『とある線上の世界大戦』   作:ホエール

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最終章 10.

   10.

 チェーン、つまり鎖。手錠という拘束用の道具は拘束用であるが故に、とても短い。故に、左手と左手につながれた手錠は2人の人間の距離を縮める。

黄泉川と北斗七星の女の距離はどう頑張っても1メートルを超えない範囲無いにあって、黄泉川の右拳が女の顔に突き刺さる。

北斗七星の女はけなげにも爪を立てて、黄泉川の腕をひっかこうとするが、警備員の制服はそういうのに対して多少なりとも有効に機能する。

 

「この野蛮なアジア猿如きがぁぁあああああ!!」

第2天、水星天を設定――失敗。顔面に突き刺さる黄泉川の右拳。

第1天、月天を設定――失敗。術式の設定しようにも前がまともに見えない。

第8天、恒星天を設定――――軌道計算式を空間領域に設置、固有の運動法則を作動させる為の

 

「何処をみているじゃん!!」

黄泉川の蹴り、そして流れるように関節技が炸裂し、北斗七星の女の左足が折れたのはそんな状況下だった。

 

「うがぁぁあああああああ――ッ!!」

脚が折られた痛みで叫ぶ。そこに突き刺さるのは再びの右拳。

詠唱も出来なければ、動作で術式を編成することが出来ない。

 

けど、発動した。

 

「『王』が命ずる。今は平時。星々の運行を司る魔術に障害無し」

「猊下っ!!」  「この、なんですかこれっ!!」

絹旗の窒素装甲は、窒素を制御することで防御と攻撃、両方を可能とするが、遠距離攻撃だけは不向きという能力だ。

にもかかわらず、能力は真逆に動いた。すなわち防御の為にまとっている窒素が攻撃を目的とする拡散状態に一瞬切り替わった。

 

「『王』が命ずる。今は戦時。我が方のに戦勝の加護をあらんことを」

けれど、絹旗は暗部で戦闘経験を幾度も持つ少女だ。すぐにこの『王様』とやらの妙ちくりんな異能の内容に少しだけ気づいた。

 

「超、真逆ですか。右に行こうとしたら左にいく。上に飛ぼうとしたら下に落ちる。行動を思った方向とは超真逆に作用させる。暗示みたいなもの?」

「ふん、指定できる行動は意外と狭い。何しろ世界全体に影響を及ぼすからな」

「超大規模って事ですか。超馬鹿げてます。レベル5級じゃないですか。そして、今頃世界中で交通事故ってるんじゃないですか? 超迷惑です」

「その通り、『王』の一挙一動が世界と繋がっている」

 

チェーンがちぎれる。黄泉川の身体が吹き飛ぶ。発動した術式は黄泉川の身体を無理矢理、固有の運動法則で動かす。

 

アリストテレスの天動説の内容として尤も大事な部分は、第1天、第2天と続いて、最後の第8天、恒星天という概念の導入だ。

宇宙に浮かぶ天体は本来、動かない存在である。にもかかわらず動いているのは動かされているからだ。そう考えた末の結論。

宇宙には固有の運動法則に支配された空間、領域が存在し、その領域に存在する天体は固有の運動法則に支配され動かされる。

こうして惑星達は公転し、であるが故に時に不自然な動きをするのだと……。

『第1天・月天』、『第2天・水星天』、『第3天・金星天』と並び最後に来るのが『第8天・恒星天』。

 

「ガハッ!!」  「恒星天の設定。故郷は蠍座にある」

黄泉川の身体を彗星と見なしての軌道計算式に当てはめる。魔術は無事に稼働した。いや、これは魔術であって魔術では無い。

 

「『王』は自然法則が平和と戦時で異なる事を宣言しているに過ぎない。彼女の魔術はどれだけ顔面を殴られようとも稼働した。

なぜならば、『発動することが平時の自然法則』であるからだ!」

「単に、『入れ替えてる』だけでしょう!! 失敗を成功に、成功を失敗に!! 行動しなきゃ、成功も失敗も無い! そもそもどれを入れ替えるかは手動操作! 平時なら成功、戦時なら失敗と! 右手で殴ろうと思ったら左手が動くのはそれなら確実に失敗するから!」

絹旗は見抜いた。完全に。

 

「なれば、宣告しよう。今は戦時、よって『王』に向けた不届きな拳は戦勝の加護を超えられぬ!」

 

絹旗の能力によって強化された右足は『王様』を名乗る男の顔面に突き刺さった。

 

「『王』は命ずる。今は戦時、その両手両足は決して――――」

「――――なら、撃つだけです」

空き缶程度の大きさのロケット弾が繰り出されたのはその直後だった。

なるほど指定された行動やその成否が逆になるのかもしれない。ならば指定された行動を予測して動けば良い。

 

「猊下っ!!」

ロケット弾を蠍座から来た彗星に見立てて振り回す。推進剤をすべて消費し、ロケット弾の噴煙が消えて無くなってタダの弾頭となる。

 

「『王』は命じます。それは失敗する――」  「――!」

絹旗が『王様』とやらを相手にし、黄泉川が北斗七星女に対応する。その間に、エステルと磐の魔術コンビ2人組は、王様の術式に割り込みをかけた。

すなわち、見よう見まねの模倣術式。

簡略化、模倣、金で解決できる事柄は金で解決。四色のリボンは買った。でもめんどくさいからもっと手軽に4つの色を好きな図形で出力してくれる

スマホアプリを即席で用意した。金に物を言わせて、1時間とかけずに用意して貰った。

 

「貴様ッ!!」  「『王様』を名乗るから一瞬で弱点が見抜かれる。今時神聖王権って奴を何処もやってないのはどうしてだと思う」

セキュリティがなっていない。簡単に外部の干渉を受けてしまう。所詮は、データセキュリティの概念の無い時代の化石。

それこそ、『王様』とやらが術式を起動している瞬間に知識だけの人間が適当な四色の配列をぶちかますだけで術式は乗っ取られてしまうだろう。

模倣と簡略化に破れた時代のあだ花。時代が下手すれば千年単位と言うだけで、近代に通用する物では無い。

 

「猊下、今お助けを――」  「――ふんっ!」

吹き飛ばされた黄泉川に変わって、別の警備員が格闘に参加する。再びはめられるのは手錠。チェーンデスマッチ2セット目。

北斗七星、王様、2人の魔術師の攻略方法は完全に確立された瞬間だった。

しかし

 

(――最初に変な攻撃を仕掛けてきた奴は何処?)

 

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