第4章 1.
1.
「
パンプスを脱いで足裏を自分で軽くマッサージをしていた時に、同僚――と呼ぶには交流がなさ過ぎる――とある意味でいえる男が訪ねてきた。
「いえいえ、あの『アイテム』担当の美人さんですから、仕事にかこつけて会いに来ただけですよ」
うさんくさい笑顔だった。もう、何もかもがうさんくさい。空気も、笑顔も仕立ての良いダークスーツさえも。
『電話の声』の1人だった。ただし、担当分野、担当組織のジャンルがかなり違う性もあってか、『
「……それで、何をしに来たの? 仕事をまず済ませましょう」
「その通りです。では、ロシアからあなたの大事なレベル5第4位を連れ戻す手伝いをするので、あなたの大事な最後のアイテムをあの工場近くに待機させるのをやめてください。この件に関わらないようにお願いします」
「……何のことかしら?」
男は端末を取り出す。それの画面は『帝政薬学』近くのビルの屋上から帝政薬学の製薬工場の様子をうかがっている絹旗の姿が映っている。
「あなたの大事な大事な『アイテム』は『スクール』との戦いで壊滅しました。それどころか、虎の子のレベル5第4位はあなたとは別の指揮系統の元でロシアに出撃してしまった。……アレは指揮系統と呼んで良いんでしょうかね? まぁ、そういうわけですから、この娘は事実上『最後のアイテム』です。
こんなつまらないことで失うのは痛いのでは?」
「……それは脅しかしら?」
うさんくさい男はそれは違うのだとうさんくさい笑顔そのままに、純粋な忠告ですと言う。
「それだけ、これは危険な案件なんですよ。今なら引き返せます。ですが、工場の中に入れば命の保証は一切出来ません。あなたの『最後のアイテム』をこんなことで失いたくないのは事実でしょう?」
「……
「普通ならそうでしょうね。しかし、今回は国際情勢って奴が関わるので」
学園都市の枠を超えて世界の問題、すなわち
「科学サイドと魔術サイドの『協定』をまもる最終解決策の前には学園都市の軽い内紛、どうでも良いんですよ」
うさんくさい男の笑顔が消えた。
「……何もわからないであろうあなたにいくつか裏事情を説明いたしましょう。学園都市とは違う方式の能力開発があることは知ってますね? 外部ではその研究が行われている。宗教的な迷信と結びついているせいか、昔から宗教団体が主導して開発研究は行われてきました。
しかし、それが学園都市のあり方と都合が悪いのはイメージできますよね。故に、そっち側、いわゆる『魔術サイド』と称される陣営と学園都市を頂点とする『科学サイド』で『協定』が結ばれました。正確にはイギリスをはじめとする『魔術サイド』のいくつかの大勢力との『協定』ですが」
それ故に、『科学サイド』の頂点である学園都市には『協定』を守らせるための力が必要であると。
もちろんこっそりと研究する程度の事なら双方ともに疑いつつも許容出来るが――――
「――許容不能のラインというのは間違いなくあります。そのラインを超えれば、それだけで世界情勢が揺らぎかねない」
「大げさね。仮にそうだったとして、だから風紀委員もいっぱい殺して、問題にならないと本気で考えているの?」
「不幸な事故が起きました。責任者の首が飛ぶでしょうね。下手すれば物理的に。私の立場も危ういでしょう。ですが、我々は仕事をしただけだ。
本気の澄んだ瞳。
うさんくさい男は、本気で言っているのだ。自分の仕事は『世界のため』の仕事であり、学園都市で一番守られているハズの風紀委員の命さえどうとでもなると。
アイテムの『電話の声』を担当している自分だからこそ、わかる。このタイプは
「私にはただの狂人の戯れ言に聞こえるわ。あなた頭大丈夫なの?」
「この間の定期検診でMRIを。すこぶる健康ですから、ご心配に及びませんよ。わざわざ心配してくださってありがとうございます」
「そういうことじゃ無いのだけど」 「睡眠外来にもいきましたが、問題は無いそうで。やはり『世界のため』の活動を規則正しいリズムでやりきる仕事は健康に良い」
「……まぁ、良いわ。もうそれで」
相手するだけ無駄だ。
「それで、絹旗が工場の内部に入ったら処分する。あんたときたらそう脅しをかけているわけだ」
「脅迫と呼べるような物ではありませんよ。純粋な忠告です」
「なら、一つ、聞いて良い?」 「なんでしょう?」
「『
うさんくさい笑顔の消えた顔から、完全に表情が無くなり、もはやただの能面にも見える。これは本当に人間の顔か。顔の筋肉に力の類いが一切入っていないように見える。
「私も詳細がわかっている訳じゃ無い。けれど、ローマと学園都市の関係が急速に悪化した理由として名前や単語の類いは普通に出てきている。世界のためとやらを考えたら、そっちをなんとかするべきじゃ無いの? ここにいていいの?」
そこは一面の雪景色。すなわち、学園都市とロシア軍が激突するロシアの大地。尤も学園都市の一方的なピンポイントな破壊だけが猛威を奮っている。
『木原唯一』はそんなロシアで、携帯電話片手にお風呂に入っていた。防水性能は完璧だからとココでは重宝している。
何しろ、景色そのものが寒いのも嫌なのだ。だから、仕事と寝ること以外では風呂場にいる時間が長くなってしまった。
「あー……身体が温まるぅ……」 『――そのような状況でお仕事に問題は無いのでしょうか』
「統括理事長の秘書A.I.がそんなこと気にしてどうすんの。こっちの仕事は順調よ。ロシアの研究所だの教会だの古くさいかび臭いとこからこれまた旧世代過ぎて逆に軽いセキュリティ対策になってるような記憶媒体を接収して使えそうな科学研究、魔術研究の類いを学園都市に持って行って大丈夫か調べるって仕事は」
『――それで良いのでしたら、文句は言いません。が、戦後、「協定」破りであると外交問題にならない最低限の配慮はお願いします』
唯一が手に取るのは、ボディスクラブ。要するにお肌の研磨剤だ。角質が面白いほどよくとれるが、よくとれすぎるので使用回数に気を遣わないといけない。
そして、使用後の肌のなめらかさと言ったら! 円周や那由多などの木原のお子ちゃま組とだって今なら肌で競えるのでは無いかと密かな自信を身につけている。
「最低限ね。『木原』にそれを求める?」
大人の女性、木原唯一は木原組の中でも若手の女性研究者として、頭角を現している側であるが故に、ごくまれに『こんなのが?』という視線を浴びることがある。そのとき、美人であるというのは大きな武器だ。研究予算をぶんどる意味でもこの武器は活用しなければいけない。
たまに無自覚に年齢マウントをとってくる木原のお子ちゃま組に肌年齢で年上なのはある意味当然であり、それだけ成熟していると言うことだ。
『――完全無自覚、木原那由多に肌黒くなってるけど、ちゃんと薬品を浴びないように防御している? と聞かれたのをまだ根に持っているのですか』
「所詮ガキの戯れ言よ。なんでこっちがそのことを根に持たなきゃいけないの?」
『――そうやって、口を開けば自分は気にしていないと言うのはクリティカルヒットしている人のあり方です』
「……機械風情が知った風な口を……」
浴槽から出て、身体を拭き、ドライヤーで髪を乾かす段階に入るが通話は続いている。
ハンズフリーでの通話に切り替え、ドライヤーの音が響いても通話そのものはクリアだ。
「そもそも今時『協定』を馬鹿正直に守る意味はあるの?」
『――何故でしょう』 「いや、だって、ローマロシアと学園都市は戦争して、勝利が見えている。イギリスは一応同盟者。もう『協定』の意義はボロボロでしょう」
『――魔術サイドは十字教だけを示す言葉ではありません。学園都市にとっても学園都市の知的財産権を守る目的でも意義のある物です。こっそりと隠れて密かにやる程度の枠を超えるのは得策ではありません』
木原唯一は冷蔵庫より牛乳を取り出す。占領地で手に入れたロシアの牛乳だ。安全性も確かめられているが、そもそも人工的に培養して作った食肉の方が安心感を持つ学園都市の人間である彼女にとって、その牛乳を飲むだけでも大冒険である。
とはいえ、風呂上がりの一杯に牛乳。別に銭湯じゃ無いが、自宅でも無い場所の風呂上がりだと魅力がある。
「……以外といける? とにかく、『協定』がとやかく言うのなら、この馬鹿げた戦争を終わらせる方がよっぽど確実よ。戦争のせいで科学サイドと魔術サイドの境界線なんて何処もぐちゃぐちゃ、ごちゃごちゃじゃない。魔術師に対空機関砲やレーダーを任せたり、科学者に魔術の武器、霊装? とやらの分析依頼が来たり」
『――言いたいことはわかります。ですが、それは上からの圧力である程度はどうとでもなります。それに魔術師が対空ミサイルを持ったところで学園都市の飛行機は落とせません。そもそも魔術関係無いので、魔術が使える人間が兵隊になっただけでしょう。逆もまた然りです』
つまり、問題は確信犯や上の圧力を無視する輩なのだと統括理事長の秘書のような事をしている人工知能はその合成音声で答えてくる。
そして、それとは別に――――
『――――協定を無視する人々を粛正するための機構が暴走を始めています。科学サイドと魔術サイド、双方ともに。この戦争中に』
次回は来月です
風紀委員000支部の存在や唯一さんポンコツかわいいのが見られる
原作外伝シリーズ面白いよ!