櫛田に転生したから綾小路の手駒になる 作:星宮ひまり
中学三年のある日、私は唐突に前世の記憶を思い出した。
――いや、唐突ではないか。
少なくとも切っ掛け自体はあった。
「
暴言と共に椅子が蹴られ、肩を強く押され、髪を引っ張られ、頬を叩かれる。
痛いとか辛いとか、どうしてこんなことに――とか。
そんなことを考える前に、私は「ああ、そういうことか」と奇妙な納得をしていた。
『
気付いた直後の行動は簡単。
卒業間近といえど、残りの数週間を四面楚歌状態で耐え抜けるほど私は強くない。今まで貰えていた信頼も羨望も尊敬もなく、反対に憤怒と憎悪と暴言と暴力とが向けられ続けるなんて耐えられない。
ゆえに、今まで手に入れてきた『秘密』を――『真実』を使い、皆の矛先を変えさせた。
『
やられたから、やり返しただけ。
その結果得ることになった恐れと憎しみは、当然「求めるものじゃない」と否定する。
でも――。
ああ、なんてことだろう。
私の言葉で。私の行動で、皆が強く感情を揺さぶられ、その溢れんばかりの『負』のエネルギーを誰かにぶつけている。
――
「ああ――」
声がこぼれる。
「なんて――」
感情が溢れる。
「
机と椅子とが乱雑に放り出され、貼り付けられた掲示物が後ろの壁紙と一緒に破られ、――荒れ果てた教室の中心で。
黒板に書き殴られた暴言に目を細めながら、私はそう思ったのだ。
◆ ◆ ◆
四月。
高度育成高等学校へ向かうバスの中で、私は現状と将来について考えていた。
……いや、『あの事件』から入学までなにも考えていなかったわけではない。だからこれは、おさらいだ。
まず前提として、私は転生者である。分類的には(おそらく)憑依転生……いや、記憶が戻る前も私は私だったからただの転生? 神様的な存在には会っていない。
そして、今、私の生きるここは『ようこそ実力至上主義の教室へ』――略して『よう実』という作品の世界だ。
『よう実』は、その名の通り『実力至上主義』を掲げる全寮制の学校で、訳あって不良品クラスと呼ばれるDクラスに配属されることになった主人公が、
…………協力じゃなくて駒の支配と誘導? 天使じゃなくて怪物? なんのことかわからないなぁ☆
さて。
なぜ、この世界がフィクションの世界――それも『よう実』の世界だと思ったのか、という話だが。
根拠は二つある。
一つは、日本政府が作り上げた『高度育成高等学校』などという珍妙な名前の学校が存在すること。
もう一つは、
主人公と同じDクラスに所属する少女で、そのルックスと誰とでも仲良くなれるコミュニケーション能力により、男女問わず絶大な人気を誇るアイドル的存在。作品内でも様々に活躍し、主人公に一目置かれるメイン級ヒロインである。……嘘は言ってない。
舞台と、キャラクター。そのどちらも揃っているのだから、ここが物語の世界――あるいはそれに酷似した異世界?――だと判断してもいいだろう。
……あ。あとついでにメインヒロイン(?)の
ともあれ。
この世界が『よう実』の世界である、と断定するとして……とても大きな問題が一つ。
それは――
メインキャラクターへの転生。二次創作では――いや、近年では架空の原作に転生する物語も結構あるけど――そこそこ見かける出来事。いざ自分の身に起きると大変だ。うん、それはもう大変。
当たり前の話だが、
原作での行動を辿ればいい?
それは無理だ。ぶっちゃけ私、『よう実』にそんなに詳しくないから。
というか『よう実』自体、アニメでしか知らない。なんかアニメと原作では違う部分があるという話をどこかで聞いた……あるいは見たことがあるが、残念ながら原作のライトノベルを読んだことはないので、具体的にどこが違うかなんてわからない。
……こんなことになるなら読んでおけばよかった。
ついでに言うと、私の知識はアニメ二期までだ。それもうろ覚えな部分が多数ある。
原作通りはもとより、アニメ通りに物語を進行させることすら難しいだろう。
それを踏まえて、私は目標を立てた。
それは――『無事に卒業する』こと。
退学は嫌だからね。将来――物語が終わったあとに続く人生のためにも、きちんと卒業したい。できればAクラスで。
……Aクラス卒業はともかく、ただ卒業するだけなら別に改まって掲げるような目標ではなくない?
――否。
普通の学校ならともかく、高度育成高等学校――略して高育では結構難しいことだ。定期テストで赤点取ったら一発で退学だし、暴力と策略で他人を嵌めようとするやべーのがいるし、そいつに自分のクラスの情報を売って嫌いな人間を退学にさせようとするやつもいるし。……あ、それ私か。
まあやべーのがいっぱいいるのは確かだが、この目標の最大の障害――それはなんと、主人公である。
なぜか鮮明に覚えている、アニメ二期最終回のワンシーン。Cクラスのトップであった
『三学期、DクラスはCクラスに上がる。だが、おそらくもう一度Dクラスに戻る。なぜなら――
あの最強主人公に目を付けられ、しかも明確に宣言までされてしまっては、自己評価「ひとよりちょっと優秀」程度の
だから私は、三年後、無事に卒業するために、一つ作戦を立てた。
名付けて――『
……作戦名の是非はともかく、これは文字通り主人公・綾小路清隆に取り入ることで、自らの身の安全を確保する作戦である。
立ち位置的には
最強主人公の庇護下――いやアレは手駒か――に収まれば、これから先どんな特別試験や他クラスの妨害があろうと、退学することはないはず。きっと。たぶん。メイビー。
……手駒として有能であるところを見せないと切り捨てられるだろうから、かなり頑張らないといけないけど……まあ、私には私の武器がある。
つまり、友達を沢山作ればいいのだ。中学の頃と同じように、頑張って色んな人と仲良くなる。仲良くなって、信頼されて、秘密を握って――……。
「……、はあ」
思わずため息交じりに呟いて、慌てて周囲を確認する。……大丈夫。誰も私の声に反応する様子はない。
……そもそもどうして大仰に作戦まで立てて高育に入学しようとしているのか? 他の、一般的な高校に入れば気楽に過ごせたのではないか? ――というのは真っ当な意見だが、私が前世の記憶を思い出したのは『あの事件』が起きた時だ。卒業間近の二月末、高度育成高等学校への入学はすでに決まっていた。
それに、実際に『よう実』の登場人物に会ったり、物語を体験してみたいと思ったりするのはオタクの
とまあ、そんな言い訳はともかくとして。
バスが高育に着けば、いよいよ『よう実』のストーリー――アニメ一話が始まる。
視聴したのがだいぶ昔で記憶が曖昧だけれど、確かアニメ一話の冒頭は、綾小路清隆が高育の校門前で黒髪美少女こと堀北鈴音に呼び止められて――いや、違った。その前にバスで何かあったはず。そう……そうだ、ちょうど今みたいなバスの中で、綾小路清隆が平等がうんたらかんたら、哲学的なことを考えていて……。
遠い記憶を掘り返しながら、何か思い出すための切っ掛けがないだろうかと彷徨わせていた視線が、ふと一人の少年の姿を認めて止まる。
高育の制服に身を包んだ、外に跳ねた茶髪の少年。一見、地味ではあるが、よく見ると整った顔立ちをしている。
でも、私が視線を止めたのは、容姿が優れているからではない。
彼が、主人公――綾小路清隆だったからだ。
「……?」
っと、やばい。目が合った。とりあえず微笑んでおこう。にっこり、天使が微笑みかけるようなイメージで。
「……、」
無言で目を逸らされてしまった。
まあ、彼は事なかれ主義を掲げていることだし、仕方ないか。
っていうか目が合っただけで微笑んだ私のほうが不審なのでは?
そう思うと少し恥ずかしい。頬に上った微量の熱を冷ますために、パタパタと手で扇ぐ。
――と。
「席を譲ってあげようと思わないの?」
突如車内を刺し貫いた声に、私は反射的に顔を向ける。
すると、眉間に皺を寄せたスーツ姿の女性が、優先席にどかりと座り込む制服姿の男子に注意をしている姿が目に映った。女性の横には困り顔の老婆――なるほど、状況は理解した。
だが、覚えがあるようで、不思議と違和感を覚える光景に、私は動けなくなっていた。
そして、朧気だった記憶が、少しずつ蘇ってくる。
あれ?
その役割は、私――櫛田桔梗のものなのでは?
「おばあさんが困っているのが見えないの? 優先席に座っているキミは、即座に譲るべきだわ」
「理解できないねぇ。優先席だからといって、そのような法的義務は存在しない。この場を動くかどうかは、誰に強要されるものでもなく、この私が判断することなのだよ」
「法律がどうとか関係なく、お年寄りに席を譲るのは当然のことでしょう?」
「はは、実にナンセンスな考え方だ。私は意味もなく無益なことをする気にはなれないねぇ。それとも、キミや老婆がチップを弾んでくれるとでも言うのかな?」
「そっ――それが目上の人に対する態度なの!?」
私が硬直している間にどんどんヒートアップしていた。いや、熱くなっているのは女性だけだろうが、車内にだんだんと嫌な空気が流れ始めている。
面倒くさい。
関わりたくない。
そんな誰もが抱いている感情を押さえ込み、私は騒ぎの中心にそっと割り込んだ。
「落ち着いてくださいっ、お姉さん!」
「っ、あなた――」
弾かれるように振り向いた女性に優しく微笑みかけてから、私は男子生徒に向き直る。
「私も、お姉さんの言うとおりだと思うな。おばあさん、さっきからずっと辛そうにしているみたいなの。席を譲って貰えないかな?」
「キミもか、プリティーガール。発言者が変わったところで、内容が変わらなければ意味はない」
「そう、だね。じゃあ、社会貢献ができるって考えるのはどうかな?」
「社会貢献か。なるほど、面白い意見だ。それは確かに、席を譲ることに『意味』を持たせられるだろう。しかし残念ながら私は社会貢献に興味がないんだ」
「そっか。……残念だけど、私ではあなたにこれ以上の『意味』を提示することはできそうにないや。したくないことを強要しようとしてごめんなさい」
言って、私は頭を下げた。
男子生徒と女性のやりとりを聞いていた段階で、彼を動かすのは不可能だとわかっていた。だから今のこれは、「なんとか説得しようとしたけれどダメだった」というポーズを示すだけの茶番だ。
頭を上げると、横で女性が何か(おそらく偉そうな態度を崩さない男子生徒への非難か、早くも諦めた私への文句だろうか?)言いたげな顔をした。が、女性が口を開く前に、私は周囲を見回して数人とさりげなく――わざとらしくならないよう、ほんの数瞬だけ目を合わせてから、口を開く。
「皆さん、どうか少しだけ私の話を聞いてください。どなたかおばあさんに席を譲っては貰えないでしょうか? お願いしますっ」
誠実に、しかし確かな必死さを滲ませた声音で懇願する。
――アニメでは確か、誰かが手を上げてくれた……んだっけ? メインキャラクターの誰かではなかったはずだから、はっきりとは覚えていないけれど。
数秒の沈黙。皆、我関せずといった調子で動かない。
それは男子生徒の言うことに共感したからか、この雰囲気の中で名乗り上げるのが嫌だからか。
息が詰まるような空気。バスの走行音と誰かのイヤホンから漏れ出る音楽だけが支配する中で――ふと、一つの手が上がった。
「オレの席、どうぞ」
――その瞬間、この空気から解放される安堵を感じるよりも、「なぜその手が上がったのか」という疑問が私の思考を埋め尽くしていた。
が、不審に思われる前に「ありがとうございますっ!」と弾けるような笑顔で感謝を述べると、老婆をその空いた席へ誘導する。
ゆっくりと席に腰を下ろした老婆が、席を譲ってくれた人物と、私やスーツの女性に感謝するのを受けながら、私は混乱する頭をどうにか回していた。
どこか無気力に映る無表情で、彼は感謝する老婆に「いえ、ちょうど立ちたい気分だったので」と返している。
立ちたい気分ってなんだ。もう少しマシな言い分を……いや、そうじゃない。
彼は事なかれ主義で、こういうときは黙って空気に徹していたはず。
アニメでも、彼は動かなかった。――うん、そのはずだ。そして、バスを降りてから堀北鈴音とイチャ……じゃない、初めての会話をするのだ。
それがなんで、こんな目立つことを……?
「降りないのか?」
ふと声をかけられ、はっとする。いつの間にかバスは目的地に到着していた。
思考に熱中していた私に声をかけてくれたのは、件の綾小路清隆だった。
「あはは、ぼうっとしちゃってた。声をかけてくれてありがとう」
苦笑いで礼を言い、彼と一緒にバスを降りる。
それから、背後でバスが出発する音を聞き流しながら、私は隣に立つ綾小路清隆に向き直った。
思考はまだ纏まらない。――けれど、今後のためにやっておくべきことがある。
「ねえ、名前を聞いていいかな?」
「ん? ああ。オレは綾小路清隆だ」
「綾小路清隆くん……綾小路くん、ね。うん、覚えた」
口に馴染ませるように彼の名を呼ぶと、私は今日一番の微笑みを彼に向けた。
「私は櫛田桔梗、だよ。よろしく、綾小路くんっ」
「ああ。よろしくな、櫛田」
少しだけ……ほんの少しだけ、綾小路清隆――綾小路くんが笑みを浮かべた、ような気がした。
実際には表情に変化はない。無表情というか、なにを考えているのかわからない顔だ。でも、わずかに視線に動きが――……うん、気付かなかったことにしよう。男の子だものね。
それはそれとして利用できそうなこととして覚えておこう。……いや、あの綾小路くんがハニートラップに引っかかるか?
「……櫛田? どうしたんだ、黙り込んで」
「あっ……っと、あはは。ごめんね、なんでもないよ」
「そうか」
誤魔化せたかどうかはわからないけれど、綾小路くんはそれ以上突っ込んでこなかった。
「綾小路くん。改めてお礼を言うね。ありがとう」
「バスの座席のことか? あれは本当に、立ちたい気分だったってだけだ」
「ふふっ。誤魔化すのが下手だね、綾小路くんって」
「あー……別に誤魔化したわけじゃないぞ。ほら、あるだろ? 足を伸ばしたい気分になるときって」
「そうだね。うん、そういうことにしておくよ」
そんなことを話しながら、私たちは教室へと向かった。
ちなみに、きちんと私も綾小路くんも……あとついでに堀北鈴音も同じDクラスだった。
が、私は教室に着いて強烈な違和感を抱くことになる。
――あれ? なんか席、多くない?
アニメは一クラス二十五人。
衝動的に冒頭部分が思いついたので書いたのですが、その先はなんも考えてないので続きません。
もし続くとしても原作とアニメ版がごちゃ混ぜの展開になる可能性がある地雷作品なので注意。