スーパー五色旗に超栄光あれ! 作:戦え民主主義
戦争は人類の有するあらゆる力を瞬間的に最も強く総合運用するものである。
軍事訓練とは、軍隊になじみのない一般市民に対し 教育を施す行為である。
それは3つの要素――――「軍人化(規律教育)」「武器取扱(射撃訓練とメンテナンス)」「野戦生存技術(戦地での適切な行動)」――――からなり、こうした教育を受けることで一般市民は上官の命令を守り、秩序だった部隊行動を可能とする軍人へと変貌する。
…………のだが、そのように悠長な軍事訓練を施す 猶予は当然ない。共和国暫定政府は訓練要項を「火器の安全な扱い・射撃」「応急止血」「隠れ方(防空・偽装)」の3点に絞った短期集中プログラムへと圧縮することを決定した。
「はっきり言って、1発目が撃てればいい方ですよ。あれは」
左腕を三角巾にて吊るした共和国陸軍(正規軍)の軍曹がため息交じりに説明してくれるのは、"彼"が視察に訪れた難民キャンプ、もとい基礎軍事訓練キャンプでの射撃訓練について。
ここで昨日までの共和国市民たちは、武器の取り扱いを学んでいる。
「かまえー!」
「ねらえー!」
「うてー!」
「バン!」「バン!」「バン!」
基本的な動作を身体に染み込ませるため、何度も何度も繰り返し行う。射撃動作が染み込んだところで実弾射撃を行い、照準の精度を高めていく。
「懐かしいな」
「それについては同感です。しかしながら、彼らはこの基礎的な射撃訓練の後、すぐに最前線に送られることになります……一切の規律教育なしにです」
まともな軍事行動が行えるとは思えません。まっとうな指摘を行う軍曹。
「そうだろうな」
昨日まで銃に触れたこともない市民たちである。
大攻勢が起こった以後も、必死に隠れ、ただ生き延び続けた市民たちである。
「だが、対ギアーデ帝国戦争を支えたのもそういった動員兵たちだろう」
「彼らにはまだ訓練する時間が」
今はその猶予すらない。大量の市民を動員してレギオンに対する防波堤とするのは、かつての共和国政府が行ったエイティシックスへの所業と同じだが、彼らには人民要塞線が稼いだ時間が与えられていた。
今の市民たちは、曲がりなりにも軍隊としての訓練を施されていた86行政府軍の練度にすら及ばない。
「正規部隊に混ぜて、うまいこと運用するしかないだろう」
その「うまいこと」が難しいことには誰も触れない。
なんなら、連邦軍に押し付けてしまえばいいとすら考えている。
「(どこかに負担を押し付けて、なんとかなる状況ではないんだがな)」
「大統領!!!」
内心で思う"彼"のもとに、市民たちが駆け寄ってくる。数週間の避難生活でろくに洗濯も出来なかったのだろう、服はひどい有様だ。
そんな彼らを制止するように護衛の兵士たちが立ちはだかれば、彼らは地面に身体を擦り付けるようにして平伏してみせた。
「五色旗の旗手にして自由の守り手、さ……」
「陳情は手短にしてくれ」
長たらしい口上が始まったので"彼"が遮ると、彼らは顔をあげて言葉を紡ぐ。
各種通信インフラは軍に優先して提供されているため、もはやSNSすら満足に扱えぬ彼らにとって、こうした政府高官の視察は僅かな陳情のチャンスなのである。
「お願いします、食糧配給量を増やしてください」
「食糧が足りないのか。手配する、一日あたり何キロカロリー足りない?」
「ええっと…………」
口ごもる市民。
眼には「そういう意味じゃない」との不満がありありと浮かんでいる。
「市民のカロリー不足は大統領である私の責任だ。私の名前をもって、諸君に適切な配給されることを約束する。軍曹、市民の要望を吸い上げ、確実な対応を行うこと」
「はっ」
「……そういうことじゃないんだよ」
力なき市民の声が聞こえる。
聞こえるが、振り返れば彼らに向き合わなければならなくなる。
それでも。
「閣下? 閣下!」
足を向けた"彼"を副官が呼びとめる。
だが遅かった。"彼"の視線は既にその市民を射止めていた。
「どういうことか教えてくれ」
「あっ、えっと」
「不足しているのはカロリーではないのか? ではなにを提供すれば良い?」
「あいや、その……」
顔面蒼白になった市民。それを隣にいた市民が押さえつける。
「申し訳ございませんっ!」
いや、押さえつけたのではなく。
庇うように平伏させたのだ。
「この子は私の息子です、私めの監督が行き届かず、閣下に大変失礼な発言をしましたことをお許しくださいッ!!!」
「礼を失するような発言があったようには思えないが」
「どうかお許しくださいッ!!!」
話が通じない。いや、通じて欲しくないのだろう。
もしも彼らの要求が合成食糧でない食料品の要求だとしたら、その提供の対価として彼らはその身を軍隊に差し出さねばならなくなる。
子供を戦場に送りたくないというのは、親心としてあって当然だ。
「閣下、お時間です」
助け舟を出してくれた副官に従い、"彼"は市民たちへ背を向ける。
「礼を言う、そしてすまなかった」
「本当です。あのようなことはお控えください」
エルタニク連環要塞――――二世紀ほど前はギアーデ帝国と自由世界を隔てていたベトンのカーテン。戦闘属領という縦深の先に待ち受けるギアーデ本土を守る壁。
そこに設けられた練兵場(演習場)のひとつが、指定された待ち合わせ場所であった。
『こりゃどうも。はるばるこんなところまで……あんたが共和国の
「……」
旧式トーチカの上に構え、文字通り"彼"を見下ろす鋼鉄の軍馬。
心理戦(要は暴徒鎮圧用)スピーカーから鳴り響くので、"彼"はひとまず返事をすることにした。
「いかにも、私が民主主義の守り手、人民により選出された代表たる第72代サン=マグノリア共和国大統領だ。あなたの名前を聞かせてもらってもいいだろうか?」
『いいだろう』
その返事とともに、龍の咆哮をも思わせる排気音が 練兵場に響く。パワーパックの強烈な駆動音を伴いながら、トーチカの上にいるそれが
「閣下!」
副官がさっと前に出て"彼"を庇う立ち位置を取るが、さすがに向こうも踏み潰すために呼び出したりはしない。
鋼鉄の軍馬は土煙を上げながら練兵場の大地へと降り立ち、その巨大な120ミリ砲を"彼"へと向けた。
「ありがとう、下がっていいぞ」
「しかし閣下、危険です」
「名誉を重んじる帝国貴族だ。不意打ちなどで私を害したりはしないよ」
そういう意味では、この
帯剣貴族が自ら馬に乗って現れることは、コードにも則ったごく普通のこと。
プロトコルの範疇で相手をいかに威圧できるか、これは社交界の基礎と言っても過言ではない。
だからこそ"彼"も対話の用意があると示すためにカウンターで応じる必要がある……のだが。
「おい」
「は、はい」
"彼"は横で尻もちをついている男に声をかけた。
「きみはこの多脚戦車を見てどう思う?」
そう、あえての
この段になっては
この行いにより相手の心象を害するのではないかという心配は、相手がこちらとの面会に応じてくれている――――何度も繰り返すが、いまの共和国は国家としての体を喪った難民集団である――――時点で、あまり意味はないので気にしないこととする。
「大重量でかつ高機動。戦闘車輌かくあるべしだな。主任、こういう感じの機体は造れそうか?」
「こういう感じの、と言われましても……」
困った様子の
『こっちを無視して身内でおしゃべりか? 共和国の鶏は躾もなってないらしいな』
「あぁすまないね。私は機甲畑の人間だから、こういうのを見ると興奮してしまうんだよ」
”彼”の眼前にあるのは〈アジ・ダハーカ〉。可動式装甲を翼のように広げ、その巨体で戦場の全てを地均しにする重機甲兵器。
クソ雑魚ナメクジ多脚戦車しか保有しない共和国の機甲科将校なら喉から手が出るほどに羨ましくなるのは当然のことだろう。
だが、その軍馬を駆る相手はそうは思わなかったらしい。
『…………お前、
む、よく知っているじゃないかと"彼"は内心で唸る。
その通り、"彼"は機甲小隊すら率いたことのない根っからの歩兵科将校である。一応、第1261偵察戦闘大隊長時代に
「ようやく話が出来そうな相手が出てきてくれて嬉しいよ」
より正確には、話をする気のある人間が出てきてくれて嬉しいと言うべきか。
対話において、相手のことを徹底的に調べるのは常識である。"彼"は大真面目にそれ――――知りたくもない交友関係や性癖までも調べ尽くす行為――――をやってきたし、向こうもそうであろう。
『……そいつは技師か?』
大出力スピーカーから流れる大声量が僅かに押さえられていることに気付いた"彼"が「そうだが」と応じれば、声の主は苛立ちを
『期待しているところ悪いが、見た程度で盗めるほど
その
「とはいえ、整備くらいは出来るようにならないと困るだろう。主にそちらが」
『
と言いつつ、しれっと
『政治は苦手だ。単純な取引にしろ』
「我が国のエンジニア集団を派遣する。諸君らには民主主義の防壁になっていただきたい」
エルタニク連環要塞は、ギアーデ連邦における首都圏(ギアーデ帝国の主領域)を守るための障壁で、文字通りの最終防衛線だ。そんな重要地域に配備されているのが、連邦でも有数の重戦力――――狂骨師団。
民主派貴族のノウゼン家の嫡流を指揮官に仰ぐ、事実上の民主派最強戦力である。
『共和国の
貴族の私兵は連邦政府の統制下にないと誤解されがちだが、それは違う。各義勇連隊は明確に連邦軍司令部に供出されており、その指揮権は各戦線の司令部が保持している(なお、義勇連隊を供出した家の係累が供出先の司令部にいることが多い)。
それに加え、狂骨師団はノウゼン家の影響が強いと言いつつ"義勇"連隊でない正規部隊であり、その維持予算は連邦陸軍が請け負っている。
つまりノウゼン家による連邦軍の私物化なのだが、帯剣貴族にとっての生命線である武力の維持費を連邦政府に依存させることはノウゼン家に手綱をつけたと言えなくもないのが肝である。
「抽象的な表現ではいけないか? そちらには聞かれてはならないこともあるとは思うが」
『舐めてもらっちゃ困る。そのような不埒者がここにいるとでも?』
いや、身内だけで固めてあるのは民主主義の軍隊としてどうなのか。思うところはあるが、こんなのと連携しなければ民主主義を守れないのが現実である。
「では直截に。近いうちに連邦の理念は崩壊し、民主制は危機に瀕する。その際に、諸君ら狂骨師団は前線と首都属領からの挟撃に遭う……その時、諸君らが継戦能力を喪うのは民主主義における悲劇だ」
『全然分かりやすくなってねぇよ!』
なんということだ。こんなに分かりやすく伝えているのに伝わっていないのか。
唖然とした”彼”を前に、〈アジ・ダハーカ〉のハッチが開く。現れたのは黒眼黒髪、
「ごちゃごちゃ言うが、お前いう民主主義とやらはなんだ? 今の話、民主主義を帝室に置き換えてもそのまま通じそうだな? ん??」
お前は民主主義という専制を押し付けているだけなんじゃないのかと続ける彼。貴族らしからぬその物言いに、むしろ”彼”は感心した。
「その指摘は正しい。現行の民主主義とは選挙という瞬間的な人民の支持を根拠に時限付きの独裁を行うこと。統治システムとしては不完全な存在だ」
例えば、戦時下の共和国がその典型である。戦時大権により選挙が先送りされ、時限付き独裁というシステムは簡単に崩壊した。
戦後の選挙では現実を見ないことを良しとする憂国騎士団が支持され、”彼”の政策は多くの妥協を強いられた。
「それでも、人類の選ぶべき道は民主主義だ」
「それはお前の妄信だろうが」
現実をみろよと青年将校は続ける。
連邦で発生しつつある兵力不足、徴兵は周辺国・属領からの避難民を中心に行うべきであるという論調。それを公開主義の報道で確かに受け取りながらも、為すべきことをしない連邦市民。
「民主制ってのは、民草全員が国の王になるってことだ。んで奴らは
第二次大攻勢の混乱が一段落したこともあるのだろう。予備陣地構築が始まる一方で、連邦の市民生活はなんの変化もない。
予備陣地構築により生産属領の一部プラントが操業を停止し、各種経済指標が悪化しつつある現状にも関わらず、市井は
「違うだろ。民主制ってのは、こういう状況を正しく理解して、為すべきことを自らやるものだろうが」
「……」
”彼”は、目の前の青年が言わんとすることを理解した。その言葉は、困惑は民主制を目指したノウゼン家が直面している現実そのものだ。
貴族は統治者である。貴族は誇りである。
であれば、統治者たる立場に立った連邦市民は当然、誇りを持ち為すべきことを為すと信じた――――そして、それを裏切られた。
「そうだな。確かに市民は近視眼的であり、その多くは大局を見ることがないかもしれない」
直近の税負担を避けるために
目の前の選挙に勝つために、共和国人の徴兵を否定し続けた共和国議会。
自らの存在意義を示すため、大統領令に違憲判決を突きつけ続ける裁判所。
そのどれもが煩わしい。煩わしいが。
「それらを統合しなければ、到底この戦争には勝てない」
「こっちにはまだ義勇連隊もいる。手前でやれないこともないと思うが?」
「それでも――――人類は団結したとき最も力を発揮する」
「団結した結果がコレだけどな」
自嘲気味に笑う青年将校。
ギアーデ帝国の転覆が成功したのは貴族たちが反乱に加担したから。紐帯という名目で分断され単独では帝室に抗えない貴族たちが団結したから。
しかし帝室の遺産である〈レギオン〉は未だに稼働を続け、人類を締め上げようとしている――――その事実をもって、かつて民草の上に立っていた貴族すら愚かしい存在なのだと彼は言いたいのだろう。
「まだ結果など出ていないだろう。連邦は選挙すら行われていない。民主主義とは
「こりゃ平行線だな……まあいい、こっちも
頷く”彼”。これでどうにか、実力部門との話はつけられたといったところか。
「これで茶会はしまいだ。仔細は互いの家臣同士で詰める、これでいいな?」
「構わない。万一が起きた日は必要な生産属領を占領しろ、我らの同志が狂骨師団を首都属領の鎖から解放するだろう」
「予備部品や食糧……兵站の鎖からの解放か。独立国家でもつくるつもりか?」
皮肉な笑みを浮かべる青年将校。
軍事力とそれを支える兵站、その両者を帯剣貴族と資本家貴族に分割し統治していたのがかつてのギアーデ帝国であり、連邦の姿だ。
そこに軍事力と兵站が一体化した勢力が現れるとなれば、それを独立国家と呼ぶのも無理はないように思える。
しかし”彼”はゆっくり首を振る。
「我々が目指すのは民主主義の連帯だ。その前段階として、
「関心だと?」
「目の前の生活にしがみつくだけではない。生きるための目標だよ。国家でいうところの国是というやつだ」
我ら、世界に誇る正義たらん――――ギアーデ連邦(革命軍)のスローガンを諳んじてみせる”彼”。
「関心を持たれない正義など、なんの意味もなさないからな」