスから体を起こす。副官がステンレスのトレーに温めた戦闘糧食を載せてやってきた。
「……下半身はまだ、ついてるんだな」
「何の冗談ですか、それは?」
〈仔鹿〉の隔離は順調に進んでいるらしい。
〈盗聴器〉騒ぎを未然に防ぎ、
「やってくれたわね」
「何の話かな?」
「共和国の誇る世界最高水準の生体化学の結晶を、むざむざギアーデの分離主義者共に引き渡した」
なんだろう。100年以上前の
"彼"の前世で文化の街に住んでいた論破おじさんが鎌首をもたげるが、不毛な言い争いをしても仕方がないので"彼"は話を前に進める。
「共和国はすでに滅びた。ならば共和国の遺産は人類の存続に有効活用するのが筋というものだろう」
「共和国は滅びてなどませんわ」
いやどう見ても滅びただろ。
なぜこうも話の通じない人間ばかりが共和国政府の枢要を占めているのだろうか。
"彼"は嘆息したかったが、する暇もないので言葉を続ける。
「それで? そろそろ本題に入ろうじゃないか。
恐喝から入るのはネゴシエーションの基本だ。セオリー通り過ぎて気にもとめない"彼"の様子に、憂国騎士団のプリムヴェール女史は居住まいを正した。
「偉大なる共和国を復興するために、私どもに考えがありますわ」
「このまま滅びてていいだろ」
「は?」
「おっと、失礼。表現の自由が出てしまった」
「……閣下は、偉大なる共和国が滅びても良いと? 世界に誇る民族が
「
10ヶ月も待たずに人類は滅びる。
連邦が受け入れたのは共和国人だけではない、第二次大攻勢では船団郡国をはじめとする周辺の小国も領域を失っており、そもそもの連邦領域が縮小したことに伴う国内の避難民も発生している。
これにより連邦が陥る状況とはなにか。
「食糧が不足する。我々が世話になっている西部方面軍だけで見ても、後方支援部隊が新たに展開した地域は来年の作付けができなくなる。今年の収穫は出来るだろうから今年度は持つだろうが……その先は、あまり考えたくはないな」
「そのために、私どもは食糧生産プラントを持ち込みましたわ」
自信満々なプリムヴェール女史。仕方がないので"彼"はウェイターを呼んだ。
「いかがなされましたか」
「食事を下げてくれ。かわりにアレを」
「かしこまりました」
人造肉のステーキが下げられて、入れ替わるように現れる新しい皿。純白の皿のうえには、薄緑色の直方体。
「世界最高水準の完全栄養食。収容所での生活廃棄物問題も解決したサステナブル合成食糧だ。召し上がれ」
「…………」
固まってしまったプリムヴェール女史に"彼"は嘆息。
「共和国は滅びたんだよ」
「嘘よ」
ところがどっこい、嘘じゃありません。
「現実だよ、これが現実」
そう言いながら合成食糧にフォークを立て、ナイフで2つになった片割れを口に運ぶ。
うん。生活廃棄物由来であることを考えれば、無味無臭にできている時点で及第点ではないだろうか。
「生存に必要なカロリー摂取だけならなんとかなるのは事実だ。しかし現実にはそうはならない。食糧の安定供給は人類の継戦能力そのものだからな」
食事は手っ取り早い娯楽である。"彼"とて毎日この合成食糧では気が滅入る。気が滅入ってしまっては日々の執務をこなすこともできないだろうし、明日のことを考えるなどもっての他である。
「人類が単なる動物になり下った時、レギオンに抵抗できると?」
「それでも私は民意の体現者ですわ」
その通りだ。プリムヴェール女史の率いる憂国騎士団は
それはそのまま、多くの市民たちが銃を手に取ることのない平穏な日々を望んでいるということ。
では、現状における銃を手に取らない選択がもたらすものとは?
「プリムヴェール議員。民意とは、民衆の望みはむざむざレギオンに惨殺されることだと思うか?」
「思いませんわ。私たちの望みは独立――――名誉ある独立ですわ」
独立。自律。
自らの運命を自らで決める。他人に決めさせない。
「……大統領閣下は悔しくはないのですか? 蒙昧な連邦に我々の運命を委ねるなど」
「悔しいさ」
皿の上に残った合成食糧を口に運ぶ。
うん。味がしなくて粘り強い。吐き気がする。
「だが、私は失敗した。きみはまだ失敗していない。私がここで引責辞任にしたなら、
「……」
「どうした。下院最大勢力を率い、各種メディアから も引っ張りだこ、麗しき聖女の生まれ変わりは国家運営すらもできないのか?」
「…………」
「安心しろ。私も一人で国家を運営できるわけではない、私の配下の人民総力戦会議がバックアップに回るし、官僚たちも君が政権を率いるとなれば喜んで手を貸すはずだ」
「……口約束ですわ、そんなものは」
「一応、根回しは終えているんだが。信用できないかな? それとも――――」
「――――きみの後援者は、もっと条件の良い口約束をしてくれたのかな?」
"彼"の言葉を合図にしてプリムヴェール女史の背後に共和国陸軍の制服に身を包んだ男たちが現れる。
「脅すつもり?」
「というより、アポイントメントを取りたい」
きみはアポイントメントを取ってくれるんだろう? プリムヴェール女史は"彼"の意味の分からない発言に首をかしげたが、合点が行ったのか両手を挙げた。
「……何もかもお見通しというわけね?」
「私が言うのもなんだが、もう少し粘ったらどうなんだ」
眉をひそめる"彼"に、プリムヴェール女史は首を横に振る。
「構いませんわ。共和国失陥以前であればともかく、今の私は
「麗しくさえずる共和国の姫君……共和国が健在でさえいれば、民衆の大いなる希望になったことだろう」
しかし、共和国は陥落した。
「それで、どうしますの? 私を逮捕なさる?」
「いや、私はきみを説得しに来た」
「説得? 私を説得して何の価値が?」
どんな人間にも価値がある、とは。
彼女の矜持を傷つけるだけだろうから"彼"は口にしない。
「きみ一人説得できないようで、共和国市民の説得はできないだろう」
「なら私の要求はひとつですわ」
助けてくださいまし。
「私と、私の夫と、子供と、友人を!」
プリムヴェール女史の傲慢な要求が突き出される。
「私も助けてやりたいよ」
だが、その力はもはや共和国には残されていない。
かつて
「羨ましいな」
"彼"は緩く首を振ってみせる。
「
"彼"にはそれを約束できない。
荷物を抱えながら戦う余裕がないから。何かを背負い込めるほど"彼"の背中は広くないから。
「私はヒーローにはなれない」
それでも、環境を変えることはできる。
「私ができることは、我々が名誉を守る場所を用意することだけだ」
「名誉? そんなものに価値があると?」
プリムヴェール女史が椅子から立ち上がった。そのあまりの勢いに、椅子は音を立てて床へと倒れた。
「名誉など周りの人間が生きている時にのみ役に立つ ものですわ。この戦争で全ての人類は死にます! ええ! おそらく私も誰も彼も生き残れないでしょう!!」
先ほどまで名誉ある独立とやらを主張していた共和国立法府を統べる議員の姿はどこにもいない。
ただ「生」へと固執する、1つの動物としての姿があった。
「(どうしても、動けないのか)」
"彼"はどうしたものかと想いを巡らせる。
未来のために、名誉のために。戦うと決めた者の決意はそう簡単には揺らがない。
それと同様に、戦わぬと決めた者の決意も簡単には揺るがない。
「私たちは何も悪いことなどしていない、私たちは! ただ! 生きていたいだけなのに!!」
「そのためなら誰の手でも取ると? 信用できないような輩であったとしても?」
「共和国中央放送局よりは信用できますわ!」
まあ確かに。
「……とにかく、私どもの方針は変わりませんわ。文句があるならこちらにおっしゃってくださいまし」
そう言いながら、共和国陸軍仕様の
下院国防委員会の委員長を務める彼女には陸軍と直接連絡を取るための装置が支給されるため、レイドデバイスの所持は合法である。
「もとよりそのつもりだ。貸してくれ」
それを受け取った"彼"は、迷わず首に巻く。
あまりの迷いのなさに副官がたしなめる。
「閣下」
「なに。少し話をするだけだ」
レイドデバイス経由で危害を加えることは理論上は可能だ。ただしそれには相手の秘密鍵を保持している必要があるため、見知らぬデバイスを借りることが直接のリスクとはならない。
レイドデバイスの先にいるであろう人物に声をかける"彼"。
「さて、あなたのことは何と呼べば良いか。人形使い とでも呼べばいいのかな?」
『呼び名は重要ではない』
返事は合成音声であった。
スピーカーを耳で拾って、聴覚の同調によって伝えているのだろう。
人物の特定を避けるための単純な対策だが、単純なだけに突破が難しい。
「では本題だ。我々の間に政治的なスタンスの違いがあることは承知しているが、どうだろう。今の状況が落ち着くまで一時休戦といかないか」
『その必要はない』
「人類が滅びるのにか?」
『貴様らは死ぬだろうが、我々は違う』
その言葉の意味するところは、ひとつ。
「レギオンの制御権を確保する目処が立ったのだな?」
『我々に従えば命は保証してやる』
胡散臭いことこの上ないが、今は情報が欲しいので"彼"は話を続ける。
「情け深いな。まさに人権の擁護者だ。そんなことを
『
「制御権を確保できる保証はあるのか?」
『前提を間違えるな。レギオンは今なお帝室に忠誠を誓っている』
声の主に忠誠を誓っている訳ではないのが肝なのだが、確かにその通り。
〈レギオン〉の開発目的は兵卒に下士官といった軍隊の手足を文字通りに機械化すること。暴走しているのは帝国が滅びたためであり、帝国を復古すれば〈レギオン〉は正常に稼働する可能性があるのである。
……もっとも、正常に稼働した場合は共和国人など殲滅されるだろうが。
「いいだろう。その前提でいこう。レギオンは帝室に忠誠を誓う、その帝室というのは玉璽とかで判定されるのか?」
『これだから血を軽んじる共和国の人間は』
露骨なまでに新帝朝派であることをほのめかす発言。
これは誘導だろうかと"彼"は考えたが、そのような分析は専門家に任せるのが吉だと思い直して考えないことにする。
「判断するに足る情報が示されていない。もう少し情報を開示してもらえないだろうか」
『なぜお前が考える必要がある?』
「民主主義とは全員が考えることだからだ」
思考を放棄したであろうプリムヴェール女史を横目に"彼"は返す。
レイドデバイスはそれきり沈黙してしまった。交渉は決裂したらしい。
「相容れない考えをもつ人間も、この世の中には存在するな」
肩を竦めてみせる"彼"。それを見下ろすプリムヴェール女史は吐き捨てるように言った。
「あなたにとっては、私もその『相容れない考えをもつ人間』ではないのかしら?」
「そういった人間をつなぐのが政治だと思わないか?」
つまり、向こうの誰かは政治をしようとしていないのだよと"彼"。
「政治とは意思の強要だ。戦争に似ている」
そして争いは、拮抗した勢力同士の間でしか起こりえない。
絶対的な格差があるのであれば、強要するまでもなく相手を従わせることができるからだ。
「さて、プリムヴェール下院議員。きみにはぜひ共和国 暫定政府の音頭を取ってもらいたい、私はやることが多いのでね」
共和国暫定政府とは、連邦に避難した共和国人難民の取りまとめ役である。
共和国由来の人的資源を
「……私に、連邦の走狗となれと」
「人類の走狗と言ってくれ。自由と民主主義、人類の持つべき普遍的で美しい価値観を未来へつなぐ役目だ」
「自由を言い訳にして、親しい人々に死ねと言う役目ですわね」
「おや、知らなかったのか? 自由とは――――」
――――誰かの自由を、奪う覚悟である。
洗濯洗剤は原作での嫌われ役ですが、プリムヴェール女史は単なる機会主義者だと思います。その割に第二次大攻勢以前は政府高官に収まりつつも政権のトップではない。最終的に共和国が完全崩壊することを見越して引責先を用意しておいたのでしょう。悪くない立ち回りです。
ただ連邦疎開以後、彼女の立ち位置は急速に悪化します。共和国市民の民意が政府に反映されない(連邦は民主国家ではないので当然です)政治状況に陥ってしまったからです。そこで市民の民意を連邦に強要するために武装蜂起を実施したという原作の流れは、そんなに悪い手ではなかったと思います。
残念ながら、別の誰かに御膳立てされた武装蜂起の時点で行き着く先は明らかでしたが……それは武器を持たぬ者の悲哀なのでしょう。