14.
『とある魔術の禁書目録』という作品には多種多様、様々な外伝作品が存在する。
とくにアニメの購入特典とされた作品群は『創約』と称されるシリーズに入るまで通常では入手困難だ。
故に作品ファンであっても熱心な人とそうでは無い人で情報量がどうしても異なってしまう。
「ここまで大暴走を起こした『原典』がそれも2つ。私では完全封印は無理」
富上磐はそう結論づけた。自分の実力を冷静に判断して。
「なら、するべき事は一つだよね」
もっと速くすれば良かった。
と、目鼻口から血を流し、皮膚に経文らしきモノが浮き出る磐は、小さく笑った。
それなり程度の技量を持つ魔術師になった時点で、彼女は自分の操る術式の特性を持って、ある事が出来ることに気づいた。
「ああ、上条さんへの核攻撃をなんとかしないと」
磐が見渡した風景は警備員達が必死になって各所に連絡を行っている。それとは別に勝手に動き出すA.I.制御の放送機材を止めようと色々な人々が端末を弄くり回している。
「この部隊は何処の指揮下にある!?」 「核兵器の運搬を行っていると言う事は、何かしらの航空機を使っているはずだ」
『――白井さん、端末と接続してください!』 「初春、これでどうですの!?」
『――電波の調子が悪い。帯域が狭くなっている。どこかで妨害電波が出ています! 迂回路を経由して最後は有線接続すれば……』
(ああ……これはー心配するだけ無駄かな)
ふと、そんなことを思った。核攻撃はどうとでもなるだろう。むしろ、『原典』の脅威度の方が上だ。
A.I.制御の放送機材を力で破壊しようとした男がいた。全身真っ青になった倒れた。放送機材を銃で止めようとした奴がいた。銃が突如暴発した。
そんなことが数度と繰り返されている。
カメラは『ハザール・アフサーナ』と自分に向けられている。
「ねえ、せんせー」 「なんだ、どうした。今救急車が向かっている。横になりたいならなりなさい。大丈夫だ。見た目より出血は――――」
「――ありがとう。さよなら」
『
彼女が折り紙で書いた一瞬だけ機能する原典。使い捨てにする原典。それらの折り紙で形作られた折り鶴が次々と羽ばたいて視界を邪魔する。
その一瞬で十分だった。第3実験室と称される地下室は広い。だが、ここまで広いハズが無い。
三宅の目の前にいたはずの少女は遙か数百メートル先に見える。せいぜい体育館程度の大きさの部屋が一気に数百メートル単位に変貌している。
「な、何だ!?」 「こ、この規模の魔術は!?」
エステルが驚愕の表情を見せるとともに、そんな馬鹿なことをしてはいけないと叫ぶ。馬鹿なこと。状況的に嫌な予感がする三宅は思わずエステルに一体どういうことかと問いただす。
「詳しいことはわかりません。でも、これはたぶん『神隠し』。山中魔界、山の中で歩き慣れたはずの道でもほんの少し雰囲気が違うだけで迷うようにそこにあってそこに無い何処かへと迷い込む術式です。でもこの規模、たぶん彼女が得意とする『縁切り』で人の世との『縁』を切ろうとしているんです!!」
「はぁ?」
「要するに、彼女は暴走する『原典』2冊を持って自ら火山の火口に身を投げる……みたいな事をしようとしている訳です! 厳密には死にませんけど、行方不明者になる!」
そこで、理解した。馬鹿な女の子がこれまた妙ちくりんな自己犠牲精神を発揮してどうにかしようとしているのだと。
人を助けるのは良い事だ。けれどミイラ取りがミイラという言葉があるように人助けで破滅しては意味が無い。
自己犠牲は時に賞賛される出来事だけど、それは帰ってくるから美談になる。たとえ生きていなくても。帰らない自己犠牲はただの悲劇だ。
例外はヒーローが悲劇と引き替えに偉業を成し遂げた瞬間だ。けれど、彼女は……ヒーローでは無い。英雄的なヒロインでは無い。
「ご両親を泣かすんじゃねえ!! 親不孝者!!」
彼女から別に家族仲が悪いわけでは無いと話を聞いていた。学園都市の学生達には主に小学校低学年に多いがホームシックに無く子供達がいる。
『
別に今生の別れでは無い。ご両親だって色々考えた末に、子供達の未来の為に一時の別れを選択しただけだ。それでも悲しいモノは悲しい。寂しい。
「おまえにも友達がいるだろ! じゃなかったらフランスまで友達を助けにいかないだろ!」
始まりはフランス、アビニョン。学園都市とローマの衝突を知った彼女はフランス旅行中の友達を助けるために単身フランスへと渡った。
褒められた手段では無い方法を駆使してまで。
気づけば、三宅は走り出していた。少し考えれば、気がつくはずだ。仮に追いついたとしても彼女を止める方法を知らないと。
彼は魔術の知識はろくに無くて、タダの『
それでも――――
「――――ガキが当たり前の顔して被害担当になる意味なんて無いだろ!!」
そういうのは被害を少しでも減らす努力をしたうえで大人がするべきだ。
「目をそらしてはいけません! まばたきも! その一瞬が、数百メートルの距離を数千キロにも変えてしまう!! 彼女の姿を完全に見失ったとき、彼女は帰ってこない!」
AI制御のカメラが彼女を含める『原典』の動きを追跡しようとするが、望遠レンズを多少使ったところで埒があかないと判断したらしい。
放送機材のグレードが上がり、AIは解析ソフトを総動員し始める。
皮肉にもそのカメラ映像が、磐の完全失踪を防ぐ手段になっていた。直接後を追いかける三宅以外はもはやこのカメラ映像でしか磐を追跡できない。
(どうすれば……この放送機材を壊してでも止めると彼女は帰ってこなくなる。しかしこれが稼働し続ける限り、原典が世界中に汚染を広げる危険性が……)
エステルの悩みを心の底からわかる人間はいない。ここは科学の町だ。『魔導書の原典』の危険性を本当の意味でわかる人間はいない。
空間が歪んで、体育館程度の広さのハズが目の前に広がる風景は数百メートルある。だが、空間のゆがみが正されれば距離は元に戻る。
本来この馬鹿げた距離は存在しないのだから。その存在しない遠い場所に自分もろとも『魔導書の原典』を捨てに逝くという選択肢の有効性は否定出来ない。
「……私程度の魔術師じゃあ、あんなに荒れ狂う魔導書の原典に太刀打ちできない……!」
「そう、ならこっちでやろうか」
唐突にエステルの後ろから、声がした。今まで聞いたことが無い女の声だった。
「ところで、科学と魔術の協定を無視しまくった魔術師ってどこ? さっさと『処刑塔(ロンドン塔)』に連れて行きたいんだけど。特にゾンビパニックを起こしたって言う魔術師が私は欲しいなぁ」
イギリス清教、『必要悪の教会』。それが唐突に現れた新たな女の所属。いわゆる『アニェーゼSS』に登場するブードゥーの魔術師。
「ここは科学サイドの頂点、学園都市。アレをどんな風に解釈しているかは知らないけど、少なくとも危険物である事は認識しているわけだ。
なら、仮にも魔導書の『原典』で、危険物を取り扱う研究をしているのに、万が一のファイルセーフが無いなんてありえるの?」
エステルから状況を説明されたブードゥーの魔術師、イザベラ=テイズムは端的に一つの指摘を行う。
「「「あっ」」」
やっと、エステルを含め幾人かがある意味で当たり前の話に気づいた。
「馬鹿ですか! 私もあの娘も!! 命をかける必要なんて無かった! で、どうすれば良いんですか!?」
「えっ? 知らないわよ。科学サイドの技術論なんて」
わーわーぎゃーぎゃーと騒ぐ人達を横目に、郭がキーボードを叩く。魔術師どもよりは学園都市の最新技術に通じている。
やっとファイルセーフのコマンドを見つけたのはそれから数秒後の事だった。