スーパー五色旗に超栄光あれ! 作:戦え民主主義
超茶番
二つの勢力が争ってゆずらない時、その解決方法は「力」である。
メガネだ。
女がメガネをかけている。
「こんにちは、私はサンマグノリア共和国中央選挙管理委員会のアナスタシア・マッケンゼイよ。あなたは?」
そして、その見た目にそぐわぬ理知的な声がその口から飛び出したのだから、彼女の目の前に立つ男性の受けた衝撃は雷もかくやと言ったところ。
「? どうかしたの?」
「あ、いや……」
なにせ彼の故郷……かつてのギアーデ帝国において
とはいえ、それを言い訳に放心し続けることは許されない。彼は踵を揃えると、敬礼。
「ジョウ特務中尉。ギアーデ連邦陸軍サンマグノリア共和国派遣軍所属であります」
ジョウの挨拶に、彼女はニコリと微笑んだ。
それは悪魔的民族主義国家、サン=マグノリア共和国を支配する
「よろしくねジョウ中尉。ちなみに
「…………タロー・ジョウ」
「タローね、分かったわ。あ! 私のことは気軽にアーニャとでも呼んでね!」
「承知しました。
「もうっ、アーニャでいいってば。極東系はお堅いって聞いてたけれど、本当ね!」
そして、なんというか距離感が近すぎる。
エルガドの女性は皆すぐに脱ぐ快楽主義者だから気を付けろなんて冗談で言われたものだが、なかなか噂もバカにはできないらしい。
「…………仕事の話を。マッケンゼイ委員」
とにもかくにも話を進めようとするジョウに、アーニャは肩を竦める。
「そうね。
「はい。聞いております」
この戦時下に、呑気なものですね。
真顔で言うジョウに、アーニャは見解の違いねと苦笑い。
「ギアーデ帝国の滅亡が確認された今、
「じゃあ、あなた方はいったい誰と戦っているんです?」
ジョウは地平線を指差して言った。
その地平線。遠目に見る分にはのどかな滅びし田園地帯の向こう。
そこは遠雷のような砲声と、黒々とした煙に満たされている。
ギアーデ連邦・サンマグノリア共和国連合軍による、無人兵器群〈レギオン〉との戦闘行為が続く限り、その黒煙が消えることはないだろう。
だというのに。
「誰と戦っているか、なんて……あなたの国も、分かっていないんじゃない?」
それは全く、その通り。
星歴2139年。
大陸中央に君臨する専制国家ギアーデ帝国は、突如として周辺諸国に宣戦布告。彼の国は新機軸兵器である
……陥れた、のだが。
「すでに帝室は血祭りにあげられ、帝国貴族は皆々して
アーニャは言葉を弄びながら地平線の向こうへ耳を傾ける。
永遠に止まぬ砲声。ヒトの営みが消えて久しい大地。
しかし、そこに戦争はない。
「戦争っていうのは、外交の一手段……もっと言えば、内政の一手段なのよ」
ジョウは言葉を返さなかった。
「では、
返せるはずがなかった。
「委員。小官は
戦闘属領に産まれた彼は、人間ではないのだから。
「あら。誰だって最初は
そしてアーニャは、彼とは違う。
個々人の自由意思が尊重される国。自由意思の発露により多くの
「今日から、選挙管理活動を通じてあなたは民主主義を知ることになるわ」
そして彼は、正義を標榜する暫定大統領が支配する国から来た。
「一緒に、
二人の価値観は、肌の色より異なっている。
まず大前提として、今の共和国は「人民総力戦会議」なる政治組織により引き起こされた
そして軍事政権としての強権を振るう人民総力戦会議の"議長"はサンマグノリアに存在しないはずの戒厳令を布告。あらゆる政治集団、企業、地方自治体に全国民を統制下に組み込んだ。
なのでもちろん、かつて下院上院の双方で圧倒的多数を占めていた与党・人民共和党であっても政治活動は禁じられているのだが……民政移管を目指す"議長"により選挙が行われることになったため、
────この「革命以前に登録されている国政政党のみ」というのが肝である。
つまり、
サイレンが鳴る。
腹の虫よりも響くそれは敵襲を告げるもの────
────では、ない。
「そんなにビックリしなくても、お昼休憩の合図にサイレンを鳴らすなんて普通じゃない?」
いや、ちがう。ちがうのだとジョウは叫びたい気持ちであった。
とはいえ彼は軍人。思考は放棄すべきと叩き込まれてきた獣人だ。しかし、それでも言葉が溢れてしまう。
なにせ、そこには…………
「86区に、工場が……」
「? 共和国は世界最高重化学工業先進国なんだから、当然よね?」
「…………」
ジョウの困惑を意に介さず、アーニャは平然と敷地に入っていく。
大要塞壁〈グラン・ミュール〉の外にあったため、つい最近までは書類上に存在しなかった工場である。
「えーと、工場関係者の有権者リストと投票所の準備は終わってるから……今日は警護だけね!」
「警護? 誰のです?」
ジョウにアーニャは答える。
「今日は人民共和党の候補者が挨拶に来るの」
「人民共和党……それは」
大丈夫なのだろうか。
なにせ人民共和党といえば革命前の共和国議会における最大勢力。つまり政権与党である。
ジョウの不安に、アーニャは問題ないわと答える。
「なにせ、
もう分かるわよね? アーニャの含みにジョウは呆れる。
「……非公式には何度も、ってヤツですか」
「
あなた、やっぱり政治が分かっているじゃない! 冗談めかして言うアーニャ。
もちろん、
「この工場は
ここら一帯が〈大攻勢〉でも失陥しなかった理由でもあるわねと得意気に話すアーニャ。
対するジョウは冷たい目。
それは、連邦軍兵士が共和国……ことさら
「そんなに『白』が憎い?」
その視線を知って、アーニャはウインク。
「……委員。小官の職務と個人的感情は別です」
「あはは! 素直ったらありゃしない!」
「
────〈大攻勢〉以前、共和国は
「そして
────共和国が持ちこたえられたのは、ひとえに連邦軍の来援、ひいては
そして連邦すら救ったその大戦果は、偶然にも辿り着いたエイティシックスの少年少女たちが成し遂げたもの。
「連邦メディアのプロパガンダを信じるのは分かるわ。
そしてもちろん、あらゆる場所から上がっている
それが「一部の暴走」と言い訳できない程度には、大量に、様々な形で。言い表せないほどの悲劇として。
「けれど、それを受け入れた市民もいるのよ」
それが目の前に広がる光景なのだとアーニャは言いたいらしい。なるほど大統領令6609号でも奪えなかった戦前からの
つまり、追放されたヒト型の豚たちは〈グラン・ミュール〉の外で
彼らはいつでも、憲兵隊を派遣して彼らの社会システムを破壊することが可能であったはずなのに。
「全ては、共和国の資産であるエイティシックスを『有効活用する』ためらしいわ」
「……有効活用」
「よく稀に逃亡防止とか言って長距離砲が火を吹いたこともあったけれど。不思議なことに全部塹壕の
まるで見てきたように言うが、白系種の彼女は〈グラン・ミュール〉の向こうでのうのうと暮らしていたのでは?
……いや、まさか。
「白い豚だって、いるの」
ちらりと胸ポケットから従軍勲章を見せるアーニャ。
「これでも市民権付与基準の5年は満たしてる。
つまり彼女は、剥奪された訳でもない市民権のために戦ったとでも?
もしそれが事実であれば、彼女は────
「────妹に手術を受けさせるためよ。典型的な経済的徴兵ってヤツ」
「……」
「あは! なにその顔。
「そんなことは」
図星を突かれたジョウは、言葉にならない胸のつまりを飲み込むようにそっぽを向く。
向いた先には、工場の壁。
そこに吊るされた垂れ幕。
刻まれているのは、労働者たちを励ます力強い筆記体。
『大陸全土にレインボウの輝きを!3年で
「……大躍進万歳。3年でロア=グレキア、5年でサンマグノリアを追い越そう」
「なにそれ?」
首を傾げるアーニャ。ジョウはなんでしょうねと溢す。
「私の祖父が常々口にしていた言葉です」
ジョウの故郷は、ギアーデ帝国のさらに東方。
彼の祖父の時代、つまり彼の故郷が戦闘属領となる前の時代。ギアーデ帝国の勢力圏から自立するべく産業の抜本的改革に乗り出したその国で、盛んに叫ばれたスローガン。
「ですが、経済改革は失敗。強行した農地改革も大失敗してギアーデからの食料援助に頼る始末……そうして我々は
ギアーデ帝国の愚民化政策は有名であるが、彼らにも彼らの理論がある。
つまり、愚かな諸民族に国家経営を任せていれば、いずれあらゆる国は破綻する(=だからこそ選ばれし帝室の率いる帝国が諸民族を統治しなければならない)という理論である。
ジョウはアーニャへ視線を注ぐ。彼女は言葉に詰まっているようだったが、やがて控えめに切り出した。
「それは、つまり。あなたのご先祖たちの政策が失敗した、ってことよね? それであなたたちが獣人呼ばわりされるなんて……」
「地(資産)と知(教育)と恥(罪状)は引き継がれるものですから」
「少し話しすぎました。行きましょうか」
「……ええ、そうね」
価値観の異なる二人。
大陸の東方と西方の二人。
隔絶されている二人の境遇は、似ても似つかぬようで……どこか、似ている。
では。そのような二人がチームとなるには何が必要か?
答えは簡潔だ。あまりに簡単だ。
共通の任務と、共通の敵である。
「暫定議長に敬礼!」
現れた黒塗りの自動車。フロントに五色旗をたなびかせるそれが工場の
公式には10年近く来客を迎えていない客用出入口を、数多の勲章を胸に提げた"彼"が通る。
「出迎えご苦労」
工場長が背筋を伸ばす。
「自由と民主主義の守り手、五色旗の旗手にして民族統合の象ち……」
「挨拶はいい。
「はっ、直ちに」
「……暫定議長じゃないですか」
呆気にとられたジョウ。アーニャはイタズラが成功した子供のように笑う。
「ええ、人民共和党の候補者よ?」
「そりゃ、そうでしょうが……」
候補者は候補者でも大統領選の候補者かよ。口には出さないが、であれば自分に与えられた任務が警備任務なのは納得だ。
……特に、連邦の警備を絡めるのは納得しかない。
「いいんですか、あの人が
「いいも悪いも、国内を遊説して支持を訴えるのが候補者の仕事でしょう?」
それはそうなのだが、
そうだ。止めなければならない。獣人として、これ以上政治に踏み込んではならない。連邦はあくまで
だが、それでも。
連邦の正義が憎む「悪」であれば、考えることは許されるだろう。
「こんなもの、茶番ですよ」
悪い国のことなら、口にしても許される。
「"彼"は、暫定議長は。選挙をやれば
「そうね。茶番ね」
だから、アーニャもそれを否定しない。
誰が敵か、何が敵なのか、二人は共有している。
「だからこそ、その
茶番ではない
新刊ありがとうの気持ちを込めて、新章開幕です。