『とある線上の世界大戦』   作:ホエール

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第4章 8.

   8.

 白衣の研究者風の男が懐からフェイスタオルを取り出す。するとフェイスタオルが手のひらの中で踊り出す。

特殊なナノデバイスを繊維状に編み込んで作ったそれが、まるで猫か何かのように動き出す。

 

「ベースとなっている運動のアルゴリズムは家猫をモデルにしています。人間はつい、猫を小さくてかわいい生き物であると認識していますがそれは単に猫より身体大きいから、猫に襲われない、襲いたくないと言うだけにすぎません。本来猫は肉食獣。つまり、どう猛で危険な生き物だ。

少なくとも素手の人間が1人で捨て身本気の猫相手に無傷で勝てると思っているのなら、それだけ脳細胞が『可愛い』で死んでますね」

次の瞬間、フェイスタオルやハンカチが四方八方から風紀委員達に襲いかかってくる。

瞬間移動能力者(テレポーター)』の転移攻撃はこういうとき、無力だ。自分は逃げることが出来ても全員では逃げられない。

そもそも黒子の転移可能質量から考えて全員は元から連れて行けない。

 

「ですけど、あなた馬鹿では?」  「うん?」

「このハンカチには目がありません。鼻も耳も。なのにどうやって襲ってこれるのでしょう」

発煙筒。煙が閉鎖された空間に充満し、布の猛獣たちは空振りとなっていく。

 

「ッチ」  「やっぱり、あなたが目で見て指示を出している!」

黒子は瞬間移動を繰り返す。目的は服そのものが武器となる研究者の拘束、そのためにするべき事は意識の喪失による無力化を目指すこと。

用意するのは大量の消化器。ピンを引き抜かれ、飛び出る消化剤。

 

「グホッ! や、やめ――」  「――目が開けられなければ、あなたは怖くないですの!」

泡消化剤、粉消化剤の白いそれが白衣の研究者を白衣以上に白く染め上げていく。テレポートのたびに新たな消化器が追加され、最後に用意されるのは大量のダクトテープ。

 

「ムゥ!」  「このまま、ミイラ男になってもらいます!」

 

 

 

鼻以外すべてダクトテープで拘束された成人男性ができあがり、風紀委員達はそれを担いで運ぶ事にする。そして、同時に次の決断もする。

 

「私たちは撤収しましょう。もう、今の装備やメンバーでは対応出来ない」  「なっ!」

理屈は理解出来ても納得できないごく少数――黒子など――を覗いて、風紀委員達は状況についていけないと判断した。

このままでは命の危険もあり得る。とてもじゃないが、ボランティアの学生達ではもう荷が重すぎると。

 

『白井さん』  「初春。わたくしだって、危なすぎる事はわかってます。引く人達は引くべきです。でもそれは全員でなくていいとは思いませんか?」

『白井さん!!』  「大した根性ね。さすが、風紀委員の熱血テレポーター。界隈では有名人」

「誰ですか!?」

唐突に混じる聞いたことのない女性の声。

その女性は赤いドレスを身につけていた。派手な柄に胸元をアピールするかのように露出するそのドレスの上に白衣を着ている。

 

「うちの馬鹿を取り戻しにきたの。どうも最新技術で遊んで目的を忘れる悪癖を発揮しているみたいだったからね」

直後、地面が激しく揺れる。窓ガラスは振動に耐えきれず割れ、壁からは異音が鳴り響く。

 

「「「地震ッ!?」」」  「違う、あの馬鹿! やりやがった!」

すぐ隣の建物が膨らむように広がって崩壊していく。そして、四方八方に建物が飛び散った。爆発ではない。だが、四方八方に飛び散った。

何階かの階層がそのまま天に打ち上がり、またある柱らしき物は基礎を無視して飛び回ったあげく、地面に突き刺さっていく。

 

「奈美の奴、やるなってさんざん言ってることをやりやがった!! あの馬鹿、私のシワを増やすのが趣味なの!? 後で激辛の刑にしてやる。トイレ入れないように封鎖してやる」

「な、なんですの!?」

赤いドレスの白衣女の叫びは奈美とか言う人への怒りに満ちた物だったが、それをかき消すほどの轟音と迫力がすぐ隣で進み、その流れ弾と言うべきガラス片やコンクリートの破片が飛び交う。鉄筋コンクリート用の鉄筋さえも飛び回り、周囲に破壊を振りまく爆心地となる。

 

「馬鹿男はあと! 馬鹿娘の回収が優先! あんた達、命拾いしたわね! さっさと家に帰りな! 私らだって虐殺がしたくて活動している訳じゃないんだから!」

 

 

 

地下通路。薄暗く、何かを搬入するために使われていたであろうカートが転がる地下通路を進むのは三宅。馬鹿な子に吹き飛ばされて、こんな場所だ。

速く戻らないといけないのだが、上に続く階段が崩れていて、上がることが出来ない。結局周囲をしばらくさまよい歩くしか選択肢がないのだ。

 

「……くそったれ。違法な人体実験の証拠が山のようだ」

それは酸化して黒くなった血痕だった。血痕で汚れた容器だった。その容器には人の顔らしき物が投げ込まれている。

まるでゴミ箱に無造作に投げ入れたボロ雑巾のように人の顔が。

他にも普通であれば劇薬取り扱いの資格や許可が必要な薬剤の類いがいくら製薬会社だからと言っても明らかに異常な数の空薬瓶となって積まれている。

すぐそばには使用済みの注射針の類いも積まれている。

書類の束を見つけてつい、手に取ってしまう。

 

『被験者###――――第21次移植実験:アセットを脳内に移植する■■■■■■■■』

『失敗事例ケースA341:神経系の損傷を確認。汚染状態が極めて高い状態にあると――――』

(――クソが)

一緒に乗せられている写真には、手足はおろか全身の皮膚がなく、肉と血管がむき出しの人間が全身管を突き立てられ、何かを閲覧することを強制されている場面だった。

一体何を見せられているのかはよくわからない。もやがかかっている。

ただ、ろくでもない物なのは予想できる。何を目的とした実験なのかは全くわからないが、少なくともまともな目的でもなければ結果も出せていないに違いない。

結果が出るなら、まともでないな手段を何度も行使する必要は無いのだから。

 

(……よくよく考えてみれば、俺たちの目的は妙ちくりんな奴らの殺戮を生き残る事じゃない)

そういうのを含めて、こういう馬鹿げたことをやめさせる事が目的だ。

 

(うん? 『幻想殺し(イマジンブレイカー)』? 追跡情報?)

それは1人の少年が写る写真であった。とある高校の学生の姿であった。

 

「『禁書目録(インデックス)』の安全確保のために自主的にロシアに入国した物と思われる……なんじゃこりゃ。インデックス? 目次? データベースか何かか?」

ただ、思い当たる節があった。そう、磐である。彼女はたびたび『幻想殺し』と口走っていた。

 

「あいつ、何か関係があるのか。それとも――――」

――その資料を懐に入れて、ゴトゴトと音がした。

地下通路を走る車両らしき物がある。複数台の『プロテアーゼ』だ。思わず影に隠れて、その『プロテアーゼ』にしがみつく製薬工場の従業員らしき人々の姿を見る。

ボディカメラに可能な限り連中の顔が写るように頑張りながら、連中がやってきた方向を見る。

あいつらは逃げているのだろう。なら、来た道の先に、『帝政薬学』の地上施設がある。

 

そっちへ向けて走り出して数分たっただろうか、音がした。

音の方向へ首を向けて、目の前に拳が迫っていた。小さな、少女の拳が。絹旗最愛という少女の拳が。

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