スーパー五色旗に超栄光あれ!   作:戦え民主主義

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超博愛

 バカらしいと思うかもしれないが、真の革命家は偉大なる愛によって導かれる。

 

 人間への愛、正義への愛、真実への愛。

 愛の無い真の革命家など想像できない。

 

 

西歴1964年 チェ・ゲバラ

 


 

 

 

 

 人道的とはなにか?

 それは人の道に則ることである。

 

 では人の道とはなにか?

 少なくとも、獣道ではないだろう。

 

 

 

『戦局報道をお伝えします。国軍本部発表、偉大なる共和国の発展を日夜支える共和国工廠の開発した新機軸無人兵器〈ジャガーノート〉が初陣を飾り、これによりギアーデ帝国の無人兵器部隊を撃破するに至りました』

 

 キャスターは嬉しさを隠す様子もなく原稿を読み上げる。

 画面に踊るのは簡単な地勢図とそこで踊り狂う新型無人兵器の切り抜き……機密情報の扱いまで粗雑になるとは、共和国民間部門のモラル低下に歯止めがかからないことが窺える一幕。

 

『また国軍本部は既に人民要塞線の無人化を実施していたことを発表。偉大な共和国市民の命を無為に刈り取っていた流血戦線はついに閉じられ、昨日の戦死者はゼロ。開戦から初となる戦死者ゼロを達成しました』

 

 大嘘である。

 いや、戦死者ゼロの部分(当たり前の話)ではなく、人民要塞線(マジのライン)についての話だ。

 

 確かに人民要塞線(マジのライン)はよく機能していた。

 正面突破は不可能、〈レギオン〉は何度も要塞線を迂回しての突破を試みたが、その試みは全て首都と要塞線の連絡回廊を守る流血戦線によって防がれた。

 もちろん、河のような流血を代償として。

 

 しかし開戦から1ヶ月も立つと状況が変わる。〈レギオン〉は要塞の防御構造ではなく地形そのものを攻撃し始めたのである。

 もちろん、しばらくは何も問題はなかったのだが……流石に何事にも限度はある。

 

 地図を書き換えなくてはならないほどの砲撃を受け、ついには一部の要塞で基礎構造が露出。

 もちろんそれを見逃す〈レギオン〉ではない。補修計画はことごとく妨害され、ついに国軍本部は人民要塞線の放棄を決定した。

 

 ……余談ではあるが、これらの出来事は数週間前に起きたことである。今日の発表までの間に守備隊は段階的に撤退し、歩調を合わせるように流血戦線も縮小。撤収作戦は「許容できる損害の範囲内で」成功裏に終わった。

 ちなみに、要塞を放棄したことを「要塞を無人化」と表現するのは政府が支持率の低下を嫌ってのことらしい。羨ましい悩みである。

 

「あなた」

 

 三毛猫は有色種だが豚ではないとする民族学者の説を紹介する報道キャスターから"彼"の意識を引き剥がす声。

 

「お迎えがいらしていますよ」

「そうか」

 

 "彼"に苦難の道を歩ませることを強いたその女性は、いつもと同じように来客を知らせる。

 そして"彼"が立ち上がるのを見て、鞄を差し出しながら身体を寄せる。

 

「…………いってくる」

「いってらっしゃい」

 

 

 いつもの光景。いつもの出勤。

 それでも、この光景の向こうで要塞線は放棄された。

 

 そして要塞線の放棄とは、すなわち。

 〈グラン・ミュール〉に守られた首都圏以外の全てのエリアが喪われることを意味している。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「明日の正午、私の牧場で愛馬鎮魂の集いを開くのですが。参加されますかな?」

 

 国軍本部。民主主義の守護者にして被抑圧人民の解放の担い手。名誉ある五色旗の旗手である国軍を統率するこの組織は、首都街区の中心にそびえ立つ白亜の宮殿に居を構えている。

 その宮殿の一角にて行われた定例会議の後、"彼"は国軍の支配者である将軍たちへと問いかけた。

 

「いやぁ、私は遠慮しておくよ。厩舎の匂いは苦手でね」

「そうですな。特にキミの厩舎は臭くて困る」

 

 鼻を摘まむジェスチャーをしてまで"彼"の馬が臭いと表現する将軍たち。とはいえ、まだ厩舎に豚がいると喚かれるよりはマシといえるだろう。

 

「そうでしたか。今年からはコレのおかげでリモート出席が出来るようになったのですが……」

 

 そう言いながらうなじの辺りを軽くつつく"彼"。そこに装着されたのは偉大なる共和国の科学がもたらした最先端をいく技術の結晶、知覚同調(パラレイド)システムの接続端末である。

 

「……よくもまあ、そんな気味の悪いものをつけられるものだな。指揮官(ハンドラー)でもあるまいに」

「おや。各戦隊の指揮官(末端ハンドラー)による造反の抑止も将軍の責務かと思いますが」

 

 実際、気味の悪い技術なのは分かる。

 とはいえ電波妨害下の通信手段としては優秀であるし、この技術が指揮官や最前線(86区)でだけ使われているのもそれはそれで危険だろう。

 そういう現実的な理由もあって"彼"は端末を装備しているのだが、どうやら彼らの不満はそれ以前の問題らしい。

 

「あぁ、そうだったな。最近は誰かのせいでどうにもキナ臭い……しかしこうも思わないか?」

 

 ひとりの将軍が"彼"へと詰め寄る。

 瞳に映るのは敵愾心と、恐怖。

 

「豚使いが牙を研ぐのは、ひとえに餌が多すぎるからだと」

「ふむ」

 

 豚使いとは、つまり指揮官(ハンドラー)のことであろう。

 ちなみに〈ハンドラー〉とは共和国軍学校にて教育を受けた共和国軍将校であるわけだが、最近の共和国軍は彼らを軍人として扱うことをやめてしまった。

 

 もちろん理由は、共和国軍が〈グラン・ミュール〉の外に展開していると都合が悪いから。

 ではいったい、要塞壁の向こうでは誰が何と戦っているのであろうか。教えてほしいものであるが……ともかく、彼らのことを将軍たちは快く思っていない。

 

「そもそもだ。我が偉大なる大統領閣下に率いられる公衆衛生活動隊の活躍を彼らは踏みにじっている! 汚染区域(86区)に出入りし、臭い匂いをつけて帰ってくるのだ。あんな奴ら、もはや豚と同族とは思わないか?」

 

 そう、指揮官(ハンドラー)の多くはまだ壁外で指揮を執っているのである。

 本来であれば、知覚同調(パラレイド)という電波妨害を受けない通信手段が確立された以上、指揮官は国軍本部……いや自宅の書斎からでも指揮が可能だというのに。

 

 もちろん、その理由は語るまでもないであろう。

 

「ところで将軍。トリュフは好きですかな?」

「なに?」

「トリュフですよ。ご存じでない?」

 

 高級食材に分類されるトリュフである。壁内の食糧事情を鑑みれば食べたこと時代がステータスになりうる食材を"彼"が引き合いに出したことで、将軍の答えは決まってしまった。

 

「知っているが、それが?」

「トリュフを探すのは豚ですよ。将軍」

「…………」

 

 そして約束された沈黙。

 

「ところで、最近あまり豚は用いられないのです。なにせ、トリュフを見つけた豚はトリュフを食べてしまいますからね」

 

 その点、犬は優秀だ。

 犬は飼い主に褒められることを求め、トリュフを見つけても食べたりはしないのである。

 

「将軍。我が偉大なる共和国に必要なのは、欲望にまみれた豚ではなく忠実な犬ではないかと思いませんか」

 

 "彼"の言葉に、将軍たちが息を飲む気配。

 

「貴様――――まさか市民権の話をしているのではあるまいな」

「トリュフの話ですよ」

 

 もちろん市民権の話である。

 なにせ有色人種(エイティシックス)が5年間兵役をこなせば、市民権が取り返せる――――最初からヒト型の豚に市民権が存在しないのであれば、取り返せるとは妙な話である――――というのだから。

 

「さて。では私は集いの事前準備がありますゆえ。本日はこれにて」

「オイオイ。まだ就業時間だろうに」

「有給休暇ですよ。偉大なる共和国は労働者の権利を保証しているのですが……ご存じでない?」

 

 

 

 

 そうして翌日、愛馬鎮魂祭が開かれる運びとなった。

 

 

 ――――と、その前に。〈愛馬鎮魂の集い〉とは?

 

 

 "彼"は開戦前は牧場も保有している牧場主 兼馬主(オーナーブリーダー)であった……が、レギオン大戦の勃発と同時に全ての持ち馬を処分している。

 

 なにせ、牧場を保有するという行為そのものがレギオン大戦への布石だったのだ。85区内の辺鄙な土地を買い漁るのにおいて、競走馬育成というのは格好の隠れ蓑であった。

 もちろん買ったからには本気でやらなければ親類筋に疑われてしまうので、"彼"は副業と呼べる程度には真面目に牧場を運営していた。決してこの星暦2100年代においてSS系血統が生き残っていたことに感動した訳ではない。

 

 なんにせよ。"彼"が持ち馬を全て処分したというのは、共和国の社交界においてはそれなりに衝撃をもって受け入れられた。

 そのまま牧場地を南部工業地帯の企業群に無償で提供――――厳密には戦時中においては賃料の類いを一切取らないという条件での借用――――したのだからさらに驚かれたのだが……偉大なる共和国に恩を受けた者は須く共和国に奉公しなければならない、との"彼"の発言で静まり返ることになる。

 つまり、"彼"のように愛馬を鋳潰し、国家防衛に資する行いをしなければそれは非愛国的であると言いきったのだから。驚きは"彼"の行いそのものより、今後共和国社交界に吹き荒れるであろう「愛国的行為」ブームに対する畏怖であった。

 

 ……なにはともあれ、愛国精神が愛馬精神を上回った"彼"は持ち馬の魂に報いるため、鎮魂の集いを開いているのである。

 

 

 ……ここまで説明すればお分かりではあろうが、鎮魂の集いなどは建前だ。

 

 

 

「共和国の活力の源泉とはなにか!」

 

 "彼"は虚空に向かって叫ぶ。

 

「それは奉仕の精神である。悪辣たる王政を打ち倒した革命政府の発足以来、共和国は市民の奉仕によってこそ繁栄してきた」

 

 そう。それが例え強制された奉仕であるとしてでもある。"彼"は続ける。

 

「共和国の発展には犠牲が必要であった。科学の発展、民主主義の遂行……それらはすべからく偉大なる共和国の活力となり、未来の共和国市民が享受する繁栄の原資となった」

 

 そして繁栄の成果もまた、未来の共和国市民のために再投資されなければならない。

 再投資、拡大再生産。それは偉大なる共和国の筋肉である資本主義経済の大原則であり、栄光ある共和国経済が永久に享受するべき過去からの配当金である。

 

「であるからこそ。諸君らこそが真っ先に報酬を受けとるべき存在であることは明白である」

 

 ゆえにこそ論理が成立する。

 過去に共和国へと貢献したのならば、現在において報酬を受けとるべきであると。

 未来においても報酬を受けとりたければ、現在においてこそ奮励努力せねばならないと。

 

「ゆえに、()()()()()()()()()は有色人種への配当を行う。これは諸君らの献身への報酬であり、また諸君らが明日の糧とするために育てるべき種籾である」

 

 そうして"彼"は虚空へと、知覚同調(パラレイド)を用いなければ異端児の妄言に終わる言葉を放つ。

 それはヒトの有意識と無意識の境界、不認知領域を経て、〈グラン・ミュール〉の外へと押しやられ、さらには人民要塞線(マジのライン)を喪った有色人種(エイティシックス)へと届く。

 ……白豚の発言などに耳を貸すものかと耳を塞いだところで、知覚同調はようしゃなく降り注ぐ。

 

 ならば取り外せばいい?

 

 それも悪い選択肢ではない。戦場で生き残るために必要な通信デバイスを、たかだか数分の訓示を聴かないためだけに取り外す蛮勇を持ち合わせていればであるが。

 

「さて、では配当についての話をしよう」

 

 そしてようやく、"彼"のつまらない訓示に耐えた有色人種(エイティシックス)が気に掛けていた本題へと話が移る。

 

「偉大なる共和国は85行政区の外(グラン・ミュール外部領域)について、隔離地域としてあらゆる行政権を事実上放棄していた。これは近代国家の体系としてあり得ないことであるから、暫定的な行政機構として『共和国86区行政府』を設置していたことは周知の事実である」

 

 "彼"の言葉に、数万の息を飲む気配。

 

「くっ……」

 

 即応体制にある戦闘要員と指揮官――――知覚同調(パラレイド)端末を装着している――――だけとはいえ、これだけの同時接続は常人に掛かる負荷を超えている。文字通り磨り減らされていく神経が放つ熱を宥めつつ"彼"は続ける。

 

 これだけは、書面での交付ではいけないのだ。

 

 文章に残ることを偉大なる共和国が嫌うからではない。

 国軍本部の将官たちに小言を言われるからでもない。

 

 この言葉の本当の意味を届けるには、知覚同調(パラレイド)しか手段がないのである。

 

 

「人民要塞線の陥落により、諸君らに与えられていた領域は大きく縮減することになる」

 

 

 今日まで、有色人種と白系種の「歪な協調」は辛うじて続いてきた。

 それは白系種を85行政区(グラン・ミュール)()()()、有色人種に広大な共和国領域を()()()()()()()()したからこそ。

 

 

「現在、諸君らは〈グラン・ミュール〉迎撃砲群に守られた収容区へと後退を続けているのだろう。この段になって故郷を追われる者も、新しく得た新天地を再び喪う者もいるのだろう」

 

 

 汚れた血(エイティシックス)への報酬は支払われていたのである。

 兵役を事実上免除された白系種たちを要塞壁の中に押し込め、彼らが配給される合成食糧から得られる規定値通りのカロリーで身体を維持する間、広大な86区("彼"が作った安全圏)有色人種(エイティシックス)は平穏を享受することが出来ていた――――――その膨大な出血と引き換えに、ではあるが。

 

 

「もはや、大要塞壁(グラン・ミュール)の中に閉じこもるのみとなった共和国政府に諸君らの安寧を保証するだけの権能はない」

 

 

 その前提が、ついに崩れる。

 もしもここで、彼らが〈グラン・ミュール〉を乗り越え85区内での立て籠もりを選択したのならば……もはや偉大なる共和国に、抵抗する術は残されていないことだろう。

 

 

「こんな時であるからこそ、問いたい。諸君らの共和国とはなにか」

 

「諸君らの血によって購われた共和国に、いかなる価値があるのか」

 

「魂と身体を捧げた共和国を――――諸君らは、愛しているのか?」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「お疲れ様でした。閣下」

「……ああ、もう二度と、やりたくはないものだな」

 

 賭けには、勝ったのだろう。

 結局"原作"と同様に、彼ら(エイティシックス)が〈グラン・ミュール〉に刃向かうことはなかった。

 

 それは共和国市民としての矜恃なのか。

 〈レギオン〉の脅威を知っているからこその消極的選択なのか。

 はたまた、本当に共和国を、自由と正義、博愛と高潔と平等の精神を……愛しているからなのか。

 

 それは分からない。

 だが少なくとも"彼"は、そんな共和国と偉大な共和国市民を愛していた。

 

 

「それにしても最後の一節、あれは……」

 

 苦虫をかみつぶしたような副官の顔。それを知って"彼"ははにかむ。

 

 

 

 BIG GENERAL IS WACTHING YOU――――――偉大な将軍は、常に諸君と共にある。

 

 

 

「それほどに、愛しているのだよ」

 

 屈託のない、笑顔で。

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