スーパー五色旗に超栄光あれ!   作:戦え民主主義

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超平等

 私たちはここにいる。

 私たちは全員、自分たちの独立と国を守る。

 

 

西歴2022年 ウォロディミル・ゼレンスキー

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そして『その日』は、唐突にやってきた。

 

 

 

 

 

 最初の一撃は"原作"通り。

 新型〈レギオン〉による砲撃が〈グラン・ミュール〉の一角を吹き飛ばした。

 

 もちろんその砲撃が着弾したのは、大盆地の外縁の中でも高低差が少ない箇所ばかり。

 要塞壁の弱点というべき箇所を的確に砲撃した新型の号砲を合図に、レーダー画面を埋め尽くすほどの数の輝点(フリップ)――――〈レギオン〉が出現。

 

 とある新米佐官から上奏されるまでもなく、"彼"はそのことを知っている。

 そして〈グラン・ミュール〉のどこに弱点があるかなど、軍学校を卒業した将校なら誰も知っていることだ。

 

 

「撃――――ッ!」

 

 

 入念な事前準備に基づく砲撃。辛うじて残っていたセンサ類が、電波妨害の影響を受けていない電気通信管(ケーブル)越しに戦果を報告する。

 当の砲兵陣地はそんなこと気にも掛けずに砲撃を続行。長距離砲兵型(スコルピオン)が進出して対砲兵射撃が実施されれば迎撃砲や牽引式の野砲は格好の的だ。それまでに全ての集積弾薬を使い果たす勢いで射撃を続けていく。

 

 

『繰り返しお伝えします。共和国陸軍は85区内で特別な軍事作戦を実施中です。74区から85区にお住まいの方は、行政区政府の指示に従って避難を開始してください。作戦地域からの民間人退避は栄えある陸軍に迅速な行動と勝利をもたらします。市民の行動が国家の勝利へと繋がることでしょう。民主主義に勝利を! 五色旗に栄光あれ!』

 

 

 厳しい高度制限に守られた1区の首都官衙。美しい白亜の回廊。

 低層建築では地平線の向こうに戦火を認めることも出来ず、そこでは市民が最低限の平穏を保っている。

 

「閣下」

 

 夏の夜風に吹かれながらその景色を観ていた"彼"に、副官が語りかける。

 

「破壊された要塞壁に敵の橋頭堡が形成されつつあります」

「そうだろうな」

 

 橋頭堡が築かれれば、要塞壁と壁上砲台の失陥は時間の問題だ。

 迎撃砲の優位はひとえに長砲身と目標との高低差がもたらす高精度・長射程砲撃にある。要塞壁に〈レギオン〉の足がかりを作られた以上、ここからは対等な立場で砲撃戦を繰り広げることになるわけで……場所が割れている迎撃砲は、さして時間を待たず壊滅することだろう。

 

「事前計画では、砲兵を全て投入して橋頭堡を破壊するとされていたが……進捗は」

「はっ! 自走砲連隊を含む全ての砲兵部隊が任務を遂行しております!」

「そうか」

 

 "彼"は副官の報告に静かに頷く。"原作"の共和国はこの大攻勢に対応できなかったというが、今回はどうだろうか。

 精強な共和国陸軍を生き残らせること、有色人種(エイティシックス)と可能な限りの共生関係を築くこと、要塞壁(グラン・ミュール)突破後の作戦を事前策定すること…………やるべきことは、打つべき手は全て打ってきた。

 あとはこれで、これで大攻勢を凌ぎ、耐えることが出来れば……

 

 

 ……

 

 

 

 …………

 

 

 

 ………………

 

 

 

 耐えれば、どうなる?

 

 

「閣下?」

 

 "彼"だって、もちろん理解はしていた。

 偉大な共和国陸軍が偉大なままでいるこの世界で、果たして"主人公"は覚醒するだろうか。そもそも兵にすら取られていないのではないだろうか。

 

 長距離砲撃に対する警告が新米佐官から上奏されているあたり、ある程度は"原作"に依っているのかも知れないが……しかし、この世界の86区には特別偵察任務などは存在しない。精鋭部隊はいても、必ず死ぬと確定している任務は存在しない。

 

 ならば、この世界で"主人公"はどうしているのだろうか。"彼"は確認することすらしなかった。分かっているのは、1区でも有色人種(コロラータ)の強制収容が行われたことと、未だに戦争は無人化されていないという事実である。

 

 つまり、そういうことだ。

 耐えれば、どうなる?

 どこかから都合のよい救援が来るとでも?

 

 そんなに気になるなら、調べてしまえばいいのに――――そんなことを気軽に言ってのけた女性の声が"彼"の脳裏、記憶の表層に浮かび上がる。

 あの時は、確か。いかなる例外も作るべきではないと切り捨てた。

 ……それが"原作乖離"を確定させたくないという"彼"の現実逃避であったことは、気付かれていたのだろうけれど。

 

 

 それでも、"彼"は認めるわけにはいかなかったのだ。

 

 共和国は滅びるべきなのだと。

 これは最初から、誰かの死を前提に組まれた脚本だと。

 

 

「ここから、どうするかな」

「それは閣下が決断することです」

「……あぁ、本当に。そのとおりだ」

 

 "彼"の持ち込んだ知識と、この偉大なる共和国で育まれた頭脳が次の一手を模索する。85区内で持久戦に持ち組むという当初の目的は達成されただろう。

 そこから先の手は、本当の意味での暗闇。

 

 1区を保持し続ける限り、共和国の最低限の継戦能力は維持できる。

 それは発電プラントや自動工場であり、周囲の5区までを無傷に保てば国家としての機能も失わずに済むことだろう。

 

 つまり最終防衛線はそこを長距離砲兵型(スコルピオン)の射程に収められる砲撃陣地候補の直前……およそ50区あたり。そこまでは後退しても問題ないということである。

 

 ――――その距離、およそ30キロ。

 

 それは縦深と呼ぶには、あまりに短い縦深。

 全力で走破したなら牽引式榴弾砲でも一時間とかからない距離。

 

 しかしそれが"原作"の連邦のように縦深を確保しなかった……いや、確保できなかった共和国の現実なのだ。

 わずか150キロ四方の空間に閉じこもらざるを得なかった……いや、そこまで押し込まれてしまった共和国の現実なのである。

 

 

「三分でいい。ひとりにしてくれ」

 

 

 そして立ち去る副官。"彼"は息を吸い込む。

 偉大なる共和国を育んだ大地が、今日まで数千万の共和国市民を生かした共和国の空気が…………混じりけないものでなければならないそれに、僅かな硝煙の香りが乗っている。

 

「やはり、亡命しておくんだったかな」

 

 今さらな話である。

 たった数年。今の豊かな生活を守りたかったが故に亡命という選択肢を手放したというのに、その刻限が迫ったからと過去の選択を嘆くなど笑止千万である。

 

 だがそれでも、やはり不確実な未来には賭けられなかった。

 それは"彼"が臆病であったからではなく、あまりに賭け金(チップ)が大きかったから。

 

 守りたかった、それだけなのだ。

 もちろんそれで、はいそうですかと通れば苦労はないのだが。

 

 

 その時、"彼"の後ろに足音が近づいてくる。

 もう三分経ったか、早かったなと振り返ると、そこにはここに居ないはずの姿。

 

「なぜ、ここにいる?」

 

 ここは国軍本部。栄光ある共和国陸軍の統制を引き受ける白亜の宮殿。

 そこになぜか現れたのは、政府関係者ですらない文民(シビリアン)

 

「どこかの、諦めの早い唐変木の尻を叩きに来たのです」

「…………そうは言うが、頼みの〈グラン・ミュール〉は」

「あら。それが陥落することを前提に、軍略を組んでいたのではなくて?」

 

 それは、そうなのだが。

 実際、そうであるからこそ"彼"は今、物思いにふけることが出来ている――――妙な話ではあるが、"彼"の陣頭指揮が必要なほど状況が切迫していれば、却って先の心配などしなくて済むのである――――のだが。

 

「もちろん。抵抗すると決めた以上、最後までやりぬくさ」

 

 少なくとも、捨て鉢になって対戦車兵器を抱えるようなことはしないつもりだ。

 いつしかちょっと〈ジャガーノート〉を扱ったときに判明したことだが、"彼"には戦闘におけるセンスというものが欠けている。軍学校で理論を学べばどうにかなるものではない。

 

 それはつまり、指揮官として最後まで首都に踏みとどまることを意味している。

 

 ……案外最後には、砲撃の降りしきる地下壕で存在しない師団に反撃を命じたりするのかもしれない。信頼できる部下だけを残して、大粛清をやっておけばよかったと大声で懺悔するのかもしれない。

 

 そうなれば"彼"も晴れてネットの玩具の仲間入りだ。

 もちろん、後世に人類式文化社会(インターネット)が残っていればの話だが。

 

 この期に及んで現実逃避を最優先にする思考回路に口端を歪める"彼"。そんな彼の表情を見て、目の前の相手は大きなため息。

 

「なら、空ばかりみていないで。大地をみてみなさいな」

「大地……?」

 

 それはつまり、妄想(ソラ)を使うのをやめて現実(ダイチ)に向き合えという話だろうか

 ――――いや。

 

「あれは」

 

 それは文字通り、大地を見ろという話であった。国軍本部の門前、白亜の回廊に大勢の白系種市民が詰めかけている。

 なぜだ? 1区を含め中央地域には避難命令を出していないし、交通機関の類いは全て軍が掌握している。ここに市民が集まる理由など…………。

 

「……革命か?」

「そんな冗談が言えるなら、まだ大丈夫そうね」

 

 肩をすくめる彼女。なにを言っているのか理解出来ない"彼"に、よく見てみなさいなと彼女は言う。

 

「すべての市民が政府広報(プロパガンダ)を信じ切っているとでも思う?」

「ではなぜ」

「分からない?」

 

 本当に? と問うてくる彼女。

 

「開戦緒戦の時点で、みんな気付いていたのよ」

 

 

 共和国は敗ける。

 気付いた市民は選択肢を突きつけられた。

 

85区(ここ)に残るか、銃後(86区)へ赴くか」

 

 そう。85区は銃後ですらなかった。

 生命活動を維持するためだけの合成食糧、カロリーとビタミンだけを摂取して、各種資源の中で唯一余裕のある電力から生み出された大気中の液化水を飲み下し、生活廃棄物を再生炉に送り込むだけの活動は……事実、戦争を支える銃後ですらなかった。

 

 そして実際、それなりの数の白系種(アルバ)が85区へと赴いた。

 それが"原作"よりも多かったのかどうかは……比較対象が存在しない以上、分からないが。

 

 

「それでも、尻に火がつかないと動けない人もいるのよ」

 

 あなたのようにねと、彼女はそう言いながらバルコニーから群衆を見下ろす。何も言葉を発さない"彼"になにを思ったのか、キッと厳しい表情をした彼女は"彼"に問う。

 

「それで? 気の利いた演説のひとつも用意しているんでしょうね?」

 

 ――――演説?

 用意しているとでも思ったのだろうか。85区(ここ)に残ったのは演説など聞くまでもなく逃げ出す者達だけだろうに。

 

「考えてないの?」

 

 眉をひそめた彼女は、それから浅いため息。

 

「なら、今から考えなさいな」

「それはいくらなんでも」

「時間が必要なのね?」

 

 ならば稼ぐまでとばかりに、彼女はバルコニーから半身を乗り出す。

 それに気付いた群衆のなかの数人が、彼女を指差して何かを言う。

 

 ざわめきが引いてゆく。

 潮のように。

 

 そういえば……もう何年も海をみていないなと。"彼"が現実逃避をするなか。

 

 

 

『――――おお、君は見えるだろうか』

 

 詩が、聞こえた。

 

『――――夜明けの薄明りの中』

 

 群衆が固唾を呑む。

 

『――――黄昏の僅かな光の下に掲げられた』

 

 誰もが、その詩がなにかを理解していた。

 

『――――我々の歓喜を浴びる誇り高きものが』

 

 場が静まり返り、群衆は呼吸すらも忘れ……

 

『――――その太い縞模様の五色は』

 

 ……やがて、喉から詩が零れ落ちる。

 

『――――危険に満ちた戦いを潜りぬけ』

 

 木霊のように、誰しもからの口から。

 

『――――城壁の上で勇ましく翻っているあの旗を』

 

 銃後であるこすら忘れたはずの彼らが、最後に振り絞るように持ち出した共和国市民としての自己規範(アイデンティティ)を。

 

『――――ロケットの赤い光が、空中で破裂する爆弾が』

 

 共和国市民たる己を持ち出して。

 

『――――我々の旗がまだそこに在るのを夜を徹して証明していた』

 

 数年ぶりの、カビの生えたような祖国の詩を持ち出して。

 

『――――おお、あの虹の旗はまだたなびいているだろうか』

 

 数百、数千はいるだろうか。

 その群衆の声が連鎖する。

 

『――――自由の大地であり』

 

 1区から、85区行政区の全てへと。

 自由、正義、博愛と高潔……そして平等を隠してしまった共和国市民が、その詩を歌う。

 

 

『――――勇者の故郷でもある場所で』

 

 

 

 

 

「閣下。各区の警察署に市民が殺到しているようです」

 

 

 戻ってきた副官――――3分はとっくに過ぎているので当然ではある――――の報告に"彼"の首は勢いよく回る。

 警察署に殺到? まさか、偉大な民主主義の体現者である共和国市民が……いや、造反常理との言葉の通り、常に体制への疑問を持ち、弱い政府とみるやそれを転覆せしめるのは民主主義者としての義務ですらあるわけだが……

 

「あの閣下。恐らく、閣下のお考えとは真逆かと」

「真逆?」

 

 眉をひそめた"彼"に、"彼"をこの地獄へと引きずり込んだ彼女はぴしゃりと言いきる。

 

「武器を求めているのでしょう? 戦うための武器を」

「そんなことが……」

 

 あるわけが、と"彼"は言いたかった。

 

 しかし現実は、偉大なる共和国を構成する市民たちは――――いま目の前で、確かに国歌を大声で歌っている。

 王政軍に追い詰められたかつての被抑圧人民たちが頼みとした砦の、その頂上に輝く偉大な五色旗を讃える歌を。

 

「…………」

「いまさら馬鹿なことを、とお思いなのでしょう?」

 

 しかし『そう』なのですよと彼女は言う。

 

「そこまで追い詰められなければやらないのです。人間は、人類は」

「……」

「けれども、そんな人類を愛してくれたから」

 

 あなたはここにいるのではなくて?

 

「それは」

 

 反則だろう。

 

 

 最初から、最悪な結末を迎えると分かっていた戦いである。

 最初から、どうしようもなく救いようのない偉大な共和国である。

 

 それなのに最後まで、どうしようもない抵抗を強いられてしまった"彼"の戦い。

 

 

「副官、マイクを持て」

「はっ。…………原稿は?」

「そんなもの、ただ私の胸中を伝えるのみで良い」

 

 

 

 弾丸は人種を選ばない。死は誰にでも平等に訪れる。

 

 ――――人類史を飾る最後の玉砕が、いま始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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