第3章 1.
1.
「ひーちゃん。その話もう3回目だよ……」
『えー? マジ? コバセンがまた振られた話そんなにしてた? コバセンが食中毒った話やコバセンがカツアゲされそうになった話もした?』
「そこまでいくとコバセン可哀想だよ!?」
独房……と呼ぶには快適そうな部屋であった。その一室にて、
もはや自宅の自室のようにくつろいでいた。
「おまえなぁ……」
三宅があきれたように磐を視線で咎めるが、仮にも現役JKが大人の男性の前でするべきではない状態を気にも留めず、笑いあっていた。
「へー占星術が流行ってんのー」 『そうだよー。わかちゃんって占いとか詳しかったよね』
「詳しいってほどじゃないよー。星占いとか、まぁ……それっぽいのが神社に伝わっているだけ。正直、ろくに師匠もいないから通じないよー」
『別にそこまでガチじゃなくていいよ。ただね、最近それが流行ってるおかげで私興味が出てきたの』
「おっ、今度は何の掛け算?」
ビジネスホテルに一室と呼ぶのがこの場所の状況に一番近いかもしれない。ベット、机、そして風呂トイレとお湯を沸かす程度の小さなキッチン。
冷蔵庫と電子レンジ、電気ケトルがそろっているおかげで調理なんかしなくてもいいのに、IHクッキングヒーターが1つ使えるようになっているのはちょっとした贅沢なのかもしれない。
『ひ、人をいつも歴史で数学を学んでいるように言わないで!!』 「いやぁ……だって……ねぇ? その数学、掛け算中心だし」
『もう、今回はそんなんじゃないって、ガリレオ×天動説とか面白いって思ったけど控えているんだから!』
「ごめん、なんだって?」
『えっと、ガリレオとプトレマイオスとティコ・ブラーエとコペルニクスの4Pとか……何言わせているの!!』 「そっちが言い出したんでしょー! えっ、マジで何なの!?」
ここは『警備員(アンチスキル)』が急遽用意した特別な収容施設である。施設と言っているがいわゆるコンテナハウスだ。無数に並ぶ上下2段に積みあがったコンテナ一つ一つにこんな感じの部屋が用意されており、コンテナは施錠され、普通には内部に入れなくされている。
それとは別に無人兵器が常に周辺を取り囲む形で警備を行っている。まるで商業港湾施設を思わせるその風景。
『知ってた? ガリレオ・ガリレイが教会と喧嘩したのはよく知られているし、それで宗教と科学の対立みたいに言われるけど実際には偉い人とガリレオの喧嘩に過ぎなかったって』
「ん? えっ、何ガチの歴史豆知識的な?」
『むしろ教会の人はガリレオを助けようとしたよ。でもガリレオは偉い人にかみつくのをやめなかったから、あんな裁判になってああいう判決になったんだ』
掛け算の話題から話を必死にずらそうとする友人に付き合ってあげるか……的な表情をするJKに三宅は、なんでこいつこんなに偉そうな顔してんだと真剣に思う。
三宅はなぜこうなったかを思い返す。非常に単純明快な理由が一つだけ浮かんだ。
『人手不足』だ。部屋に備えついているTVが海外のニュース番組を垂れ流す。
『学園都市の武装部隊はロシア本土に進出し、各地でロシア軍施設へのピンポイント爆撃を繰り返し、占領地を拡大させています』
『学園都市にこれほどの軍事力があると知っていましたか?』
『都市の内部と外部では20年の技術レベルの開きがあるとは一般的に語られてきましたが、ここまでくれば20年という尺度はどこまで正しいのか』
何やら、学園都市批判へと傾きそうな報道だが、少なくともこれのせいで今の状況になっていることは認めざる得ない。
つまり、ロシア本土に侵攻するために『警備員(アンチスキル)』の大多数が動員されてしまったのだ。結果として学園都市の警備員は数を減らしてしまった。
今都市に残っているのは負傷やどうしても外せない教職員的理由を持つ人、そしていざというときに備える人たちだ。
「ひーちゃん。業が深いよ……」 『わかちゃんには言われたくない。学園都市の警察に捕まってるって何したらそうなるの』
「ぐはっ」
結果的に何が起きるのか、通常業務の能率低下だ。特に不良学生たちへのいわゆる生徒指導などに行える人員と時間が足りなくなってしまう。
『さっさと終わって欲しいですね~こんな戦い』
海外のニュース番組のその言葉には当事者である『
だが、いきなり明日にも終わる……というのはさすがに無理だ。というわけで急遽用意されたのがこの施設である。
部屋に改造したコンテナを2段に積み、それを並べたうえでその中に不良学生や留置しておくべき人物たちを入れる。そういうわけである。
「それじゃ、またね~」 『またね~。早く帰ってきなさいよ』
ながーい電話がやっと終わり、コンテナの扉を三宅が明ける。やってきたのは例のおばちゃん警備員。
「げっ」 「「長電話でごまかせると思うなよ」」
抱えられた数学と物理、その他さまざまな理数系科目の参考書。逃げ回っている勉強時間だ。
高校生にもなって小学生みたいな逃げ方をしないでもらいたい。
「……姿が見えない?」 「ええ、そうなの。三宅さん何か聞いてない?」
「いや、俺は、私はその件について何も聞いてませんし、何も知りません。どういうことですか。この施設を作り上げた際、まだ裁判にもなってない人たちやアビニョンでの捕虜なんかはそのうち大部分をここに連れてくるって話が持ち上がっていましたよね」
「そうよ。だから、捕虜や問題児たちを収容しているところに見に行ったら書類上はそこにいることになっているのにもぬけの殻なの」
それだけなら脱走を疑うが、収容施設側はそもそも受領した覚えがないとの回答。大慌てで調べたが確かに監視カメラの映像等に身柄が施設側に引き渡された形跡はない。
「ほかにもいろいろと調査してみたけど、例のゾンビ騒動で捕まった女の子。あの子の身柄も見事に消えてなくなっているわ」
「なんだって? DAの男もか?」 「ええ、もちろんというべきかしら」
位相幾何学、いわゆるトポロジーの参考書相手に後退は認められず、玉砕覚悟の突撃して見事に散りゆく最中の残念JKを横に
「……原因はわかっていますか?」 「いえ、まったく。むしろ書類は完璧で今の今まで気づかせなかった……内部の犯行じゃないかって話も出てて」
「DAのお仲間がまだ摘発されていないと?」 「それはないんじゃないかしら。DAの残党がいる可能性はあるけど、今動けばさすがにばれるわ」
「……なら誰が、何のために」
「わからないけど、正直に言って嫌な予感がするわ。あの娘の周りを2~3日警備強化した方が良いと思う。応援を呼ぶわ。……手が足りないって困るわね多分『風紀委員』の手も借りることになるかも」