5.
「ベネディクト修道会関係、ペドロ・ポンセ・デ・レオンかなぁ?」
少女の自信なさそうな言葉。
「16世紀のイタリア最初の手話話者だな」 「おっ、知ってるの?」
「もちろん。国語教師だからな。豆知識程度には各国の言語にまつわる事はしってる」
「……国語教師すげーって話でいいの?」
「元々ヨーロッパの手話の歴史は古い。ローマ帝国時代の遺産と古代フランス語をベースにしたジェスチャーコミュニケーションを言語と呼べるレベルで
体系化を始めたのが元々スペイン発祥のベネディクト修道会で、11世紀頃にイタリア、アルプスの山の中から始まったと言われている」
つい授業感覚で話を始めた三宅に対して、現役JKは「せんせーはなしがながーい」と突っ込みを入れる。
「……で、そのペドロ・ポンセ・デ・レオンが何かあるのか?」
「わかんない。ここはフランスだけど相手はローマ正教。それも手話を術式に組み込んでいるって事はその辺に由来する何かかなって。
有名な神学者たちの名前はなるべく全員覚えようと思っているの。歴史に名前が残るような神学者たちはだいたい皆魔術師だし」
「……その『魔術師』ってのは何だ?」
女子生徒はベネディクトかーと明後日の方向を見ながら上の空で何かを考えながら、こちらの質問に答え始める。
「始まりは『原石』だったんだって。天然の能力者達」 「……理論上、2桁程度ならいてもおかしく無いそうだな」
「古代人達にとって『原石』は文字通り神様の化身や神様の奇跡で、当然崇拝対象だったんだって。でもさ、崇め立ててるばかりが人間じゃ無い。
科学技術も観測機材も不十分な古代世界で、しっかりした論理は神学や神話で、観測機材は手足目鼻耳口。そう言う物を駆使して、『原石』達の『異能』を解析しようと頑張った。で、何時しか見つけ出しちゃったのよ」
「見つけたって何を?」
「未だ科学者達が見つけ切れていない隠れた『法則』って奴を神話や神学の中から。何時しか『原石研究』は神話の法則研究に取って代わり、そう言う神話由来の『異能』の技術、『魔術』って奴が生まれることになったのよ。でもさ、未だ正統派の科学者達が見つけて無いって事には理由があるんだ。
具体的にはとても不安定で、暴走しやすく、暴走しなくても容赦なく人間の『脳』を汚染してしまうって事」
絶句。
「『魔術』は能力者には使えない。元が、『才能のない人間が才能ある人間と追いつくために作られた技術』。『回路』が違うの。
能力者が『魔術』を使ったら最悪即死する。でも、常人が『魔術』を使っても発狂したり自傷行為に走ったりそう言うのってよくあるの。そりゃ、危ないよね。当然権力者達とかはそんな危ない物、一般人からは遠ざけようとするし、秘密の軍事技術扱いにする。それでも魔術に走るイカれた個人主義者達やぶっ壊れた愛国主義者をこんな風に呼ぶの――――」
「「――『魔術師』」」
2人の声が重なる。
「おっ、さすがせんせー。話がわかるー!」 「流れを読んだだけだ」
話の流れから三宅が思い浮かぶのは要するに特殊なマッドサイエンティストたち。『暗部』に潜んでいるような連中たち。
それも有史以来そんな事をしている化け物達。科学的な論理では無く神学論理で武装した暗部のマッドサイエンティストども。
「学園都市って言うのはね、そういう『魔術師』達を滅ぼしたい人達が作った科学研究所なの。魔術に対抗するために魔術を研究する訳では無く魔術に対抗出来る別の『異能』や『テクノロジー』を改めて『人造の能力者』達から得て、それを兵器開発に生かそうって言うね。
と言ってもつい最近までそういった野望は隠してたっぽいけど」
仮にこの少女の言葉が全て真実であるとすれば、この戦争は世界史の根深い何かに触れる大戦争であると言うことだろう。
思い出すのはローマ正教と学園都市の担当者達がTVカメラの前で非難の応酬を行う場面。
なんだコレと想いながら見ていたあの風景。宗教団体がこっそり『能力開発』を進めていると言うよくわからない構図が、ここに来てひっくり返る。
「『異能』の研究は本来はローマの方が先だったと言う事か?」
「そうなんじゃない? でも、学園都市の能力者とは方向性が完全に違うから気にしなくて良いと思うよ」
「それに君の論理だと、君もまた『イカれた個人主義者』か『ぶっ壊れた愛国主義者』になるが」
「まっ、私は特別な理由があってね。でも理由を聞いたらこいつ頭大丈夫か? ってせんせーも思うんじゃ無いかな。だから言わなーい」
ここは、あの場所からせいぜい1キロ程度しか離れていない町の一角。小さな商店の中。
町の状況の成果、無人で薄暗い店内で、2人は周囲を警戒しつつ、状況の情報共有をしている。
「『魔術』は元々は神話とか神学に元ネタのある法則性の『異能』だから法則を破壊すれば無力化出来る。水が0度で凍るから、冷凍庫のコンセントを引っこ抜いたり、いっそ冷凍庫を壊せば良いみたいな風に」
「……そうは言われてもその『法則性』って奴がまるでわからないんだが」
「それなんだよねぇ……私の『術式』は簡単に無力化されて正直意味がわかんない。手話が加わって余計にわかんない。他に気づいた事無い?」
「知らんよ。ああ、やたら木靴が印象に残ったな。君は普通のスニーカーを履いてるし、俺等は特殊な安全靴だし」
「……特殊な安全靴……軍靴に見えるけど特殊な安全靴なんだそれ」
まぁ、色々な建前だのなんだのがあるので特殊な安全靴なのだ。確かに、木材と床に使われている石才のぶつかる独特な足音は非常に印象深い物があった。
あの男だけなのだ。あの場面で木靴を履いているのは。
「アレは、イタリアのゾロッコって奴だ。日本語で厳密に分類すると木履って奴だ。日本の下駄のお仲間さ。あれでは走りづらそうだ」
「……へー下駄の仲間」
「木靴って一言で言っても大まかに2種類あって、下駄のようなサンダルタイプと足全体を覆う奴がある。日本語はどちらもしっかり別々の単語で呼ぶんだ。まぁ、殆ど死語で古文や日本史の授業でも無い限り日常的に聞くことはもう無いと思うが」
「下駄……下駄。なんで下駄??」
「ん? 何か引っかかることでも?」
少女は頭に額に右手を当て、左手で、頭に乗せている折紙の兜の位置を調整するような動作をする。……女子高生の制服姿に
科学者を思わせる白衣に折紙の兜。全く以て何が言いたいのかわからない謎ファッションである。
「……魔術師の服装には必ず意味がある。どれだけ普通の格好をしていても或いはトンチキな服装をしていても必ず魔術的な意味がある。
ファッション雑誌見たいなイケイケコーデとかカラーバランスとかそう言う意味合いは一切無い。個人差はあれどファッショナブルな意味を中心にする事は絶対に無い」
「えっ、その白衣折紙兜にも何か特別な意味が……?」 「そりゃもちろん」
上の空ながら少女は答える。
「日本仏教、特に密教では白色は『潔白と清浄』を意味するし、青い色は『福徳と繁栄』を表す『
一般人に溶け込みやすくて、ほどほどの服装で、元の奴が手に入りやすいって意味では白衣と折紙兜は適切なアイテム……って何答えさせるのよ!!」
「……質問に答えたのは君だろ。そんな国家機密みたいな態度を取られても」
「……はぁ。今時『黄金』の影響を受けない『魔術師』はいない。アフリカだろうが南米だろうが昔ながらの土着魔術を使う人々でさえ、自分たちの術式を改造しようとしたり、その地域を離れて術式を使おうとすれば大なり小なり、『黄金』の『
土着術式はどうしてもどの地域を離れるとちゃんと機能しない場合があるからね。それを『黄金』方式で補う事で機能させようとしている」
(『黄金』?? 『
よくはわからないが『学園都市外の能力開発』において重要ワードであることだけはわかった。彼女はこちらとの対話では無く、内なる自分との対話、
要するに自分の考えを整理するために言葉を音に出して口にする方法を選んだらしい。
「下駄……。日本の下駄はああ見えて、日本の山岳地帯を進む道具としては地味に有用。だから
山伏の基本的な履き物は『そうかい』という草鞋の一種で八目と呼ばれる8つの結び目で胎蔵を意味して……」
「よくわからんが、日本の事例は当てになるのか? ベネディクト修道会が先ほどは話に出ていたじゃないか。つまりはスペイン、ローマ、旧教文化だろ?
そして、君はよく勉強している。古文の教師によく褒められているんじゃ無いか? 『そうかい』……『八目草鞋』をちゃんと読めるなんて偉い偉い」
「せんせーうるさい」
少女は何時しか携帯電話を取りだしネットで何かを調べている。のぞき込むとゾロッコと言うイタリアの木靴について調べているようだが、単語が日本語のカタカナだ。なかなかお目当てにたどり着けないらしい。四苦八苦しながらゾロッコを紹介する靴屋のページにたどりつき、そこに記載されている画像を見て
「……ねえ、せんせー。あいつが履いていたのコレそのものだった?」
「うん? ひょっとしたら細かい所が違うかもしれなかったが大まかな形はコレじゃ無かったか? まぁ、人それぞれに足の形が違うし。ああ、でもやっぱアレは走りづらそうだ」
「…………履き物には意味が無い? それとも私がわかっていないだけ?」
彼女がそう思案している真っ最中に彼女の携帯電話に着信が入った。
「わっ、わっ、わっ!」
表示されている名前を隠すように慌てて画面を抑え数歩、三宅から距離を取る。
「ひーちゃん!! 無事だったの!? 今どこ!?」
『ごめんなさい。わかちゃんがあんなに止めてたのに……無視してごめんなさい』
「そんな事はどうでも良いから!! 大丈夫なの!? ねぇ、今どこなのぉ!?」
『わかんない。この電話も見つかったら多分取られる。神父さんみたいな人達が私たちに手錠かけて車に乗せて運ばれているの。
ごめんね。わかちゃんが今の時期危ないから、海外旅行、特にフランスなんてダメだってずっと言ってたのに……』
「そんな事はどうでも良いよ!! 必ず、必ず助けるから!」
『ありがとう。でも無理だよ。わかちゃんだって今は日本で――』
「――私は今、フランス、アビニョンにいる!! だから助ける!」
『は!? 逃げて!! この人達何が目的かわかんないけど、私たちを何かに使おうとしている。身代金とかじゃ無いっぽいのだけはわかるから!
お願い、私なんかのためにわかちゃん巻き込みたくない!』
「関係無い!! 私が助けたいから助けるの! ねぇ、電話を切らないでそのまま、どこかに隠して! 必ずみつけ――」
『おい、大声が聞こえるぞ!! 何をしている!』
「『!?』」
そして、電話は唐突に切られる。
少女の顔色は真っ青で、その口からは小さな声が漏れ出す。
「ダメ、左方のテッラは観光客を異教徒だからOKって術式調整に使っていた。ヤバイヤバイヤバイ。本当にもうヤバイっ! 時間が無い!」
そして飛び出そうとして
「このバカ!」
三宅が少女の首根っこを捕まえて建物の暗がりに引き釣り込む。
ちょうどすぐ側をシスターたちの一団が小走りに遠ざかっていった。
「よくわからんが、君は友達を助けるためにフランスにまで来たのか」
「ひーちゃんは何も悪くないの……魔術なんて何も知らないし、学園都市の裏の顔も知らない。本当にタダの普通の女の子なの! 悪くないの!」
「……友達思いなんだな。とはいえ、いくら『異能』の持ち主だからといって、単独で来るなんて無謀だとは思わなかったのか? 大人の助けを借りてとか」
「そんなモノ当てにならない! 『魔術』の存在さえ、ろくに知らない大人達を下手に頼れば逆に犠牲が増えるだけ! 見たでしょう!!
あいつら、ライフルとかなんか凄い大砲とかそんなモノ一つも持っていなかった。なのに学園都市の『駆動鎧』相手に戦いを繰り広げたんだよ!!」
言わんとしていることはわかった。確かに、普通の大人達ならば力不足なのは否めない。だが、だとしても――――
「――君が未成年の女の子である事実は変わりない。いや、そもそも君が大人だったとしても君一人で世界の悪意と戦わなければいけない理由なんて無いんだ」