スーパー五色旗に超栄光あれ! 作:戦え民主主義
我々の旅は終わらない。
青の旗がはためいている。
青、青、青。ただひたすらに青一色。
偉大なる共和国――――人権と平等の先駆けたる世界最高先進国サン=マグノリア共和国――――において「単色旗」が許されるのは政治集会の場だけ。
であるからして、この場は共和国憲法にて認められた政治集会の場。
青はブルー、かつてエルガド大盆地を支配していた悪辣たる王統を撃滅せしめ、高貴なる白を流血によって否定した民主共和主義の尖兵。
『人民共和党のみなさまっ、お待たせいたしました!』
しん、と静まりかえる会場。
スピーカーから流れるのは陽気なアナウンス。
『人民により選出された代表! 人類の誇るべき自由民主主義の守護者!! さぁお出まし願いましょう――――我らが第72代サン=マグノリア共和国大統領!!!』
それを人は祝勝会と呼ぶ。
それを人は大統領と呼ぶ。
「らしくもない。緊張しているのですか?」
舞台袖で、時代遅れも甚だしいドレスを纏った女性が怪訝な視線を向ける。
緊張しているワケではないと言い訳したところで、彼女はいつもどおり聞く耳を貸さないのだろう。
「大丈夫。あなたはもう、これまでに多くのことを成し遂げたのですから」
それは違うと、"彼"は否定したかった。
確かに、"原作"と異なり共和国は滅びなかった。
ギアーデ連邦の来援まで国家らしい体裁を保ち、
しかしそれは、共和国が滅びないことを意味するものではない。
……この
「あなたがどんな面倒なことを考えているかは知りませんが」
そんな"彼"の内心を切って捨てて、彼女は……"彼"の伴侶は続ける。
「それでも、私の苦労が報われたのは事実です。これでようやく、胸を張ってファースト・レディを名乗れるのですから」
だから貴方は、私に恥じない大統領でありなさいと。
いつもの調子で尻を叩かれた"彼"は一歩前へと進み出る。
もちろん、そこはスポットライトの真下。
偉大な共和国。自由と民主主義を体現せしこの国で人民により選出された代表にして自由民主主義の守護者たる第72代サン=マグノリア共和国大統領だけの居場所。
青一色の会場に色彩が増える。
それは大統領を出迎えるための五色。
自由と平等、博愛と正義と高潔を示す五色の彩り。
偉大なる共和国を象徴するカラーリング。
さあ、はじめよう。
偉大な民主主義を。
困難な生存競争を。
「と、大仰に見栄を張ってはみたものの……」
"彼"の目の前に広がるのは一昨日までと同じ景色。
「おはようございます。閣下」
邸宅にやってくる公用車に、専属の運転手。
その前後左右を固める大袈裟なくらいに大袈裟な装甲車。
「おはようございます。閣下」
官邸で出迎える何十人もの部下たち。
会議室で出迎える何人もの閣僚たち。
机の上で待ち構えている未決済書類。
あまりに代わり映えのない――――通常業務。
「……大統領閣下、とお呼びしましょうか?」
どうやら不満が顔に出ていたらしい。副官が変な気を遣ってくるものだから"彼"は慌てて首と手を振った。
「そんな話はしていない。そもそも私は、大統領になりたかったわけではない」
なら立候補されなければよかったのでは……などと空気の読めないことは副官も言わない。言ってくれないので"彼"は嘆息するしかない。
「大統領閣下――――人民により選出された代表にして自由民主主義の守護者たる第72代サン=マグノリア共和国大統領閣下!」
と、聞き慣れない声が"彼"の耳朶を打つ。みれば天然素材で仕立てた燕尾服に身を包んだ男。
「
「…………ありがたく、いただこう」
そうして差し出される親書。丁寧に封蝋まで施されたそれ。
先代大統領相当職(="彼")から新大統領(="彼")に引き渡される親書などという滑稽な概念は、自分の代のみで潰えて欲しいものであると願いながら彼は封を切る。
「……」
とりあえず、読むフリはしなければ。
そうでなければ、共和国の政権が正当な担い手へと後継されたことを証明できなくなってしまう。
そう、政治とは――――政治とはかくも、奇っ怪な存在であるのだ。
「ふむ。先代大統領相当職からの温かい手紙に感謝する。これで私も自由と民主主義の守り手である自覚を喪わず、絶えず革命と市民権の擁護に努めることを聖女マグノリアへ誓うことが出来るだろう」
「はは――――っ!」
なにはともあれ、これで民政移管の全フェーズは終了した。
となればあとは、現実と向き合うのみ。
「では、人民共和党の幹事長を呼び出してくれたまえ」
議会を解散するぞ。
共和歴三六八年(星歴2149年)
――――八月二六日"大攻勢"から五日
「ひとつ、約束してはくれまいか」
大量のライフル銃に囲まれた
その中心に鎮座する執務机に身を預ける大統領は、紺青の共和国陸軍軍装に身を包んだ"彼"を前にして口を開く。
「議会には手をつけないでくれ」
「理由をお聞きしましょうか。大統領閣下」
"彼"は表情筋を動かすこともせずに告げる。
大統領を軟禁する――――事実上の
「
はたはた迷惑なことだと表情に滲ませながら大統領が言うのをみて、一部の兵には憤怒の表情を隠さないものもいる。
当たり前だ――――対ギアーデ強硬論者を集めて作った人民総力戦会議のメンバーは、皆々して軍事にリソースを割こうとしない共和国政府に大なり小なり不満を抱いている。そもそも壁内軍備にもっと予算を割いていれば、85区内の絶対防衛戦が早々に突破されることはなかっただろうというのが彼らの言い分なのである。
まあ。"原作"を知っている"彼"からしてみれば、むしろ壁内には十分な兵員と砲弾備蓄と予備陣地が作ってあったのだが。
「大統領閣下のご懸念は理解しました。議会は残しましょう」
共和国が滅びるかどうかの瀬戸際で議会などは文字通り「どうでもいい」ので、"彼"はさっさとそれには同意する方向で話を進めることにした。
「では、どのように政権をお譲り頂けますかな?」
「そんなもの、目の前の
「理由を伺っても?」
「きみ、どうやら政治的なセンスはないらしいな?」
あからさまな挑発に"彼"は鼻を鳴らすに留める。ニヤリと口端を歪めたのは大統領だ。
「共和国は、常に唯一無二の共和国でならなければならないからだよ」
そんなこと言ってるから滅ぶんだろ。
危うく口を滑らしそうになった"彼"は唇を強く噛み締める。
「私を排除するのはいい。どうせ長くない命だ。だが議員どもは違う。自らの職権が侵されると知れば、全力で抵抗してくることだろう」
ちなみに"彼"と人民総力戦会議にはそれらの抵抗を蹴散らすだけの
「だからこそ、共和国が『連続した一枚の政権である』という事実は残せ。いかなる茶番でも構わん。この偉大なる民主主義の揺り籠が滅びたという事実を歴史に刻んではならん」
「
ゆえに"彼"は、暫定議長時代には旧来のサンマグノリア上下院議会を尊重した。
そして暫定議長である"彼"が、新大統領の"彼"に託した親書にはこうある。
ゆえにこれからは、新しい時代が幕を開ける。
時に、星歴2149年。
第72代サンマグノリア大統領に選出された"彼"は、大統領選と同日に行われた総選挙で選出された下院議会の支持を得て上院議会を改廃――――事実上の世襲制となっていた上院議員たちを政治の中心から追放する。
代わって上院議員の議席に座ることになるのは、
――――大要塞壁〈グラン・ミュール〉内に
【登場人物紹介】
「"彼"」
サンマグノリア大統領(正式名称:人民により選出された代表にして自由民主主義の守護者たる第72代サン=マグノリア共和国大統領)
2114年のバトルランド戦役にて初出征を経験。2139年の対ギアーデ帝国戦役勃発時は陸軍中将。いわゆる「第一次大攻勢」時には上級大将として事実上の軍事クーデターである「プラン86」を発動し、人民総力戦会議と称する暫定軍事政権を樹立。その後に実施された大統領選挙にて第72代サンマグノリア共和国大統領に選出される。
軍人以外の経歴としては名伯楽としても知られており、彼が最高傑作と称する軽種馬エイティシックス号にて世界最高競走である超凱旋賞(2138年)を制している。一方でギアーデ戦役勃発と同時に全ての持ち馬を処分(※)して所有牧場を工場疎開地として供出するなど、強烈な愛国者としての側面を持つ。
※余談であるがこの時に「慈悲なく愛馬を処せ!」というタイトルの風刺画として描かれたことで、"鮮血の女王"をはじめとする親エイティシックス派からは「白豚代表」と白眼視されることになる。