5.
燃えていた。バーコード頭の『警備員』が体を燃やしていた。とっさに動き回り、体表の火を消すが中から火が吹き出る。口から鼻から。
このままではやばい。どうしようもなくやばい。
だから、限界まで息を止めながら、『収容施設』の安全確保のために別で用意された貯水設備、浄水設備の水タンクまで走って行く。
「な、なんじゃん!?」
黄泉川は『警備員』の中でも特殊な立ち位置に属する部隊からやってきた増援の人でさえ、火柱になって動けなくなっていくのを見ながら目の前の白パーカー少女を見る。
彼女は何もしゃべらない。パーカーのフードを深くかぶり、なるべく顔を見せないようにしているようだが、整った顔立ちであるのはなんとなくわかる。
「いったい、どうやって、いきなり人が燃え出すじゃん!?」
人体発火現象。そう呼ぶしか無かった。『
いや、そもそもこれは『能力』なのか? 『能力』だったとしてその特殊な使用法では無いか。あるいは得体の知れない暗部の『科学技術』である可能性は無いのか?
「くそっ!」 「ば、馬鹿撃つな!」
黄泉川の信念として、警告もなしに銃口を向けるのはやめさせたかった。けれど信念とは別に引き金を引いた瞬間、銃がど派手に暴発し文字通り手首より先が吹き飛んだ警備員達に絶句以外のリアクションが出てこない。
「なっ、なんで!?」 「銃を使うな! 何かされているぞ!」
銃を使った警備員達が一人残らずそうなったが故に、銃は有効では無いと理解せざる終えない。
「いったい何をされたって言うんだ! 重火器の整備は事前にちゃんとチェックしていたんだぞ! あの小娘は何にも触っていない!」
「…………」
白いパーカーのフードを深くかぶり、何もしゃべらない少女は一歩、前へと進む。それについ反応して、警備員達も一歩下がってしまう。
彼女が右手を挙げる。いったい何をするのかと全員の目線が集中して、彼女がまた一歩前に進み、靴音が響く。
その瞬間だった。1人の警備員が唐突に火だるまになった。
「がぁああああああ!」 「しょ、消化しろぉ!」
「いったい、どうやって!?」
そうやって騒ぐ一員がいれば、盾を持って少女に突撃する者達もいる。能力であれば能力者を倒す事で解除される事が多い。
けれど、1人の盾持ちが文字通り少女に投げられた。
盾の人の後ろで警棒を構えた警備員もそのまま少女を制圧にかかるが、少女の手が警棒を握る警備員の右手に触れて、警棒の矛先がそらされる。いつしか不自然な姿勢に。
「合気柔術じゃんか!」
盾で制圧する術を得意とする黄泉川にとって、どこかで見たことのある武術系の動きをする白パーカー少女はこんな場所じゃ無かったら、将来有望なアスリート候補、もしくは優秀なそういう部活動の部員であったかもしれないとどこかその場に合わないことを考えてしまう。
格闘と謎の発火現象を操る白パーカーの少女はまた一歩前に出る。
「一手、お相手願いたい」
1人の警備員が盾や警棒を投げ捨て、手にしたのは鉢巻。それを結び、白パーカー少女に相対する。
人間が唐突に燃えだし、重火器は一つ残らず必ず暴発すると言う異常な状況下で1人の男と1人の少女がそれぞれ武術の構えでもって並び立つ。
徒手格闘の真剣勝負が始まった。
「いや、なんでぇー?」
それをコンテナハウスの窓より除いていた
「銃が使えないって言っても石を投げればいいじゃん!!」 「投石は普通に人が死ぬ!! まだ鉄砲の方がやり方次第で加減が効く!」
三宅(みやけ)
「と言うか、もしもココに火がついたら私逃げられなくなるんだけど!?」 「最新の消火設備がついてるし俺もいる」
「私が人体発火現象、燃えたらどうするの!?」 「……それが一番のボトルネックだ」
「何一つ対策が出来てない!?」 「だが、今君がココを離れて燃え出すと言うのが一番怖い事だ。ここなら一応防衛装置が働いているからな」
発火条件が不明。それが最大の理由である。
「現状俺たちは見ているだけしか出来ない」 「うーん。おっ、やっぱ体格が正義かー! 女の子が押されてるー!」
「ならせめて彼女の能力あるいは技術を分析し、また可能なら遠隔で救援を試みるのが一番だろう。……とはいえコンテナで構築された即席の施設だ。
やれることには限りがある。無理と判断したらすぐさまココを逃げる必要があるだろう」
「すげぇ! あれが合気柔術!? あの状況を抜け出した」 「……それに、警備員だってプロだ。対処法の一つや二つはある。厳しいのは事実だがな」
「いや、やっぱ体格差ってすごいんだなぁ。むしろ格闘せんせーがすごい。ううん。どっちもすごいんだ」
「……君はさっきから何をやっているんだ?」
「いやぁ……プロレスが好きな友達がいるけどいまいち良さがわからなかったんだよねぇー。でも今ならなんとなくわかるかも~」
とても失礼な話をしているが、少なくとも見る者達を熱くさせる戦いであることは事実と言わざる得ない。
格闘警備員が空手技の正拳突きを繰り出せば、合気道系の技である小手返し、すなわち腕の勢いと薬指関節を一瞬で決めることで相手をそのまま打ち倒す技を白パーカー少女が繰り出す。
それに対して、格闘警備員もなれた物、すぐさま柔道技の巴投げに変化し、少女を投げ飛ばそうとする。
お互い相手に投げ技と関節技を繰り返し、相手を投げ飛ばそうとするが、少女は体格の良い成人男性との体格差で技が不発に終わり格闘警備員もまた少女の制圧を目的にしているせいか、少女の技量もあって技の不発が目立つ。
「……接近戦の最中だと人を燃やせないのかな?」
少し前までTVで見るショーのように観戦していた少女、磐の言葉に、三宅もまた同じ疑問を持っていた。
少女はほんの少し前まで小さな動作一つで人体発火現象を次々と引き起こしていた。
なのに今は燃えない。格闘せんせーと磐が言う格闘警備員はいっこうに燃え出さない。
「呼吸か」 「……!」
格闘警備員の一言に初めて、少女が明らかな反応を見せる。
「呼吸のリズムで敵味方を識別している? いや、違うな……人体発火現象は『君自身も燃えるリスク』が常にあるのか。なら『
「…………私の呼気は、、、拡散する。あなたの吸い込んだ酸素は二酸化炭素になってはき出されて……何処に行き渡る」
「自然科学の話がしたいのか? それとも哲学か?」
「人には、、、どれだけ、清潔にしても細菌、ウイルス、ノミ、ダニが、、、、すんで……いる。だって、人間……も所詮、、、野生動物に……すぎない、、、から」
そして、次の彼女の発言に場の警備員達は一斉にガス検知器を目にする。通常なら見逃すような成分も必ず検知するように設定し直して
「なら、、、人間、という……
検知されたのは微量なメタンガス。それ自体は自然界に存在するがにしてもこんな場所でいきなり検出されるのはおかしい。発生源が必ずあるはずなのにそれが何処にも見当たらないから。
「馬鹿な、たかだか人間の表皮常在菌だの腸内フローラだのをいじりまくった程度で人為的に人体発火現象が発生するはずが無い。そもそも君の呼気を吸い込んでいる私がまだ燃えてない。君の人体生態系を私の肉体は未だ受容していないと言うわけだ」
「……
「……何?」
次の瞬間彼女は小さく、指を鳴らした。その瞬間、格闘警備員が唐突に燃えだした。のどから火を噴き出し、それは全身に回る。
「消化しろぉ!」
叫ぶ警備員達。だが、その中の1人が火だるまとなっていく。
「脱出する! 来い!」 「ちょっ、なんで!? せんせー! 助けに行かないと!」
「ここは空気清浄機能がついているが、この部屋には1台しか稼働していない! ましてやメタンガスそのものは人間だってごく微量に生産している自然の物だ! 万が一の時に対処出来ない!」
そう叫びながら三宅は少女にガスマスクを渡す。今すぐつけろと指示を出しつつ脱出に向けて準備を行う。
ガスに引火する可能性があるから、発火の可能性を有する武器類は放棄する。少女が自分の
「絶対電気をバチバチさせんな! バッテリーを引っこ抜け!」 「えー!?」
などというやりとりを行いながら1分後にはひとまずリックサック一つの荷物を持った少女ができあがった。
「で、でもせんせー! こんなガスマスク一つでどうにかなるの!?」 「知らん! だが、『
「???」
「『
つまり、こいつは高熱、強い酸性、アルカリ性に高圧、そういう環境でも生きられる生命体だ! むしろそういう環境だからこそ他の生き物が絶滅してこいつらは生き残ってきた!」
「よくわかんないけど、普通なら生きられない環境で生き残る生き物って訳だね。……なら変じゃない? だって、ここって……
普通の生物たちが生きる環境は、逆に言えばライバルが多すぎる。過酷な環境で生きられる生き物はその環境だからこそ生き残ってきた。
ライバル達が自然環境で死滅していくが故に繁栄できるが故に。
「だからこそだ。だからこそ、あの女の子が真実を語っているとした場合、あの女の子が使用しているのは『生化学兵器』の類い。つまり生物兵器だ!」
通常の自然環境では死滅してしまうと言う事は制御が容易いことを意味する。生物兵器最大の課題はその制御が困難だという事だ。
どれだけ弱毒な生物兵器でも拡散してしまえば突然変異で強毒化する可能性はある。逆もまたしかり。
そもそも敵味方の識別が困難な生物兵器は、ばらまいた時点でバラマキする側も自滅する。あらかじめワクチンや治療薬を用意していなければ
自分のバラマキで自分が真っ先に苦しむことになる。
「『古細菌(アーキア)』の兵器化……くそったれ、メタンガスも説明がついてしまう。アーキアは酸素と言う猛毒を燃料にして二酸化炭素を生産する現代生物が生まれるより昔の生き物だ。アーキアにもいくつか種類があって、二酸化炭素や水素、その他色々な炭素化合物だのなんだのを燃料に活動してメタンガスを生成するなんて奴が特に有名だったりする」
そして、このことがもう一つの事柄を説明してしまう。
「『暗部』のぶっ飛んだ科学技術の使い手だ。まだ何か隠し球があってもおかしくない」
三宅の言葉とともに火を消すために消化器や耐火布で一生懸命火だるまと化した同僚を叩いたりしていた警備員の一人が痙攣とともに倒れた。
ガス検知器は次の有害物質の検出したことを激しい警告音とともに告げている。
『硫化水素』と。