『とある線上の世界大戦』   作:ホエール

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第2章『Old Testament.16.5 テトロトドキシンは生命を偽装する――Loss_of_reason_requires_no_sacrifice.』


第2章『Old Testament.16.5 テトロトドキシンは生命を偽装する』
第2章 1.


   1.

 高校生にとって、時間は貴重だ。いや、高校生じゃなくても貴重である。

ただ、貴重の意味と重さが時に異なる。少なくとも将来の受験に備えて悩まなければならないともあれば、友達との遊びの時間も或いは部活動も勉強の時間もすべてが特別な意味を持つ時間であり、その使い方の配分は重要事項だ。

 

「つまり、拘留期間であろうと学生は勉強をしなくてはいけないのです。いえ、そもそも捕まってた程度で成績を落とさせては『警備員(アンチスキル)』の名折れというもの!」

「や、やめて……。それをもってくるなぁあああーーーー!」

事件性のある悲鳴。もっともそれが、数学の課題を渡された女子生徒の悲鳴でさえ無ければ。

 

「パスポートのない未成年の日本人を外国で学園都市の『警備員(アンチスキル)』が確保する。前例の無い事態だし、そもそもこんなことでフランス当局に引き渡すわけにも行かない。とりあえず、ここで君を拘留して、最終的に起訴見送りになるまで拘留する! ……俺たちの出来る最大限の落としどころだ」

「良かったわね。前科にならなくて。でもこんな馬鹿な事で成績が下がって留年、退学、そんなのはダメでしょう。だから拘留期間のせいで成績が落ちないように毎日きっちり勉強しましょうね! いえ、させるわ!」

教師冥利に尽きるおばさん『警備員(アンチスキル)』の目が燃えさかり、富上 磐(とがみ わか)という自称『魔術師』のJKが怯える。

警備員(アンチスキル)』は基本的に教員免許を持つ人々のボランティアで成立している存在だ。実際には教員免許を持っているだけと言う軍人みたいな人々もいるのだが、基本的には危険手当が出る程度の副業もどきだ。

 

「この娘、数学が苦手みたいねぇ」  「語学はなかなかだわ! 英語、中国語の日常会話は十分! 古文漢文は申し分なし!!」

「もう、勘弁してー」  「あらやだ。下手したら中学数学で躓いていない?」  

「いえ、一応は出来ているわ……出来ているだけでちゃんと理解しているかは怪しいわね……受験先次第では、最後まで問題を解くことが出来ずに終わるわ!」

「ひっ! べつに日本一の大学とか目指してないのぉぉおおおっ!」

牢屋のハズの場所にいつの間にか用意された会議用の折りたたみテーブルと椅子、そして無数の教科書や参考書の山が出来ていた。

特に苦手科目克服と小太りの自称おばちゃん教師がやる気を煮えたぎらせ、今日も理数系科目の試験問題のプリントの束を持って少女に迫る。

 

「それが終わったら、体育と言いたいが……まぁ、体育の成績が悪くて受験に差し支えるなんて聞いたこと無いな!」

体育教師系『警備員(アンチスキル)』が少し名残惜しそうにしているが、こうして、拘留からほぼ毎日の様に教師達は少女の成績を落としてはいけないとかまい続けている。

 

「なんでこんなことに……」  「あらあら、さすがに少し疲れちゃったかしら。それじゃ休憩しましょうか。おやつを持ってきたわよ!」

「! おやつ……」  「コンビニで悪いけど、今日はショコラ・セミフレッドよ!」

イタリアの氷菓子の一種。カラメルとショコラパウター、香ばしい香りがするナッツたちにふんわりメレンゲがよく冷えたそれは簡単にスプーンが入り、甘くて香りの良いふわふわ食感が幸福感をもたらす。口の中で冷たい生クリームは溶け出し、ほんのりとカカオの風味がカラメルと一緒に舌の上でほどよく混ざり合い、冷たさも相まってまるで絵本の世界に登場するお菓子の雲を食べている錯覚すら起こしてしまう。けれどそこにさくさくの香ばしいナッツが入ってきてそれがまた格別な食感を。

 

「なにこれ、しあわせ~」

とろけそうな笑顔で甘味を堪能する少女に

 

「これは20世紀を代表するイタリアのお菓子でね。歴史家が言うには恐らくフランスから元ネタが入ってきたんだろうって言われているの。文化交流が生み出したまさに一つの傑作ね」

おばちゃん先生の授業が唐突に始まった。思わずスプーン口に固まる少女に構わずおばちゃん先生の授業は止まらない。

 

「アーネシの魔女で知られる18世紀イタリアの女性数学者、マリア・ガエターナ・アニェージの師匠ルイージ・グイード・グランディはグランディ級数で知られているわ。そもそもグランディは天体の円運動の研究や薔薇曲線の研究をしていて、様々な業績を残しているの。

面白いのは2人とも神学者で、グランディなんか、『慈悲深い神様』が寂しい結果なんて出すはずが無いなんていってグランディ級数の答えを特殊な物にしちゃったりね」

そういってやれ、薔薇曲線とはこんな風に書くのだ。アーネシの魔女とは元々誤訳でその方程式は次の様な物だ~と折角美味しくいただいていたイタリアの氷菓子の幸福感は何処へ行ったのやら。なお全部しっかり食べてある。

 

「そこまでにしてやりなさい」  「あら、三宅先生もいかが?」

「……富上さん、なんで1人で全部食べちゃっているんです?」  「アレ!? 私の分は!?」

「…………お、美味しかったです。ありがとうございました!」

次はマナー講師でも呼んでこようかと笑いながらその風景を見ていた同僚達が言う中、おばちゃん先生に頭を下げ、三宅は拘留部屋から少女を連れ出し、会議室へ。

 

「あそこは少し人の目が多すぎるからな。ちょっと君に見て貰いたい物がある」

「……へいへーい、なんですかーせんせー」

ふてくされ気味の少女の前に出されたのはタブレット端末。すでに何か表示されており、何かの動画が一時停止されているようだった。

 

「正直、こんなことでいちいち君に聞くのは個人的にも避けたい事態だ。だが、ありとあらゆる可能性って奴を検討する必要もあるだろう。特に世界がこういう情勢である以上は。まぁ、要するにだ。君は……君の得意分野の見解が聞きたいんだ。『ゾンビ』について」




もうすでに、投稿祭が終わってますけど
次回の更新は5月2日です。
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