スーパー五色旗に超栄光あれ!   作:戦え民主主義

7 / 14
超幸運

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 憎しみや暴力ではなく、対話と責任が優先されるよう望む。

 

 

ジョルジャ・メローニ

 


 

 衝撃的な光景にがく然としている。

 

 

キア・スターマー

 


 

 政治的暴力は決して許されないものであり、いくら強調してもし過ぎることはありません。

 

 

ジャスティン・トルドー

 


 

 われわれの民主主義にとって悲劇だ。

 

 

エニュマエル・マクロン

 


 

 政治に暴力が存在する余地があってはならない。

 

 

オラフ・ショルツ

 


 

 このような暴力が許される場所はない。二度と起こさせてはならない。

 

 

ジョー・バイデン

 


 

 民主主義に挑戦する暴力には毅然と立ち向かわなければなりません。

 

 

岸田文雄

 


 

 

 

 

 

「――――どういうことか、説明していただきたい!」

 

 

 開いた扉。入り込んできた陸軍将校。

 肩に飾られた階級章は、戦時任官である代将たる大佐……共和国陸軍においては准将と呼ばれる地位を示している。

 

 それを認めた"彼"は、執務机から立ち上がると促すように応接セットの方へと足を向けた。

 公人ではなく(立場を抜きにして)私人として(本音で)対話しようという合図である。

 

「……ええ、いいでしょう」

「話が通じるようで助かる、准将」

 

 この「助かる」という"彼"の言葉は掛け値無しのものであったが、ジェローム・カールシュタール准将は心外だとばかりに眉をひそめる。

 

 ――――要塞壁(グラン・ミュール)陥落以来、相も変わらず対ギアーデ強硬論を貫く「人民総力戦会議」やら"彼"のことを白豚代表だと思っている「鮮血の女王」の相手をしている"彼"にとって、カールシュタールに「話が通じて助かる」のは単なる事実なのだが、当人にしてみれば皮肉としか聞こえないのだろう。

 

 もちろん、この期に至っては"彼"の心労など問題外である。

 席についた"彼"は、憮然とした表情でソファへと腰を降ろすカールシュタールを見る。

 

「ひとまず、無事でよかった」

 

 正直、目の前にこうしてカールシュタールがいることは"彼"にとっての誤算だ。

 なにせ"原作"におけるカールシュタールの立ち位置は「絶望した良識ある共和国人」である――――絶望した良識とは自棄を起こさないことや86区に赴かないことを示しており、つまり消極的な自殺と同義。

 

 そうしてジェローム・カールシュタールという陸軍将校は、時間稼ぎという「死に場所」に飛びついて戦死……それは、"彼"がこの世界に転生したときに辿るだろうと予感した己の末路と全く同じもの。

 ――――もちろん、結論として"彼"は立ち上がる決意を固め(伴侶に尻を叩かれてやむ無く決心し)、共和国は"原作"とは異なる路を歩むことになったわけであるが……。

 とにかく、他人事とは思えなかったのだ。

 

「うん。本当に。無事でよかった」

 

 そういう理由で"彼"の言葉には万感の想いがこもっていたのであるが、結果を見れば"彼"は行動した共和国人。カールシュタールに己の運命を重ねていたなど、口にしたところで首を傾げられて終わりである。

 ゆえに当たり触りのない戦傷話を"彼"が転がしていると、副官が紅茶を淹れたカップを持ってきてくれる。天然物かどうかは、この場においては重要な問題ではない。

 なにせこの紅茶は"彼"が本題に入る合図。それ以上の価値はないのだから。

 

「暗殺計画があった」

 

 穏やかではない"彼"の発言に、カールシュタールは冷静な口調を保って聞く。

 

「閣下の暗殺計画でしょうか」

「まさか、それは日常茶飯事だ」

 

 単なる犯行予告から実際に阻止されたモノまで多種多様ではあるが、幸いにも"彼"はこうして紅茶を嗜んでいる。

 しかし慣れている"彼"と違い、彼女にとってはそうはいかない。

 

「ウラディレーナ・ミリーゼ大佐。つまり今日、きみがここに来た理由である彼女に対する暗殺計画だ」

「……」

 

 正直なところ、これで十二分に説明になっているとは思うのだが。

 念のために"彼"はいくつか言葉を重ねることにする。

 

「いわゆる『プラン86』は確かに成功裏に終わった。今となっては栄光ある共和国軍より86区行政府に所属する有色人種主体の軍が優勢であるから成功するのは当然として、それに伴う混乱がなかったのは幸いなことだった」

 

 まさに君のような優秀な白系種の将校がいたお陰だなと"彼"。リップサービスとしか受け取らなかったらしいカールシュタールは苦い顔。

 

「私がやったことと言えば、生き残りの無駄飯ぐらいを弾よけにした程度です」

「その『無駄飯ぐらい』がプラン86にとっては最大の障壁だったのだよ」

 

 なにせ失業対策とは言え、仮にも軍事強国であった共和国軍の訓練を受けた兵士達である。プラン86によるエイティシックスたちの首都圏中枢への立ち入りを『阻止』できる者達がいるとすれば、間違いなくこの失業対策として対戦車ミサイルと対物ライフルの運用を学んでいる彼らであった。

 

「いずれにせよ、ミリーゼ大佐……君の姪っ子さんがエイティシックスとの橋渡し役になってくれたことで共和国は滅亡を免れた」

 

 

 そう、滅亡を免れた。

 

 共和国は、滅亡を免れた。

 

 

「とはいえ、在共和国連邦軍の再三の勧告にもあるとおり、有色人種(コロラータ)に対する白系種市民の視線は決して好転している訳ではない」

 

 

 滅亡を免れた、だけ……とは、思っていない。

 "原作"を知る"彼"も、目の前のカールシュタール准将もそれは理解している。

 

 この世界では有色人種(と良識ある白系種)たちは86区の区外行政府として組織されている。

 レギオンの脅威にこそ晒されるが、生存に必要な最低限度の配給しかない壁内と比較すればより多くのリソースを得ることが出来る彼らは、壁内を見下し憎悪しつつも、辛うじて協力を保てるだけの理性を残していた。

 

 ゆえにこの世界にはエイティシックスに事実上銃口を向けられる形で受け入れざるを得なかった白系種市民はいなかったし、エイティシックスが()()()()()()()()()()守られなかった数百万単位の共和国市民がレギオンの実験材料にされることもないであろう。

 

 そしてそれは、この有色人種を『ヒト型の豚』として排除してしまった共和国において『ブタとヒト』の『共存関係』が生じてしまったことを意味している。

 

 つまり、曲がりなりにも対等なのだ。

 エイティシックスは一方的に共和国市民を見下すことが出来ず。

 白系種は非現実的と理解した上で不平不満を述べるだけでは済まない。

 

 エイティシックスはいまだ「数的有利」を保つ白系種を警戒しなければならず。

 白系種は圧倒的軍事力を維持するエイティシックスに()()()()要求を行わねばならない。

 

 双方にとって『ブタとヒト』とは『ヒトとブタ』であり、その本質は『人と人』。

 

 

「分かるな准将。このギリギリの均衡は保たれなければならない」

 

 

 白系種市民優位が許されないのは当然として、エイティシックスの過剰な優位も看過しがたい。

 しかし長らく続いた大戦は共和国の人口を磨り減らし、戦前から変わらぬ有色人種の「数的不利」はさらに圧倒的な不利へと傾いている。

 

「……その状況で、ミリーゼ大佐の言動はやや過激だ。我が国は自由と平等を重んじる民主主義国家であるから、彼女の口を塞ぐ権限こそ持たないが……」

「要するに、レーナが白系種を厭いエイティシックスを優遇する行動を繰り返したせいで暗殺計画が持ち上がったということだな?」

 

 表情こそ落ち着いて居るが、腹の底は煮えくり返っているのであろうカールシュタール准将を"彼"は静かに観察する。

 ……そう、彼の怒りは常に存在し、それは共和国よりむしろ共和国市民へと向けられていた。

 偉大な共和国が唾棄すべき民主主義によって崩壊していく。

 多民族国家(レインボウ)の輝きが白系一色の銀色にくすんでいく。

 

 その責任は全て共和国市民の怠惰と無責任にある――――良識ある市民であるカールシュタール准将がそう考えるのは想像に難くない。

 

 しかしそれでも、彼は軍人であった。民主主義の軍人であった。

 文民統制(シビリアンコントロール)を是とし、偉大なる共和国政府と国家に殉ずると誓った将校であった。いかなる私情も、怒りも、それを理性で封じ込めるのが責務であり誇りであると……そう信じて、今日まで沈黙を貫いていた。

 

 そんな彼にとり、己の信念と誇りを曲げないミリーゼ父娘(おやこ)はどれほど輝かしく映ったであろうか。

 ――――どれほど危うく、映ったのであろうか。

 

 

「もう分かっただろう。連邦へのミリーゼ大佐、そしてエイティシックスの派遣はひとえに彼女たちを守るためだ。決して厄介払いではない」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 白亜の回廊を"彼"は歩く。

 正確には、かつて白亜の輝きを放っていた回廊を。

 

 低層ビルの窓ガラスはほとんど割れ、規則正しく空を駆けていた空中線は電柱が折れたり線そのものが途切れたりして切れ切れになっている。

 

「……」

 

 道路には重機や回収型無人機(スカベンジャー)の不足から放置されたままになっている長距離狙撃戦仕様の〈ジャガーノート〉。

 操縦席を剥き出しにして崩れ落ちたその横で、白系種と有色種、2人の共和国軍兵士が相互監視をするかのように警戒にあたっていた。

 

「っ!」

 

 こちらに気付いたらしい彼らの敬礼に応じつつ、"彼"は白亜の回廊を歩く。

 通りを往く人々の表情はどうだろうか。

 

 大攻勢の夜、白亜の回廊で気勢を挙げた共和国市民の姿はない。硝煙と破壊に怯えるか弱き市民の姿もない。

 もちろん、有色種の排斥を訴える人も、逆に差別の撤廃を訴える人もいない。

 

 己の身に危機が迫れば戦えるものは既に共和国を守るための戦列に加わった。戦えぬものは、戦えないからこそ家へ閉じ籠る理性があった。

 そしてこのような情勢で呑気に政治思想を語れる人間は、大通りに舞う土煙のようにどこかへ消えた。

 

 そして残されたのは、黙々と己の職務をこなす人々の姿。

 夢から覚めれば職場に赴くしかないとばかりに、賃金労働を疎みながらも打破する方法などないと悲嘆に暮れる表情。

 

 ……無理もあるまい。この要塞壁に閉じ籠った10年間の日々こそが、共和国にとっての夢であった。いや安楽死のための睡眠導入剤であった。

 しかし、どうしたことか。夢は覚めてしまった。

 後に残されたのは、どうしようもない現実ばかりである。

 

 

「――――暫定議長! お話を伺ってもよろしいですか!」

 

 物陰から飛び出してきた記者に"彼"の護衛が銃を向け、記者側の護衛もホルスターに手を掛ける。

 それを"彼"は両者の間に入って収める。

 

 なにせ記者の腕にはPRESSの腕章が巻かれ、首からは共和国の()()()()である人民総力戦会議が発行した取材許可証が提げられている。

 つまり共和国が正式に認める取材活動、インタビューである。断る理由などなかった。

 

「選挙が実施されるとの噂がありますが、それは事実でしょうか?」

 

 火のない所に煙は立たぬ。

 記者の言う「噂」は"彼"が人民総力戦会議で選挙の実施を示唆する発言を繰り返したことで産まれたものである。

 

 

 …………と、その前に。

 ここで現在の"彼"の政治的な立ち位置について説明しておかねばならない。

 

 知っての通り、要塞壁(グラン・ミュール)の陥落により共和国はその域内に有色人種(エイティシックス)を招かざるを得なくなった。

 しかし現実問題、彼らが共和国に従う理由はない。そもそも彼らは共和国から追放された人間であるし、共和国へと帰還したところで待っているのは大統領令6609号による有色人種からの財産没収と収容所への隔離である。

 …………形式上、5年間の兵役を終えることで剥奪された市民権は返還されるため、大手を振って壁の内側に帰れる人間もそれなりにはいるのだが、生活水準が低く白系種に白い目で見られるだけの壁内に帰ろうとする物好きはそうそういない。

 要するに、共和国が唯一彼らに差し出せる報酬である「安全な内地」とは彼らにとって何ら旨味のないモノなのである。

 

 もちろん、1区の発電プラントや自動工場群が使用できなくなることは86区にとっても大問題であるので、多少の協力は引き出せるだろうが……それでも、彼らの不信感を完全に拭うことは不可能だろう。

 "原作"でも「鮮血の女王」に従わなかったエイティシックス達もいることであるし、その判断が間違っているとは"彼"も思わない。

 

 であるからこそ、プラン86に"彼"はひとつ味付けを加えていた。

 

 それは大統領令6609号の無効化である。

 もちろん、戦時大権で政権の座に居続ける大統領はそれを撤回しないだろう。大統領令を撤回することは彼が自身の行ってきた虐殺行為(ジェノサイド)を認めることであり、すなわち自身を断頭台に送ることなのだから。

 

 であれば、大統領が断頭台に送られぬよう身を安全を確保すれば良い。

 そのような理由で"彼"は自身の率いる人民総力戦会議のメンバーを率いて大統領を軟禁。

 一人で全ての罪を被るべく独裁者を演じているに過ぎない大統領はこれを受け入れ……プラン86実行の裏側で、あっさりと軍部によるクーデターは成功したのであった。

 

 

「選挙が実施されるとの噂がありますが、それは事実でしょうか?」

 

 そして"彼"はいま、選挙によって真に正しい民主主義の指導者を選ばせようとしている。

 

「単なる噂に対してのコメントは難しいが……()()()()()()、このような暫定政権には速やかな民政移管が望まれる。つまり民主的な手続きを経て、あるべきところに権力を収めるべきであると言うのが私の意見だ」

「『民主的な手続き』?」

 

 目の前の記者は首を傾げる。

 

「すみません暫定議長、議長は既に民主的なプロセスで選ばれているわけですから、選挙を行う必要はないのではありませんか?」

「私は民主的なプロセスでは選ばれていない。むしろその対極、クーデターによって政権を簒奪(さんだつ)している」

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 訳が分からない、とばかりに首を傾げる記者。

 いやはや、言葉は通じるのに話が通じないのは本当に大変なことである。

 

 もっとも、今回に関して"彼"は答えを知っている。

 

 この記者はギアーデ連邦からやって来た。

 つまりギアーデ帝国、つい10年前まで帝室と貴族が政の全てを取り仕切り、愚民化政策によって民主化運動の芽すら生まれぬようにしていた国からやって来た。

 

 そしてギアーデ()()における民主的プロセスとは『革命』なのだ。

 

 彼らにとって革命とは民主主義である。

 彼らにとってギロチンは民主化である。

 そして、彼らにとって皇帝のいない国が民主主義国家なのだ。

 

「いずれにせよ、我が国の憲法には大統領の任期が定められている。戦時大権の撤回された今、新しい大統領を選出する必要が……」

「失礼ですが暫定議長、いまは戦時です」

 

 割り込んだ記者の質問に、"彼"は一言。

 

「いいや? ギアーデ帝国の打倒が()()された今、現状を戦時とすることは難しいな」

 

 そして共和国の戦時大権は国家相手の、しかも侵略を受けた場合の戦争しか想定していない。というより、そのようなシステムにしておかないと大統領が半永久的に戦時大権を発動することが可能になってしまう。

 

「つまりこうだ。共和国が共和国であるためには速やかな選挙が必要だ。非常事態が生み出した暫定的な指導者は、速やかに選挙によって正当な指導者へと変わらなければならない」

「……今の連邦批判は、聞かなかったことにしておきます」

「批判をした覚えはないが、好きにするといい」

 

 暫定大統領が年単位で統治する国から来た記者に微笑みつつ、"彼"は白亜の回廊を再び歩み始める。

 

「お待ちください、暫定議長」

 

 ところが、記者はそんな"彼"を呼び止めた。

 

「選挙となれば、様々な候補者が立候補すると思います」

 

 前言撤回。どうやら記者は民主主義について学んできたらしい。「様々な候補者が立候補できる」という事実を押さえているだけでも、民主主義への理解がある。

 

「そこでは急進的であったり、()()()()()()()()もあるかと思いますが。そういった候補者が当選したらどうするおつもりですか?」

「失礼、1点確認させてほしい。正義に反する主張、とはなにかね?」

「そうですね、例えば……」

 

 これが記者の本命の質問なのだろう。

 記者は民主主義のなんたるかを理解しており、ゆえに"彼"がなんと答えるかを分かった上で聞いている。

 

 

「例えば、人種隔離政策とか」

 

 

 共和国が崩壊する寸前で救援に来たギアーデ連邦軍――――彼らは共和国の人種差別政策を把握していた。特別偵察任務を行っていないこの世界でいかにして"葬儀屋"の戦いが"原作"通りの推移を辿ったのかは不明だが、とにかくギアーデ連邦は共和国の人種隔離政策に怒り心頭らしい。

 親戚筋が被害者にいるなら理解もするが、そうでない連邦国民まで怒りを顕にしているというのだから不思議なものである。

 

 何にせよ、そのような「正義」を重んじる連邦において、これから"彼"が口にする発言は到底受け入れられないものだろう。

 それが本質であるからこそ、なおさらに。

 

 ……おそらく"原作"でもこのような共和国へのネガティブ・キャンペーンは行われていたのだろうと当たりをつけつつ、"彼"はその予定調和の言葉を口にした。

 

「いかなる候補者が当選しても、私は受け入れる」

「86区を復活させると公言する候補者でも?」

「そうだ。それが民主主義というものだ」

「そのような正義に反する行為が許されると?」

 

「許されるとも、なぜなら」

 

 

 

 民主主義は正義なのだから。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 いつぶりだろうか。

 軍服以外の服を着て、公衆の面前に立つのは。

 

「はい、綺麗になりましたよ。あなた」

「……」

 

 先ほど鏡を見た時は問題なかったはずだが、どうにも彼女にはズレて見えたらしい。直されたネクタイを確かめるように、"彼"は再び姿見に視線をやる。

 

 午餐会向けのモーニングではない、政治家が身を包むためのフォーマルスーツ。

 髪は貴重なワックスで固められ、肌もこれまた希少品となった化粧品類で清潔さと健康さを強調している。選挙参謀を担当する昔馴染みによると、これが清廉潔白がスーツを着た姿なのだという。

 

 

 清廉潔白?

 

 

 偉大なる共和国、今までこの惑星(ほし)で試されたあらゆる政体を除けば最悪の政治形態である民主主義。

 それを守るために手を汚し続けた"彼"の、果たして何処が清廉潔白というのだろうか。

 

「当選、落選という以前に、銃弾が当たりそうだ」

「縁起でもないこと仰らない」

 

 特売セールの卵が目の前で売り切れた主婦のような――――当たり前だが、彼女がそのようなシチュエーションに遭遇することはない――――調子でため息を吐く彼女に"彼"は苦笑い。

 

「流石にここで退場はしないさ。それは無責任が過ぎる」

 

 

 そう、今日までにどれ程の血が流れたことか。

 必要不必要に関わらず、どれ程の命を使い果たしたことか。

 

 であるからこそ"彼"には責任がある。

 これまでは軍服や一族の職責を出なかったが、この選挙で当選の運びとなった日には偉大なる共和国、民主主義国家群全てを背負う責任が生まれる。

 

 それは10年前、誰もが背負いたくないと目を背けた責任。民主主義の代償というべき矛盾――――自らの意思で制限付き独裁者たる首長を選び、その結果を享受するという――――大統領への全権委任。

 

 それほどの重たい信任を、進んで背負うためにわざわざ"彼"は一歩前に踏み出すのである。

 

 

 ……この10年で"彼"は学ばなかったのであろうか。

 共和国がどれ程に虚しく無責任でどうしようもない国家であるか。

 民主主義が、有権者がどれ程に愚鈍で情けなく誇りを持たぬか。

 

 

 しかし、"彼"は得てしまった、知ってしまった。

 

 このどうしようもない世界に生きる家族を。

 尊厳を踏みにじられてもなお、誇りを胸に世界に向き合う真たる共和国市民の姿を。

 

 

「最後まで、この国を諦めずにやろう」

 

 

 誰にともなく呟き、"彼"はその一歩を踏み出す。

 

 偉大なる共和国に生まれ落ち、"原作"へ介入する手段を与えられてしまったという、最悪の幸運を胸に抱きながら。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 もし、

 

 

 もしも。

 

 

 それが単なる幸運でないとしたなら。

 

 

 その幸運が、偶然すら、

 奇跡ですら越えるとしたら。

 

 

 人はそれをこう呼ぶだろう。

 

 

 

 

 

 ――――運命、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

戦え。

 

 

 

西歴2024年7月14日 ドナルド・トランプ

※正確な発言は不明

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。